92話
普通に考えれば、元凶が神殿にあるってのはおかしな話だ。
だって神殿って元凶を消したい訳なのだ。なんでそれをわざわざ放置しておくかな、っていう。
「まあ、何故ここにあるかのミクロな視点での意図としては、勇者の命(物理)を勇者自身に取り返されないように、って事なんでしょうね」
社長曰く、元凶でいきなり補正を弱化されると力の入れ具合とかバランスとかがいきなり取れなくなって、グラスなんか持った日には握りつぶして壊すか取り落として壊すかしそうなんだとか。
恐ろしい話であるなあ。
マクロな視点では……さて。元凶と神殿のつながりがよく分からない。そもそも元凶って何なのかもよく分かってないし。
「というか、そのグラスって直接触っちゃって大丈夫なの?」
……。(物理)の方は知らないけど、確か私もあの謎空間で羽ヶ崎君の奴は触っちゃった気がする。
「羽ヶ崎君、異常は」
「無い」
「だそうです」
要は割ったり傷つけたり中身こぼしたりしなければ大体大丈夫な気がする。(物理)になってる時点でそこまで脆くは無いと思うんだよなあ……。
「元凶に関しては舞戸がいれば問題ないか」
私はすっかり元凶処理機になってるね。うん。じゃんじゃん任せてくれたまえ。
しかし、ここでさっきの問題が出てくるわけで。
「神殿は元凶が残っててもいい、って考えてる、って事なのかな?」
「……だとすると、こっちが元凶を持ってても勇者帰還の儀式は行われる可能性があるって事?」
「いや、神殿にある元凶以外の元凶を全て消した後に最後にあれを消して終了にするつもりって事も考えられますが」
……まあ、決定権は神殿にあるからね。
「ま、考えてても仕方ないだろう。元凶もついでに貰ってこよう。向こうにあるよりはいいだろ」
鈴本が締めて解散。
何故解散したかっていうと、着替える必要があったためです。だって魔王がさっきの今でまた来たらちょっと不思議なことになってしまう。他の人たちも室内に行くのに鎧はまだしもモ○ルスーツって訳にはいかないので、最悪室内で戦闘になっても大丈夫なように装備を付け替えたりしている模様。
なので私は現在ローズマリーさんになっています。一応仮面は付けた。
ちなみに一番着替えに時間がかかったのは加鳥でした。まあ、君は、うん。しょうがない。
「じゃ、行くよ。『転移』」
さっきみなも視点で見た部屋へ『転移』すると、やっぱりというか皆さんぐったりした。
「僕この感覚嫌いなんだけど」
「舞戸さん以外は全員嫌いだと思うなあ……」
「舞戸、早くしてくれ」
もう二回目なので特に新鮮味も無く、浮きながら光る謎の球、通称元凶を握りこんでしまえば、皆さんもたちまち元気に。
……あれ、なんか……微妙な違和感があった気がした。握った時に。うん。何だろう。
後は全員でグラスを棚ごと運搬してしまえばこっちのものである。動かせる棚にしておく方が悪い。盗まれたくなかったら造り付けの棚にしておくんだな!ふははははは!
棚は小さいのが3つだったから私がさぼってても1往復で完了だね。
「よーし、じゃあ帰るよ。『転移』」
帰ってきました。というか、移動しました。
下手に実験室に置いておくのもどうかなあというか、そもそも教室を宝石状態にしちゃった時にこれどうなっちゃうんだろうとか考えた結果。
「……おい、それ、なんだ」
「命(物理)です」
「触らないでくださいね、ジョージさん」
「壊さないでくださいね、ジョージさん」
「頼みますよ、ジョージさん」
ジョージさんちの地下室にベーコンと一緒に置いておくことになりました。ジョージさんは「お、おう」とか言いながらしげしげグラスを眺めている。
ここなら異世界人が在住してるからセキュリティも割と安全。
一応ジョージさんも含めて相良君達に説明をして、危険性も伝えておいた。後はやばくなったらすぐに『交信』してくれ、としか言えない。
それでも任せておけ、と言ってくれる相良君達は非常に頼もしい。
すぐにここの状況を把握できるように、この質屋に何体かメイドさん人形を駐在させておくことにした。監視カメラみたいなものなのかな。うん。勿論これについてもちゃんと相良君達に断りを入れたよ。
「あら、可愛いわね」
「わあ、可愛い、可愛いですっ!ありがとうございます、舞戸先輩っ!」
……尤も、こういう意味で割と好意的に受け入れてもらえたけども。
うん、可愛い女の子に抱っこされてメイドさん人形達も嬉しそうだよ。うん。
と、いう事で帰ってきたので晩御飯を食べよう。お腹が空いた。魔王やってても腹は減るんだよ!三食食べないと落ち着かないんだよ!
野菜スープ作る横でご飯炊きながら朝ごはんの前にお肉に下味付けてほっといたのがあるのでそれを野菜と炒めて、漬物出して終了。
手抜きかなあ、手抜きに入るのかなあ、これ。
食後、加鳥が元凶用の腕輪作ってくれたので腕輪が増えた。
それも二の腕に装着する。
あー、なんだろ、やっぱりなんか違和感があるんだよね。寝て起きたら治ってるだろうか。
寝て起きたら朝が来ました。おはようございます。
違和感はまだあるけど、気にならなくなってきた。うん。なんだろね。あの本が言ってたことと関係あるんだろうか。
とりあえずご飯作って、今日は……神殿襲いに行くのかなー、それとももうちょっと向こうが仕掛けてくるの待つのかな。
どっちがいいかね。向こうが出てくるのを待てば間違いなく勇者が来るだろう。そしたら状況を説明すればいい。こっちから仕掛ければすぐにでも帰還の儀式の心配がなくなる。
どっちがいいかなは要相談だね。どっちみち、仕掛けるとしたら夕方か夜の方がこっちに分がありそうだし。
とりあえず朝ごはんの準備をして、皆さんを待つ。……あれ、遅いな。いつもならそろそろ起きてくるんだけども。
不安になったので講義室のドアをノックしてみるけども返事が無い。
もう一度ノックして、10カウントしてからドアを開けてみると……全員、寝てた。
熟睡。寝てるだけなのは確かみたいなので、もうちょっと寝ててもらう事にしよう。昨日は魔王軍やったりグラスの運搬やったりで大変だったもんなあ。うん。
とりあえずまともに布団被らず寒そうにしてるのが何人かいたのでそいつらには布団を掛けなおしておく。掛布団に抱き付いて寝てる奴のは諦めた。うん、落ち着くよね、抱き布団。
それじゃあもうちょっとおやすみなさい。
その間に『アライブ・グリモワール』さんに報告してこよう。楽しみにしてるみたいだし。
「やっほー」
『おお、来たか!どうだったのだ、上手く……行ったようだな。ふむ』
「まあ、お陰様で」
勝手にこっちの記憶を覗いたらしく、『アライブ・グリモワール』さん、ご満悦である。
『中々魔王らしい台詞回しであるな、よくできておる』
そりゃあ、皆さんに散々駄目出し食らったからね。あの魔王の台詞特訓は苦行だったよ。うん。
「で、命(物理)も回収してきた、んだけど、その部屋に元凶が浮いてて」
『何!?』
お、おやっ?この本も驚くことがあるのか。私はそれに驚いたぞ。
『なんと、まさか……いや、そうか。うむ、そうだな。あの神殿ならばかように元凶を扱う事も考えられるな……全く嘆かわしい』
「勇者対策に消すべき元凶をそのままにしてた、って事でしょ?」
『うむ……あ奴ら、どこまで腐っておるのだ!これだから!これだから神殿は好かぬのだ!』
おお、この本お怒りだ。
「で、さ。うちの子ヘビ……『大黒蛇』の子供?がさ、魔王の事知ってる、っていうんだよ」
『大黒蛇か。ふむ。成程な。知っているであろうな。時に、元凶を2つも負うて大丈夫なのか?』
お、はぐらかされた。つまりこの話題は後はケトラミとハントルに聞くしかないって事か。
「元凶って増えると何か不味い事あるの?」
『まあ、大丈夫ならそれに越したことはないのだが。……となると、本当に汝は魔力が外側に出んのだろうな』
……外側?
「魔力とやらって、私にもあるのかね?」
『汝も魔力を生み出しておるよ。生み出す量も増えた。しかし、その割に全く外に出てこないようだが』
……そういや、随分前に言われたなあ、『魔力量が上がったようだな』って。
「魔力って、補正の事だよね」
『そう出る場合が多いな』
じゃあそうでない場合もあるのかっ!
……それが私かぁ……。
『さて。次は神殿を本格的に叩くのであろう?』
「そうなるだろうね。やっぱりこのままじゃ尻のすわりが悪いし」
何より、やっぱり儀式やられるのが辛い。
『そうか。ならば、やはり大司祭には気を付けるのだぞ。神殿はとにかく無能な輩でも道具持ちだ。警戒せよ』
道具持ち、ねえ。……嫌な予感しかしないなあ。
『まあ、上手くやるのだぞ。……うむ、神殿を潰せたら、その時は汝に授けたいものがある』
「変なもんだったら要らないよ」
例えば、魔王襲名とか。
『まあ、そこまで役に立たぬものでもあるまい。……気を付けてな』
あれ、なんかちょっと今日の本はしっとりしてるなあ。あ、いや、雰囲気が。
……まあいいや。次に会うのは神殿を潰した後、かなあ。
それから1時間ぐらい、つまりいつもの時間からおよそ2時間程度遅れて皆さん起きてきたので、それから遅めの朝ごはん。
「今日はどうする?このまま神殿潰してくる?それとも待つ?」
「さっさと潰しちゃおうよ、どうせ加鳥ビームで焼いちゃえば神殿陥落でしょ?」
……まあ、うん、否定できない所が悲しい所。やっぱりあの機動戦士はオーバースペックだよ。
「正面衝突したとして、勝てそう?」
私の不安はそこなんだな。私自身が戦う訳じゃ無いからそこがよく分からないし、そこが歯がゆい。
「余程変な手を使われなければいけるんじゃないか?」
「あの本がさ、神殿は道具持ちだから気を付けろ、って言ってた」
つまり、その『余程変な手』を使われる可能性は大いにある、って事だ。
「できれば様子見したい、が……」
「あ、じゃあ俺偵察に行って来ようか?影渡ってくればすぐだし」
針生の申し出は有難いけど、その分危険を伴う事でもある。
相手の手の内が分からないなら、いっそ正面からぶつかり合うなり、本当に神殿ごとオーバースペックビームで焼き払う、ってのも有りなんだから。
「俺達に危害があることもですけど、大司祭が案外ころっと死んじゃった時が一番めんどくさいんですよ。俺達は神殿側しか持っていない情報とか道具とかを手に入れる手段が無くなる訳ですから」
神殿が持っていそうで私たちが持っていない情報は幾らでもある。
帰還の儀式の具体的な方法とか、元凶と神殿の関係とか、女神と魔王とか、勇者とか、そういうの全部放り出してでも欲しい情報も、ある可能性が非常に高い。
つまり、人を生き返らせる手段。
私達は、人を生き返らせる手段が欲しい。
相手は宗教団体だ。そして神官の集団だ。神官は回復魔法とかに秀でた人たちだ。
……神殿になんかしか、ある可能性って割とあるというか……神殿に賭けでもしないと、他に思い当たらないというか。
そこのところは全員把握済みらしいので助かるね。
「何か知ってたり持ってたりするとしたらより地位の高い人物だよね?」
つまり、大司祭、というらしいそれ。
司祭の上に大司祭がいるのは『アライブ・グリモワール』さんと、鈴本を勇者勧誘した司祭さんの話から把握済みである。
「……でも大司祭、不在、なんじゃなかったっけ」
そして、不在、だった、ということも。
「そういえばそうだったな。俺に勇者の勧誘してきた司祭はそんなことを言っていたか。まだ戻っていない可能性も大いにあるな」
……という事は、神殿を焼き払え!しちゃうと大司祭の行方が分からないままになる可能性があるって事か。
「まあ、普通に考えれば大司祭は魔王が出てきたんですから、神殿に戻らない訳には行きません。それでも出てこないとしたら経営者として相当に根性腐ってると思います」
「相当腐ってるらしいよ、あの本曰く」
それでもあの本は神殿が腐ってるという認識だからなあ。ちょっと大司祭の人間性というか責任感というかに私は今一つ賭けきれないぞ。
「もういっそ、神殿占領してさあ、捕虜にした人たちから大司祭の行方聞いたらいいんじゃないの?」
「……いや、それも危険です。相手は宗教団体ですよ。宗教は大抵死の為にあります。ですから、宗教の為に口を割らずに死ぬことだって十分考えられるでしょう」
ああああああああ、もう嫌!すっきりさっぱり解決する方法は無いのか!
うっかり攻め込んで敗北ルート、うっかり攻め込んで大司祭殺しちゃったルート、攻め込んで占領したけど大司祭の行方は分からずルート、と、ルート分岐は幾らでも考えられるぞ!
「つまり俺達は神殿を潰す前に最低でも大司祭の行方を掴まないといけない訳ですね」
……あ、社長が良い顔してるぞ。これは何か閃いたな。
「つまりやる事は内部潜入ですね」
……。
「それ、魔王として名乗り上げる前にやる事だったんじゃないの?」
「いいえ。その場合は俺達の誰かが勇者契約でもしない限り潜入するのが難しかったでしょう。今なら神殿のゴタゴタに合わせていくらでも紛れ込めますよ。どうせ神殿は平の騎士の大半をやられて、今戦力の確保に躍起になってるでしょうから」
うん、その理屈は分かる。
「それに情報を持っているかもしれない人たちが一挙に集結するしかない今は非常に美味しいタイミングだと言えます」
まあ、それも手間が省けていい、とも考えられる。けど、さ。
「潜り込んだとして、何をどうやったら短期間で必要な情報とか漏らしてもらえるのさ」
一応、私達魔王ですから。
名乗り上げちゃった以上、そう延々と放置し続ける事には無理がある。
価値の高い情報だったら漏らしてもらうために信頼関係を築かなきゃいけない訳で、それを一朝一夕でできるとは思えない。
「それは既に我らが鈴本がやっていますよ。そしてそれが通用する見込みがあることも実証済みです」
……あ、察した。
「色仕掛けです」
さあ、空気が凍ったぞー。




