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金の夜に狼が吼える  作者: 星河雷雨
それから

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第八話



 ――な~んて、言うと思ったら大間違いだ!


 私は諦めが悪いんだよ!


 諦めるのはやるだけやってからって、相場が決まってるんだよ!


 よし! まずは、事実確認からはじめないと。


 だってはっきりと姫に確認しない限り、あくまで私の妄想だもんね。あの血だって、まだ姫の鼻血って可能性が残っているわけだし。


「おい」


 かなり繊細なことだから、聞くときも注意しないとね。姫だってマティアスやブラッドさんには知られたくないだろうから、サイラスさんと姫とだけで話せないかな。


「おい」


 でも、もしもの時のこともちゃんと考えておかなくちゃ。


 バルダザルのやったアプローチは、方向的にはそれほど大きく間違ってはいないと思うんだよね。だって、魔素によって機能を失いつつあった臓器の補助をしようとしたわけだし。ただ、やり方がな~……。


「おい! あんた!」


 ってうわっ! びっくりした……! あ、ダンカンのこと忘れてた……。


「大丈夫か……? さっきから黙り込んで……」


 うん、考え事していたからね。


 あ、そういえば……これももう一度確認しておかなくちゃね。ここが間違っていたら、意味ないし。いや、むしろ間違っていた方がいいんだけどさ。


「ダンカン。あの時私に着いていた血は、本当に姫の血だったんですよね?」

「は? なんだよいきなり」


 お願い、ちゃんと答えてよ!


 私がダンカンを睨むと、ダンカンはちょっとだけ臆したように身を引いてから「ああ、そうだ」と頷いた。


 ……そっか。やっぱり姫の血か。


「あれは、姫の血で間違いない。狼になっている間は、身体機能も狼のそれになっていたからな。臭覚は、だいぶ鋭くなっていた。しかし、バルダザルはやはり優秀な魔術師だったようだな。外殻だけではなく、能力まで狼と同等になるなんて……」


 どういう理屈なんだ? とダンカンが呟いている。


 うん。やっぱ魔術師ってオタク気質っていうか学究肌っていうか、呪いで狼にされていたくせに、なんだかそのことに対して感心しているような感じ?


 まあ、不思議っちゃ不思議だよね?


 わかるよ。細胞から人間を狼に変えている訳じゃなく、外側を狼に見せていただけだっていうのにさ。機能まで人間のそれから狼のそれへと格上げされるって、それって対象物を覆っていた魔素が、対象物であるダンカンの身体そのものにも、影響を及ぼしていたってことだよね?


 うーん。魔素の力によって、ダンカンの身体の機能そのものを底上げしていたとかかな? 


 ……それが、一番近いのかな~? だからバルダザルも、娘さんの機能しなくなった臓器を、魔素の塊で覆うことを考えついたわけだしね。


 私、魔素って電子みたいなものだと思ってたけど、それよりももっと多用性のある物質なのかもしれないな。ま、魔術のある世界だし?


「あなたの身体を覆っていた魔素が、あなた本来の身体の機能を上げていたんじゃないですか?」


 それに身体を狼の外殻で覆われたまま、五年ずっと生きて来られたわけだもんね。そんなの普通、動くことすら難しいだろうに。超分厚くて硬い着ぐるみを、常時着ているようなものだよ。


 でも、ダンカンの動きは狼そのものだったもん。走っている時、めっちゃ早かったよ? それとも五年の間に、身体が着ぐるみに慣れたのかな?


「……そうか! 外見は狼だったが、それはバルダザルの魔力によって与えられた形だ。バルダザルは狼として俺……いや、姫に生きることを強いようとした。殺そうとしたわけじゃない。だから分厚い外殻で覆われていても、生命活動を阻害されるどころか、身体機能が向上していたのか……」


 それって、魔素がバルダザルの思う通りの働きをしたっていうこと? う~ん。そう考えるとさ、マティアスも言ってたけど、魔素ってもしかして本当に意思があるのかな? あるいは、そういう性質なだけ? 


 まあ、魔力っていう力を扱うのは人間なわけで、人間の意思によって魔力は魔術という方法をとって様々な現象を起こすわけで、魔術って結局扱う人間の思う通りに発現するものであって……うん。わかんなくなってきた。


 ま、いいや。こういうことは専門家に任せよう。私が考えるべきは、姫の病を治す方法だ。


 えっと……? 扱う人間の意思に反応して魔素がその性質を変えてくれるなら、別に分厚い外殻で対象物を囲まなくても、機能の補助はできるんじゃない? それだと補助する力が足りない? 


 んじゃ、高密度の魔素の塊を、一つ身体の中のどこかに埋め込むって方法は駄目かな? 元の身体に収まる大きさで、なおかつこれから先、姫が死ぬまで一生内臓の機能を補助し続けられる程の力を宿した、核のようなもの。


 あるいは、力が足りなくなったら、随時補給できるようにするとかね。


 ……うん。意外とできそうな気がするな。人工臓器多機能版みたいなやつ。埋め込むとしたら脳か心臓辺りかな~って……マッドサイエンティストか私は。


 ま、これは姫に本当のことを聞いてそうだと確定したら、ダンカンやサイラスさんに手伝って貰おう。成功するかどうかはわからないけど、やらないよりはマシだと思うんだよね。


 そうと決まったら、さっそく姫に話を聞いてこなくちゃ。


「ダンカン。とにかく元に戻って良かったですね。じゃ!」

「は?」


 私の急な行動に驚いているダンカンを残し、私は部屋の扉をバーンと開け放った。結構勢いつけて開いちゃったから、扉の外で待っていた(とは言っても、まだ部屋の中だよ)マティアスたちが驚いた顔をしている。


「アリーセ、何かあったのか⁉」


 ブラッドさんが、慌てた様子で声をかけてきた。この人、何だかんだ言ってマティアス以外に対しても、面倒見が良いんだよね。


「大丈夫。何もないです。でも、姫とサイラスさんと三人だけで話したい」

「は?」

「お願い、ブラッドさん」


 昨日から本当、ブラッドさんには頼み事ばっかりしているな。あれ? ブラッドさんが、私の婚約者だったっけ? 


 いや、マティアスもここにるから、マティアスに頼めば良いのかもしれないけどさ。なんとなく、ブラッドさんて頼みやすいんだよね。怖いけど結局は弟妹に甘い、お兄ちゃんみたいで。


 なんかちょっと、私のお姉ちゃんに似てるわ。


 ブラッドさんは何か言いたげな様子だったけど、それをぐっと堪えたことがありありとわかる態度で、姫とサイラスさんに確認を取ってくれた。もちろん、二人の返事はオーケー。今度はマティアスとブラッドさんが、ダンカンの部屋に移動してくれた。


 何を言われるのかと、ちょっとだけ恐れた様子でそわそわしている二人に、私は正面から話を切り出した。一応聞き方考えたけど、はっきり聞いちゃった方が話が早いからね。どんな聞き方したって、聞く内容は同じだし。


「姫。あなたは今、何らかの病に侵されているのではありませんか?」


 私の言葉を聞いた姫の身体が、小さく震えた。ああもう、その反応だけでわかっちゃったよ……。


「それは、バルダザルの娘さんと同じ病ですか?」


 姫の表情が、今にも泣き出しそうに崩れていく。同じようにサイラスさんの表情も、瞬時に曇ってしまった。やっぱ、サイラスさんも知ってたんだな……。


「……どうして、分かったのですか?」

「私のドレスに、血がついていましたよね? ダンカンは、それを姫の血だと言いました。けれど、姫が怪我をしている様子はない。だから……もしかしたら吐血ではないかと思ったんです」


 私も目が覚めて最初に服についた血を見た時は、まず怪我してないか確認して、していなかったから吐血を疑ったもんね。吐血だったなら所かまわず急だろうし、直接私の服に血がかかる可能性だって大いにあり得る。


 サイラスさんだって、姫が突然吐血したらそりゃ動揺するよ。私の服についた血を見逃すことだって、あるかもしれない。あるいは気付いていたとしても、これから誘拐する人間だ。別に服に血がついていたって誰に見られる心配もないのだから、問題ないと思ったのかもしれない。


「そして、王家がバルダザルの娘さんの願いを叶えた理由を考えた時……二人は血縁ではないかと気付いたんです。それに、おそらく姫の病はうつるものではない。となれば、一つの家系特有のものではないかと」


 そこまで話した時、姫がふっと笑みを零した。


「……ふふ。聖女様にはお見通しでしたね」


 お見通しというか、本当、気付いたのは偶然だったんだけどね。それに、嫌な予感って当たるもんじゃない? 外れていた方が良かったけどさ。


「バルダザルの娘――シェイラと私は従姉妹の関係です。私がシェイラと同じ病に罹っていると気付いたのは、シェイラを亡くしてから、ニ年程経った頃でした」


 姫が悲しそうに、でも何だか自嘲するように淡く微笑んでいる。見てるこっちの胸が痛くなるような笑顔だ。


 でもそうか……。姫はバルダザルの娘さんが亡くなって、二年経ってから病の兆候に気付いたのか……。バルダザルは、いつ気付いたんだろうか。この五年、ずっと姫を見張っていて、それで気が付いた? 


 あるいはこの病が家系特有のものだと知っていたから、いずれは姫も娘さんと同じ運命を辿るかもしれないって、思ったのかな? だから、呪いには失敗したけれど、これ以上は何もしてこなかった……とも考えられる。


 ま、それは本人に聞かなきゃわからないか。


「サイラスさん……。姫の病気を治す方法は?」


 多分ないだろうとは思ったけど、一縷の望みをかけて聞いてみた。だって私よりも断然、サイラスさんの方が頭が良いだろうしね。


「色々試しましたが……結局はバルダザルの取った方法が一番効率が良く、効果があることがわかりました」


 ま、そうなるか〜。


 通常の魔力の使い方だと、治癒力上げるだけだもんね。本人の治癒力が病に追いつかなければ、意味がない。


「そうですか……。……あの。バルダザルさんの考えた方法を、少し変えてですね。悪くなってしまった臓腑自体を魔素で覆うんじゃなくて、体の中に一つ、魔素で作った臓腑――核を増やす方法はどうですか? その核に数十年くらいは臓腑の機能を補える力を蓄えるか、あるいは定期的に魔力を注ぐんです」


 私の提案を聞いたサイラスさんの瞳が、キラキラと輝いた。


「それは……バルダザルのやった方法を応用すればできなくもないですね。ですが……」

 

 そこで、サイラスさんは言葉を区切った。なんだか、悔しそうな表情をしている。


「その方法はおそらく、バルダザルしか知らないことのはずです。彼のしていた研究は誰も知らないし、資料も残っていません」


 ……そうだよね。呪いなんていう現代では廃れた魔術の研究なんて、そのバルダザルさん以外してないよね……。


 でも、ご安心ください! 解決法は、すでにご用意できております! 


 私は意気揚々と、サイラスさんにその解決法を伝えた。


「それなんですが……」












「は? また狼になれ? 何言ってんだあんた」


 ダンカンが馬鹿な子どもを見るような目つきで、私を見つめている。


 ていうかさ。サイラスさんとダンカンて、性格全然違うね? 紳士的なサイラスさんを見倣え。野性的なダンカンよ。


「できるわけないだろ。あれは、バルダザルにかけられた呪いなんだよ」

「できます。あなたは五年もの間、狼として過ごしてきました。バルダザルさんのかけた呪い――魔術をその身で経験しているんです」


 実際小説の中のダンカンには、それができていた。彼は自らの呪いが解かれたあと、自力で自由自在に人間と狼の両方の姿を取れるようになったのだ。だから、今のダンカンはそのことに考えが及ばないだけで、多分落ち着いたら研究しだすんじゃないかな? オタク気質だし。


「狼だった時の感覚を思い出してください。バルダザルさんの魔術が、魔素が、あなたの身体にどういった作用を及ぼしていたのか、思い出してください」

「……やれるとしてもだ。どうしてそんな急かすんだ。やっと狼から人に戻れたばかりだってのに……」


 ダンカンの言っていることは、もっともだ。でも、時間がないんだよ。


 バルダザルの娘さんは、吐血してから数か月もしない内に、どんどんと病状が悪化していったと聞いた。数か月ってかなりあいまいな期間だけど、長くて半年、短くて大体三か月以内のことだろう。だとしたら既に吐血している姫の身体も、あまり良くない状態だと言える。


「ダンカン……。お前の力で、姫を救えるかもしれないんだ」

「どういうことだ?」


 サイラスさんの言葉に、ダンカンの目が細められた。けれど、ダンカンが逡巡したのは、わずかな時間だった。そのわずかな時間で、ダンカンは私と同じ答えを導き出したんだ。


「……まさか」


 ダンカンが、驚愕の表情で姫を見つめている。


「ごめんなさい……」


 姫が謝る必要なんて、まったくない。でも自分のせいで、もう一度ダンカンに狼だった時のことを思い出してもらわなくちゃいけない。辛い記憶を、思い出してもらわなくちゃいけない。そのことを、申し訳ないと思っているのだろう。


「……なんで。どうして……シェイラだけじゃなく、姫まで」


 ダンカンの身体が、細かく震えている。


「落ち着け、ダンカン。バルダザルがシェイラに対し行った魔術を応用すれば、姫は助かるかもしれないんだ。聖女様がそう、教えてくれた」


 サイラスさんの言葉を聞いたダンカンが、期待を込めた瞳を私に向けて来た。……これでもし失敗したら、私ダンカンに殺されるかもな。今度こそ喰われるかも……。


「必ず、成功するとは限りません。完治も難しいと思います」


 もし成功したとしても、姫は一生、魔力を供給してもらわなければならない身体になってしまうかもしれない。


 でも、成功すれば命は助かる。


 私は私の考えをもう一度、今度はダンカンに説明した。


「まず魔素によって、核をつくります。その核を姫の身体に埋め込み、弱ってしまった臓腑の機能を補います」

「一つ一つの臓腑を魔素で覆いその機能を補うのではなく、一つの魔素の塊で、すべての臓腑の機能を補うというのか? できるのか? そんなことが」


 ダンカンの問いに、私は頷いた。


「バルダザルは魔素の力を借りて娘さん――シェイラさんの臓腑の機能を増幅させていたんですよね?」


 私の問いに、三人が頷いた。


 魔素の力を借りた身体の機能の増幅は、魔力による治癒力の向上とは、多分似て非なるものだ。魔力の素となる魔素だから、もっと純粋に身体の機能に作用できるのではないかと、私は考えている。


 例えば、魔素を小麦粉だとする。粉の状態ならそこからどんな粉料理も作れるけれど、そこに一度水を混ぜて練ってしまえば、作れるものは限られてくる。うどんか、うどんか、……あれ? うどんしか思い浮かばないや。……まあいいや。


 でも混ぜるものを変えれば、ラーメンだってパンだってケーキだって作れるもんね。あ、粉挽きの種類はこの際気にしないでください。


 人間が使う魔術って、魔素を一度自分の体内で魔力に変換してから使うものだから、多分魔素本来の純粋さはなくなっているんだと思う。純粋さというか単純さというか、ね。


 おそらくだけど……魔素を魔力に変換する段階で、不純物が混ざるんだと思うな。そこで、粉に混ざる材料が決まっちゃう。だから、多用性がなくなってしまうんじゃないかな?


 だから、バルダザルが行った魔術の原理さえわかれば、あとは私のマイダーリンにダンカンに協力してくれるよう頼めば良い。不純物ゼロの状態の魔素を使えば、きっと成功するはずだ。 

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