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75話

 はい、おはようございます。

 起きたら何やら重かった。見てみたら相当に寝相の悪いらしい針生が私のお腹を枕にしていた。どうしてこうなった。私は一番壁際に寝てたし、その隣は羽ヶ崎君だった。針生は羽ヶ崎君を乗り越えてこっちまで転がってきたらしい。どんな寝相だ!

 寝相も異世界補正されて強化されてんのかなあ、迷惑な話である。

 しかしまあ、あんまり幸せそうに寝てるもんで叩き起こすのも忍びない。

 起こさないようにそーっと体を引き抜いて、代わりに枕を入れておいたんだけど、なんか寝心地が変わったことには気づいたらしく、もぞもぞしていた。

 けど、わたしゃ知らんぞ。私はご飯の支度をするのだ。




 改めて食料の残りを確認すると、肉も魚も減っていなかった。どうも昨日の夜は菜食主義者になってた模様。

 まあ、なんとなく動物性たんぱく質取る気分にならなかったんだよね、多分。

 という事で朝ごはんの支度をしようとしたら、既にメイドさん人形達がご飯を炊いてくれていた。

 私が実験室に入るや否や、全員揃って敬礼である。この子たちはこの子たちなりに気を遣ってくれているらしい。ありがたいことだね。

 それに味噌汁と卵焼きでも出せばいいかな、という事で、朝ごはんの支度は終了。皆さんが起きてくるまでの間に、昨日の宝石をもう一度よく見てみる。

 教室の宝石よりも一回り小さいサイズで、それぞれ違う形をしている。

 私が見つけた『平野由香』さんはふっくらした三角形。後2つは六角柱と円形。

 3つとも死因は餓死、とあったらしい。……もしかしたら、私みたいに戦闘力の無い3人だったのかもしれない。それで、仲間が食料を手に入れて戻ってくるはずが、戻ってこなくて、それで、餓死。

 私の、あったかもしれない未来の形でもある。私の場合は皆さんに戦闘力があって、私なんぞも見捨てずに帰って来てくれてたので私も生きてるけども。

 なんとなく、あまりにも不憫だったので、宝石の前にご飯とみそ汁と卵焼きを供えておくことにした。私の感傷だけども。




 皆さんも起きてきたので一発針生にはチョップを入れてから朝ごはん開始。

 昨日よりは空気も軽い。空元気でもなんでも出さねばやってられないからね。


 今日はこの近辺を探索して、このほかに在るかもしれない宝石を探すことになった。

 ここで役立つのが鳥海の『感知』。本来襲ってくるモンスターとかを索敵するのに使うらしいんだけど、特定のものを探すのにも使えるらしい。

 なので本日は、鳥海が『感知』しながらここら一帯を歩き回って宝石を探す、という事になる。

 私はというと、こういう時にはびっくりするぐらいお役御免なので、大人しく皆さんの防具でも作っておくことにするよ。




 とりあえず作るものは、性能が悪そうな布製品全部である。

 鱗はまだまだいっぱいあるのでガンガン染めていこうと思います。

 マントとかインナーとか、性能が悪そうなもので置換した方が良さそうなものはことごとく全部黒か緋色になるという悲劇。なんかあやしい集団になってしまうけどしょうがない。死ぬよりはましだ、死ぬよりは。

 そして、全員分の装備をガッツリ限界まで強化して、布面積当たりの限界になっちゃったらまた別の効果の布を使って……とやっていくうちに、かなりの性能になった。もう火も熱も魔法も怖くない!

 そして、最後は私のだ。黒の染料が手に入ったんだから、これはメイド服を新調せよという事だと思ってだな。

 元々着ていたメイド服とは別に一着メイド服を仕立てて最強のメイド服を作ってしまった。

 裏地が赤なのがなんとなく嫌なんだけどしょうがないね。でもこれでマグマにだって飛び込めるよ!

 そして月桂樹染めのロングパニエに黒蛇の糸で刺繍すると『最大MP増加(中)』になることが判明。これに『最大MP1.5倍』が合わさって、MPが増えました。えらく増えました。うふふ。

 それから、下着改めインナー。あれ、元々白いからこの機に染め直そうかなあ、とか思った訳です。

 でも、大黒蛇の鱗も竜の鱗もメイド服だけで布面積当たりの効果の限界が来てるので、別にいいか、ということに。またいい染料が手に入ったら染めよう。




 皆さんが帰ってきたのはお昼過ぎだった。『鑑定』で名前と死因が表示される宝石を4つ持って帰ってきた。最低でも後2つはあるはずだから、まだ探索は続く。

「4つともここから南に言った所に落ちてた。死因が失血死とか出血性ショック死とかだった以上、モンスターと交戦して、と考えるのが妥当か」

 何となく手渡されてしまったので受け取って、他の3つと一緒に置いておくことにした。それぞれの宝石は凄く綺麗で、それが凄く悲しい。

「このまま南下したら多目的ホールがあるはずだし、そうしたら吹奏楽部あたりと合流できそうだよね」

 合流し次第、こっちに『転移』で戻って来て、私も移動、という事になる。

 お昼ご飯はねぎとろ丼でさくさく食べて、できた防具を装備してちょっと調節したりなんかして、それらが終わるとまた皆さんは出発していった。


 そうなるとまた私は暇になる。

 相良君達の資金になる服を作ることもしなきゃいけないんだけど、それよりも今はちょっと『アライブ・グリモワール』さんと話したいので、ちょっと仕事はほっぽり出させてもらうことにしよう。

 早速本に頭突きして『共有』。




『おお、答えが分かったか?』

 答え……ああ、それもあったね。『神殿は私達が元凶を消した時に元の世界に帰してくれるのか、という問いの答えに詳しい人』。

 ……まだ分かってないんだよなあ。なんつーか、でもこの世界に知り合いってそうそう居ないから、うーん、うーん……。ええい、悪いけど保留にさせてもらおう!

「それはまだ分かってないんだけど、ちょっと話したいことがあって」

『む?すぐにでも分かるものと思っていたが……して、話したいこと、とは?』

「ええと、ですね。墓標を、見つけてしまいました。私達、異世界人、の」

 思い出すと現実味が無い割に矢鱈と重くのしかかってくる。

『鑑定』したことを一瞬後悔しかけたあの感覚。

 この世界は私たちにとってかなり都合よくできてるけども、最後の最後まで都合よくできてる訳じゃ無いんだ、って、頭をぶん殴られたような。

『ぬ?墓標?……ああ、もしや、宝石のように見えるアレか?』

「え、あれ墓標じゃないの」

『何、あれは墓標ではあるまいて。……そう悲しそうな顔をするな。……ふむ、どこから話せばいいものやら』

 ……ええと。ええっと。ちょっと待ってくれくれい。

「ええっと、念の為確認するけども、あれって、死んだ、って事じゃない、って事……じゃないよね?」

『死んでおろうな、確かに』

 死んでるのか。くっそ、ちょっとぬか喜びしちゃったじゃないか……。

『命尽きる事を死ぬ、と表現するのであれば。……ふむ、そこからか。まず、汝らにとって、死とは終焉なのであろうな?』

「ええっと……人による、かもしれない。死んだら終わりなんだっていう人もいれば、死んでもまた別の形になって生まれ変わるんだ、っていう人もいるし、死ぬことがスタートだ、っていう人もいる、と思う」

 特に日本だとそこら辺、かなりごったごただからなあ。

『ほう?それは中々興味深い……いや、この世界の話だったな。この世界では。この世界においては、汝らの死とは、この世界への還元を意味する』

 ……あ、ごめん。今頭の中に100%濃縮還元ジュースの図が浮かんでた。どうぞ続けてください。

『汝ら異世界人が高い魔力を有する、この世界の理から外れたものであることは前話した通りだが、その異世界人がこの世界で死する……命尽きた時、その肉体は魔力となって、この世界を構成する魔力の一部となる』

 何となくそれ、胸糞悪いな。私はこの世界の一部とか絶対なりたくないぞ。

『しかし、汝らはこの世界にとってあまりにも異質なのだ。特に……なんだ、何と言えばよいのか……ううむ、そう、命を入れておく器、とでもいうべきか……ああ、肉体とは別な、概念的なものなのだが。そう、その器だけは、この世界において何をもってしても、砕くことは叶わぬ。その器が、肉体も命も取り払われて尚残った物が、汝の言う『宝石みたいなの』ということだな』

 器。……あれか。羽ヶ崎君とか鈴本とかと変な『共有』した時にあった、グラス。

「じゃあ、その器に命を足したら」

『足せぬだろうよ。肉体も在りはしないのにどうして命を戻せようか。……なんだ、汝はその死んだ同胞を生き返らせたいのか』

「うん」

 そりゃ、生き返るんなら、そうしたいよ。

『そうか……残念ながら、不可能と言わざるを得んな。まず、肉体を取り戻すには膨大な魔力が要るだろう。生半可な量では無い。まあ、ここだけなら汝のよく分からん何かで何とかなってしまいそうな気もするのだが……それ以上に、死者の器を満たすものは命では無く、死だ。それを取り払う事のできる手段など無い。多少でも命が残ってさえいれば、徐々に死を追い出して命が再び満たされるものなのだが、全くないとなると、な。そして最後に、仮にそこまでができたとしても、死者の器を満たすことのできる命など限られている。異世界人の命は異世界人の、それも、似た形の命を満たす必要があろう。結局は死者を蘇らせるために生者を殺すことになるだろうな』

「その命って分割払いできないの?」

『……待て、なんだ、分割払いとは……ま、まさか、汝自身の命を持ってして死者を蘇らせようと!?やめておけ、一度働くのを止めた器をもう一度動かすのだ、生半可な命の分け方では到底叶わぬ。それに、その死者と汝の命の形が適合するという保証も無い』

 そうかあ……。うん、でも、手段はある、って事だよね。

 私たちがもっと魔力とやらを集めて、それで、ええっと、あのグラス一杯になってる死とやらを取っ払って、で……命がもっと増えたら……増えるのか?ええと、いいや、増えたら。

 増えたら……生き返らせることができる、って事だね。

「ん。よし。ありがとう。頑張ってみる」

『頑張るな!諦めろ!身を滅ぼすぞ!汝が滅びたら話し相手が』

 そこではた、と文字が止まって、その後『滅びたら話し相手が』の所ががががががっ、と消えて、

『頑張るな!諦めろ!身を滅ぼすぞ!汝が限界を知れ!』

 に変わった。

 ……も、もう見ちゃったから無駄だぞ!変えても!思わず笑ってしまうと、なんか文字がもじもじしだして、もじもじページがめくれた。

『くれぐれも汝自身を削るような真似はするでないぞ』

 ちら、っと、ちょっとだけこの文字が見えたなあと思ったら、すぐに謎発光が始まって、帰されてしまった。

 ……うん、なんか……元気出たぞ、なんか。




 とりあえず、生き返らせることが現実的に不可能だとしても、理論上は可能、というか……割と手が届きそうな気がする、っていうのは、かなり私を元気にしてくれた。

 この世界は異世界だ。

 望めばなんだってできるんじゃないだろうか。

 私だって、今まで散々ケトラミさん番犬にしたり、訳分からんスピードで針仕事できるようになったり、そもそも全く色々無視して色々なものを『お掃除』できるようになっちゃったりしたのだ。

 私よりももっとそういう事に向いている人の中には、望めばその膨大な魔力とやらを集められたり、器とやらを満たす死を取り除けたり、命を分けられたりできる、あるいは、できるようになる人がいるはずだ。

 だから私たちは、生きて、少しでもその可能性に近づけるように頑張ろう。

 死んだ人の事を思ってうじうじするのはもうやめだっ!合理的にいこう!

 私たちが頑張れば死んだ人ももしかしたら生き返るかも、いや、生き返るっ!ならば私が今やる事は一つだっ!

 ……晩御飯の準備です。はい。

 だってご飯って偉大だもん……。私それしかできないからじゃないもん……。


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