160話
……と、いうようにだな、私たちは実にのんびりと……異世界バカンスを楽しんだと言えよう。
正直、誰よりも楽しんだ自信がある。
というか、多分、楽しめる環境にあるのは私達と、ジョージさんとこにいる人たちぐらいだから……。うん。
いや、でも、演劇部の人達は観光したりしてたんだよな。うん。
この数日間で各町や神殿を観光したり、買い食いしたり、お店を冷かしたり、前人未到の秘境を探索したり……ちょっと色々大変なことになったり、何だりかんだり、と。
一番面白かったのは猫耳生えた時だな。
いやー、耳が良く聞こえたよ。はっはっは。
それから、天然の温泉にも浸かってきました。
何やら硫化水素でも充満してたのか、モンスターはいないし、ゆっくり浸かれて気持ち良かったです。
私たちは『毒耐性』あるからね。危ない秘湯に浸かれるって訳ですよ。
食べ物も新しく見つかったりした。
新しく見つかった果物類でフルーツタルト作ったり、新しい肉で肉パーティーやったり。
いや、ここら辺の恩恵は、ちゃんと他の団体にもおすそ分けしましたとも。
というか、フルーツタルトはだな、演劇部の女の子たちが「甘いもの食いてえ」とお嘆きになっていたからこさえたものです。
他の所にも、お菓子をおすそ分けしてきました。あと肉。
はい。本当に楽しかったです。一生分異世界満喫したわ!
……と、やっていたら、やっと、月森さんと連絡が取れました。
「もしもし!」
『あ、舞戸、どうしたの?』
異常なし?ねえ、異常なしなの?
「あ、うん、そろそろホントに帰れそうだよ、っていう、報告、とかだったんだけど……あの、そっち、何かあった?連絡取れなかったけど」
『寝てた』
……リアリィ?
『スキルの反動で……ふあー……』
……聞けば、推定ユニークモンスターとの戦闘において、月森さんは頑張ったらしい。
……おっそろしい事に、ユニークモンスターを『複製』して、それで同士討ちさせて、とかいう事をやったとか、なんとか……。
そして、そのサイズの『複製』をしたせいで、MP切れを起こして、今までずっと寝てた、との事。
「大丈夫なの?」
『眠いけどね』
寝坊助は健在の模様。
……そして、色々と報告がてら月森さん付きのメイドさん人形達の視覚を借りて、『転移』し、話したりなんだりした。
三枝君達は非常に頑張ってくれたので、3Fの生徒と教室は全部回収できたのではないか、との事。
教室は全部そろってたし、生徒も確認し合って、多分大丈夫じゃないかな、っていうかんじらしい。
回収できてるなら3Fに居る必要は無い訳で、という事で、情報室・新聞部組も体育館組と同じところに住むことになった。
うん。1か所に居てくれた方が楽でいいわな。
それから……元凶を1個、また回収してしまった。
やっぱりユニークある所に元凶あり、なんだろうか。
そして、お昼過ぎ、錦野君から連絡が入った。
『あー、もしもし、ま』
しかし、錦野君の声はそこで途切れ、どたんばたん、という音が聞こえ……。
『やっほー!マイトぉ?』
キャリッサちゃんが出た。
「あ、うん」
『できたよできたよー!早く来て来て!お姉ちゃんの方もできたみたいだからぁ、死体持ってきてよね!』
おお、遂にか!
『……あ、もしもし、舞戸さん?』
そして、ハイテンションなキャリッサちゃんが言いたいことだけ言って、錦野君にバトンタッチしたらしく、疲れた錦野君の声が聞こえた。
『なんか、そういう事みたいだから、来てくれるかな?』
……うん、なんというか……あの姉妹のお世話係を延々と数日間やってた訳だから、相当に疲れてるんだろうなあ、というのがひしひしと伝わってくるような声である。
「あ、うん。ええと、じゃあ行くね」
『うん、そうして……そしてキャリッサを』
……そこで、『交信』は、途切れた……。
色々と準備して、『転移』してみたらキャリッサちゃんがハイテンションになって飛び回ってた。
「やっほぉ!マイトー!できた!できたよー!きゃははははははは!」
そして私の手を握ると、くるくる回り出した。うおおおおお!目が!目が回る!
「さて、マイト、死体はどこだ?死体が無いと話にならないが」
そして、シュレイラさんもお茶のカップと思しきものを片手に、にっこり笑っているけれど……なんか、多分、ちょっと、最高にハイって奴になってんじゃないかな。雰囲気おかしい。
研究明けの研究者とは大概そんなもんだ。うん。
「死体は今から作るよ」
霊薬と宝石は持ってきた。この場で作った方がいいと思ったので。
……やっと、生き返らせてあげられるなあ。
長かった。
柔らかい絨毯の上に宝石を並べて、そこに社長が霊薬をぶっかけていく。
すると、たちまち宝石は人の形を取り、死体になる。
……うん。死体。痩せ細った死体である。
死因は餓死だったもんね。辛かったんだろうなあ。
「よし、じゃあ、『深淵の石』を使うからな、離れていてくれ」
シュレイラさんはあの金属蒸着した水晶みたいなかんじの石を、死体の胸の上に1つずつ載せていくと、それに衝撃を加えていく。
『深淵の石』は灰色に変色している。多分、成功したんだろう。しててくれ。しててくれないと困る。
「じゃ、いくね。準備はいい?」
そして、キャリッサちゃんは、不思議な模様が入った丸底フラスコみたいな奴を手にやってきた。
……フラスコの中には、透明な液体みたいな、固体みたいな、はたまた気体みたいな、奇妙な物質が入っていた。
多分、一定の形をとることは無いんだろうなあ。
場所を譲ると、キャリッサちゃんは合唱部の人達の死体に模様を描いていって、そして、そこにフラスコの中身を零す、というような事をやっていった。
零された中身は吸い込まれていって消える。
……固唾を飲んで私達が見守る中、唐突に。
「おわったよー」
……とのことです。
「え、終わり?」
「終わり」
……成功、したの、か?ん?
相変わらず死体の様に寝ている合唱部の人達の様子を見ると……。
「息してる」
「でしょ!」
……静かに、彼らは生き返っていた。
盛り上がりも何も無く、只、静かに。
うん、こんなもんかもしれない。
寝かしとくとまた餓死しそうな有様だったので、1人ずつ『共有』していって起こす。
まずは……この、三つ編みの女の子からでいいか。
『共有』して、ゆさゆさ揺すると起きてくれた。
「あれ……」
ここは、と聞こうとしたんだろうけど、喉が掠れたのか、咳き込んでしまった。
とりあえず持ってきてた、経口補水液みたいな……こう、砂糖とちょっとの塩を溶かして、柑橘果汁を混ぜた物を飲ませて、背中をさする。
「あの、ここは」
「とりあえず、食べよっか。はい」
説明するより先に、針生がお粥のお椀とスプーンを手渡す。
「説明は全員起きてからで。食べられますか?」
「……はい」
この子は針生に任せることにして、私は次の人を起こしに行く。
起きたら、皆さんが分担して経口補水液とお粥を配って、食べるのを手伝った。
そうして、合唱部の皆さんは復活した。
衰弱した体が戻るまでにはまだかかるだろうけど、とりあえず、生き返った。生きている、マジで、生きてる。
……あー、本当に、長かった。長い戦いだった。いや、私は碌に戦ってないけども。
「……ということで、今に至る」
そして鈴本が全員に今までのあらすじを説明すると、なんとなく理解しきれてないようなかんじの顔された。
まず、スキルについてが伝わってないんじゃないだろうか、これ。
ああ、壁を感じる。
「あの、ええと、じゃあ、ここは異世界なの?」
「多分」
ここからだもんなあ。うん。
「そっか……私たち、は……吹奏楽部の人達に、助けてもらおうと、したんだけど……」
「そこら辺は知ってるから、喋らなくてもいい。とりあえず今は休んだ方がいい。……あー、錦野、だよな。布団、在るか?」
辛そうに喋ろうとする女の子を鈴本は押しとどめて、錦野君の方を向くと、錦野君は吹っ切れた笑顔を浮かべてくれた。
「そりゃな!ベッドには事欠かないと思うよ!」
……ハーレムだったね、そういえば、ここ。
ということで、合唱部の人達をそれぞれベッドに運ぶと、皆寝てしまった。
疲れてるのは疲れてるだろうし、生き返ったとは言っても、回復するのはまだ先の話だろう。
「……さて。俺達は大変なことを忘れていたな」
「……吹奏楽部の人達、元気かなあ……」
……ね。
すっかり、忘れてたね!
だって交流ないんだもん!忘れるわ!そりゃ!
合唱部の人達の事は錦野君に任せることにした。
錦野君曰く、「今更2人の世話も10人の世話も変わんないから」とのことである。君もメイドに転職するかい?
……と思ったら、既にしてたらしい。
ええと、『伊達男』から、『マネージャー』に。
……うん。お疲れ様です。
ということで、やって参りました、2F西エリア。
……ステルスメイドさん人形を飛ばして、様子を見る。
……うん、まあ、多分、平和なうちに入るんじゃないだろうか。
きびきびと動いて、まるで働きアリの様に果物を収穫して、運ぶ姿が見える。
そして、家の中では、分担して家事をやってるみたいだ。
やっぱり、お肉の解体とかは抵抗があるのか、やってないのかな。というか、お肉が無いのか。
ちょっと痩せてはいるけど、合唱部の人達に比べたら全然問題ないレベルの痩せ方だね。
うん。
「じゃあ、何とかして、あの人たちに話を聞いてもらいましょう」
さて、ここからが問題だ。
だって、吹奏楽部の人達は、話聞かずに襲い掛かってきた前科があるのだ。
まともに話を聞いてもらえると楽観視できるほど私達は楽天家じゃない。
「やっぱりまた、一芝居打つしかないのかな」
「そうですね。舞戸さん、魔王はやったことですし、女神とか、どうですか?」
……断る!




