81話
「で、お前の方はどうだった」
ご飯食べ終わってお互いの情報の交換タイムです。こういうの大事だからね。
「うん。美味しいベーコンができそうだよ」
「何の話だ」
「うん。吹奏楽部の人たちが来るまで君らが無造作に物理講義室に放り込んでおいてくれた猪を解体してたんだよ。で、三枚肉ブロックをこう、でっかい木桶に詰めてですね、ジョージさんちの地下室に置かせていただくことになりました」
うーん、今から完成が楽しみですなあ。じゅるり。
「違う、そうじゃなくて吹奏楽部の方だ」
うん、分かってるからそう急くな急くな。
「えっとね。パターンBに入りかけたけどAに戻したんだよ。そしたら今度は成仏を引き留められちゃって暫くスーパー苛々タイムを過ごした後にステルスメイドさん人形達の尽力により無事成仏しました」
「ベーコンの説明よりだいぶ適当だねえ……」
だってしょうがないじゃん、重要度が違うよ、重要度が。だって、ベーコンですよ?
「ステルスメイドさん人形って何?」
何やら皆さんはそこが気になるようなので、近くにいたとこよを捕まえてきて透明にしてみせた。これには皆さんもびっくり。まあそうね。透明になっちゃえばかなり行動の範囲が広がるよね。
……うん。透明になるんだったらさあ。メイドさん人形達も、戦闘の役に立つかもしれないよなあ。考えとこ。
「そういや、君達の方の首尾はどうだった?」
君達、英語科研究室を取りに行ったんだったよね?
「ああ。英語科研究室と英語科講義室を回収してきたが、福山はいなかった。他に女子と男子が数名居たんだが……酷い有様でな。栄養失調で虫の息だったんで、回復魔法かけて水と食べ物摂取させた。今は裏に英語科研究室出してあるんで、そこで寝てる。……あー、舞戸、あいつらの『お掃除』、頼んでもいいか?」
……うん、さぞ酷い状態なのだろうね。
ええと、一月以上、になるのかな、もう。この世界に落ちてきてから。
その間お風呂無しだったわけだから……よーし、頑張っちゃうぞー。
「勿論だよ。じゃあ、早速ちょっと行ってくるよ」
「ああ、待て。話は全部聞いていけ。……で、だ。福山についてだが、あいつは恐らく、お前を攫った日から一度も英語科研究室に帰っていない」
うーんと、じゃあ、ケトラミさんに驚いて逃げた時からそのまんま1Fに向かって行った、って事かね?
「それで、疑問に思ってな、そのまま角三君がケトラミで南下してみた。一応中庭も見ておこうと思ってな。……角三君」
「え?……うん、え、と。中庭にあたる、っぽい場所が湖になってるんだけど……そこに島が浮いてて、で、そこの周り、水が無い」
……はい?
「ええっ、と……その島の周りの水が滝みたいに落ちてて。で、多分そこから落ちると1Fに落ちる、んだと思う」
……あー、うーんと、うん。成程。情景の想像はついたぞ。
「……もしかして、そこ落ちると神殿、だったりする?」
「するんじゃないか?明日は中心の島を探索してくる予定だ」
ああ、うん。針生と鈴本は空飛べるもんね。滝とやらも別に問題ないもんね。
「それから、そろそろ神殿にも行かなきゃいけないと思う。だから舞戸は明日『アライブ・グリモワール』にできるだけ色々聞いておいてくれ」
うん。遂にその時が来たかあ。
……あんまり気乗りはしないなあ。『アライブ・グリモワール』さんも神殿に行くのはお勧めしないって言ってたしなあ。まあ、あの本の主観も入ってるんだろうけど。……あ。
「ええっと、じゃあ、そろそろ答え出さなきゃ。ほら。『神殿は私達が元凶を消した時に元の世界に帰してくれるのか』を知っている人」
「……あー」
そういうのあったね、みたいに言わないでよ。私は割と真面目に考えてたぞ?
「僕それ考えたんだけど、それ知ってる人って必然的に異世界人かそれに関係のある人じゃない?過去に何度か召喚は行われたんでしょ?」
あの本はそういう事言ってたね。最初は数人の召喚だったのに、その内無駄に大量に異世界人を召喚するようになった、って。
「という事は、僕らが知らないだけでこの世界に僕たち以外の異世界人……過去に召喚された異世界人がいる可能性がある」
うん、そうね。その人たちが残っているなら、神殿は嘘を吐いているか、召喚された異世界人達は元凶とやらを消せなかったって事に……あ、その場合もう死んでる、若しくは挫折した、動けない、ということになるのか。そしたら益々エンカウントしなさそうだよねえ。
「でも黒髪黒目の人は今の所見てないじゃん」
「いや、舞戸さんは『変装』できるでしょ?そういうスキル持ってたら溶け込めるんじゃないかなぁ」
「でもそれ言ってたらもう際限ないじゃん。幾らでも可能性はあるんだし」
うん、そうなのよね。でも、あの本の事だ。そういう事はしないと思う。
「『アライブ・グリモワール』さんはフェアな問題を出してくると思う」
あの本矢鱈と知性のやり取りを好んでいるようだし。問題を出すなら必ず解ける問題を出してくるはずだ。
「……こう考えた方がいいですね。俺達が今まで出会ったこの世界の人の中にいる、と」
うん。私もそう思う。
「俺達がまともにこの世界の人で会話した人って限られますから、総当たりしていってもすぐですよ」
「いや、待て。逆に考えろ。俺達がその人に接触したのに、その人からは特に何も言ってこなかったんだ。だとしたら意図して隠してるとしか思えない」
とすると、総当たりしていってもはぐらかされる可能性が高い、と。
「……とりあえず、俺達がまともに接触したこの世界の人間はまず、デイチェモールの門番。それから、ジョージさん。次にエイツォールの門番。それからダリア。このぐらいか?」
だねえ。……意外と少なかった。
「で、この中で『質量保存の法則が好きな人は嫌いな人』。……この中に質量保存の法則無視してる人、は……」
「ジョージさんですね」
「ジョージさんだな」
「ジョージさんでしょ」
……ね。だってね、おかしいもん、いろいろ。
まずおかしいのは、お金。裏オークションの時が顕著だね。
あのちっさい質屋に何であんなに沢山お金が置いてあったのか。
そして、お金を置いておく場所は無いと相良君達の証言がある。だとしたら、なんかよく分からん方法で増やしているとしか考えられない。例えば、スキルとか。
次に、最初に会ったとき。
なんで私と鳥海を貴族じゃなくて異世界人だと判断したのか。
物の値段を知らないから、貴族か異国人、って判断したところまでは分かる。
けど、その2択を当てた理由にはならない。
「けどそれ全部、隠されたりはぐらかされたりしたらどうしようもないでしょ」
そうなのだ。お金については何とでも言い逃れできる。相良君達の確認が間違ってたとでも、なんとでも。
後者に至っては、もう単なる運とでもカマ掛けたとでも何とでも言えちゃうし。
だから、もっと動かぬ証拠が必要なのだ。もっと……ええっと、ステルスメイドさん人形を配置して監視するか?
「……舞戸さん。ベーコン、どこに置いたんでしたっけ」
「は?え、地下室」
「食料庫ですか?」
「いや、食料庫の隣の……あ」
「……相良君達は、食料庫になっている地下室しか地下室を確認していなかったですよね」
……。もっと早く気づくべきだった。
「なんで、地下室、増えてるんですか」
……ね。
その確認は明日にして、とりあえず英語科研究室の人たちを『お掃除』して寝よう。うん。
「おじゃましまー……『お掃除』!『お掃除』!『お掃除』!」
一月以上お風呂と縁遠い生活をしていた人たちというのは少々想像以上だった。うん。
でもまあ、今の私なら『お掃除』の効果範囲も広がったからハタキ数振りで完全に教室内も教室内に寝ている人たちも綺麗にできたのが救いだね。うん。
……この人たちもげっそりしちゃって、可哀想に。
……下手したら、この人たちも合唱部の人たちみたいに……うん。やめよう。この人たちは弱りながらも生きててくれたんだから。
明日の朝はお腹に優しいお粥作ってあげよう。そうしよう。
さて。久々にケトラミさんとハントルとメイドさん人形達と一緒に寝ます。
いやはや、メイドさん人形達も加わってもふもふ具合がましたね。頑張れハントルすべすべ勢力!……あれ。
「……ね、ハントル、もしかして大きくなった?」
『あ、分かる?分かる?そうなの。『一皮剥けた』の!』
それ、物理的な意味でだよね?ハントルは私が見ていない間に脱皮した模様。後でみなもがハントルの抜け殻見せてくれた。保管してるのね……。
というか、このままハントルがあんまり大きくなるようだったらハントル入れておくスペースもかんがえないとなあ。袖に入らなくなるぞ。
おはようございます。今日の朝ごはんはパン食ですが英語科研究室の人たちの為にお粥も作らんとね。
我々のご飯はパンとカリッと焼いた薄切り燻製肉と半熟目玉焼き、そして野菜スープです。
野菜スープの出汁はお肉からとる。
肉と野菜の旨味がたっぷりスープに溶け込んだ所で、そのスープを半量別の鍋に移して、そのスープでお粥を煮ます。少しでも栄養のあるもの食べた方がいいと思うんだ。
お粥が煮えた段階でまだ皆さん起きてきてなかったので、先に英語科研究室を見てこようかな。
彼らはとてもじゃないけど自力で起き上がってこっち来る体力は無いだろうしなあ。
ということで様子を見に行ったら寝ている内の1人の男子が目を覚ました。
「……ここは」
英語科研究室なんだけど、綺麗になりすぎてちょっと分からないらしい。まあ、この世界に来てからの汚れだけじゃなくて、長年積もった埃も汚れも綺麗さっぱりだからね。
「英語科研究室ですよ。起き上がれそうですか?食べ物は食べられますか?」
「え、あ、はい……」
よし。ならば善は急げ。実験室に戻ってお粥を木のお椀によそって、木のスプーンと一緒に持っていく。
「お待たせしました。どうぞ」
しかし、お椀を手渡すも上手く支えられないらしく、取り落としそうになるので慌てて支えた。
「え、と……ごめんなさい、手に力が入らなくて」
半身起こしてるのも辛そうだしなあ。うん、じゃあしょうがないね。スプーンでお粥を一匙掬って、口元に持っていく。
「はい。口開けてください」
一瞬迷ったようだったけど、空腹には勝てなかったらしい。素直に口を開けてくれたので口にお粥を突っ込む。
「凄く、美味しい、です」
うん、碌に物食べてなかったらそりゃ美味しいだろうなあ。うん。いっぱいお食べ。ただし無理のない程度にね。
ゆっくりペースでお食事の補助をしていたら、からり、と遠慮がちにドアが開いた。
「……舞戸。……えっと」
おや、角三君である。角三君は起きて実験室に行っても私が居なかったからこっちを見に来たんだろう。うーん、今日は皆さんの朝食よりもこっちの人たちの朝食を優先させてもらうぞ。
「隣の人も目、覚ましてる」
言われて気づくと、隣の女子も目を開けてぼんやりこっちを見ていた。
「俺がこの人の食事手伝うから。この人の分もお粥、持ってきてあげたら?」
その申し出を有難く受け取ることにしよう。角三君にスプーンとお椀をパスして、もう一人前お粥を持ってきた。
「大丈夫ですかー」
「お腹……空いた」
その女子は支えないと起きていられないほどに衰弱していたようなので、支えながら頑張ってお粥を食べさせる。
「美味しい?」
「……うん。凄く……」
そしてその女子、涙をこぼし始めたので慌てて拭ってあげる。いかん!君にとって貴重なナトリウムと水を無暗に体外に出すんじゃない!
「美味しい……」
……うー……泣かれると私も泣きたくなってしまう。こんなになるまでご飯が食べられないって、さぞ辛かったろうなあ。うん、うん。せめてこれからはいっぱいお食べ。いっぱい作るから。




