73話
さて。性能の説明を垂れ流しつつ裾上げも終わって、お弁当も作って、本当に私の本日の仕事が無くなってしまうと、皆さんは北棟西階段の攻略に行ってしまわれた。
そして、私は誰かと特に視界を『共有』する事も無くお見送りして、ケトラミさんをお掃除して、そして昼寝の時間だ!
何故って、鳥海が『転移』できるからね、私が何も『共有』しっぱなしとかいうエコじゃない事しなくてもよくなっちゃったのです。メイドの仕事がどんどん減っていく……。
時々私、私がメイドだって事を忘れそうになるよ……。
さて、ということでお昼寝。勿論、ケトラミさんで寝るにあたって溶岩地帯で寝るとかちょっと正気の沙汰じゃないので2F北東に『転移』してます。
これはちゃんと皆さんにも伝えてあるから行き違いになったりはしないよ!
警戒はケトラミさんに甘えちゃって、早速……あれ?なんか寒いな。
もしかしてこの世界にも四季の移り変わりとかがあるんだろうか?割とこの辺は過ごしやすい気候だったような気がしたんだけども……なんか凄く寒いぞ。
原因が何にせよ、寒い事に変わりは無いので、ケトラミの尻尾をお借りして掛布団と成し、昼寝続行。おやすみなさーい。
寒いなあと思いながら寝たはずなのに暑くなって起きました。なんだこれは!異常気象にも程があるぞ!
『異常なのはお前だアホ!』
頭の中を読まれたらしく、ケトラミさんに尻尾で頭をはたかれた。もふっ。
「……ね、ケトラミ、これって、さあ」
『馬鹿も風邪ひくんだな』
ややややっぱりいい!風邪とか凄く久しぶりだから気づくまでに時間がかかって大層間抜けなことになってしまった……。
『あのな、お前が無茶やらかし過ぎだとハントルが泣いてたぞ、また流れてっちゃう!流れてっちゃう!舞戸が無くなっちゃう!っつってヒトの耳元で五月蠅くてよお……』
それはすまなんだ。尚、そのハントルは現在私の喉のあたりでお昼寝中である。私がお昼寝すると言った時にはもう首に巻き付いて離れてくれなかったのだ。
うん、思えばその時にも『舞戸が無くなっちゃうからやめてって言ったのにまたやった!』と騒いでいたっけなあ。
『俺は別にハントルみてえにうだうだ言わねえけどな?自分の限界位分かっとけ』
……うだうだ言われない分、言葉が重いです。はい。
「善処します……あ、ごめんケトラミさん尻尾……」
また寒くなってきた……。ケトラミさんはまた私の頭の中を読んでくれたらしく、最後まで言う前に尻尾を掛布団として貸し出してくれた。
その際、さりげなく頭を尻尾で撫でていってくれるところがケトラミさんのカッコいい所である。うふふふ、ありがたやー。
「うわ喋ったっ!」
「え?喋ったの?」
なにやら騒がしくなってきたので目が覚めた。あれ、皆さん帰ってきたんかな?
『この馬鹿共!起きちまっただろうが!』
がう、とケトラミが珍しく苛立ったように吠えた。
「けとらみ、どした?」
なんか頭は回らないし、その割に視界はくるくる回ってるし、喉とか鼻とか変だし、なんだか本格的に変になってきたぞ。
「すまん、起こしたか」
「らいじょぶ。おかえりなさいませー」
皆さん帰ってきたなら起きねば、と起きようとしたら、尻尾にぐいぐい戻されてしまった。
「けとらみー」
『寝てろ』
ついでにぺしり、と尻尾が頭をはたいていった。
「……大丈夫、じゃなさそうだな。ケトラミ、こいつどうしたんだ?」
『風邪だろ』
「馬鹿も風邪ひくんだ?」
な、何やら鈴本と羽ヶ崎君がケトラミと会話をするという不思議な光景が……あ、夢か、これ。成程。
『おい、神官。こいつ治せねえか?』
「刈谷、舞戸の風邪治せる?」
「風邪はちょっと……治せないと思います。すみません」
死にかけを生き返らせることはできても風邪は治せない模様。まあ、しょうがないよね。怪我とかとは違う訳だし。
「俺が作ったのでよければ薬出しましょうか」
不意に横から社長が出てきて何やら恐ろしい事を言い出した。できればそれは遠慮したい。なんか色々やばそうな香りがする。
「……それ、安全なんだろうな」
「大丈夫です。多分」
た、多分、って、それは……それは、大丈夫とは言わないッ!凄く不安!著しく不安!嫌だぞ!たとえ薬持ってきても飲まんぞっ!
その後も何やら皆さん色々と会話したりなんかしてたりしたみたいだけども、メイドとしてあるまじきことに寝落ちしてしまったのでなんかよく分からんかった。……駄目だ、こりゃ。
ふと目が覚めたら視界がくるくる回らなくなってた。
多少寒気がするのと頭痛がある程度だね。これならもう動けそうだ。よし。
起きようと思って上体を起こしたらその拍子に頭の上に乗っていたらしい、ぽよぽよした何かが滑り落ち、そして私はまたしても尻尾がもふんとやってきて戻された。
……さっきのぽよぽよはなんだろう、と思って見てみると、ビニール袋に水が入ってぽよぽよしていた。……もしかしてこれ、氷が入ってたりしたんだろうか?だとしたら羽ヶ崎君を無駄に労働させてしまったという事になるね。申し訳ない。
「ケトラミ、もう大丈夫だから」
『今日いっぱい寝てろ』
「そろそろ晩御飯の支度しないと」
『それならもうあの……なんだ、あのちっこいお前みたいなのがわらわら動いてるから大丈夫だろ、多分』
……ちっこい、私みたいなの?わらわら?
……あ、メイドさん人形達か。あー、そっか、うん、だったら大丈夫……いや、心配だなあ、やっぱり。
「やっぱりちょっと見てくる。ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
『寝てろ』
起き上がろうとすると尻尾がディフェンスしてくる。
く、くそう。このディフェンスを掻い潜るだけの体力が今の私には……いや、体力は無いがっ!行ける!よし!
「『転移』」
『あっこの馬鹿!』
実験室の中に移動したつもりが、なんか実験室のドアの前になってしまった。あっれ、上手くいかないな。まあいいや。ケトラミさんが追い付いてくる前に急いでドアを開けて中に入る。
中では想像通りというか、わらわらとメイドさん人形達が動き回ってご飯を炊いたり味噌汁作ったりしていた。
しかし……おかずは、おかずはどこへ行ったんだ……。これは私が作らないといけないかな?
「あ、舞戸さん、もう大丈夫なんですか?」
声を掛けられて振り返ると社長が変な色の液体の入ったフラスコを手に立っていた。
「うん、もう平気」
多少寒気と頭痛がある程度です。なのでそれは要りません。
「社長、こいつ大丈夫じゃなさそうだからアレ出して」
「そうですね。はい。薬できたんで飲んでください」
私の言葉を丸っと無視して羽ヶ崎君と会話した社長はよく分からん色の液体が入ったフラスコを出してくる。
「いらん」
「まあ、そう言わずに」
いや、だって、それ明らかに色がおかしいじゃん!なんでそんな不思議な光沢を持ってるのその液体!本当にそれ、薬なのか!?毒じゃないのか!?
「安心しろよ、多分毒じゃないよ」
多分ってなんだよ!
「それ、仮に薬だったとしても絶対不味いよね?」
「不味いでしょうねえ。毒見した角三君の反応を見た限り」
味見じゃなくて毒見って所が笑えねえっ!もうそれ毒じゃん!
「で、飲んでください。折角作ったので」
折角だけどお断りします。君の笑顔が怖い。
……よし、逃げよう。『転移』しよう。
と思ったら、後頭部を何かが掠めていって、そして『転移』は不発に終わった。
……後頭部を確認してみたけど、バレッタが無くなっている。
辺りを見回すと、バレッタを手にした針生がいた。しかも晴れやかな笑顔でVサイン。
くっそ、このアサシンめええええ!
「今です」
そしてバレッタに気を取られている間に社長が合図し、そしてどこからか湧いてきた加鳥に背後から取り押さえられた。しまった!社長の罠か!
しかし私のようなメイドは2歩先を行く!
勢いよく背伸びして加鳥の顎に頭突きをかましてやり、怯んだ一瞬をついて前方へ突進すると見せかけて、体のバネを生かして右へ鋭角に方向転換。現れた刈谷を躱し、そのまま窓を目指して突進……しようと思ったら、3歩先を行っていたらしい鈴本が上から降ってきて取り押さえられた。……まさか上から来るとはなあ……。
「大人しく薬飲んで寝ろ」
しかもしっかり床に組み伏せる徹底っぷりである。
「はい、薬です」
そして目の前に毒物。
「薬です」
社長が狂気じみた笑顔でずいずい来るが、別に口を開かなければいいだけの話だ!ここまで来たらもうこの意地通してくれるわ!
「やっぱりそうきましたか。もうここまできたら舞戸さんが悪いですからね。鈴本お願いします」
「舞戸、すまん」
鈴本が言うや否や、私の鼻をつまんだ。
……そのまましばらく頑張ったんだけど、呼吸のために口を開いたその一瞬でフラスコの口を口に突っ込まれてだな……。
飲みました。つか、飲まされました。味は……そうだなあ、墨とカカオ99%チョコレートと干し柿混ぜて薬品臭くした物を2で割ったような味がした。3じゃなくて2。
薬飲まされたら何やら眠くなってきてしまった。一服盛られたとしか考えられない。しかもなんか体が麻痺している。一服どころじゃなくて二服盛られていたらしい。やっぱり毒物じゃねーかっ!
そしてそのまま運搬されて、ケトラミさんのお腹の上に戻されてしまった。
『……な?大人しく寝てろっつったろうが』
……ごもっともでした。うう、撫でてくれる尻尾に優しさを感じる……。
……しかし、なんか、やだな。これじゃホントに足手まといもいい所じゃないか。
最近ちょっとできる事が増えたからって調子に乗ってたのかもしれない。これじゃいかんね。皆さんだってできる事は増えていく。私にできる事が2、3個増えたって、追いつけやしないんだ。これじゃ足りないんだよなあ、まだ、もっと……
……なんかうっかり寝てしまったらしく、起きたら月が沈むところだった。登る所じゃなくて、沈むところ。つか、日が登りかけている。……うわあああああ!朝帰りとかメイド失格もいいところだよ!
しかしお陰様で体の方はすっかり元の調子に戻った模様。元気に朝ごはんを作りますよ。
実験室に入ったら、メイドさん人形達がもふもふ重なり合って寝ていた。
この子たちにも昨日は随分頑張ってもらっちゃったなあ。後で何かお礼も考えておこう。
……って、あれ?元々この子たちは私が操作している人形だったはずなんだよなぁ……。
なんかいつの間にか、1つの知的生命体みたいな扱いになって来てるぞ……?
……しかし、メイドさん人形達の寝顔みてたらそういう事が割とどうでもよくなってきてしまうから不思議。
朝ごはんはご飯に味噌汁卵焼きに浅漬け、といった具合のご飯メニューでいこう。
うん、ところで、メイドさん人形達が作っていた昨日の夜ご飯、結局おかずは増えたんだろうか、それともマジでご飯と味噌汁だけだったんだろうか……。
朝ごはんができた頃、皆さんも起きてきた。
「舞戸、もういいのか」
「うん、元気になった。大丈夫。……どうもこの度はご迷惑をおかけしました」
私のせいで出発は遅れるわ、余計な労働させるわ、角三君は毒見要員にされるわ、と、碌なことがなかったからなあ。ちゃんと頭を下げる。
「気にするな。……お前が風邪ひいた原因の一端は俺と羽ヶ崎君にありそうだし」
「気にするんだったら次からは倒れる前に言ってよ。じゃなきゃ迷惑だから」
何やら逆に気を遣わせてしまった模様。
うん、有難い事だよね。お気遣い頂いた分も、これからは気を引き締め直して頑張っていく所存だよ。
「ちなみに俺は新しい薬品作って臨床実験までできたので満足です」
社長は満面の狂気じみた笑顔であった。
「俺は……とばっちりだった……不味かった……」
角三君は遠い目をしていた。本当にごめん。許せ。




