表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/180

123話

 ちょっと遠慮して、アリアーヌさんの部屋のテラスに『転移』。直接部屋の中に出たら何かあった時に非常に気まずいし、かといって廊下に出たら他の人に見られるかもしれないし。

 そして何より魔王が普通に来訪してたまるか!っていう。

 ということで、窓をノックしてみた。窓をノックするとかちょっと新しいね。

 すると部屋の中でばたばた音がして、すぐに窓の鍵が外されてアリアーヌさんが出てきた。

「こんばんは。邪魔するよ」

 挨拶しつつ一応持ってきてみたお菓子なんぞを渡してみる。

「……今日は、お一人なんですね」

「あいつは置いてきた。……そう残念そうな顔をするな、傷つくではないか」

 冗談めかして言ってみるとアリアーヌさんはちょっと残念そうな顔から驚いたような顔になって、それからちょっと悪戯っぽく笑ってみせてくれた。

 ……あれ、ちょっとアリアーヌさん、雰囲気が変わったね。


 アリアーヌさんはご丁寧にお茶まで出してくれた。有難い事です。うーん、美味しい。

「こんな時間の来訪ですまぬな」

「いいえ。構いませんわ。丁度お会いしたかったんです。……丁度明日、神殿で正式に大司祭の地位を継ぐことになりました」

 お、じゃあもう神殿はアリアーヌさんが動かせるようになったってことだな。

「ですから、これから本格的に神殿を直していこうと思います」

 アリアーヌさんはそう言って少し席を離れて、数冊の本を持ってきた。題名が書いていない本ばかりだ。

「神殿の禁書棚を見てみたんです。神殿が生まれた訳が分かりました」

 成程。これらは禁書だから題名が無いのか。

 或いは、題名を消したから、今も禁書として残っている、っていう事なのかもしれない。

「そして、私、思ったんです。……もうこの世界に女神さまはいらっしゃらないんじゃないか、って」


 そのセリフは神殿関係者としては禁句に近いのだろう。少しアリアーヌさんの声が震えた。

「女神さまは、神殿をおつくりになった。それは、この世界で女神さまの教えを教える者が必要になったからです。でも、それって、女神さまが居れば成り立つことなんですよね。だから……女神さまは、神殿を女神さまの代行者としておつくりになって、そして、別の世界へ向かわれたのではないか、と。……そう、思うんです」

 ……まさか、本になってるなんて言えない。

「なのに私たちは、女神さまのご加護があるから、と驕って……この世界から魔力を流出させる元凶を何故あなたが作ったか、今なら分かります。バラバラになった私たち人間を一纏めにするためだったんですね」

 ……頭が整理できるまで静かに微笑んでお茶でも飲んでおこう。

 ええと、ちょっと待てよ。

 女神はなんで本になってるかは、なんとなく、分かったぞ。

 女神はアリアーヌさんの言う通り、人間に世界を任せることにしたんだろう。自分が統治し続けるのではなく。

 それで、多分、自ら本になった、と。本に分けでもしないと世界がキャパシティオーバー、とかも言ってたしなあ。ここらへんからも、女神が自ら本になったと言える、と思う。

 だから、アリアーヌさんの予想は割と正しいと思う。女神は自分の意思で、この世界の統治から身を引いた。それは分かる。

 問題はこっちだ。

 元凶は……魔王が作った、っていうことらしい。うん。どこに魔力を流出させてるんだかよく分からないけど、とにかく、魔王は元凶を作った。

 意図がどこにあるかも分からないけど、とりあえず、元凶はメイド・バイ・魔王なわけだ。うん。

 今のところはこれしか分からないけれど、女神と魔王の関係がまたちょっと分かってきた、かもしれない。

 よし。


「ですから、私たちは女神様に預けられたこの世界を、もう一度、やり直してみようと思うんです。勇者様たちのお力に頼り切るのではなく、自分たちの力で」

「その意気やよし。して、神殿はこれからどう動く?」

「まずは元大司祭様のお部屋にあった物を売ってお金を作ろうと思っています」

 ……。うん、まあ、私は止めないぞ。

「今まで人々から頂いていたお金を返す意味で。……かれこれ数代、大司祭は寄付金を私益の為に使っていたようですので。それから、神殿の神官たちの訓練を行います。私達の力でも元凶を消していけるように」

 ふむ。じゃあこれからは神殿が勇者業をやることになるのかな。

「……でも、勇者様たちの事が全く分からないんです。神殿が召喚の儀を行う事は知っていますが、何故何人もの勇者様を呼ぶのか、勇者様をどのようにして見つけるのか……元大司祭様はご存じだったんでしょうか」

 こっちは知らないか。うん、大司祭もそんなに知ってた訳じゃ無いしね。多分、勇者を召喚する、っていう事の細かい意味は、ずっと昔に忘れられてしまったんだろう。

 或いは、誰かがどこかで意図的に消したのか。

 何代前からかは知らないけど、少なくともN代前からは大司祭は、勇者というか、異世界人を魔力供給源としか見ていなかったらしい。

 今も、異世界人を捕まえて奴隷にする、とかいう所にそういう思想は残っている。

 ……この辺りをアリアーヌさんに知ってもらう必要は無い。

 もっと、アリアーヌさんが暇になってから知ればいいことだと思う。

「何、知らぬなら知らぬで構わぬ。只、取り返しがつくかつかぬか分からぬ事には手を出さないことを約束してくれればいい」

 知らないって事は、これから先勇者召喚が無意味に行われることも無いだろうし、返還が勝手に行われることも無いだろうし。

「そうですね。もう間違わないようにしなきゃいけないんだわ。その上で神殿としてできる事をやっていきます。慎重に、でも、できる限り急いで」

 アリアーヌさんは力強い微笑を浮かべて、私が持ってきたお菓子を1つつまんだ。

「そのことなのだがな。エイツォール南西にある国の事は知っているか?」

 さて。ここから私のターンだよ。


「ええ。革命の話ですね?知っています。王都の貴族から神殿騎士の派遣要請があったので」

 お、結構話が来てるね。

「そうか。……時に、神殿は勇者は派遣しないのか?」

「え、えと……勇者様のうちのお一人が積極的にその計画に参加していらっしゃるようで、その方から既に他の勇者様方に派遣の要請が出ているようで……」

 ナイスだ福山君!話が早い!早すぎる!

 これで勇者は……多分、殆ど全員の勇者が、海中都市襲撃計画に参加してくれそう、という事が分かった。

 勇者の数はもう命(物理)の数だって分かってるから、捕獲してから答え合わせすることも出来るし、こっちは一安心かもしれない。

 いやはや、こういう時に福山君は本当にいい仕事をするなあ。うん。

「そうか。勇者の好きにさせるが良いよ。余からは何も言わぬ」

 ちなみに派遣しないとか言ったら何か言う予定でした。当然だけど。

「そうですか。なら良かったです。……神殿としては、今回の事情がよく分からないので動くのは控えたいと思っていたのです。ですから、神殿騎士の派遣はしないけれど、勇者様たちは自由意志で参加なさる、という状況は有難いのです。……卑怯なようですけれど」

 うん。神殿にも有難い、勇者は……福山君以外の勇者が、どういう意思で動くのかは分からないけれど、とりあえずは自分の意思で動ける、そして、貴族は強大な戦力である勇者が得られて大満足、と。

 うーん、皆幸せになれていいね!

「神殿としてはそれでよいのではないか?勇者が動きたいというならそれを止めることもあるまい」

 勇者を利用しているような気がするんだろう、何となく良心の呵責を感じているらしいアリアーヌさんにそう言うと、それで気が楽になったのか、そうですね、と少し笑ってお茶を飲んだ。


「不思議ね。私、あなたとは敵対していたはずなのに。今一番欲しい言葉をくれるのはあなただわ」

「それは光栄だな」

 アリアーヌさんも大変なんだなあ、と思いつつ、労いの意を込めて空になったアリアーヌさんのカップにポットからお茶を注いであげた。

 アリアーヌさんは軽くそれに礼を言ってからカップに口を付け、少し逡巡したような表情を見せてからこう切り出した。

「……あの、失礼かとは思うんですが……聞きたいことがあるんです」

 私に分かる範囲で頼むよ!そろそろ魔王の化けの皮剥がれちゃいそうだから!

 なんてったって、下手したら今、アリアーヌさんの方が女神と魔王の話とか、よく知ってそうなんだもん。

 いや、いざとなったら「私は魔王は魔王でも2代目魔王なので先代の事は分かりません」で逃げるけど!

「魔王さんは……あの方のことが好きなんですか?」

 ……なんか予想の斜め上だった!


「勿論。……恐らくお主の思う好きとは違うのであろうがな」

 ……アリアーヌさんの中身が意外と情熱的だっていうことは申し訳ないけれど知っている。多分、アリアーヌさんの意図するところと私の意図するところは違うと確信をもって言えるよ。

「……じゃあ魔王さんがあの方に抱いているものは?」

「尊敬と友情だな」

 言ってみると、アリアーヌさんは驚いたような、笑ったような、泣きそうなような、複雑な表情を浮かべた。

「あなたは本当にそのままでいられると?」

 言葉だけ聞けばそれはそれは、私にとって暴力的だけれど、表情と相まって、攻撃の意図は感じない。

「いつかは終わりがくるだろうな。あいつらは最高だ。恋人としてどうなのかは知らんが、少なくとも、友人としては最高の連中だし、尊敬できる連中だ。あんなに面白い連中なんだ、そう遠くなく、恋人ができたりするだろう。その時には、私は居ない方がいい」

 それが終点だ。全ての人がそれを信じられる訳では無い。

「終わりが来ると分かっているのに一緒に居るの?」

「信じているからな」

 全ての人が信じられる訳では無いけれど私が信じられない訳でも無い。

 私は信じている。

 彼らが、私に対して、友情を抱いてくれていると、勝手に信じている。

 そして、私も彼らと同じかそれ以上に彼らに友情を抱いているのだと、やっぱり勝手に、信じている。


 ゆるゆると頭を振ると、アリアーヌさんはじっと私を見つめた。

「あの人は……あの人も、あなたとの間にあるものは、友情と尊敬だ、って、言ったんです」

 アリアーヌさんは手にしていたカップの中身を一気に干した。

「本当に、酷い人たち。……ねえ、魔王さん、私達、お友達になれますか?」

 ……どうしてそうなったのか、アリアーヌさんの頭の中は私には分からない。

 そして、魔王は神殿が間違った方向に進んだら皆殺し、という前提でアリアーヌさんに神殿を任せている、という事になっている。

 けれど、アリアーヌさんは、至極真っ当に、神殿を立て直そうとしていて、それでいて……なんだろう、ええと……信用するに値すると、思わせてくれた。

 神殿皆殺しの云々は、もうそれで片づけていいんじゃないだろうか。

 例え友達だって、殺し合っちゃいけない訳じゃ無いのだし、そういう意図でアリアーヌさんがこういう話を持ち掛けてきたわけじゃないということ位、分かる。

 差し出された手を握ると、アリアーヌさんの顔が輝いた。

「これからも、よろしくお願いしますね」

 私の手を握って、どこかすっきりしたような顔でアリアーヌさんは笑った。




 ということで、帰還。

「ただいまー」

「ただいまー」

 既に全員就寝済みなのか、静かであった。そーっと戻ろう。そーっと。

 影から出てきた針生にジェスチャーでお礼を言ってからジェスチャーで「おやすみー」をやって、お互い就寝することにした。

 ……針生、折角湯冷めも厭わずついてきてくれたのに出番なくてごめん。いや、無くて良かったというべきか。


 部屋に入ったら先輩もう寝てた。うーん、お見事!

 ……隣のソファに寝床を作って、私はそこで寝るよ!いや、だってさ、うっかり寝ぼけた先輩に抱き枕にされてみ?……死ぬ可能性があるよ?いくら補正無くても……絞められたら、やっぱり危険だからさ。ほら、胴に限らず、首とか。




 はい、おはようございます。起きたら隣に先輩がいた。何これ不思議。

 そーっと、起こさないようにソファから出て、朝ごはんの支度を始めますよっと。

 今日はご飯だ。何故かって、炊飯器があるからだよ!

 先輩のスキルによって生み出されたこのキッチン、炊飯器も完備されてるんだよ!使わない手はないよ!

 ……ほら、土鍋で炊いたご飯って美味しいけどさ、たまには炊飯器で炊いたご飯が食べたくなるんだよ……。なんでだろう。


 朝ごはん作ってたら刈谷が起きてきた。

「あ、おはようございます。昨夜はどうでした?」

「うん、なんか、元凶は魔王が作ったらしいとか分かったよ」

 ちなみに、その元凶、今も食卓の上に浮いている。前衛的なオブジェだと思えばそう見えてくるから不思議。

「それ……益々謎が深まりませんか?」

「ね」

 刈谷も元凶のせいで力が抜けてるはずなんだけど、それでも大分慣れてきたのか、特に辛そうにも見えない。

「あと、友達になってきたよ、アリアーヌさんと」

「舞戸さんがですか。友達ですか」

 なんだ、悪いってのか、おい。

「え、なんでそうなったんですか?」

「知らん」

 多分、なんか整理するのに一番手っ取り早かったんじゃないかなあ。

 ……鈴本が行きたがらなかったのは、湯冷めが気になったわけじゃないんだろうな、きっと。

 誠実な奴である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ