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42話

 さて、戻ってきましたが、明らかに色々おかしい。

 宿屋に誰もいない。周りにも誰もいない。ダリアさんも、お爺さんもである。

 ……まあ、普通に考えたら料理になんか入ってたっぽいわけだから、料理作ったであろうお爺さんはギルティ、更に、この宿屋に誘導したダリアさんも限りなく黒に近いグレーである。

 そして、まあ、皆さんもいない。大丈夫かな、一応、羽ヶ崎君に関しては歌える状況にあることが分かったけども、それだって大丈夫である保障にはならないんだよね。

 みなさんもあのスパイシーな煮込み料理食べてるんだから、多分寝たと思うし、だとしたらどうなってるのか、さっぱりである。


 とりあえず、私を探している、っていう方向で考えていこう。

 その場合、犯人が今回は分かってるんだから、ダリアさんとお爺さんを追うはずだ。

 けど、もし目が覚めた時にその二人が既にいなかったら。

 ……私なら、奴隷商人の所に、いくなあ。


 ということで参りましたデイチェモール。真っ先に質屋のオッサンの所に来てしまいました。というか、さっきの宿屋でもそうだけど、人がいなくて良かったです。うっかり『転移』するところを見られでもしたら厄介そうだし。


「ごめんください」

「んぁ!?なんでアンタこんなとこにいるんだ!?攫われたって聞いたが」

 お、おう?なんとも情報の早い事で。

「それは誰から」

「一昨日アンタと一緒に来てた騎士様と、あとなんか学者っぽい兄ちゃんだったな」

 ふむ、鳥海と社長か。

「その二人は今どちらに」

「いや、こっちにアンタが流れてきてないと知るや否や、飛び出していったよ」

「それは今からどれぐらい前ですか?」

「そうさな、一回目は昨日の夕方だったか」

 ……あれー、なんでだろ、私だけ一日余分に寝てたって事ですかね?

 というか、一回目?とは?

「その後、もう一回、昨日の夜、店じまいしてから来やがったぞ」

「それはどのようなご用件で」

「……あー、一応アンタなら大丈夫かとは思うんだが、一応、な?口止め料貰っちまってて」

「では情報料です。金貨1枚で足りますか?」

 ポケットからさっき収穫してきた金貨を一枚出してカウンターに置く。

「あー、はいはいはい、分かったよ。アンタら本当によく似てるなあ」

 類は友を呼ぶ、っていうことですね、分かります。


「えっとな?騎士様と学者さんが来て、発掘品っぽいドレス3着売って、その金で『真実の雫』と『封印手錠』買っていったんだわ。もう店じまいしてるってのにな?すっげえ形相でガンガンドア叩くもんだから流石の俺も店開けたわ」

 ……え、ええっと、その『真実の雫』とか『封印手錠』とかって、何よ?

 困った顔してたら、オッサンが気を利かせて教えてくれた。

「あ、そっか、そりゃ『真実の雫』なんて知らねえよな。ほら、あれだよ。飲むと暫く、嘘を吐けなくなるっていうモンでな。『失われた恩恵』によるものだもんで、すっげえ値段が高い。ほんの2、3滴で金貨100枚ふっ飛ぶからな。それをお前のご主人様は買っていった、ってこった」

 成程、分からん。この間も聞いたけど、何だ『失われた恩恵』って。そして何の情報もくれない『封印手錠』は、私が知っていて然るべき……っていうかんじか。

 うーん、でも自白剤買って行った、ってだけじゃあ、ちょっと判断に困るな。

『封印手錠』がなんなのかも知りたい所。しかしここで下手な質問すると、墓穴掘りそう。

 ……よし。

「あの、その二つの名前をご主人様方はご存知でしたか?なにか別の言葉を重ねたり……こういうものは無いか、といったような注文の仕方をなさったのでは?」

 私が知らないことを鳥海と社長が知ってるとは思いにくい。ならば、さっきの『真実の雫』に関しても、「自白剤くれ」みたいな言い方をしたはずだ。

 そしてその考えはビンゴだったのである。

「ああ、そうだな。ええと、『真実の雫』に関しては、使用した者が嘘を吐けなくなる道具は無いか、って言ってきたんで、出した」

「『封印手錠』については?」

「『封印手錠』に関しては……えーと、なんつったかな……あ、そうそう。確か、『すきる』ってのを使えなくする道具、とかって最初は言ってたんだが、その『すきる』って何だ?っつって聞いていったらどうも、騎士様たちの郷里の言葉で『魔法』の事らしいんで、『封印手錠』を出したな。うん」

 ……あれ、今、すごく大事なことを聞いちゃった気がする。

 もしかして、もしかして……この世界に、本来『スキル』は存在しないのか?

 というか、『スキル』と『魔法』は別物なのか?




「すみません、ご主人様に売った『封印手錠』と同じものはありますか?」

「え?ああ、あるけども」

「少し見てみてもいいでしょうか」

 言ってみる物で、オッサンはちょっと奥に入って、すぐに手錠をもってやってきた。

 ふむ。よし、実験だ。

「……付けてみてもいいですか?」

「いや、そりゃ構わねえけどよ……ちょっと不用心すぎやしねえか?」

 ……それもそうだね。私、今はぐれ奴隷だったわ。あぶねえあぶねえ。このオッサンが良心的でよかったです。

「……手錠の鍵も先にお借りしておいていいですか?」

「ああ、いいぜ」

 鍵が合うかを確認してから、手錠を自分にかけてみる。

 よし、この状態で『鑑定』。……この手錠に特に異常は無い。なにもないな。やっぱり発動してない、ってことか?よし、じゃあ、ブローチを『鑑定』。……あ、あれ?『守備力上昇』って、ちゃんと出てくる。

 ……こ、この状態で、オッサンから見えないように、自分で陰になるようにして、『火魔法』。……普通に、着火も出来る。

 これは、どういうことなの……?




 ……うん、やっぱり、『スキル』と、この世界の『魔法』は別物だって考えるしかない。

 うん。そう考えるとパチパチとパズルのピースが合わさっていく。

『失われた恩恵』についても合点がいく。遺跡にしか残っていない、過去の遺物。今では失われてしまったもの。

 だからこのオッサンは、只のドレスに『失われた恩恵』が付いている『可能性』だけで買い取った。どんな効果が付いているのか、確認もせずに。

 なぜなら、『失われた恩恵』はそれほど貴重で、高価だからだ。

 そう考えれば、異国人がどれほど貴重なものか、すぐ分かる。

 非常に貴重な『失われた恩恵』をその身に宿した人間……『スキル』が使える人間なのだから。


 成程、『アライブ・グリモワール』さんが「この世界の人のふりしとけ」っていう訳だよ。私達の価値って、つまりドレス一着銀貨500枚を遥かに凌駕するわけでしょ?

 というか、私(この世界の人)に付いた値段としての金貨200枚、をも、超えるんでしょ?

 ……そりゃー、攫いたくもなるよ、異国人。




 さて、なんかこの世界の決まり事がまた一つ分かってすっきりしたところで、次だ、次。

 問題。夜中に血相変えて飛び込んできた奴らが、自白剤と手錠を買って帰った。尚、こいつらは奴隷を盗まれている。さて、こいつらは何をするためにこの二つを買って行ったのか。

 ……分かんないよこんなの!


 ま、まあ、いいや、落ち着こう。

 とりあえず、最初に鳥海と社長がここに来たのが夕方、って時点で、彼らもぐっすり寝ちゃった、って考えるのが妥当かな。つまり、私を盗まれたのに気付いたら、まず最初に王都を覗くかもしれないけども、そもそも私達は奴隷売買に関してコネを持っていると言ったら、この質屋さんぐらいしかない。そしたら、分担してでも、真っ先にこっちに来る人がいた、っていうのは妥当だろう。

 その為、ケトラミさんあたりをかっ飛ばしても、デイチェモールに着いたのが夕方。

 そして、2人はここに私が売られていないか、その情報が入っていないかを確認に来た。

 ……ここで重要なのは、この時点では『真実の雫』と『封印手錠』はまだ必要じゃなかった、っていうことだ。

 もしこの時点で必要なんだったら、これもついでに買って行ったはずだ。

 で、次に来たのが、夜中。もう夜中っていう時点で、何か事態を急変させる事があったんだと考えるのが妥当だろう。

 そして、ドレス3着を売ってお金にして、二つのアイテムを買って行った。

 ドレス一着銀貨500枚が相場らしいから、大体銀貨1500枚になったはず。つまり、金貨150枚。そして、そのうちの100枚は『真実の雫』に消えた。

「すみません、この手錠、お幾らでご主人様方に売りましたか?」

「ん?それは一応最上級のだからな。合計で金貨40枚はもらったぜ?」

 ……合計?

「あの、いくつ買って行ったんですか……?」

「4つだな」

 4つも。……うーん、これも気になるところだけど、これは置いておこう。

 この時点で残金は元々あった分と合わせても大体金貨60枚だった訳だ。……よって、私を買い戻すためのお金ではないことが分かる。

 私の値段は、このオッサンが最初に付けた値段が金貨90枚。最終的には金貨200枚という条件を出してきた。

 王都の門番さんは金貨180枚で私を買おうとした。

 此処から考えて、私を買い戻すとしたら絶対に60枚じゃあ足りない。

 つまり、皆さんは私を買わずに取り戻す手段を入手した、ってことだろう。

 さもなきゃ、私を買い戻すためのお金を絶対に用意するはずだ。


 そして、私側の情報もある。私を火事場から出したオッサン二人組は、『折角の奴隷が死んだら元も子もない』みたいな事を言った。

 これは、お金のもとになる=売る、っていう風にも取れるけど……私を元手に、何か取引をしようと考えた、っていう方が、妥当じゃないか?

 だったら多分、皆さんに対して身代金請求以外の要求が行ったんだ。

 それで夜に飛び出してまで、ここに来て、その要求なのか、対策なのか、どっちに使うのか分からないけど、アイテムを買って行った。

 ……ふむ。

 よし。足りない物は……あー、鞄、かな?


「あの、この指輪3つとピアスと、ナイフ2本を売りたいんですが」

「ん?……ああ、よし、うんうん……あー……うん。合わせて銀貨13枚でどうだ?」

 まあ、指輪もピアスも安物っぽかったし、ナイフも然り、ってことかな。

 ……この際、ぼったくられてても構うもんか。

 それから、ポケットから収穫した硬貨を取り出す。……金貨1枚は口止め料として取っておくとして、金貨1枚、銀貨7枚、銅貨が13枚、か。よし。

「それでお願いします。それから、ここに銀貨18枚と銅貨3枚分を足して、この金額ぎりぎりで、できる限り高価で、かつ容量がそんなに小さくない、女性が持つような鞄を一つ下さい」




 とりあえず鞄を購入できた。本当にこの店、何でもあるなあ。

 オッサンにお礼を言って、更に金貨1枚を口止め料として提供してから店を出る。人目に付いていないことを確認したうえで『転移』。また王都の宿に戻ります。

 ……よし、人いない。良かったよかった。

 そしたらここで一旦『変装』し直そう。ローズマリーさんはもう目撃されない方がいい。

 えーと、えーと、とりあえず、うん、あれだ。

「茶髪翠眼の白人のボインになーれ」

 割とこの世界に来てから多く見た組み合わせのカラーリングに変えてみる。

 いっそ超ピンクとか、そういう突き抜けたカラーの方がいいかも、とは思ったけど、流石にその勇気は無かった。

 しかし、やっぱりというか、胸の質量は変わらず。何故だ!

 質量保存の法則が働くから、っていう理由は付けられんぞ!

 なんてったって、『お掃除』は完璧にそこら辺無視してるからなっ!




『変装』できたのを確認して、エプロンとメイドの標準頭装備を外す。ついでに、首輪も『お掃除』で外してしまおう。できれば、これは消さずに外したかったんだけども……しょうがないね、このスキルの特性上。

 さて。これで私の恰好は目立たないながらも刺繍の入った上等なワンピースにチョーカーとアクセサリー各種。

 これだけなら割と普通の女性市民っぽく、見えるんじゃないかな……と、期待。いやー、メイド服における頭装備とエプロンの重要性がよく分かるね。

 購入した鞄は革製のしっかりしたもので、留め金に細かい細工が付いているものだ。

 これも割と高級なものなので、首輪も付いてない今、私は奴隷には見えない……と、思いたい。

 少なくとも、ローズマリーさんとは別人に見えると思う。思いたい。




 鞄にエプロンと頭装備、エプロンのポケットに入れっぱなしていた『放送室』、短剣一振りをしまっておく。

 さて、出発だ。とりあえずは……コロシアム前、あたりかなあ。


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