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161話

 さて、どうやって彼らと話をしようかな。

「女神、駄目ですか?」

「うん」

 なんか、魔王はぎりぎり許せるけども、女神は許せん。

「じゃあ、やっぱりこれが一番ですね。また色仕掛けでいきましょう。運のいいことに吹奏楽部は女子が多」

「やめろ!」

 こっちはこっちで……なんか、こう、凄く根の深い問題に発展しちゃいそうだから、やめよう。うん。

 ……いや、まあ、吹奏楽部の人達が弱い、って事を考えると、『誘惑』は割と効くんだろうなあ、とは思えるんだけど、それ以前に、こいつらにやる気が無いんじゃあ無理だね。

「やっぱり女神降臨が一番手っ取り早いと思うんですが」

 社長曰く。

 もう、ここまで来たら吹奏楽部の人達、まともに同列の相手からは話を聞いてくれないだろう、との事。

 けども、上からだったら、或いは、と。

「吹奏楽部はただでさえ、上下関係の厳しい部です。そして、そのトップに立つ顧問がいない今、ある意味、トップ不在の宙ぶらりん状態なんです。そこに女神が君臨すれば」

 ……うまくいく、と?

「舞戸さん、お茶菓子持ってっていい?」

 反論を探していたら、鳥海がいきなりそういう事を言い出した。

「え、あ、うん、良いけど……」

「じゃ、俺、ちょっと加鳥と一緒に魔王さんの所行って、女神っぽい恰好について聞いてきますわー」

「やめろ!取り返しがつかなくなる!やめろ!」

 そして、物理実験室(食料庫)を展開したなあ、と思ったら中からお菓子を持ってきて、それを持って加鳥と一緒に消えていった。

 ……『転移』されたらしい。

「舞戸さん、諦めましょう」

「ねえ、君はあと幾つ私の黒歴史を作ったら気が済むの?」

「黒歴史は目的では無く過程ですから、諦めてください」

 慈悲は無いのか。

 無いんだな。




 諦めて夜ご飯の支度を始めた。

 今夜は香辛料目いっぱい使ってカレーだよ。小麦粉と香辛料をバターでいためてルーにして作る奴だよ。

 割と甘口だよ。カレーには半熟温泉卵乗っけようね。

 それからお野菜いっぱいのサラダである。うん。

 煮込んでいたら、鳥海と加鳥が帰ってきた。

「ただいまー」

「お帰りなさいませチクショー」

「女神っぽさ聞いたら真っ先に『筋肉質』って来た」

 ……。やっぱり?


 その後、ご飯を食べつつ報告を聞く。

「女神さんは、金色の髪に『碧空の種』色の目で、筋肉質で肌が小麦色だってさ」

 ……前半2つは実に女神なんだけど、後半2つは女神っていうか……うん。

「で、すっごく美人なんだって」

 筋肉質な美女か。うん。ちょっと待ってね、いま頭の中で頑張ってイメージするから。

「で、大外刈りとショルダータックルが得意で、旋風脚で世界が滅ぶんだって」

 いらん情報ありがとう!

 私の中でどんどん女神像がおかしな方向に行く!

「いや、駄目ですね。良いですか?俺達が目指すべきは、『この世界の本物の女神』では無く、『吹奏楽部の人達が女神だと思う女神』です」

 社長がそう言ってくれたおかげで、なんとか全員頭を抱えずに済んだ。

「多分魔王さんも、俺達を困らせようとしてたんじゃないかなー、って思うわ」

 鳥海が遠い目をしながらぼやく。

「じゃあ、ベースは金髪碧眼でいいんじゃないかな。それで、女神っぽくなれば」

 筋肉は恐らく『変装』では如何ともしがたいから、元々無理なんだけどもね。

「服はどんなのだって?」

「ああ、それは実物借りてきた」

 ……実物、だ、と……?


 ご飯食べ終わってから見せてもらった。

 それは、こう、何と言うか、柔らかい白の薄布でできている、襟が無くて裾がフレアになってるノースリーブの着物、っていうかんじの構造だった。

 つまり、前で合わせて着る奴。

 なんでこれが魔王さん宅にあったのかは置いておくとして、これを着た筋肉質の女神が想像できん。

「これと、あと鋼鉄の髪飾りと装飾品兼武器兼防具だって言ってた」

 なんだ、その装飾品兼武器兼防具って。

 メリケンサックみたいなもんか?

「……ちょっと舞戸、それ着て金髪碧眼になったらどうなるんだ」

 気になるらしいので、着替えてみた。

『変装』は……なんとなく、ローズマリーさん状態よりも金髪の色を濃くして、目はホントに青にした。『碧空の種』色、って事は、まじで青、って事だ。もう、血管が透けて虹彩が青く見えるとか、そういうレベルじゃない青である。

「こんなんなった」

「成程。お前が女神の器じゃないという事はよく分かった」

 うるせえ殴るぞ。

「舞戸さん、そんなに身長があったりするわけじゃないから、威圧感が足りないんだよね」

 威圧感かあ。そうだね。女神って神様なんだから、もっとこう、圧力が無いと駄目だよね。

 威圧感、威圧感……。

 あ、そういえば、メイドさん人形の中に『プチグラビティ』なるプチ魔法を覚えた子がいたはずだ。

 その子を呼んできて、ちょっと『プチグラビティ』してもらった。

「余が女神なるぞ」

 目の前で皆さんがなんとなく潰れる。

「おい、なんだ、何をした」

「『プチグラビティ』。どう?威圧感出てる?」

「これ、威圧感っていうか……重圧感……」

 似たようなもんだろ?駄目?




「やっぱり駄目だこれ」

 色々と試した結果、駄目だこれ、という事に落ち着いた。

「やっぱり舞戸は魔王でしょ」

 さいでか。うん。私も魔王の方がまだ気が楽だよ。

「そうですね。じゃあ、こんなのはどうでしょうか」

 そして、社長が考えてくれた案がこちらである。

 私が魔王として、吹奏楽部の人達が集まってる時……つまり、夜に出て行く。

 そして、『この家を寄越せば元の世界に帰る手段をやる』と取引を持ち掛ける。

 家を譲り渡させるのは、お引越ししてもらわなきゃいけないから、っていうのと、何か取引をした、っていう実感が無いと怪しむだろうなあ、っていうのと、2つの理由があるね。

 で。

 そこで乗ってくれたら、上手い事言って、『転移』で体育館組の所まで運んじゃう。

 そしたら、あらかじめ根回ししておいた体育館組の人達でなんとかする。

 具体的には、本か何かを用意しておくとか、石碑を立てておくとか、まあ、そういうかんじである。

 ……そして。

 もし、この取引に乗ってくれなかったら。

 ……その場合は、しょうがないから、交戦になる。

 で、倒される。

 倒されたら、朝になってから……女神バージョンで出て行ってだな……。で、『魔王を倒してくれてありがとう!お礼に元の世界に帰してあげるよ!』ということで、以下同様。

 ……逆にだな。もし、これでも乗ってくれなかったら……強行突破である。つまり、全員『眠り繭』にしちゃう。

 できればやりたくない。

 これやっちゃうと、帰る時の混乱が目に見えるからね。

 ……まあ、要約すると、魔王登場、取引が決裂したら女神登場、それでもだめだったら舞戸登場、という事である。

 なんか嫌だな!




 ということで、体育館組への根回しから始まりました。

 ……ま、これも、ね。

 私たちがやるとさ。波風立つんだわ。

 どうしても、私たちの事を嫌いな人もいるし。

 そこでだな。先にこの方にお出まし願います。

「私の出番ってことね。面白そうじゃない。私をチョイスした事は大いに褒めてあげるわ」

 糸魚川先輩である。

 先輩は遂に、海中都市の譲位を行って、『女王』を辞めたのだ。

 色々ごたついたけど、やっと、っていう所らしく、先輩はお疲れの様子。それでも手伝ってくれるってんだから、ありがたいことです。

 ちなみに、先輩、『女王』の座をこの世界の人に譲った瞬間、職業が『女王』では無くなって、今は『前女王』だそうな。

「つまり、私は体育館とかに居た人に根回ししておけばいいのね?任せておいて」

 ちなみに、本は作るのがめんどくさいので、石碑を社長が建ててくることになった。

 ついでにストーンヘンジも建ててくるそうだ。鳥海が先輩と社長を連れて体育館組の所へ言った所で、私は女神装備を縫う羽目になった。

 お借りした服に似せてノースリーブフレア襟無し着物を縫って、それの裏地を『魔法無効』の布にした。

 それから、魔王の『拡声』の杖を女神状態で使いまわすわけにはいかないので、また歌川さんにご協力いただいて、『拡声』の腕輪を作ってもらった。お手数おかけします。

「いっそ先輩に女神やってもらったら楽なのに……」

「先輩が金髪碧眼に……そうでなくても、日本人離れした容姿に成れるならそれも可能だけどな」

 そうなんだよね。黒髪黒目の日本人が、しかも、割と顔の広かった先輩が女神名乗っても、説得力の欠片も無いんだよなあ……。

「まあ、魔王の段階で交渉成功すればいいんだろ?」

 ……そうできればいいんだけどなあ。




 そして、社長はストーンヘンジと石碑を建てて、先輩はすっかり根回しを済ませたらしい。

 そして、日付が変わる頃、私は魔王として、吹奏楽部の人達が暮らしているお家に突撃することになったのである。


 魔王なのに宙に浮いてないのはどうかと思ったけど、しょうがないね。私、空飛べないし。

 まあ、『拡声』の杖があるから、家の外からでも声が届くのは幸いだったね。

 さもなくば、家のドアをノックして入る所だった。最早魔王じゃない。

 家の側に小高い丘でもあれば良かったんだけど、残念ながらそういう地形はかなり遠いのである。

 なので、近くの木の上に座ることにした。うん、まだぎりぎり魔王だ!

 では、早速参りましょう。

 ちなみに、非常に申し訳ないんだけど、ぎりぎり私が見えて、吹奏楽部の人達からは見えないであろう位置に刈谷と鳥海と針生が待機してる。

 つまり、回復役と、緊急時の脚と、緊急時の忍者である。お世話になります……。

 彼らに開始の合図を送ってから、『拡声』の杖を構える。

「『異世界人共よ!聞こえるか!』」

 第一声を発したところで、家の中でバタバタしている様子がうかがえた。おー、反応してる、反応してる。

 それからしばらくしたら、家の外に軍隊さながらの武装した生徒たちが出てきた。

 この連携は最早芸術の域。あ、いや、彼らは芸術やってる部だった。うん。

「声の出所を探しましょう!」

『はい!』

 そして、彼らは……夜目が利かなかった。

 一生懸命、暗い中で火魔法とかを使いながら私を探そうとしている。なんかごめん。

 しょうがない。

「『ここだ』」

 声を出しつつ、木の下に『転移』する。

 恐らく、普通に補正のある人だったらひらりと舞い降りることができたんだろうけど、残念なことに私がそれをやると足首を挫きました、で済まないのだ。

 そして、私が姿を現すと、吹奏楽部の人達はフォーメーションを変えた。おお、戦闘態勢だ。

「『待て。余はお前たちと戦いに来たのではない』」

 なので、とりあえず落ち着かせるように喋った所。

「撃て!」

 そして、一斉に魔法が飛んできた。

 戦いに来たわけじゃないっつってんだろーっ!

「『効かぬ』」

 しかし、まあ、魔法で助かった。この服舐めるな。魔王装備は魔法と火が一切効かない。

 魔法を浴びて尚、無傷で立っている様子を見せると、吹奏楽部の人達は明らかにざわざわした。

「『聞け。余は取引をしに来た』」

 早めに要件言わないとまた魔法とか、下手すると今度は実弾が飛んできかねないので、先に要件を話しちゃうことにした。

 予定ではもうちょっと魔王っぽくする予定だったんだけど、しょうがないね。下手すると死ぬんだもの。

「『余はこの世界を滅ぼすつもりだ。しかし、お前ら異世界人には関係の無い事。むしろ、この世界に巻き込まれた被害者だ。ならば、お前らごと滅ぼしてしまうのはちと気が引ける。……この拠点はこれから余がこの世界に攻め込むに当たって重要な位置にある。ここを譲り渡すのならば、お前らに、元の世界に帰らせてやろう。どうだ?ここを余に譲り渡さぬか?』」

 魔王っぽく笑いつつ、内心ひやひやである。

 ……さて。どう出てくることやら。


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