88話
嫌な話です。トラウマ回想回です。
具体的には、舞戸が唯一の女子部員になった経緯と今に至るまでの思考の垂れ流しです。割としょうもない理由です。
この話を飛ばしても大体話が繋がりますので、嫌な方は読まないことをお勧めします。
少しでも危なそうだと感じる方は本当に読まない事をお勧めします。
気づいたら朝でした。時間が経つのが早すぎるのが悪い。
刺繍は……もうちょっと足したいような気がする。少しずつでも性能あげられるんだったらやっぱり手を抜きたくないよね。
服はどんなに頑張っても鎧みたいな耐久性が無い分ちまちまやっていくしかないんだよなあ。
とりあえずご飯作って……今日はもう一日装備整える日になるやもしれん……。
ご飯は簡単に済ませることにしたけども、一応バランスには気を付けた。なぜかっつーと、英語科研究室の人たちがやっとまともにご飯食べられるようになったからです。
なので今一緒に実験室でご飯食べてる。ゆっくりだけども自力で普通の物食べられるようになったんだから大したものである。ここら辺の回復力も補正なのかね。
で、ここらでそろそろ英語科研究室の人たちに事情を聞くときが来たわけだね。
「君達は一応福山君と一緒にいたんじゃなかったっけ」
「そうなんだけど、随分前に出ていったっきり帰ってこなかったの。私たちも心配したんだけど……探しに行こうと思っても、急にこの辺りにモンスターが増えて……それまでは夜にはモンスターが少なかったのに、いきなり凶暴なモンスターが増えて……外に出られなくなっちゃったの」
……もしかしてこの辺りにモンスターが増えた、っていうのは……ケトラミさんが居なくなったからでは……やめよう、考えるのは。
「それで食料も底を尽きて、でも外に出ようとしたらモンスターがたくさんいるんじゃないか、って、怖くなって……」
……非常に申し訳ない。
なんだこれは。間接的に巡り巡って私はこの人たちを殺しかけてたのか。
そりゃそうだよね、生態系のトップが急に消えたらそうもなるよね。
ちょっと考え無しだった……いや、無理。あの時点でそこまで考える余裕があったかっていうと無かった気がする。
というか、今思い返すとあの頃色々切羽詰りすぎてて周りの事なんて考える余裕無かったんだなあ、と思う。
とりあえず助かったんだから良かったっていう事にしよう。させてください。
……というか、その生態系のトップを連れていくことになった発端は福山君だっ!やっぱあいつが原因じゃんっ!
「それでお腹もすいて動けなくなって……気づいたら助けてもらってて……ずっと言えなかったけど、貰ったお粥、ほんとに死ぬほど美味しかった。凄くお腹空いてて、死ぬかと思ってて……ありがとう」
何やら頭下げられてしまうと恐縮するしかないんだけども。
でも、美味しかったんなら何よりです。空腹は最良の調味料也なんだとは思うんだけども。
しかしそれぐらいお腹空かせることになった原因の一端は私にありそうなんだよなあ……でも説明しようとしたら多分滅茶苦茶面倒なことに……いや、でも説明義務が……うーん……うん、ええと、墓まで持っていくことにするよ、この秘密は……。
「じゃあ福山君が居なくなってから、ずっと君達は英語科研究室に居たって事?」
「そう。だからあんまり事情がよく分かってないんだけど……私達、どうなっちゃったの?」
お、おう、そこからか。ええと……どこから説明したもんかなあ……。
説明しました。ざっと。詳しく話してたら日が暮れてしまう。
つまり、私たちはどうも異世界に学校ごと来ちゃったらしい、という事。原因は神殿とやらにあるらしい、という事。それから帰る方法について。
後はこの世界の仕組みというか……スキルとか補正とか職業とかについても説明した。知らずにいることほど怖い事は無いからね。
「じゃあ、私たちが一月ぐらい飲まず食わずだったのに生きてたのって、その補正、って奴なの!?」
えっ、そんなに飲まず食わずだったの!?食わずはともかく、飲まずも!?
ちょっと気になったのでドッグタグを見せてもらったら、案の定というか、『飢餓耐性』なるスキルが付いてた。いつスキル会得になったのかは分からないけど、少なくともスキルと補正両方の恩恵にあずかってなんとか生き延びたことは間違いないね。
……絶対、使うような状況になりたくないよなあ、と思いつつも、一応、念の為、了承を得てから『共有』できるか試したところ……できてしまった。
これで私も一か月間飲まず食わずで生き延びられるかもしれないね!……絶対やりたくねえ!
ちなみに、他のスキルは収穫なし。うん、そんな気はしていたよ。もうとっくに諦めてるよ。諦めてるからこそ『飢餓耐性』の会得に納得がいかない。
この英語科研究室の人たちの体調も刈谷の回復魔法で正常なレベルに戻ったようなので、彼らに希望を聞いた後、結局彼らも情報室・新聞部組に預けることになった。
どうも英語科研究室の中の1人の女子である有野さんが新聞部員だったらしいんだな、これが。で、だったら一緒にいたい、との事だったので、他の4人もまとめて情報室・新聞部組に合流、という運びになった。
……一応、私達と一緒に行動する、っていう事も考えないでもなかったんだけど、私たちは一応これから魔王として宣戦布告するわけだから一緒にいると巻き込んじゃうし……なによりももう一人の女子である水澤さんが猛烈に反対した。曰く、「舞戸さんと一緒にいるのは嫌」との事。
うん、水澤さんは……家庭科部らしいから、まあ、うん、しょうがない。うん……うん。しょうがないとは思っても、やっぱりダメージは入るね。人間、全ての人間に好かれることなんてできないって、絶対分かり合えないことだって往々にしてあるものだって、分かっていてもね。うん。
悶々と水澤さんのボディーブローと戦いつつ、殆ど確認というか、期待せずにやってみた。にもかかわらず、新聞部の月森さんにあげた3体のぐうたらメイドさん人形達と『共有』で視覚を借りられたので、特に前もって連絡してケトラミライディングしたりする必要も無く、すんなり『転移』して英語科研究室の人たちを預けることに成功してしまった。
うーん、あげててよかったメイドさん人形。これは是非今度会った時に穂村君達にも渡しておいた方がいいな、派遣メイドさん人形。
ただし、そんな訪問だったので月森さんにはこっぴどく怒られた。
「舞戸っ!あんたねっ!何の為に『交信』の腕輪わざわざ増やしてあげたと思ってんのよっ!」
月森さんお昼寝中だった模様。申し訳ない。
「ええと、三枝君居る?」
「何?また……有野っ!アンタ無事だったのっ!?」
私の後ろに居た有野さんが顔を出すと、月森さんの顔が途端に明るくなってから、凄くしかめっ面になった。……これは、いかん。泣くぞ、この子、泣くぞ。
女子が泣き出しそうな兆候を見極めることに関しては私は自信があるよ!
「アンタ、ねっ、私、達が……どんだけ心配したと思ってんの」
「ごめんね」
「ホントに馬鹿っ!連絡の一つぐらい……よかった、ホントに良かった……」
「うん、うん、ごめんね、ごめんねぇ……」
そしてそのまま月森さんと有野さんは抱き合って再会を喜び合った。気持ちは痛いほど分かるよ。
……月森さんにも、有野さんが飢え死にしかけてた原因の一端が私にあるとは言えないね。ほんとね。言ったら私殺されるかもしれないよね。絶対墓まで持っていこう、そうしよう。
月森さんと有野さんが再会を喜び合っているのを聞きつけた他の新聞部の人たちもあとからあとからやってきては無事を喜び合って、次第に人だかりが大きくなってきたので人だかりから離れて三枝君を探すことにした。
一応英語科研究室の人たちの状態とかは説明してから帰らないと流石に不義理だろうし。
人だかりにつられてやってきた人たちの中を探していると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「ねえ、舞戸さん」
……うん。何かな?
「まだ男好き治ってないの?」
私の目線より少し下に、水澤さんのねちっこい笑顔があったので、とりあえず私も笑顔を浮かべておいた。
ちょっと頭と心の整理をしよう。
発端はあれだ、去年の冬のあれだ。
家庭科部と化学部掛け持ちしてた子が塾に通い始めて、そしたら部活2つと塾の掛け持ちが厳しくなってきたらしいんだ。それで、私以外の女子達と相談して、部活を辞めようか、ってやってたらしい。
……なんでこの時点でハブられてたかって言うのが何と言うか私としては実に理不尽な話で、当時私は県の科学展への出展が迫ってて、口頭発表のボロを無くすために練習しまくってたから。
そのせいで他の女子が5時に帰るのを尻目に8時ぐらいまで延々と化学の先生達の質問に答えて、詰まったらそこを検証してボロ埋めて、ついでにポスター展示の方にもボロ見つかって直して……みたいな作業をやってて、それから一人で帰ってたからクラスも違う女子達と話すタイミングが全く無かったらしい、と。
それで、さあいよいよ科学展が来週末に迫ったぞ、ポスター印刷してプレ発表会部内でやって……っていう時に、私以外の女子3人、揃って部活を辞めた。
一応、退部届を出す前に私に報告はしてきた。3人揃って。
けども私は来週末に科学展の発表控えた身だったもんで、普通に退部する訳にいかないし、部に残る旨を伝えた。
……そしたらね。彼女たちの言い分からすると、まあ、男子8人の中に居たいからだろ、みたいなことになるらしく、そこで結構こう、なんだろう、割とどぎつい口撃をモロにくらって、でもそれでそれは終了。
それで、まあ、女子3人は発端の女子につられて家庭科部に入って……女子ばっかりの部で、丁度良かったらしいんだ、私が、話のタネに。
女子の噂話の拡散具合っていうのを舐めちゃいけないよな、とその時思った。
それから暫くは針の筵状態だったし、噂には尾ひれ付きまくってもう収拾つかないことになってたし。
それでも私と親交を保ってくれた(天使……いや、悪魔的な)女子の友達もいたからなんとかそこは収まった。
そこまではいい。割とどうでもいい。
私にとって何が一番問題だったかっつったらだな……化学部は既に居心地のいい場所になっちゃってた、って事なのだ。
うん、楽しかったんだな、単純に。
まず、趣味が合った。興味の方向も割と合った。それから、思考するって事については、凄く合った。
考えるって事を厭わない人たちだったのだ、彼らは。そして、私は考えるって事が、割と好きな性質で。
で、そういう事ばっかやってたら、本当に大好きになっていたのだ。
……まあ、つまり、居心地が良かったんだよ、ここ。本当に。
……自分が男だったらもっと筋力あったし体力あったし、何より自分にとって居心地のいい場所にいたって誰からも文句言われなかったんだよなぁ、って、思った。非常に悔しいとも。
世間からすればやっぱり、そういう事なんだよね。
内部が実際割と殺伐としていたとしても、そういう事になっちゃうんだよね。自覚はあるよ。しょうがないとも思うよ。
でも私は非常に残念なことに女として生まれてきてしまっていて、それはもう変えようがあんまり無かったし、それでいて自分にとって居心地のいい場所を捨てるだけのプライドも無かったんだよね、私には。
だから私はこう、なんだ、決めたのだ、その時。
嫌いな人に好かれるために自分にとって楽しい事を止めるのは止めよう、と。うん。
私の事嫌いっていう人には嫌われてればいいじゃないか、嫌いなら嫌い同士お互い関わらないでいればいいだけじゃない。平和なもんだよ。
私としては嫌いだっていうのにわざわざ近寄ってくる人の気持ちが分からんね。合理的じゃないじゃない。
もっと生産的な事やれよと思うんだけどやっぱり違うのかな。うん、理解できない。一生分かり合えない。それはしょうがない、だって私達人間だもの。
ということで終了。終了ったら終了。
もう覚悟なんてとっくにしてるのだ。ここに居る為の代価がどんなものなのか、理解してる。
そして、私にとって、ここはどんな代価を払ってでも居たい場所なのだ。
これがそのためのコストだっていうなら、なんてことはない。
普通に払ってやるまでの事なのだから。
「うん」
なんてことはない、普通に挨拶するように言ってやれば、水澤さんは一瞬驚いたような顔をして、すぐつまらなさそうに去って行った。
……うん、勝った。
その後割とすぐに三枝君は見つかって、ざざっと英語科研究室の人たちの状態とか、こっちの近況報告を済ませて(後者は既に『交信』で知ってたみたいだけども)さっさと『転移』で帰還。
「あ、おかえり。お疲れ」
帰ってきたらほんの少し、ちらっとこっち見たきり、ひたすら装備を作り続けて声だけで適当な労いを掛けてくれる仲間がいるっていうのは、ありがたいことだなあ。うん。
ちょっと、頑張ってる皆さんには悪いけど……ちょっと休憩させてもらおう。




