144話
「……ということで、私たちは教室探しをしつつ生徒探しもしてるんだよ」
鈴本や社長みたいに簡潔な説明ができた自信は無いけれど、とりあえず錦野君には伝わったらしい。
「俺にできる事は無いかな?」
錦野君は『俺は選ばれた存在』説を信仰し始めたたしく、キリッ!として聞いてきてくれる。
うん、ありがたい事です。
「生徒の情報が今一番欲しいかな。何てったって動くからさ」
最悪の場合、世界中に張り紙なり立て看板なりを設置してしまう、ってのも手なんだけど、それをやってもうっかり奴隷にされてたりする生徒がいた場合取り逃しになるし。できる事ならこっちから捕まえに行きたい所ではある。
「生徒、の情報は……ごめん、分からない」
だろうね。君はそれをできるだけ避けてた訳だし。
「あと、命を」
人造したいんだけど、その方法とか、それができる人に心当たりは?と、聞こうとした時。
ガシャン、と剣呑な音と共に、近くにあった窓が割れた。
そして。
「ユートーっ!」
ピンク色の風が通り過ぎたかと思うと、錦野君に抱き付いていた。
「キャ、キャリッサ!?どうして!」
ピンクのツインテールを揺らした女の子は嬉しそうに錦野君に抱き付いたまま顔を上げた。
「そんなのユートが好きだからに決まってるじゃない!」
……因みに、このピンクツインテールのキャリッサちゃんは、床に溜まった薬を掬っては掛けしていた子である。
「だ、だってスキルは」
「他の皆は違ったみたいだけどぉ、あたしのユートへの愛は本物なのっ!」
そして。
……お、おお……キャリッサちゃんは錦野君の頬にキスすると、またぎゅうぎゅう抱き付き始めた。
「キャリッサ……」
そして錦野君もキャリッサちゃんを抱きしめ返す。
……。
えんだー!
一頻り愛し合う二人劇場を見せつけられた後、落ち着いたらしい二人に改めて聞くことにした。
「命を人造したいんだけど」
「えーっ!?ほんとぉ!?」
命を人造、まで言った所でキャリッサちゃんが身を乗り出して目を輝かせ始めた。
「命……ああ!それなら確か、キャリッサはそういう研究をしてる錬金術師だったね」
「研究費も材料も足りないしぃ、異端扱いされるし、で研究ストップしちゃって今はただ鉛を金にしてるだけだけどね!」
おお、人生万事塞翁が馬!ここで錬金術師に会えるとは!
「ええと、足りないものがあれば用意するし、できる限りのことはする。命を作ってもらえないかな」
「いいよ!……だってあんたは私達のキューピッドだもん」
……きゅーぴっど、とな?あの全裸で弓持った?
ユートはお茶淹れてきてよ!との事で、錦野君はキャリッサちゃんに追い出されてしまった。
「で、キューピッド、っていうのはね?」
この話をするため、らしいね。
「ユートは失われた恩恵を使えるでしょ?それを使って女の子集めて囲まれてたじゃない?でも、あたしには効かなかったんだよねん」
「え、じゃあ何故錦野君のハーレムにいたの?」
「そんなのユートに一目ぼれしたからに決まってるじゃない!他の女とは違うの!」
……まあ、一目ぼれって案外馬鹿に出来ないらしいし、そこに反論は無いよ。
「でね、いざユートと一緒に居るようになったけど、他にもいっぱい女がいたじゃない?それがあたしには邪魔だった訳。でもいびって追い出したりしたらユートに嫌われちゃうじゃない?」
うん、まあ、そうかもしれんね。
「でもアンタが他の女全員追い払ってくれたじゃない!だからあたしはユートと目出度く『真実の愛』によって結ばれることができる、ってことなの!それにあれだけユートもショック受けてたら女好きも治ってるかもだし?それにそれを慰めてあげればポイント高いじゃない!ありがとね!えへへ」
……な、なるほどー!腹黒い!腹黒い!流石だ!
「ちなみに、錦野君のどこらへんに惚れたの?」
「えー、顔とー、守ってあげたくなるかんじとー、あと、実際に守ってあげなきゃ生きていけないとこかなー?きゃはは!だってユート自力で稼げないんだもん!あたしがいないと駄目だよねぇ!」
……蓼食う虫もライクライクとはよく言ったものである。
「そんで、命ってなんで必要なの?それによっては製造方法変えなきゃいけないかもしれないけど」
錦野君がお茶持って戻ってきたんで、命製造の話が再開した。
「ええと、私達異国人の中には死んじゃった人もいて」
「えっ!?」
なにやら錦野君はショックを受けているようだけれど、話を進めるぞ。
「その人たちを生き返らせるための手段が欲しいんだ」
「えー、でもそれって、命だけできても駄目だと思うよん?」
キャリッサちゃんはお仕事モードに入ったのか、真剣な顔で色々メモしている。
「肉体を蘇らせる手段は確保できた。それから、命の器に溜まった異物を取り除く手段も一応は」
そう答えると、キャリッサちゃんは「やるじゃん」というような表情を浮かべて口笛を吹いた。
「へえ。じゃあ命の造りとかも分かってるんだ?」
「肉体があって、命の器があって、そこに命が入ってる。肉体が傷ついたら命の器に異物が溜まっていって、命が押し出されていく。……これで合ってるかな?」
「うん。あたしの認識と大体あってるかなー。……で、その器の中身を補充すれば生き返る。これもたぶんオッケーだよん。なんてったってあたし、バッタではもう実験成功してるんだもんねー!」
おおお!それは心強い!
「ただ、人間ではまだやった事ないから、それは試行錯誤ってことになると思うの。材料もいっぱい持ってきてもらわなきゃいけなくなるけどいーい?」
「いいけど、異端扱いされて、っていうのは大丈夫なの?」
「ああ!それはオッケー!ユートに実験室作ってもらってここでやるから!」
ああ成程。それなら大丈夫だね。
「じゃあ、これが必要な材料だから、よろしくね!」
キャリッサちゃんがメモを手渡してきてくれたので見てみる。
……よく分からん物もいくつかあるけど……とりあえず、まだ『奈落の灰』ってあったっけ?
夜も更けてきたのでここらで帰還。
どっちみちキャリッサちゃんも実験室を錦野君に作ってもらわなきゃいけないから時間がかかるらしいし、材料集めはそんなに焦らなくてもよさそうなんだけど、それでもできるだけ早くやっちゃいたい所ではある。
「ただいまー」
「おかえりー」
帰ったら何故かレオリックさんが混ざって大富豪やってた。
「……何故ここに……」
「今まで住み込みでユート殿の所に居たからな。辞表を出した今泊まる所が無い。泊めていただけないだろうか」
ああ、うん、そういう……。別に構わんけどさ。お布団1つ作らないといけないか……。あ、いや、私はケトラミさんで寝て、私の布団貸せばいいか……。
「一応錦野君のハーレム瓦解したから今ならまともな職場になってるかもしれんよ?」
「……舞戸、説明」
「アイサー」
眠い目を擦りつつとりあえず羽ヶ崎君に頭突き。
「だからそれやめろっつってんだろ!なんなのお前!」
それでも情報は渡ったからこれでいい事にしよう。
なんかスキルを薬浴びまくって解いた副作用か、それとも単に薬の所為か、安心したら異様に眠くなってきたので早く寝たい。
「錬金術師のキャリッサちゃんから頼まれた材料はこれね」
メモを机の上に出すと皆覗きこむ。
「……うわー、結構色々要るんだねー」
ね。なんか大変そうだよね、うん……。
「じゃあレオリックさんはこのお布団使ってね」
「ん?ああ、ありがとう」
「じゃあ私はケトラミさんで寝るのでお休み」
外に出てケトラミさんを呼んで、やってきたところを容赦なく『お掃除』して、さっそくお布団にさせてもらって寝ることにした。
『……おい、お前、なんか薬浴びたか?』
「あびたー」
けどちゃんと『お掃除』したぞ?
『ラリってんじゃねえか!おい、大丈夫なのか』
あ、これラリってんのか。なんか頭が程よくぼんやりして眠いだけなんだけれども。
『……お前、酒とか弱ええだろ』
「あー……うん、多分……うん」
未成年はお酒飲んじゃいかんのですが、社交界で一回飲んだ。すぐ消したけど。
『今度飲んでみろ。お前は一杯で駄目だろうな』
さ、さいでか……あ、だめだ。眠い。おやすみなさい。
おはようございます。起きたら首にはハントルが巻き付いてる通常運転。
起きたらハントルとケトラミはご飯を食べに行った。
グライダはもうとっくに起きてご飯獲りに行ってるらしい。ちょっと寝坊したかな。
朝ごはんはパン食にしてちょっと楽させてもらった。
……あれ。レオリックさんに貸した布団が何故かここにある。
……という事は、誰かお布団無しで寝てるんだろうか。大丈夫かな。
皆さん起きてきた所でハタキではたいて(レオリックさんが驚いてた)綺麗にしたらご飯ですよ。
今日のオムレツはトマト入ってる奴です。瑞々しさが美味しいね。
「そういや、メモ、どうだった?」
キャリッサちゃんが渡してくれたメモには結構訳分からん材料が名前を連ねていたような気がするんだけども。
「とりあえず、また角三君には奈落を探索してもらって『奈落の灰』をまた見つけてもらわないといけませんが、それ以外は何とかなりそうです」
あれ、意外。何とかなるんだ。
「っつっても、『瑠璃鳥の卵』とか『泡魚の鱗』とかさあ、どうなのよ」
「『瑠璃鳥の卵』は既に何回か食べてますし、『泡魚の鱗』は泡魚が食料庫に入っていましたから大丈夫でしょうね」
……何時の間にか食べてたらしい。
『瑠璃鳥の卵』は別に瑠璃色じゃないんだとか。うん。そういえば確かに言われてみれば、薄緑の殻の卵は食った。
「なので、やっぱり一番のネックは『奈落の灰』です」
やっぱりそこかー。
元大司祭のアホさ加減がここに来て障害になってきたぞ。くっそ。
「では俺はユート殿の元に戻ってみようと思う。世話になったな」
「またそっちにはすぐ行く事になるとと思うけど、キャリッサちゃんと錦野君によろしくね」
「ああ。気を付けてな」
レオリックさんはまた錦野君の所で働くそうです。
うん、多分今の状態なら大丈夫じゃないかな。少なくとも、キャリッサちゃんがいる限り、またハーレムになるって事はあんまり無い気がするし。
「……さて、じゃあ俺達は材料集めか」
さー、またバラバラに行動することになるね。
……と、いう所で、『交信』の腕輪が光った。
「もしもし」
『あ!もしもし!舞戸さん達さあ、『深淵の石』って知ってる!?』
「持ってますよ。どうかしましたか?」
あ、『深淵の石』っていうのは、坑道で採掘してきたあの衝撃を加えると色々吸収するっていう石の事である。
「それ欲しいんだけど譲ってくんない!?」
……こっちはこっちでなんか話が進んだらしいなあ。




