表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/180

2話

「いってらっしゃーい」

「俺達がノックするまで絶対にドアを開けるな。いいな?」

「分かってるって」

 化学実験室にはドアが3つある。2つは廊下に面したドアで、1つは薬品庫に繋がるドアだ。

 薬品庫は行き止まりなので、出入りできるのはドア2つと窓という事になる。

 窓から出入りするのはちょっとアレなので、ドア2つから出入りすることになったわけだけど、ホントに何があるか分からないから……3人が探索してくる間、私は内側から鍵をかけておくことになった。

 それで、3人が帰ってきたらノックして、私が開ける、という。うん。安全だね。




 さて、3人が出かけてしまうと暇になった。

 暇だ。

 何もやることが無い。

 あまりにやることが無くてつい外を眺めたりして見たけれど、ひたすら森なので私は窓の外を見るのをやめた。

 ということで、暇を持て余した結果、攻撃力0(推定)のハタキで化学実験室をお掃除してくれよう!という事になったのだ。

 学校の施設にありがちだけど、結構埃が溜まるのだ。

 ましてや野郎ばかりの化学実験室。誰かが掃除なんてするわけがない。私がやらなきゃ、ホントに誰も、永遠にやらないだろう。

 ……それに、なんだろ、やっぱり、動いてれば多少、気も紛れるかな、と。




 しかし、ハタキとは何とも前時代的な掃除具である。折角ならル○バとか、ダイ○ンの掃除機とか、そういうのにして欲しかった。

 せめて、コロコロして埃を取るアレとか。

 しょうがないのでとりあえずハタキで棚をはたく。

 ぽふぽふ。ぽふぽふ。

 これで綺麗になってんのかね。

 埃は落ちそうだけど、これ、落ちた埃を箒か何かで掃いて綺麗にしないといけないんじゃないだろうか。

 ……しかしそこで在りえないことが起こった。

 数度棚をはたいたところで、急にハタキが光り始めたのである。

 そして、光が収まった時には棚の隅っこにまで溜まっていた埃が、きれいさっぱりつるっと消えていた。

 なんと!このハタキは魔法のハタキだったのだ!

 ……とか言うとでも思ったか!

 なんだこれは!非科学的にもほどがある!埃は!どこへ!消えたんだよ!ありえないだろ!

 大体なんで発光したんだ、このハタキ。どこからエネルギーが出たんだ。そして埃は何処!




 ……暫く考えたが、このハタキ。原理は分からんがとりあえず綺麗にはなるので、もう色々無視して使う事にした。

 だってさ、再現性はあるし、毎度毎度発光して埃が消えるし……。もう私は考えるのをやめるぞ、うん。

 そうして3人が帰ってくるまでの間、鼻歌なんぞ歌いつつ、ひたすらにハタキでぽふぽふし続け、化学実験室をすっかり綺麗にしたのであった。




 3人が帰ってきたのは30分後位だった。

 こんこん、とノックの音が聞こえたので慌てて鍵を開ける。

「ただいま」

「お帰りなさいませご主人様」

「やめろ、お前が言うと気持ち悪い」

「ご無体な」

 折角メイドなのでと思って言ってみたら不評だった。殺伐としたやり取りもいつもの事である。


「舞戸さん、これお土産です」

 社長が手に持っていた果物っぽいのを沢山、机の上に転がした。

「み、翠のオレンジ、ピンクのブドウ、レモン色の桃……」

 なんとも言えない感じのセレクションだったが、これ、食えるんだろうか?

「あ、割と美味かったです。食えますよ」

 とか思ってたら、もう食ったらしい。もうちょっと慎重に行こうぜ!

「あ、これもお土産」

 羽ヶ崎君が机に放り投げてくれたのは……まだらに凍った鳥だった。鶏より大きいかな、位のサイズで、茶色の羽に白と黒の斑点がある鳥だ。で、それが3羽。

「わっついずでぃす」

「鳥」

「その前に何故これは凍ってる」

「杖構えたら凍った」

 ……ああうん、そう。羽ヶ崎君の杖も私のハタキのように魔法の何かだったってことか。

 もうエネルギー保存の法則が、とか、気にしちゃいけないのね。うん。

「で、これがメインだ」

 鈴本が寄越したのは刃渡り18㎝程の、片刃のナイフ……というか、包丁である。割と綺麗な造。業物ですな。ふむふむ。

「いざという時に武器無しじゃ、困るだろ」

 え、何、これ武器なの?包丁じゃなくて?

「『鑑定』したら、『聖銀の包丁』って表示されました。武器の種類は『包丁』です」

 ……今、聞きなれない言葉がぽろぽろ出てきたぞ?

「あ、『鑑定』っていうのは、杖を装備して入手したスキルみたいで、対象の情報を得ることができるスキルです」

 ……あれ?また聞きなれない言葉が出てきたぞ?

「……すきる、って、何」




 聞いてみたら、3人とも何とも言えない表情をなさりました。はい。お願いだからやめて、心に刺さる。

「……ドッグタグ、見せてみろ」

 鈴本に言われた通り、首にかけて襟の中にしまっておいたドッグタグを引っ張り出して見せる。

「ほら、2枚目に書いてあるだろ、『スキル』って」

 あれ、本当だ。さっきまで空欄だった2枚目のドッグタグには、『スキル』という欄ができていた。

 そしてそこには。

「……『お掃除』」

 ……非常に不安になったので、3人のドッグタグも見せてもらった。

 鈴本のスキルは、『斬撃』と『片手剣術』。

 羽ヶ崎君のスキルは、『氷魔法』と『水魔法』。

 社長のスキルは、『鑑定』と『土魔法』。

 私、『お掃除』。

 繰り返す。私、『お掃除』。

 ……私が何をしたっていうんだうわあああああああ!




「ところでこの包丁、どうしたの」

「宝箱に入ってた」

 ……さいでか。もう突っ込まない。もう突っ込まないぞ、私は。




「外に出て少し歩いたら、この鳥が上空から襲ってきたんだよ」

 この鳥、というのは現在私に首を落とされて吊るされて血抜きされてるこれである。

 多分、外から聞こえたよく分からん何かの鳴き声はこいつのものだったんだろう。

 外ではこんなのがゴロゴロ襲ってくるのか。怖いなぁ。

 幾ら鳥って言っても、人間の肩から指まで位の大きさの奴が襲ってきたら、さぞ怖いだろう。

「で、最初は俺が剣で斬って事なきを得た。すごいな、この剣。剣とか使ったことないのに、使い勝手が分かる」

 鈴本のスキルにそんなのがあったな。それのおかげなんだろうね。

「そのうち果物が生ってる樹を見つけて、取ってみたら、社長が食えるかどうか分かるらしくて」

「情報が入ってくるんです。名前とか、食えるか、とか、毒が入ってるか、とか、育てるには、とか」

 うん、もう私はなにも突っ込まないぞ。突っ込まないんだからな。

「食えるんだったら取って帰ろう、って話になって、採集してたらまた鳥が来て」

「僕が杖構えたら凍ったから拾って帰ってきた」

「包丁が入ってた宝箱は果物の樹の下にありました。俺達は包丁を装備できなかったので舞戸さんに渡すことになったんです」

 ……よし、分かった。ここは……あれだな?きっと、よくありがちな異世界的な何かなんだな?

 ここでは質量保存の法則もエネルギー保存の法則もまともに働かないんだな?

 OK、OK。分かったよ。諦めるよ。諦めるけどさ。諦めるけど。

 ……ホントに、なんで、私はメイドなんだ?




「そういえばここって水とか火とか使えるの?」

 化学実験室だからね、水道もガスもあるんです。あるんですけどね?

「ガスも水道も止まってるね。当然だけど」

 水道管ガス管の先に何もないわけですから。出るわけがないのでした。

「まずいな、火は兎も角、水は無いと死ぬ」

「飲み水は果物で一日ぐらい何とかなりますし、あとはイオン交換水とか蒸留水の蓄えなら薬品庫にあったはずですけど」

「それは最後の手段に取っておきたい。よし、もう一回出て水探して来よう。無かったら果物で妥協。火については、ガスは使えないだろうが、マッチならあったはずだ。火を付けられそうなものを適当に拾ってこよう。いいか?」

 え、また私はお留守番ですか。

「舞戸は……鳥、捌いといてくれ」

 鳥。凍ってるコレですか。これを捌けと。

 適当でいいから、とか言いつつ三人は出て行ってしまう。……ええと、どないしよ。




 私はひたすら鳥と格闘していた。

 血抜きの為に首を落として流しで逆さづりにしておいたら少し血が出てきた。あれか。凍ってるから血が出にくいんだな。かといって溶けるまで待ってたら絶対生臭くなるし、かといって取り除かないのもアレなので、捌いて血管ごと取り出すことにしようと思った。

 ……という事で、羽毟って、腹掻っ捌いて、内臓とかを削り取って、開いたところまでは何とかなったのだ。

 なったんだけど、これ、どうしろと?

 ……モツの残りとか、凍ったままの血とか、羽の残りとか色々残ってますがな。羽に関しては、お湯とかかけて処理するのが妥当だし、モツと血は水で洗いたい。

 けど、お湯はおろか水も無いのだ。ここで鳥の処理にイオン交換水使うのは馬鹿だろう。あーもう、こういうのが綺麗さっぱりお掃除されて、単なる肉になればいいのに。

 ……ん?お掃除?




 結論。かのハタキスキル『お掃除』は私がゴミだと思った物を消すというスペシャルなスキルでした。

 やばい。これ凄くやばい。うまくゴミとゴミじゃない物の境目を認識できればきっと魚の骨とりとか滅茶苦茶に楽になるに違いない。

 今は残ったモツと血と残った羽位しか消せないけれど、そのうちスジとか皮とかも消してやる。……いや、試しはしたんだけど、なんかできなかった。しかもすごく集中力を持っていかれるようで、なんか疲れた。くそう、負けた気分だ。




 とりあえず肉を一通り解体。よく分からんけど皮と手羽と胸とササミと腿とレバーと脂ぐらいには分けたぞ。

 多分火は何とかなりそうだし、コレ焼いて今日のご飯にしましょう。


 さて。我らが化学実験室には調理器具がある。

 まず、泡だて器と金属ボウルはあったりする。

 フライパンとアルミの雪平鍋と土鍋もある。

 電気が無いから使えないけど電熱コンロとホットプレートもある。

 私達が去年とか今年とか、文化祭だの合宿だので使ったものだね。

 いや、単純に実験に使ったものもあるけれど。

 そして何より、使い捨てガラス棒代わりに文化祭とかで使う割りばしと竹串は大量に備蓄されてるのだ。

 本日はこいつに頑張ってもらおうじゃないか。

 ふふふ……そう、焼き鳥です。というか、それぐらいしかまともに調理方法無いしなあ。


 調味料とかに関しては、塩は食塩が10kgぐらいあるからそれをメインに使えばいい。塩化ナトリウムの代わりに使ってた奴だね。精製塩だから、そんなに精度の要らない実験にはこれで十分なのだ。

 よく探したら醤油もあった。何故だ。塩は分かるけど、醤油、お前は何故ここに居る。

 合宿でも使った覚え、無いぞ。……まあいいや。

 砂糖もなんかの残りらしく600gぐらいある。カルメ焼きでも作ったのかな。

 サラダ油も800ccぐらい余ってるのが見つかった。こっちは石鹸か何かかね。

 見た所まだ食用に使えそうなのでここら辺は大事に使う事にしよう。


 うーん、炭水化物が欲しいけど、残念ながら薬品庫にはグルテン作った時の余りの小麦粉がちょこっとあるだけだ。

 米とか欲しいけど、流石に無いね。

 あったらここは化学実験室じゃなくて家庭科調理室だよね、うん。




 皆さんがまだ帰ってこないので、肉を食う準備をしておく。

 手羽は醤油と砂糖少々に漬けておく。腿は半分醤油で半分は塩。レバーはもうこのまま焼いて食う事にした。臭みが酷かったらやめよう。胸とササミは半分は普通に塩にして、もう半分はきつめに塩を入れる。きつめに塩を入れた方はいわば保存用だ。

 流石に食べ盛りの高校生男子3人でも、鶏3羽は食いきれんだろうと見越しての事である。

 ちなみに、肉入れとく容器が無かったので新品の1Lビーカーを動員しました。新品だからセフセフ。




 暗くなってきた頃、皆さんが帰ってきましたよ。

「ただいま」

「お帰りなさいませご主人様方」

「だからそれ、やめろ」

 スカートの裾をつまんでお辞儀までしてみたけど、やっぱり不評だった。まあ、いつものことである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ