164話
ガラス越しに、目がこちらを見つめている。
「あなたは、何」
それは特に反応を返すでもなく、只、私を見ている。
「なんで私の中に居るの」
只、私を見ている。
歯車が回る音だけが響いている。
ケトラミさんでふかふかもふもふ、そしてうつらうつらしていた所、ご飯狩りを終了した皆さんが帰ってきた。
……ケトラミさんに埋もれて昼寝してた私を発見できずに、少々探し回らせてしまったらしい。申し訳ない。
ケトラミさんも、言ってよ!君、私経由で鈴本と羽ヶ崎君とは会話できるでしょーに。
しかし、まあ、何故か、ご飯狩りした皆さん、そのご飯を丸っと持って帰ってきた。
「どしたのよ、それ」
「いや、持っていったら、先輩が……」
『この人数分のご飯を作るとなると大変ね。調理関係のスキル持ってる人は居ないの?いないのね。じゃあ、舞戸に作ってもらいましょう。あの子は非戦闘員でしょう?じゃあ暇してるんでしょう?じゃあ、きっとやってくれるわよね。あ、プリン食べたい、って伝えておいて』
……ということらしい。
そういう事ならもう始めた方がいいので、お肉を『解体』したり下味付けたりしつつ、アリアーヌさんに聞いてきたことを報告。
つっても、つまりは『元凶はこの世界の人間で消すから遠慮なく帰ってくれ』っていうことと、『異世界人の召喚を行い始めてから元凶が化け物になるようになった』っていうだけだけども。
「つまり、元凶のモンスター化って、異世界人が関わってるってことかな。だとしたらなんか申し訳ないけど」
尤も、勝手にこの世界に呼び出されてる訳でもあってだな。
そこら辺は良心と現実のバランスなんだけれど。
「……でも、そうすると化け物のサイズは最初、ミジンコレベル……?」
ここで角三君が、この間の疑問を再び。
そして、増えた材料で羽ヶ崎君が考えた結果。
「……勇者召喚の度にサイズリセットされてるとか」
とのこと。
あー、それならまあ、納得がいくね。尤も、確かめようも無いけれど。
……だとしたら、さ。
私たちが帰ったタイミングでリセットされたりしないだろうか。そしたら、アリアーヌさん達でも消せそうなサッカーボールサイズのふにふに生物からスタートだから、まあ、3つぐらいは、消せるんじゃないだろうか。どうだろう。
「元凶については……今日の夜までに全部消す、っていうのは無理か」
本日の夜、っていうのが、吹奏楽部の人達を回収する時間だから、私たちは実質、その時点から、元の世界に帰れることになる。
そしておそらく、すぐに帰りたい人だらけだろうから、あんまりのんびりもしてられない。
というか、私達も元々そのつもりだった。
「とりあえず、あと1つ2つ、消してから帰ろう。それで折り合いをつける、っていうのは、どうだ?」
と、いう事で、結局、鈴本がそういう提案をして、それで妥協、っていう事にした。
元凶が魔力を吸うものなら、数が減ればその分、世界の崩壊も遅いだろう。
今まで滅びて無かったんだから、相当に滅ぶスピードって遅いんじゃないだろうか。
そう考えれば、割と納得できる妥協点であった。
「じゃあ、いくよ」
という事で、私が『碧空の種』を植える係りに成りました。
隣には刈谷が待機中。
つまり、化け物が出てきた瞬間を狙えば割と簡単に消せちゃうんじゃないか、っていう作戦だね。
失敗した場合は、刈谷が『箱舟』で無敵状態にしてくれる予定である。
もし駄目だったら、加鳥の『滅光EX』が飛ぶ予定になってる。それでも駄目だったら……っていうのは、考えたくないな……。
出てきたら即座に『お掃除』、出てきたら即座に『お掃除』、と心の中で唱えながら種を植える。
そして発光して以下略!
光が収まったと同時に、前が良く見えてなくても何でもとりあえずハタキ突き出してぽふぽふやりながら『お掃除』!
……そして、実に、素晴らしい事に、ぼふん、と……。
……ちょっと離れて『滅光EX』の準備をしていた加鳥曰く、「出てきた化け物がちょっと悲しそうだった」との事。まあ、出てきて1秒も経たずに消されたらなあ……。
「……もう一丁、いっとく?」
「やっとく、かあ……」
なんというか、そうね。何事も出てきてすぐに叩けばいいのよね。ね。
ということで、元凶3つ、追加で消せました。
……3つ目は、なんか、こう、『お掃除』できるのが、パーツパーツで区切られてしまって……最初の1発目で足しか消せなくてだな、焦った。
加鳥の『滅光EX』で何とか頭と胴体の上半分と、右腕を消して、残りの人達で何やかややって、なんとか、ってかんじでした。
空まで聳える化け物って、凄いよ。あれ見てるとちっぽけな悩みとか、消えるよ。それどころじゃないからね。
……しかし、『消す』という事に関しては、本当に便利なスキルであった。『お掃除』。
私に戦闘補正が掛かってたら、もっと使えたんだろうけどなあ……。
残念ながら、これ以上の元凶は消せなそうだ。
だから、後の事はアリアーヌさん達神殿の人達や、ケトラミ達に任せようと思う。
……それが、折れ所、だよなあ。
ということで、早めに晩御飯の支度である。
今日が最後の晩御飯になる可能性が割と高いので、食材を惜しまず使っていくよ!
……本日はから揚げです。ただし、鶏肉とは限らない。
あらゆるお肉にそれぞれ下味はさっき付けた。後は、衣付けて、揚げる。これのみ!
……だってさあ、下手に凝るより、絶対こっちのが、受けいいもん。知ってるもん。私はこの異世界生活でこいつらの食の好みは知り尽くした。
そして、凝ると体育館の人達の分ができない。時間が足りなくなっちゃうからね。
さて。
鳥っぽい肉はお酒と醤油と生姜のオーソドックスな奴と、塩胡椒とハーブ類の洋風との2パターン。
牛とか鹿とかっぽい奴は、硬くなりがちなので柔らかそうなところを塩胡椒で揚げる。
から揚げっていうか、牛かつだね。
牛脛とかは勿体ないんで、煮込んでしまう事にした。しぐれ煮とワイン煮の2種類作るよ!
これならお鍋の番するメイドさん人形2人の手間にしかならないし。
同じく、猪も柔らかそうなところを選んで揚げる。甘辛い味と、塩胡椒と2パターン。
揚げる。ひたすら揚げる。
その隣で、お野菜たっぷりのミネストローネとポタージュを凄まじいサイズのお鍋複数個で煮込み、更にその隣でご飯を炊く。
鍋をかき混ぜるのはメイドさん人形達のお仕事である。
お鍋とお鍋を飛び回ったり、野菜を切ったり、炒めたり、と、大活躍だ。
そしてオーブンではズッキーニとトマトのグリルと、茄子とジャガイモのグラタンを作成中。
その隣のオーブン(増設してもらった。いやー、お世話になります)では、大量のプリンを蒸し焼きにしている最中。
食材大放出しつつ、できた端から鳥海と、『転移』のバレッタを貸した加鳥に運んでもらう。
体育館の方では、多分、それぞれなんかしら作ってるんだろうけど、なんというか……こう、お肉の解体がまずネックらしいんだな。だからこっちに料理係が回ってきたんだけど。
なので、向こうはお野菜中心で何か作ってくれてるはずだ。多分。
「から揚げ好評だわ」
「僕も早く食べたい……この拷問を早く脱したい……」
そりゃ良かったです。さあさあ気張って運んでくれたまえ。
ちなみに、揚げ物は、ベテランになってきたメイドさん人形数体と一緒に数人体制でやってます。
多分、分速100から揚げいってると思う。
そして、延々と調理し続けて、やっと終わったのでこっちもご飯ですよ。
評価は上々だったんじゃないだろうか。
うん。君達、本当にから揚げ好きよね。私も好きだけどさ。
ご飯が終わって、少しした頃に、吹奏楽部の人達を迎えに行く……前に、もう一度、確認しに行くよ。
錦野君の所である。
鳥海達が確認した所、ぎりぎりまで考えさせて、との事だった。
合唱部の人達もぎりぎりまでそこに居るので、その回収もある。
彼彼女らは……凄い。
一回飢え死にしたっていうのは凄い。
『飢餓耐性(大)』を手に入れて、栄養が無くても謎パワーで生き延びられるようになったとか何とか。
その結果か分からないけど、驚異のスピードで回復していることは確かだ。
鳥海が合唱部の人達をひとまず2F南に移動させ、その間に私は錦野君の決断を聞いておく。
「凄く悩んだ。元の世界には俺の家族もいるし、友達はあんまりいなかったけど、幼馴染がいるんだ」
そうかそうか。その子に毎朝起こして貰ったりしてたのか?ん?
「だけど、この世界にはキャリッサとシュレイラがいる。別れるのは辛いんだ」
キャリッサちゃんとシュレイラさんは錦野君の左右に座って、錦野君の手を握っている。
「……だから、2人も連れて帰ることにした!」
……あ、うん。ええと……。
シュレイラさんと、キャリッサちゃんは、それで、いいのか?いいのか?
「勿論、私達も知らない世界に行って、まともに生活できるとは思っていない。けれど、それがユートにとって一番いい方法なら、幾らでも努力しよう」
「あたし、ユートの為ならぁ、なぁんでもしてあげられるからっ!」
……うん。決意は固いんだね?うん、上手くいくかは分からないけど、分かったよ。うん、3名様、ご案内……。
……もげろっ!末永く、もげ続けるがいい!そして禿げろ!禿げてしまえ!
禿げろ禿げろ禿げろ!ザビエルか!?M字か!?
くっそ、でも、禿げてもこの2人には……愛想、尽かされない気がする……。
幸せそうな3名様をご案内したら、吹奏楽部の人達を迎えに行くよ……。
魔王装備に着替えたら、また後方支援をしてくれる針生と鳥海と刈谷を連れて『転移』である。
吹奏楽部の人達のいるお家の前に『転移』したら、既に隊列を組んで皆さんそこにいらっしゃった。
「決まりました。その話に乗ります。僕たちは元の世界に帰れる可能性があるなら、それに賭けようと思います。それに、こんな世界、滅びても構わない」
うん。荷造りしてあるみたいだったから、こりゃOKだな、とは思ったけど、実際に聞けるとホッとするね。
しかし、まあ、そう思うのも当然か。「こんな世界、滅びても構わない」、と。
……ちょっと切ないなあ。
「……そうか。よし。では、お前たちを連れて行こう。そこでお前たちの仲間と合流するがいい。そして、そこで暫し待て。よいな?」
まあ、そんなことを気にすることも無いでしょう。
という事で、『転移』で100人弱の人達を移動させ……られちゃったよ。あれっ、多分往復しないと駄目だな、って思ってたんだけれども。
……MPが増える要因……あ、もしかして、私も気づかない内に元凶トレーニングしてたんだろうか。
それで、MPはともかく、大元の動力になる魔力が増えてた、っていうのは考えられる、気がする。
あ、そしたら、私は魔力が多い、ってグライダが言ってたことも納得がいくね。うん。
……どうせ使えないんだけどね?うん。
吹奏楽部の人達を連れて体育館組の居る所に移動すると、そこでは未だにみんなでから揚げつついてた。
多すぎたかな、と思ったけども、様子を見る限りまだまだ大丈夫そうだね。うん。
「こ、これは……?」
そして、予め打ち合わせをしておいた糸魚川先輩がやってくる。
「早田ちゃん!」
そして、吹奏楽部の副部長に抱き付くと、満面の笑顔で。
「お帰り!ご飯もう食べた?まだ余ってるから、いっぱい食べるといいわ」
と。……それだけで、吹奏楽部の人達の毒気は、かなり、抜けた。
敵対しようと思った瞬間に、懐に入られたら、まあ、毒気も抜けてしまうでしょう。うん。
吹奏楽部の中に知り合いが結構混ざってた、ってのもあるんだろうけども、まあ、何にせよ、先手必勝である。
それを見届けて、私は2F北東、化学実験室に帰る。
説明は先輩がしてくれるから問題ないだろう。
……さて。仕事が終わったお祝いに、プリンもう1つ食べようっと。
「これで帰れるね」
寂しいようだけども、帰ることが目的だったわけだし、これで目的達成なのだ。
もっと喜ぶべきなのかもしれない。
……しかし、遠足は行くまでが一番楽しいっていうのは本当かもしれないね。
「最後にもう一回、世界の端っこ見に行かない?」
鳥海の提案で、寝る前にもう一回世界巡ってくることにした。
最初に世界の端っこ。次に、神殿の前の丘。溶岩地帯。砂漠。草原……で、看板とメイドさん人形も回収して、雪国地帯。デイチェモールの街並みを眺めて、エイツォールのお城を眺めて、海中都市の壁を見に行って、アーギスとククルツも。
……綺麗な世界だ。
凄く。凄く。
つい、寝るのが勿体なくて、全員で徹夜してしまった。
朝日が世界を照らすのを眺めて、この世界も見納めだ。
さて、帰らなくちゃ。
徹夜はしても、朝ごはんは食べる。
胃もたれしそうだから、昨日の残りのスープ位で済ませちゃうけど。
ご飯が終わったら、この2F北東の森ともお別れである。
見納めたら、全員で、2F南へ『転移』。
そこでは、やっぱり見納めしてるのか、皆外に出たりなんだりしていた。
「舞戸―っ!」
「ぐわーっ!」
どこからともなく飛び出て来た明石にタックルかまされて、肋骨をべきべきやられるのもこれで多分終わりである。終わりである。終わりにしてください、お願いだから!
明石はベーコンを咥えてむぐむぐやりながら、満足したのか去って行った。一体なんなんだ!
「舞戸さん」
肋骨を刈谷に治して貰っていたら、歌川さんが優雅にやってきた。
花村さんと相良君も一緒である。
「お疲れ様。……今まで、色々大変だったでしょう」
「それは皆一緒だから。歌川さん達もかなり頑張ってくれたし」
そう言った所で、後ろから月森さんがぬるっ、と出てきた。
「舞戸たちが最初に始めなかったら、誰も始めなかったんじゃない?」
「そうですよっ!私達は化学部の先輩方に助けて貰ったんですから!」
ねっ、ねっ、と、花村さんがぴょこぴょこ跳ねる。
そう言われてみると、そういう気もする。
というか、よく考えたら割とそういう気がする。
……うーん、達成感。
ロミオとジュリエットがいちゃつくのを眺めつつ、何かと皆さんも私も、色々な人に話しかけられたりなんだりした。
なんだかんだ言って、割とよくやったのかもしれない。いや、私が、っていうより、皆さんが。
そして遂にこの時はやってきた。
全ての教室を展開する。
……うっわ、カオス!超カオス!全ての教室が平屋仕立てになってる!
……尤も、この解決方法はもう、分かっている。
「それでは皆さん、斉唱しましょう!」
合唱部の女の子がほんわりと宙に浮きながら指揮棒を振り、私たちは校歌を歌う。
懐かしい歌詞と旋律。
その歌に合わせて教室が浮き、動き、組みあがっていく。
そうして、最後に端っこの教室がかちり、と組み合わさり、私たちの目の前に、懐かしい校舎が。
一瞬だった。
それは、一瞬の出来事だった。
校舎が出来上がった瞬間、巨大な手によって、生徒たちが叩き潰される。
巨大な翼に弾き飛ばされ、巨大な爪に、牙に切り裂かれる。
パニックに陥った生徒たちと、武器を構える生徒たち。
逃げようとする人、力尽き倒れ伏す人、回復魔法を使って治そうとする人、武器を手に立ち向かっていく人、魔法を使おうとする人、色々な人がいたけれど、全員の気持ちは、間違いなく1つ。
絶望。
校舎の裏から現れた化け物達は、間違いなく、最悪のタイミングで現れ、私達を絶望させた。




