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金の夜に狼が吼える  作者: 星河雷雨
金の夜に狼が吼える

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第四話



 ……って、ノーフォークってサイラスさんの苗字じゃん!


 え、サイラスさんて実は、文官じゃなくて魔術師なの? あ、そういや魔術使ってたわ! 嘘ついてたってこと?


 ……いや、でも名前が違う。


 魔術師の名前は、サイラスじゃなくてダンカンなんだってば。もしかして、邪竜復活後に名前を変えた? 何で? あっれー? 私の記憶違い? 


 てかさっきの狼、もしかしてサイラスさん? ぐるぐる唸ってたけど、サイラスさん? え、サイラスさん、もしや私を食べようとしたの? 食料として目を付けてたの? うわ、やだー!


 ……て、さすがにそれはないか。


 サイラスさんがあの獣操の魔術師だとしたら、彼は人間だもの。狼に変身できるけど、人間だもの。……それとも、狼の方が本性だったりする? 実はすでに、何人か食べちゃってたりする……?


「うう……サイラスさんの馬鹿」


 小屋の床に直接体育座りをしていた私は、両の膝小僧に額をつけながらサイラスさんに毒づいた。あ、狼から逃れたあと、結局私、小屋の中に戻ったんだよね。だって外寒いしさ。


「馬鹿ぁ……」


 言ってもしょうがないけど、言わせてくれ。言わなきゃやってらんないよ!


 けれど、独り言だったはずの私のその言葉に、なんと答えが返ってきた。


「……申し訳ありませんでした、聖女様」


 その渋い声を聞いた私は、瞬時に膝から顔を上げた。見ればいつの間にか小屋の扉が開かれていて、そこにサイラスさんが立っているではないか。ていうか、誘拐なんて物騒なことしたわりには、腰が低いな。やっぱ理由があったのかなあ?


 あと、見たところ怪我はしてないみたい。良かった……じゃない! ふ、ふん! 心配なんてしてないんだからね!


 でもじゃあ、サイラスさんじゃないなら誰の血だよってことになる。考えたくない……本当、考えたくないけど、やっぱりエイベルさんとリンツさんのどちらかの血、なんてことはないよね?


「サイラスさん。……誰かを傷付けましたか?」


 サイラスさんは、最初私の言っている意味がわからなかったらしく呆けた表情をしていたけれど、すぐに大慌てで否定してきた。


「いいえ! 誰も傷つけてはおりません! ……あの二人の騎士にも、眠ってもらっただけです」


 へー、そういう魔力の使い方もあるんだ。どうやるんだろ? ま、私が聞いても魔力ないから使えないけどね。


「じゃあ……これは誰の血ですか?」


 私がお腹付近に着いた血を見せると、サイラスさんは明らかに動揺した様子を見せた。


「本当に……誰も傷つけてはいませんか?」

「もちろんです! その血は……誰かを傷付けてついたものではありません」


 そう言ったきり、サイラスさんは黙り込んでしまった。誰かを傷付けたわけじゃないなら、これ以上の追及はやめておこう。多分、聞いても話さないだろうしな。うん……もしや鼻血かな?


「サイラスさん……どうして?」


 どうして、私を誘拐なんてしたの?


 私の呼びかけに、サイラスさんが形の良い太い眉をへにょりと下げた。なんか、狼というより犬みたいだな。ちょっとかわい……ふ、ふんだ。いくらそんな表情をしたからって、騙されないぞ! 


「姫を、マティアスの正妻にするためですか?」


 まあ、今のところ一番考え得る理由は、やっぱそれなんだよね。


 でも私がそう問いかけると、サイラスさんは驚いたように目を丸くして、またもやぶんぶんと首を横に振って否定した。


「違います!」


 え、違うの? じゃあなんで私を誘拐したのさ? ……やっぱ食べるため? 聖女の肉が欲しかったの? 不老不死の妙薬とかだったりしないよね?


 私の視線を受けたサイラスさんは、少しだけ迷ったように言葉を詰まらせたあと、小さな声で、しかしはっきりとその言葉を口にした。


「……貴女に、会っていただきたい人物がいたのです」

「会って欲しい人……?」


 え? まさかそれだけのことで、私を誘拐したの?


 ……いや、連れてこいよ。私の目の前にその人を連れてこいよ。それで万事オーケーだったろ? なぜ誘拐したし。


 まあ、今更言ってもしゃーないか。すでに誘拐しちゃったんだもんな。色々言いたいことはあるけれど、とりあえずまずは話だけでも聞いてみるか。


「私に合わせたいという人物、それは誰ですか?」

「会って……くださるのですか?」


 サイラスさんが、目を見開いて驚いてるけどさー。誘拐しといて、最後の決断は私任せにするつもりだったの? 


 なんじゃそりゃ。もし断っていたら、普通に帰してくれたの? いや、そしたら誘拐なんてしなくても、話持ちかけてみればいいだけじゃん。あの時は、マティアスもブラッドさんもいなかったんだからさ~。エイベルさんとリンツさんはいたけど、話すだけなら止められなかったと思うよ?


「お会いします。ですが、まずは話を聞かせてください」


 そう。そして、理由を聞かせてよ。


 ここまでするってことはさ、やっぱり何か事情があるってことだろうしね。


 というか、わざわざ誘拐してこの小屋に連れて来たんなら、普通その合わせたいって人待機させとかない? なんでいないの? こっちは心の準備ができるから、ありがたいけどさ。


「その人は、今どこに?」


 私がそう言った瞬間、サイラスさんが動揺を見せた。なんで動揺するんだよ。


 ……まさか、嘘じゃないだろうな。会わせたい相手がいるっていうのは、私を安心(?)させるための嘘で、実はやっぱり、私を亡き者にしようと考えているんじゃないだろうな。


「申し訳ありません、聖女様。実は――……」


 そう言ったきり、サイラスさんは途中で言葉を止めてしまった。


 ……おいおい、やっぱり嘘なのか?


 どうしたもんかと思っていた私は、急に小屋の外が騒がしくなったことに気が付いた。サイラスさんを見れば、険しい視線を扉へと向けている。どうやら途中で言葉を切ったのは、外の騒ぎに気付いたかららしい。 


「まさか、もうここまで……」


 あ、マティアスたちが来てくれたのかな。……うん。なんだかブラッドさんの声が聞こえた気がする。あの人、声おっきいからなあ。


 ん? ということは、ここって城からそんなに遠くなかったのかな? まあ、私がここへ攫われてきてから、どれくらいの時間が経っているかはわからないけどさ。空の暗さとまだ月が高い位置に出ていることを考えると、真夜中ちょっと過ぎたくらいかな。


 考えている内にも、声はどんどんと大きくなってくる。結構人数いるな。声からすると、数人て規模じゃない。


 サイラスさんは扉をじっと見つめてから、諦めたように小さな溜息を吐いた。


「……仕方ない。外に出ましょう」


 え? 出るの? 


 私人質にして、立てこもるのかと思ってたよ。


 ま、でもいくらサイラスさんが魔術師並みに魔力を使えるとしても、多勢に無勢すぎるよね。それにサイラスさんが魔術を扱えるってことはもう知られているだろうから、今も魔力のある人達揃えてきているだろうし、きっとマティアスもいるし。


 床から立ち上がろうとした私の目の前に、大きな手が差し伸べられた。サイラスさんの手だ。なんかいちいち、やっていることと態度の差が腑に落ちないな。


 サイラスさんの話を信じるならば、誘拐したのも誰かに会って欲しかっただけだし。今も降伏する気満々だし。……もしかして、サイラスさん、今回のことをあまり乗り気じゃなかった?


 気にはなったけど、それはこれからのブラッドさんの、きっつーい取り調べでわかることだろう。


 私は、差し出されたサイラスさんの手を取って立ち上がった。サイラスさんの手は本当におっきくて、私の小さな手なんて、握られれば完全に隠れてしまう。サイラスさんは、私を立ち上がらせたあと一人扉へと向かい、一呼吸してからゆっくりと扉を開けた。


 途端に、外からブラッドさんの声が聞こえてくる。


「サイラス・ノーフォーク――! アリーセは何処だ――⁉」

「ここにいます」


 部屋の奥にいても、身体に振動が伝わって来るようなブラッドさんの怒声に、サイラスさんが何かを達観したような、静かな声で答えている。


 サイラスさんが後ろにいた私を振り返り、頷く。こっちに来て、という意味だろう。私は扉に近付き、サイラスさんの後ろから、ひょっこりと顔を出した。サイラスさんの服を掴みながらね。


 うん……なんかさ。助けに来てくれたのは、すっごく嬉しいんだけどさ。この物々しい雰囲気が、ちょっと怖いんだよ。


 時々すっかり忘れちゃうんだけど、私まだ子どもだよ? サイラスさんは誘拐犯だけどなんか乗り気じゃなかったっぽいし、元々は優しい人だと思うし、つい縋ってしまったのだ。ちょっと覗いた外には、かなりの数の甲冑たちが居並んでいたしね! 怖!


 それに……あのフード被ってる人達って魔術師かな? こっちも、雰囲気怖いよね……。今にもサバト始めそうじゃん。

 

 いまや小屋の外は完全に包囲されていて、甲冑たちが手にした松明が周囲を明るく照らし、なんだか魔女狩りにでも遭っている気分にさせられてしまう。


 いや、私聖女だけどさ! でも偽聖女だからね! どこかで後ろめたく思っているから、そう思えちゃうんだろうな……。


 私がサイラスさんの近くでまごまごしていると、ブラッドさんの隣にいた甲冑が前へ進み出て、私に声をかけて来た。


「アリーセ、無事?」


 何だマティアスか。ブラッドさんは正装なのに、なんで王子の君が甲冑なの? まあ、いいけど。どうせブラッドさんは、忙しくて着替えている暇なかったんだろうし。


「大丈夫です」

「……これは血じゃないのか?」


 マティアスが私の腹部に着いた血を見つけ、問い質して来た。こいつ目ざといな。


「私の血じゃありません。それより、どうしてここが?」

「エイベルさんが追跡してくれた」

「エイベルさんが?」


 私がマティアスの裏に視線をやれば、そこには兜を外し、少しだけ照れたように笑うエイベルさんがいた。でもすぐに表情を引き締め、エイベルさんの隣にいたリンツさんともども「お守りできずに申し訳ありませんでした」なんて言うもんだから、私はあわてて首を振る。


 仕方ないよ。だってサイラスさんは、魔術師だもん。今は文官だけど、後にマティアスとともに、邪竜を打ち倒すくらいに強い魔術師なんだもん。……なんで名前が違うのかは、まだわかんないけどさ。


 でも、追跡ってどうやったんだろう? もしや、地面に着いた靴の痕とか追ってきたの? 


 追跡者(チェイサー)みたいだな、なんて思っていたら違ってた。


「貴女が連れ去られた道筋の痕跡を残すように、魔素が輝いていたんですよ。それを追って、私たちはここへ辿り着いたんです」


 ヘンゼルとグレーテルか!


 パンくずないから、光って知らせたのか⁉ グッジョブ、マイダーリン!


「それはそうと……サイラス・ノーフォーク」


 感動で目を輝かせていた(おそらく)私だったけど、近くで聞こえてきたブラッドさんの声に一気に身構えた。私、知ってる。この人、絶対怒鳴る!


「聖女をかどわかした罪、簡単に贖えると思うなよー―!!」


 ――ほら、やっぱり怒鳴った! こっわ! ブラッドさんこっわ! 顔が般若! てか鬼! そして安定の声のでかさ!


 咄嗟に耳塞いで良かった~。こりゃ、相当怒ってるわ。


「……申し訳、ありませんでした」


 おお~⁉ 


 ここでもすぐ謝っちゃうんだね? いや、悪いことをしたら謝る。それは良い心がけだけどさ。素直すぎて、やっぱり何か腑に落ちん……。


 とはいえ、犯行を認めたなら捕まることは避けられない。サイラスさんが魔術師を伴ったブラッドさんに腕を掴まれ、甲冑たちの元へと連れられて行く。そのサイラスさんの姿を、私はどうにも釈然としない気持ちで見つめていた。


「アリーセ。帰ろう」


 マティアスに促され、私もサイラスさんたちの後に続こうとした、その時――。


 狼の遠吠えが聞こえた。


 月に照らされた、金色の空に響くように。悲しく、けれど力強い遠吠えが。


「狼? ……近いな」


 マティアスが声の出所を探ろうと顔を僅かに上向けた瞬間、森の奥からザッ、ザッという、樹々を掻き分け地面を踏みしめる音と共に、大きな銀色の狼が現れた。

 

 あ、こいつあの狼じゃん! 


 私は慌てて、サイラスさんの姿を探した。いる。サイラスさんは、ブラッドさんに腕を掴まれたままの姿で、私より少し先の前方にいる。


 うん。まあ、あの狼は今森の奥からきたからね。サイラスさんであるはずがないね。


 ここにサイラスさんがいるということは、この狼はサイラスさんではありえない。はい、証明終了! 


「どうしてここに……⁉」


 え? サイラスさん、この狼知ってるの? ……もしや、この狼サイラスさんのペットか何か?


 ……うん。違うみたい。よしんばペットだったとしても、あれは主人の言うこと聞かないタイプだ……。しかも私、完全にロックオンされてるみたいだし……。


 ……って、これ、絶対襲われるやつじゃん!


 案の定、狼はまたぐるぐる唸ったあと、急に地面を蹴って走り出した。大きな銀色の塊が、真っすぐに私とマティアスに向かって走ってくる。


「駄目だ! やめろ!」


 サイラスさんが大声で叫んだけれど、狼が止まる気配は全くない。 


 なおも突進し続ける狼に対し、サイラスさんが悲痛な叫び声を上げたのは、マティアスが剣を引き抜いたのと、ほぼ同時だった。



「やめるんだ! ――……ダンカン!」

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