134話
生命倫理観が緩い話です。苦手な方はご注意ください。
さて。霊薬が、できました。
……割と、手順だけなら簡単だったっぽい。
「で、問題はこれをどう使うかですが」
……現状、合唱部の人達を生き返らせるのは難しい。
何故かっていうと、霊薬でなんとかできるのは肉体部分だけで、命はどうこうできないからだ。
現在、合唱部の人達は命の器部分だけになっている。
だから、そこに肉体がプラスされても、肝心の命が無いんだな、これが。
……なので、現在最も有効に霊薬を使う事ができるとすれば、あれだ。
勇者諸君に命(物理)を返却するのに使うのが手っ取り早い。
……つまり、一回殺す。んで、生き返らせる。
その方法で今まで散々生き返ってるらしいし、今回もそれで行こうと思います。
……できれば、その時に命(物理)の取り扱いとかも分かればいいよね。ね。
……ということで、とりあえず晩御飯を食べてだな。
その後、ジョージさんの所に行って命(物理)を運んできて、それから今度は全員勇者を運んできた。
現在『眠り繭』で寝てる状態なので、このままにしておけば何もない。これを1人ずつ解凍……『お掃除』で繭の解除をして、それで、殺して、生き返す、っていう風になるかな。
……できれば、命(物理)を、体に直接戻せればいいんだけど。霊薬には限りがあるし。
「では、これより勇者を生き返らせます」
社長が言うとマッドサイエンス感が半端じゃない。やめてくれー、一応これは慈善活動だよ。
一応過去に実証もされた、真っ当な蘇生術だよ。
「では舞戸さんお願いします」
「OK。『お掃除』」
とりあえず最初に福山君の『眠り繭』を解除した。……いや、偶々一番手前にあったから引っ張ってきたのが最初になったってだけで、他意はない。
「はい、解除完了」
「どうもありがとうございます。では殺します。……とは言っても、実は、まだ何をやったら死ぬのか分かっていないんですよ」
……うん。いや、まじで。
「鈴本は下半身焼失しても死んでなかったしね」
「舞戸さんも首切断されて生きてましたしね」
……ホントに、どうやったら死ぬのやら。
「とりあえず、頸動脈から行きますか」
針生に借りたらしい細身のナイフで、福山君の頸動脈を切る。
……みるみる血だまりができる。
それをのんびり眺めていると、急に、ぽわん、と。
……福山君が光の粒になって消えてしまった。
……。
「凄いですね。出血多量だけでこんなにあっさり死ぬとは思いませんでした」
「鈴本の下半身焼失とか、羽ヶ崎君の全身大火傷&欠損とかは一体なんだったんだ……」
私にしたって、首飛んでるんだぞ?なのに普通に生きてるぞ?
「そのあたりも何か条件があるのかもしれません。……まあ、今後気を付ける必要はありそうですね。もしかしたら死ぬ度に死ぬまでのリミットが短くなっていくのかもしれませんし」
……何それ怖い。
そして、福山君が死んだら、命(物理)を入れてあった棚の中で変化があった。
グラスが1つ、宝石になっていた。
『鑑定』してみたら、うん。成程、福山君でした。合唱部の人達の時と同じだね。
「では、生き返らせます」
社長はその宝石を床に置いて、霊薬の入った試験管の蓋を開けて中身を宝石にぶっかけた。
……すると、なんということでしょう。
さっきまでただの宝石だったのに、そこにみるみる光の粒が集まっていき、福山君になったではありませんか!
……最早、質量保存の法則とか、私言わない。言えない。
「舞戸さん、こいつ起こせますか?」
「一応皆さん呼んでからの方が良くないかね」
「そうですね。ちょっと呼んできます」
尚、この作業は社長と私だけでやってる。
……なんというか、こういう事をやるにあたって、こういう事に耐性がありそうだったのが私と社長だったのだ。
なので、2人でとりあえずやってる。
……社長はそこんところの割り切り方が上手いから大丈夫らしいんだけど、そういうのがあんまり上手くない人だと、それが結果的にその人を生き返らせることになる、と分かっていても、人を殺すのは絶対凄まじいストレスになると思うんだ。
……まあ、とりあえず生き返ったみたいだからいいか、という事で、一旦拘束して、血だまりも『お掃除』してから皆さんを呼ぶ。
この状態になってれば、それはさっきまで殺すの生き返すのやってた現場じゃなくて、単に寝てる福山君が拘束されて転がってるだけの現場である。
「では、舞戸さんお願いします」
皆さんがそれぞれスタンバッたところで、私が早速福山君に頭突きしようとしたら、それより前に羽ヶ崎君が水ぶっかけて起こした。
「うわ」
いきなり水ぶっかけられた福山君、起きた。
「気分はどうですか?」
「気分、って……え……」
……福山君の視線が、私に向いて、固まった。
……あ。やっべ。
「舞戸、さん……?」
「人違いじゃないかな」
「い、いや、見間違える訳無いよ!舞戸さん!舞戸さんだよね!?」
……視線を向けて、とりあえず社長にヘルプを求めてみるも、口の動きで「諦めましょう」とか言われた。
……まあ、そろそろ潮時かな。
「そうだよ。舞戸だよ」
「舞戸さん、死んだんじゃ」
「死んでないよ」
「だって、死んだって……大体、あの狼が」
……あー……狼、つまり、ケトラミさん、かあ。
「あれ、嘘」
「……は?」
しょうがないんで、パスを通じてケトラミさんに呼びかけてみた所、窓からその顔が覗いた。
「うわああああああああああ!?」
「るっせえ」
人の耳元で叫ぶんじゃねえ。
「……お分かりの通り、あの狼は私の仲間です」
「え!?だって、襲い掛かってきたじゃないか!?」
「あの直後仲間になりました」
言ってみるけど、なんか伝わってない気がする。
「それから、私に妹はいない」
「え!?」
「あれも私だ」
「えええ!?」
「そして死んでない」
「ええええええ!?」
もう君はリアクション芸人として生きていけばいいんじゃないかね、福山君。
一々驚いてくれるので言ってるこっちとしては中々に楽しい。
……しかし、だ。
こいつ、ホントに言ってること理解してるのか?なんか頭の中混乱してるんじゃないか?大丈夫か?
「そ、それじゃあ、僕は、誰も殺して無かった、って、事……?」
とりあえずそこは理解したらしい。そこしか理解してないってのがむかつくなぁ。
「私以外に殺してなければね」
そう言ってみると、たちまち福山君は安堵したようで、なんか泣き出した。
「よかった……本当に良かった……」
……しかし、それとこれとは残酷なようだけど話が違うんだよ。
「ただし、君が私を勝手に拉致した挙句おいてけぼりにして敵前逃亡したり、私の仲間にいきなり斬りかかったり、私の仲間に急に襲い掛かったり、私にナイフ刺してくれたり、何も考えずに突っ走った揚句色々な人に多大なる迷惑をかけた事は本当です」
……念の為、いいよね?という思いを込めて皆さんにアイコンタクトをとると、皆さん「OK」とか、「よしやっちまえ」とか、そういうかんじの反応を返してくれたんで、容赦なくいきます。
どうせ私が容赦なくなんかやったって所詮その程度だもんね。遠慮はしない。
「っつうことで歯ァくいしばれやこの思考停止野郎!」
袖捲って元凶の腕輪から元凶を2つとも外して浮かべる。
そして福山君の補正を剥ぎ取ってから、福山君の襟掴んで、思いっきり、顔面に、右フックだ!
「これはオークション会場でいきなり斬りかかられた鈴本の分で!」
そして逆方向から平手打ち!
「これは社交界で背後から襲い掛かられた社長の分で!」
続いて往復ビンタ!
「これはその時の針生の分!これは糸魚川先輩の分!んでこれがお前のせいで飢え死にしかけてた英語科研究室の人たちの分!そして!」
最後はアッパーカットだああああああああ!
「お前のスッカスカの脳味噌のせいで迷惑蒙った全ての人たちの分だあああああああ!」
……決まったぁッ!
と、思ったら、刀が鞘ごと、福山君の頭に叩きつけられた。
「おい、突っ込み待ちなのか、お前は。……これは舞戸の分だ」
……その鈴本の一撃が決まっちゃったらしく、福山君、撃沈。
「……死んでないよねえ、これ?」
心配になったらしい加鳥が、福山君をつま先でつついてる。
「あ、死んだら光の粒みたいになって消えますから、消えていない以上死んでません。大丈夫です。補正を消したとしても舞戸さんの攻撃ですからそうそう死にませんよ」
……酷い。
ということで、折角なので社長がさっきの実験結果……いやいや、慈善事業の結果を報告。
特に、生と死の判定については、これからも探っていくべきだよね、という結論で落ち着いた。
「舞戸さん、ちょっとはすっきりした?」
「うん」
針生が笑顔で聞いてきてくれたんで、私も満面の笑みで返すよ!
……とりあえず、私の手できっちりぶん殴れたからね!すっきりしたよ!
とりあえず福山君はもう一回『眠り繭』しておいた。
……ぶん殴って人の脳味噌の中身が改善されるんだったら誰も苦労しないよ。
もう私はこいつを欠片たりとも信用していないので……というか、絶対にこいつだったらまだ面倒事おこすだろうなあ、という方向に信用しているので……寝かしとく事にするよ。
「じゃあ、俺達は続きをやっていきましょうか」
うん。まだまだ命(物理)と肉体が分離しちゃってる人は居るもんね。
「社長は平気?」
「平気ですよ。舞戸さんこそ大丈夫ですか?」
「うん。血とか臓物とかはこの世界に来て大分見慣れたしなあ、今更」
お肉は元々生物だからね。そのあたりはかなり見てきてるよ。
「それならいいんですが。じゃあ、続き行きましょうか」
「ラジャ」
と、いうことで、勇者諸君残り26名も、殺して生き返すことで、肉体に命を戻すことに多分成功したのであった。
……そして、勇者諸君に関しては、一応、全員と話した。
……一応、福山君程話が通じない人は居なかったので、海中都市の云々に関しても話したら結構分かってくれた。彼らも、情報がちゃんとあれば、適切な判断ができたんだろう。色々条件が悪かっただけだ。
それで、この人達には体育館組に移動してもらうことになった。
……忘れちゃいけない、ストックホルム症候群。
……彼らの時は、拷問されてた時から止まったままであった。
つまり、あの直後。
……やばかった。色々なんか、ヤバかった!
女子が!女子が!特にヤバかった!どうヤバかったのかは説明を控えるけども、なんか、こう……皆さんが心底困ってる顔は珍しかった、とだけ。
その人たちを引っぺがしたり、社長が洗脳しなおしたりなんだりして、結局深夜になってから彼らを体育館組に引き渡すことになった。
中には仲の良かった人同士もいたりして、そこかしこで再会を喜ぶ声が聞こえてきてたり。
『舞戸ー!舞戸ー!』
その人たちを見て感慨にふけっていたら、ハントルがずりずりやってきた。
……。
「どうしたの、ハントル、そのサイズ」
『また一皮剥けたの!』
……なんか、またでかくなってた。
もうハントルじゃなくてメートルになってる、というか、超えてる。
『ねえ、舞戸お、アンタ、もしかして奈落に行ってた?』
そして、グライダもやってきた。
「うん。よく分かったね」
『匂いが、ね。……いいわあ、奈落。アタシも行きたい』
『僕もー!』
いや、奈落って別にさ、観光スポット的な何かとかでは無いはずなんだけどな。
……ハントルやグライダにとっては故郷、みたいなもんなんだろうか。それとも、モンスターにとっては奈落って、極楽みたいなもんなんだろうか。
それから体育館組と話し合った結果、グライダとハントルを連れて行ってもいい事になった。
特にハントルの方は女の子たちに別れを惜しまれまくってた。すっかりアイドルとしての地位を確立していたらしい。
……さて、帰って寝るかな。もう0時過ぎてるし……。
なんか疲れたし、久しぶりにケトラミ布団様で寝よう。




