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金の夜に狼が吼える  作者: 星河雷雨
それから

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第九話

 


 そんなわけで、私たちは私のマイダーリンに頼んで、姫の身体に埋め込む魔素の塊――核を作ることとあいなりました。


 となれば善は急げ、ということで、しばらくの間姫とサイラスさん、そしてダンカンの城への滞在を認めて欲しいとブラッドさん(とマティアス)に頼みに行った。


 かくかくしかじかと私がブラッドさんとマティアスに状況を説明すると、二人ともとても驚いていた。そりゃ当然だよね。


「……姫君がバルダザルの娘と同じ病に罹っているというのは、本当のことか?」


 ブラッドさんは私を見て、次に姫とサイラスさんを見た。


「……はい。本当です」

「なんてことだ……。両陛下はそのことを……?」


 ブラッドさんの問いに、姫は「知っています」と言って項垂れた。姫のご両親は、助からなかったバルダザルの娘さんの姿を見ているはずだ。どれほど心を痛めている事だろう。


 それにしても……姫のお母様はまだご健在なんだな。病の遺伝はなかったってことか。


 多分、話に出てこなかったことを考えると、姫のお母様の姉妹であるバルダザルの奥さんは、すでに亡くなっているのだろう。もしかしたら、姫やシェイラさんと、同じ病で亡くなったのかもしれない。


 その可能性があるのなら、そのことも、バルダザルが王家に対し、憎悪を募らせた理由でもあるんじゃないかな。自分は妻も娘も失ったのに、同じ血を持つ姫とそのお母様は、まだ生きている。何て理不尽なのだろうと。


「アリーセ。その方法で、姫君の病が治るというのも本当か?」

「多分。……でも、絶対とは言えません」


 私がそう言えば、ブラッドさんは目を瞑り唸り始めた。 


「ダメ……ですか?」

 

 確かに絶対とは言い切れないけど、けっこういい線いっているんじゃないかとは思っているんだよね。  


「駄目ではない……が。失敗するかもしれないというその行為を、本当にするつもりか?」


 うん? どういうこと? 


 もしや、百パー罪に問える犯罪しか立件しちゃいけないみたいな、そんな詐欺まがいのせこいこと言ってたりしないよね? ま、顔は怖いけど実は優しいブラッドさんが、そんなこと考えるとは思っていないけどさ。普通に姫の身体のことを心配したんだよね。


「聖女とはいえ、君はまだ子どもだ。もし、失敗した時……姫君が亡くなった時、君はその結果を背負えるのか?」

「もし私が死んだとしても、それは聖女様のせいではありません!」


 ブラッドさんの言葉を聞いた姫が、あわてて前のめりでブラッドさんに詰め寄った。そんな姫を宥めるように、ブラッドさんが一度大きく頷いた。


「わかっています。責任の在処を問うているのではありません。その時にアリーセが受ける、精神的な痛みのことを心配しているのです」


 ああ、そういうことね。


 姫が死んだのは自分のせいだって、私が思うかもしれないってことね。


 ……そうだよね。もしかしたら私のこの考えはまったくの見当違いで、まるで意味をなさないことなのかもしれない。……姫を救えないかもしれない。


 でも、やらなければ可能性はゼロなんだよ。何かできるかもしれないのに、黙って見ているなんて無理なんだよ。


 私はブラッドさんを見つめた。


「大丈夫です。私はやるべきことをやるだけだから」


 もし、万が一。


 姫が死んだら私は多分、めっちゃ泣く。それにブラッドさんの言う通り、姫が死んだのは自分のせいだって思っちゃうかもしれない。自分が至らなかったせいだって。


 だって、仮にも前世の私は、この世界よりもずっと医学の進んだ世界で生きていたんだもん。


 私の前世は多分平凡な人間で、間違ってもお医者さんなんて頭の良い職業にはついていなかったと思うけど、それでもこの世界で生きている人たちよりも、格段にそういった情報に囲まれて生きていたはずなのだ。


 せめて前世の私がマティアスのように、一度見たこと聞いたことをずっと忘れず覚えていられるような人間だったら、姫の病に対してもっと的確なアドバイスと処置を提供できたかもしれない。


 でも、私が考えられるのはこれが精一杯。


 だったら、私は私にできることをするべきだ。それしかできないんだから。


 私とブラッドさんは、しばらくの間睨めっこをしていた。けれどしばらく経ったとき、ふいにブラッドさんが小さく息を吐きだした。


「……まったく君は」


 どこか呆れたように落とされたその言葉を、私は承諾として受け取った。









 というわけで――現在私はダンカンとサイラスさんと三人、城の一画に研究室を貰い、朝から晩まで三人で顔を突き合わせながら、研究に励んでいる次第であります。


 そして何故かその部屋の隅っこに、マティアスとエイベルさんとリンツさんが甲冑を脱いだ騎士服姿で立っていることに関しては……監視かな? まあ、言うてもサイラスさんは誘拐犯だし、ダンカンは元狼、現野生児だしね。


 ふあ~あ。


 てか今現在もう、結構夜も更けてるんだよね。ちょっと眠い……。


「大丈夫ですか、聖女様。もう休まれたほうが……」


 一瞬だけ船を漕いでしまった私に、サイラスさんが気遣って声をかけてくれる。


 けど、そんな悠長にはしていられない。私はリンツさんが淹れてくれた眠気覚ましのお茶を飲みつつ、体力の限界まで粘るつもりだった。


「大丈夫です。眠くなったら、そこのソファで仮眠しますから」


 私がそう言えば、サイラスさんが何ともいえない微妙な顔をした。たしかにちょっとはしたないかもしれないけどさ、今はそんなことには構っていられないよ。姫のためだもん。


 ちなみに、今この場に姫はいない。最初は自分のことだからと姫もこの研究に参加していたのだけれど、途中で一度倒れてからは部屋で大人しく待っていて貰っている。やはり吐血をする少し前あたりから、随分と身体の調子が悪くなっていたらしい。


 急いては事を仕損じる。それは分かってるけどさ、あんな顔色の悪い姫見ちゃったら、急がずにはいられないよ。

 

 研究の方は私がアイデアだけを出し、実験は主にダンカンとサイラスさんに任せている。てか私魔力ないし、しょうがない。


 うーん……。私が何か教えられればいいんだけど……。


 何か、小説の中にヒントでもなかったかなあ? 


 ええと?


 小説の中のダンカンは、狼になるのも人間に戻るのも自由自在。今のダンカンは狼から人間に戻ったとき素っ裸だったけど、小説の中のダンカンは、そんな破廉恥なことにはなっていなかった。


 確か服とかも簡単な形のものなら、ダンカンは魔素で作れていたんだよね。小説の中ではいっつも簡素なマントを羽織っていたけど……あれ? もしやマントの中って、素っ裸だった可能性ある? 


 うん。ヤバイ想像しちゃった……。


 いやいやいや。そこは良いんだよ。いや、良くはないけど、重要なのはそこじゃないんだって。重要なのは、魔素は使い方次第で、物質化も可能だということだ。まあ、狼の被り物(?)自体、物質化されたものなんだから、できるのは当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。


 だから、従来あるものを覆う形じゃなくて、魔素を凝縮した核のような、独立したものも作れるって、私も確信できたわけなんだけど……。


 うーん。でも、やっぱ無理かなあ? 


 いくら後の世で天才の名を欲しいままにしていた魔術師と言っても、今は小説の舞台の十年前。呪いが解けたばっか。修練している時間だってない。


 今もダンカンは、呪いに掛けられていた時の感覚を思い出そうと目を閉じて集中しているけれど、姫にはあまり時間が残されていない。吐血をしてから数か月。その間に、何とかダンカンには、バルダザルの魔術――呪いをモノにしてもらわなきゃならない。これ、プレッシャー半端ないな。


 ダンカンの身体全体は時々ぼんやり光を発しているくらいで、あとは特に変化はない。ダンカン自身もだんまり。その状態が、もう小一時間。


 ヒゲくらい生えてくれないかな~。生えたら笑っちゃうかもだけど……。


 ダンカンがそうやって自らを実験台にバルダザル方式の魔素の扱い方を模索している間、サイラスさんと私はあーでもないこーでもないと、机上の空論を繰り広げていた。それくらいしかできないからね。


「それにしても……魔素で身体の補助機能を持つ核を作ろうなどと、よく考えつきましたね」


 サイラスさんが、感心したように言うけどさ。まあ私は前世の記憶があるからなんだけど、別にこの世界でだって、そこまで奇抜な発想じゃないとは思うんだけどね。時間があればきっと、サイラスさんやダンカンだって、いつか考えついたんじゃないかな。


 多分、この病の厄介なところは、進行が早いってところなんだと思う。良い治療法を考えつく前に、病を発症した人達は、命を奪われてしまうのだろう。


 それが多数の人間に係わる病ならまだしも、一家系特有の病でしかないならば、研究だって進まないだろうし。


 ……って、あれ? 


 確かにこの病は家系特有のものだけどさ、その家系の血は、王家にも入っているんだよね? なのに、バルダザル以外研究してこなかったの? 


「聖女様?」


 考え事をしていたため、多分ぼおーとしていただろう私に、サイラスさんが心配そうに声をかけてきた。


「やはり、一度休まれた方が……」

「あ、いえ大丈夫です。ええと……ダンカンの身体を覆っていた魔素の塊が、結果的にダンカンの身体能力を向上させていることがわかったので……そこまで影響があるなら、独立した核のようなものでも、その代わりになるんじゃないかと」


 小説からヒントを得たことは言えないから、こう言っておくしかないんだよね。ま、このこともヒントになったことは確かだし。っていうか、さっき考えていたことなんだったっけ? 忘れちゃったよ、もう。ま、そのうち思い出すか。


「なるほど……!」


 私の答えになっているのかいないのか分からないような言葉に、それでもサイラスさんは納得したように、そしてどこか嬉しそうにうんうんと頷いている。やっぱサイラスさんもダンカンに負けず劣らず、魔術馬鹿なんだね。


 そういえばエイベルさんとリンツさんにかけた魔術、人を眠らせる魔術ってすごいよね? そんな魔術、これまで聞いたことないんだけど。ダンカンが後に天才魔術師って呼ばれるのは知ってるけどさ、サイラスさんもかよ。双子の天才魔術師ってか?


 あ、サイラスさんは文官目指すんだっけ。


「では、核はどこに埋め込むのですか?」


 サイラスさんに問われた私は、考えた。


 人工臓器を身体に埋め込むって聞いて、最初に思い浮かぶのは……。


 うん。やっぱ心臓だな。


 最初脳にしようかとも思っていたけれど、脳からでは他の臓器への供給が心もとないし、心臓辺りに埋め込めば、血液みたいに姫の身体の隅々まで魔素の力が行き渡るんじゃないかと思ったからだ。


「心臓辺りにしようかな、と思ってます。人って、身体全体に血が流れているでしょう? 血の道と言いますか……。それと同じように、核から身体全体に魔力を送れないかなと思ったんです」


 私は血管という言葉を使わなかった。その言葉をこの世界で一度も聞いたことがないので、まだそう言う呼ばれ方はしていないのだと思ったからだ。


 でも血の道って言い方ならわかるかなと思ったんだけど、血の道の後に症、ってついちゃうと、また違う意味になっちゃうんだよね……。ま、その言葉もこの世界では通用しないか。


「血の道……ですか」


 血の道と聞いても、サイラスさんはどこか納得しきれていない様子だ。でも、次に続いた発言に、私は心底驚くことになる。


「我が国にある古い書物に、人体を細かく切り裂きその詳細を記したものがあるのですが、その書物には人間の皮膚の下には細い管のようなものが張り巡らされていると書かれていました。聖女様のおっしゃっているのは、その管の事でしょうか?」


 うがっ! 人体を細かく切り裂きって、それ人体を解剖したってことだよね……? 


 ……うーん。怖い。けど、この世界でもちゃくちゃくと医学は進歩しているんだな~。


 ……あれ? なんかこの世界においての今って、前世の世界の、医学の歴史的に一番怖い時代とリンクしちゃってたりする? 私あんまり奇抜なことやっちゃうと、死んだあと解剖されちゃったりする? いや、死んだあとならまだ良い、もし生きている間に解剖なんてされちゃった日には……。


 うげ、怖気と吐き気が……。


 ……てか、偽聖女ってばれたら、私ヤバくない? 聖女なら生きている間は解剖されないだろうけど、そして死んでからも崇拝の対象として解剖されないかもしれないけど、それが偽物だったらどう? 


 それに……今のサイラスさんの言い方って、一般的には血管って、やっぱり知られていない感じの言い方だったよね?


 そりゃこの世界の人間だって怪我をするから、怪我をしたところから血が流れることは知っているだろう。けれどそれが血管、イコール身体の中に張り巡らされた細い管を通って来ているなんて、まだ知られていないってことだよね?

 

 あれ? もしかしてこれって、知識チートって奴? 私、脳を調べるために開頭されちゃったりする?


 う、うわ! 決めた! よっぽど具合が悪くでもならない限り、医者には会わない! 会わないぞ!


 よし! 濁そう! うやむやにしよう。


「……そうですね。多分それで合ってます。私、想像で言ったんですけどね! サイラスさんはさすがですね!」

「いえ、私など……。しかし、なるほど。核から身体全体にその管を使って魔素を行き渡らせれば、あるいは……」


 あ、サイラスさん知識チートのこと、そんなに気にしていなかった。もうすっかり、自分の世界に入っちゃってるよ。……セーフ! 解剖されない! ま、いざとなればその書物を見たことあるって言えばいいもんね。


 とはいえ、方針が決まったとして、それをどうやって成し遂げるかが問題なわけだけど……。


 私がそんなことを考えている最中、突然部屋の扉が大きな音を立てて開き、そこからブラッドさんが飛び込んできた。普段から怖い顔が、更に怖くなっている。


 何? 何があったの⁉ やめてよ、急に飛び込んでくるの。心臓に悪いからさ。


「どうしたんですか?」


 私の問い掛けに対し、ブラッドさんが一瞬言い淀んだあと残酷な事実を告げた。 


「……姫君が倒れた」


 その言葉が告げられた瞬間、誰よりも早く駆けだしていたのは、さっきまで目を瞑って集中していたはずのダンカンだった。

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