162話
私の台詞を聞いて武器を構える吹奏楽部の人達を見て、あー、こりゃ駄目か、と構えた所。
「攻撃中止。話を聞きましょう」
はっきりした声が聞こえた。
「でも」
「副部長!」
それに対して非難の声もいくつか聞こえてくる。
どうも、副部長さんが攻撃を中止させたらしい。
「元の世界に帰れるという事は、私達にとって得な話だと思います!」
相変わらずの損得勘定は健在だった。素晴らしい。
「でも信用できない人の話を聞くべきじゃないと思います!」
そして反論ももちろん出るんだけど。
「この家の事を忘れたんですか!幽霊さんはいい人でした!私達はあそこから学ぶべきだと思います!」
ああ、うん。エウラリアさんね。名前忘れられてるか。うん。しょうがないよね。
……そして、副部長さんの説得により、遂には部長が折れ、部員全体が納得した模様。
……正直、想定外だった。
吹奏楽部の人達の事だから、どーせまた話聞かねーんだろ、と思ったけども、この家で多少ゆとりのある暮らしをするようになって、少しは精神面が改善されたのかもしれない。
人間、切羽詰った生活してると、心のゆとりが無くなっていくものです。
「話を聞きましょう」
そして、部長と副部長2人の計3人が、こちらにやってくる。
後ろの方では勿論、他の部員達が警戒態勢を敷いているんだけども。
……とりあえず、成功、したのかな?
「……僕たちがこの世界に来たのは、完全にこの世界の人達の都合だったのか」
実に回りくどい事に、吹奏楽部の幹部さん達に、『よくわかるこの世界の仕組み』をレクチャーするところから始めた。
スキルとは何か、私たちは(いや、私は魔王だから君達は、っていう体で通したけど)何故この世界に来たのか、帰る方法にはこんなのがある、と。
そして、神殿関係の話をしたら、もう、なんというか、吹奏楽部の人達の恨みは完全にこの世界自体に向いてしまった。
……うん、まあ、いいけどさ、そっちじゃないのだよ、話は。
「他の異世界人達とは既に話が付いている。よって、ここでお前たちがこの話を断るならば、お前たちが元の世界に帰る方法はほぼなくなるだろう」
ちょっと脅すように言うと、明らかに動揺した様な素振りを見せて、ひそひそと話し始めた。
……実は、ステルスのメイドさん人形がこの会話、全部聞いてるので、そのメイドさん人形の聴覚を借りている私には筒抜けなのであった。
「どうする?この人、信用してみる?」
「でも明らかに怪しいじゃん」
ごめん。怪しくてごめん。
「でももし本当にそうだったら私達、帰れなくなっちゃう」
「だから、そういう作戦なんじゃないの?」
「だって、そんな作戦にして、何の得があるの?」
……こんなかんじであった。
まあ、つまり……『信用すると、元の世界に帰れるかもしれないけど、騙されるかもしれない』『信用しないと元の世界には帰れないけど、今までの生活ができる』っていう2つで迷ってるらしい。
……うん、いいけど、早くして……。
そのまま30分位話し合われた挙句、これである。
「僕たちは話し合う時間が欲しい。また明日の夜来てくれ」
……。うん。いいよ。いいとも。
「ふむ。そうか。別に余としてはここで全員消し炭になってもらっても良いのだがな?」
『殺そうと思えばいつでも殺せるんだぞ』っていうアピールをしておこうかな。
これで、『騙して利用する』説は薄くなるんじゃないかな?
「まあ良い。良い返事を期待しているぞ。また明日の夜に会おう」
警戒した幹部3人を尻目に、私は『転移』である。
……あああ、これ、明日も来ないといけないのか……。
戻ると、連絡を入れるまでも無く、観察していたらしい鳥海たちも戻ってきた。
「おかえり。どうだった」
「うん、また明日行く事になった。話し合いするんだってさ」
「……そうか。お疲れ」
話し合いは吹奏楽部のアイデンティティみたいなものだからなあ。仕方ないね。
そして、朝になりました。
おはようございます。
今日は無性にバターとジャムを乗っけたパンが食べたくなったので、パンです。
……うん。今日は無性に私の中でパンがパンデミック……あ、すみません。つまらない事を言いました。
パンとバターとジャムはそれでいいとして、あとは、カリカリに焼いたベーコンでベーコンエッグにして、それと作り置きしてあるスープを温めればいいかね。
この、ベーコンが焼ける匂いっていうのは、いいもんですなあ。
朝ごはんを食べながら、今日の予定を話し合うよ。
「そういや、昨日の夜舞戸さん達が出かけてる時に、相良君達から連絡があったよ」
昨夜は加鳥に『交信』の腕輪を預けておいたのだ。
……いや、だって、魔王やってる途中に『交信』が来て、「あ、ちょっと電話出るね」とかやっちゃったらさ、魔王じゃなくなっちゃうじゃない……。
「荷造りとか色々な事の整理とか終わったから迎えに来てくれ、ってさ」
おお。それじゃあ、朝一番にジョージさん達を回収して体育館組の所に連れて行こう。
「錦野と合唱部の人達の方はどうなったでしょうね」
そっちは合唱部の人達が回復し次第、ってかんじになるのかな。
「ジョージさん達回収するなら、演劇部も回収しちゃおうよ」
そうね。そろそろ明石たちも回収した方がいいね。
「じゃあ、穂村君達もだねえ」
彼らはククルツに居るらしいから、そっちも合唱部の人達の様子見ついでに見てきて、回収できそうだったらすぐ回収しちゃおうか。
ということで、私と鳥海が分担して動いた結果、お昼前にはジョージさん達と演劇部と穂村君達と、それから、家庭科部の人達も回収することに成功した。
私はジョージさん達の回収と演劇部の回収に回った。
ジョージさんは帰るにあたって、『コピーウォーロック』の能力でコピーしていたこの世界の人の見た目を解除して、元の黒髪黒目に戻っていた。
……中々に男前だった。うん。
花村さんがその様子に驚いて、ジョージさん……ええと、安倉譲司さんの、ほっぺをむにむに掴んで伸ばして、「化けの皮剥いでやります!」とやっていたのが何とも……。
安倉さん……ああもう!ジョージさんでいいや!ジョージさんの顔が、何とも切なかったね。うん。
明石たち演劇部の方も、すんなりお引越しできた。
……お引越しの前に、全員『お掃除』したけど。
また懲りずにこの子たちは、泥だのなんだのに塗れてたからね!
……いや、彼女たちもだな、努力はしてた。
私の演技をすることで、家事の効率は大幅に上昇したらしい。
けども、『お掃除』は流石に真似できなかったんだそうだ。うん。そりゃ、原理が分からないもんね。うん。
演劇部のお引越しが終わると、鳥海達が丁度、家庭科部の人達を回収してきたところだった。
……勿論、この人たち、うっかりすると、家庭科部の外来種たちに駆逐されそうなので、そこの対策はしてある。
体育館組の居る所、とは言っても、何せ、生徒ばっかり200人ぐらいいるので、広い。
なので、ある程度世帯みたいに区切られてるのだ。
それは部ごとだったり、仲のいい人同士だったり。
なので、家庭科部の在来種の人達には、ジョージさん達と一緒に待っていてもらう。
……元の世界に帰った後の事は、知らん。
とりあえず、簡単に殺したりなんだりできるこの世界に居る間は守るけど。
……そのあたりの巧いやり方、女神に聞いてみるかな。
まあ、それで、合唱部・錦野君、そして吹奏楽部の人達以外は全員、体育館組の居る所、つまり2F南に集まった。
賑やかだね!凄く賑やかだね!
なんというか、折角だから、という事で、皆でどろけいやったりなんだりと、広い草ッ原と暇を有効活用して遊んだりしている模様。
いやはや、この世界に来たての頃からは考えられない事でありますなあ。
……そして、私たちは2F北東エリアに戻る。
大事な大事なお話の為である。
「……元凶、どうする?」
この世界の、お話である。
元凶は魔力を無尽蔵に吸う。
そして、魔力が失われると、この世界は滅びてしまう。
そして、私達が居る事で、その分の魔力を補填できているらしい。私達異世界人は魔力の塊なのだそうだ。
……今の所、分かっているのはそんなところだね。
……よって、私たちがこのまま帰ると、元凶によって、世界が滅びるのである。
かといって、元凶を全部消してから帰るか、っていうと、そうもいかない。
何故かって、元凶は消そうとすると化け物になるからである。
しかも、なんか強くなっていくという厄介な。
……この世界に、そこまでしてやる義理は無い。
正直、ほんとに、無い。
勿論、このままほっといたらだな、まあ、間違いなく、この世界は滅ぶだろう。
だって、私達異世界人ですら、戦うのを躊躇うような化け物が、スキルを持たないこの世界の人間に倒せるものか。
無理だろう。だから、元凶を消せずに、この世界は滅ぶのだ。
しかし、このまま見捨てていくには微妙に良心が痛む程度には、私たちはこの世界に親しんでもいるのだった。
ジョージさん……はこの世界の人じゃなかったな、えーと、アリアーヌさんとか、神殿の他の人たちとか、ホモ術士さんにはむしろお礼(物理)をしたい所だけど、あと、まあ、女神と魔王と、それから、何より……ケトラミと、ハントルと、グライダと、マルベロ。それから、テラさんとシューラさんと、新しくドラゴン狩りで捕まえてきた子たち。
好きなものがこの世界にできてしまった以上、この世界が滅びちゃうのは、ちょっと、なんというか、やるせない。
……しかし、その為に私たちが死ぬようなことになったら、やってられないのだ。
その、バランスだな。きっと。
……っていう、話し合いです。これは。ハイ。
「もう一段階ならいけるんじゃない?」
「一回戦ってみて、かなあ……。うーん」
皆さん、まあ、御存じのとおり、優しい。悪くいったら、甘い。
なので、1つでも元凶を減らしていく、っていう方針はもう決まってるんだ。
「もしやるとしたら、次も舞戸さんが『共有』した元凶の方がいいですかね」
「そうねー、8mの化け物と戦うぐらいなら、幼女、少女……うーん、女マネキンと戦った方が、まだいい気がするわ」
その次は熟女マネキンで最後は老女マネキンかな?
……ってのは、置いておくとしてだな。
言うべきか、言わざるべきか。
……。
言おう。
うん。情報は多い方がいい。
……私は、君達が、私が私を扱うように私を扱えるって、信じるぞ。
「あの、ですね。報告があります」




