80話
「ありがとうございます!これで私も未練が晴れて無事天に召されることができます」
実際はこんな加鳥の失敗作(「え、こんなのでいいの?これ性能悪いよ?」と、加鳥談。)程度で天に召されてたまるかってなもんだけど、まあ、こういうシナリオだからね。こう言いました。
言ったら、ここで予想外の!予想外の反応が!
「そんな悲しい事言わないでください!」
びっくりして思わず固まってしまったのが良くなかった。
もう指輪が池から出てきた時点で成仏開始すればよかったんだけど、これでタイミングを完全に逃してしまったのである。
「あの、私達と一緒に住みませんか?」
そして、さらにここでびっくりしてしまったので、メイドさん人形達を動かすタイミングも見失った。やばい。これはやばい。
「いいえ、私は本来既に死んでいる身です。いつまでもここに留まっている訳には参りません」
早く帰って晩御飯の支度をしたいのです。しかし、ああ、無情。
「私達と一緒に住んでください!お願いします!」
「お願いします!」
「お願いします!」
……吹奏楽部式のお願いまでされてしまっているという事は、向こうはそうそう折れてくれないだろう。ええと、でも、折れてください。折れろ。折るぞ。
「いいえ、天に召されたご主人様をいつまでもお待たせするわけにはいきません。指輪を」
「お願いします!」
「お願いします!」
……指輪は返してもらえない模様。そして続く90度のお辞儀と威勢のいいお願い。
「あの、あの……指輪」
「お願いします!」
「お願いします!」
……よし、考えよう。ここまで来たら、うん。彼らの目的は私を喜ばせる為じゃない。だって私は嫌がってるんだし。
となれば、彼らの目的はどこにあるんだろう。幽霊が家に居ついて嬉しい理由……。いや、幽霊メイド、が……あ。
あっ。わ、分かったぞ。こ、こいつらは……掃除婦が欲しいのかっ!?
成程。こんなに大きなお家を手動で掃除するのはさぞ骨が折れる事だろうしなあ。
でもホールに居るよりはマシだし、ここに引っ越したい。となれば、幸いこの幽霊メイドは掃除が癖になっているようだし、ここに居つかせるのが吉、と。そういうことだなっ!?
「……あの、じゃあ、この家はとても大きいようなので、中を案内してもらえますか?それぐらいならいいでしょう?」
パートリーダーと思しき子が、如何にも私ともうちょっと一緒にいたいの!みたいな雰囲気を漂わせながら言ってくるけど、本心は掃除婦の確保だろう、多分。
「……はい、まあ、それなら。ご案内致しましたら、指輪を返していただけますね?」
でも、ここでずっと『そんな、ひどい……』のループ問答を繰り返していてもしょうがないのである。家の中に入れば、メイドさん人形達が配置されていることもあり、多少私に有利になるからね。それに、まだ一応この案内が終われば成仏させてもらえるという可能性が無くなったわけではないし。
「はい!ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
そして吹奏楽部式の威勢のいいお礼を頂き、そして。
「私たちの仲間を連れてくるので、それまで待っていてください!クラリネットの立花さんと三谷さんはここに残っていてください。では、トランペットパートが先導して、クラリネットパートは援護して下さい!ホールに戻ります!」
「はい!」
「はい!」
……こうして、吹奏楽部の人たちは見張りまできっちり残した上で、元来た道を引き返して行った。
……してやられた!指輪持っていきやがった!あああああああああ!成仏できないじゃん!なんなんだよお前ら!人が折角気分よく成仏しようとしてたところによおおおお!
しかも見張りもしっかり残していきやがったから逃げられないし!うわあああああああ!
「あの……お名前、なんていうんですか?」
心の中で絶叫していたら三谷さんというらしい、小柄な女の子が私に聞いてきたので焦った。
……しまった。考えてなかった。絶叫してる場合じゃなかった。ローズマリーじゃあアレだし、ダリアとか違うし、ええと、ええと。
「エウラリアです」
エウラリア=ススキ。幽霊の正体見たり枯れ尾花、っていう事ですな。はっはっは。……はぁー……。
暫く三谷さんと立花さんというらしい女の子とお喋りする羽目になってしまった。
くそう、私はさっさと帰って晩御飯の支度をだな!しないといけないんだけどな!
「エウラリアさんはいつからここにいるんですか?」
「さあ、随分昔の事なので忘れてしまいました」
というか、そういう設定は考えていません。
「エウラリアさんのご主人様ってどんな人だったんですか?」
……そこら辺の設定も考えてないからなぁ……うん、まあ、いっか。真実に嘘を混ぜていく方式でいこう。
「そうですね、とても頭脳と運動能力とノリの良さに秀でた素敵な方でしたよ」
そいつら生きてるけどね。
「そのご主人様に指輪貰ったんですよね!?もしかして婚約指輪だったりしたんですか?」
「いえ、指輪を作ってらした時に失敗作ができたとのことで、それを頂きました」
事実なんだけど、立花さんは不満げである。
ごめんね、つまらん話で。盛った方が良かったかしら?
「え、エウラリアさんはでも指輪、大事にしてたんですよね?」
「ええ、ご主人様から頂いたものですし……」
そう答えた所、女子2人の目が輝いた。
「正直なところ、エウラリアさんはご主人様の事が好きだったんじゃないですか?」
……。
うん。そりゃ、好きだけどさ、多分、期待されてるのとは違うんだな、これ。
「ないです」
「えー……じゃあ、他に好きな人とか」
「自分はメイド一筋だったので……」
「えー」
「つまんなーい」
……なにやらこういった世間話というか、幽霊質問コーナー!をやっていたら夕方になってしまった。
うー……晩御飯……。
一応、立花さんと三谷さんが連れだってトイレに行った時に皆さんには『やべえ今日帰れねえかも』みたいな事を連絡しておいたので消息不明とかにはなってないんだけど、煩わしい事この上ナッシング。
それにしても、何故女子は皆トイレに複数人で行きたがるのか。
あれか。アリバイ作りの為か。それで広間に戻ったら死体が発見されてるんだよね、分かります。
……っていうのは冗談として、まあ、助かるよね。うん。
お陰様で苦肉の策だけども一応なんとか対策がとれたよ。
そしてスーパー苛々タイムもなんとか終わり、総勢87名の吹奏楽部員達が荷物を持ってぞろぞろとやってきました。
そして三谷さんと立花さんもそちらに加わり……あ、私にスーパー苛々タイムをプレゼントしてくれた女子は副部長だった模様。うん。その副部長と何やら話し……。
「エウラリアさん!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
……何やらお願いされてしまったけど、一応案内はする約束だったからね。うん。一通り案内してあげるよ。
「こちらが食堂です。向こうは厨房です」
ぞろぞろぞろぞろと87名がついてくるともうカルガモの行進とかそういうレベルじゃないね。ええと、軍隊?
「……そして、こちらが中庭です。以上でこの家の案内を終了致します」
そしてその軍隊の行進も恙なく終了し、精神的にHPをごっそり削られつつも、最後に一礼して案内を終了する。……さて。
「約束通り、指輪を返してください」
副部長さんに近寄っていくと、何やら渋る様子を見せた。それを確認したら……事は一瞬。
次の瞬間には、その手から指輪はふわりと離れ、きらきら光りながらゆっくりと私の手まで飛んできた。
そして私は何やらきらきらした光に囲まれながら、だんだん透明な範囲が広くなっていく。
「どうもありがとうございました。お陰様でやっと天に召されることができます」
駄目押しににっこり微笑んでやれば、副部長も最早手出しはできないと見える。ふふふふふふ。ざまあ!
「この家はどうぞご自由にお使いください。一緒に住もうって言ってくれたこと、嬉しかったです。皆さん、どうもありがとう。さようなら!」
そしてなんか口から出まかせに思ってもいない事を色々喋ってから、光が強さを増した瞬間を狙って、『転移』。ふははははは!ミッションコンプリートっ!
……一応。一応、解説すると……女子2人がトイレに行ってる間に、メイドさん人形を数体、自立思考じゃなくて直接操作にしたのです。そうすると、メイドさん人形って、私の体の一部分扱いになるんだよね。で、その状態だと、『変装』がメイドさん人形にも効くのです。何故か、服にも。
……つまり、つまり、メイドさん人形は完全に不可視の透明メイドさん人形となれるのですよ。最初に副部長さんから指輪を取り上げてくれたのはこの子ね。
で、笑えるきらきらエフェクト。
あれは、『プチライト』という、メイドさん人形達の中の何体かの子が覚えたプチ魔法シリーズの中の1つでして。効果は簡単、なんかきらきら光る。終了。それだけ。
……もしかしたら、アンデッドとかには効くんじゃないかな。知らんけど。
しかしまあ、こういう時のエフェクト係にはもってこいのプチ魔法なので、動員させていただきました。
私のスカートの中に隠れて、頑張ってきらきらさせてくれていたのです。どうもありがとう!
さて、そしてその透明メイドさん人形達と一緒に『転移』した先は、家から少し離れた、吹奏楽部の人たちからは完全に死角になる位置。
そこには命令を『共有』で出しておいたので、他の場所にいたメイドさん人形達が1体残らず全員集合していた。全員いることを確認して、連れてまた『転移』。
予め2F北東に集合する手筈になっていたので、迷わず2F北東へ。ふー、やっと帰ってきた感じがするよ……。
「あ、お帰り」
実験室が既に展開済みだったので中に入ってみたら。……なんか、美味しそうな匂いがする。というか、なんか、やってる。
「……ええと、これは、一体どういう事かね?」
「お前が帰ってこれないかもしれないって言ってたからな。俺達で飯作った」
……。
……よし。吹奏楽部の副部長さん。許さんぞ。私からメイド業を取り上げた恨みは必ず晴らすぞ。いいか、絶対だ。
因みに、皆さんが作ってくれていたご飯は何だったかというと、ハンバーグとポテトサラダ、という調理実習メニューでした。主食はご飯が炊けなかったらしく、パン。
うん。なんか皆さん、なんとなく微妙な顔しながら食べてたけども。
……凄く美味しかったです。はい。




