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金の夜に狼が吼える  作者: 星河雷雨
金の夜に狼が吼える

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3/15

第三話

 


 なーんて考えていた私が馬鹿でしたね、はい。


 ダークファンタジーの世界で、気抜きすぎでした。


 何を隠そうこの私、現在絶賛かどわかされている最中です……。




 そう。誘拐されました! 


 サイラスさんにね! あの銀髪の野性味あふれる美丈夫文官にね! くっそふざけんな!


 ……まあ確かに? 


 姫のお誘いを断った時には、ものすんごくがっかりしているなーとは思っていましたよ? 姫がね。それに、断ったの私じゃないけどね。


 だからきっと、今のこの事態は、主人想いのサイラスさんが姫のためにやっちゃったことなんだろうなーってことは、想像がつきますよ?


 でもさー、だからって本当に誘拐されるなんて思わないじゃん? 仮にも聖女が誘拐されるなんて思わないじゃん? だって聖女だよ? 普通の人だったらいいってわけじゃないけど、でも聖女だよ? 聖女だから駄目って、マティアスもブラッドさんも断っていたにも関わらずだよ?


 何だよ。もしや聖女を誘拐したっていう罪を躊躇いなく被っちゃうくらい、切羽詰まった事情があったってこと? それなら言ってよー。そしたらマティアスもブラッドさんも、考えるくらいはしただろうにさ。  


 あ……。


 嫌な想像しちゃった……。もしやウェルムは私を亡き者にして、姫をマティアスの正妻にするつもりだったとか? 


 ……だったら、言ってよ! 正妻の座なんて、言ってくれれば熨斗付けてくれてやったのに! やっぱ聖女になんて、なってもいいことなんにもないじゃん! 


 聖女なんて称号、返上だ返上! ついでにマティアスとの婚約も破棄だ破棄! マティアス・レドフォード! お前との婚約を破棄してやる!


 はっ! 


 やばい……ちょっぴり錯乱状態に陥ってたよ、私。こういう時って冷静さを保つのが一番大事だってのに……。よしよし、落ち着け私。さあ、深呼吸。ひっひっふー、ひっひっふー……じゃないって!


 ああ駄目だ。めっちゃ動揺しているわ、私……。恥ずかし!


 でもでも! しょうがないんだよ! これには訳があるんだよ! だって私の目の前では今、めちゃくちゃでっかい狼がぐるぐる唸りながら牙を剥いてるんだもん! 


 え? 何故誘拐されて目の前に狼なんて事態になっているかって?


 私もわかんない! かくかくしかじかで(言ってみたかった!)気付いたらこんなことになっていたんです……。ま、それはおいおい説明するとして、今はこのピンチをどう切り抜けるかが先決だよね!


 ああでも、どうしよう……。


 逃げるにしても、のろ過ぎて歩いていると勘違いされるような私が狼の脚に敵うとは到底思えないし、死んだふりとかまな板の上の鯉だし、闘っても秒で負けるだろうし……。


 超絶ピンチじゃないですか、私⁉ マジで喰われる五秒前! 


 あ、なんかものすごく懐かしいフレーズ……。はー、ちょっと落ち着いたわ。


 でも落ち着いたからといって、状況は変わらない。私の頭じゃしょうがないにしても、このピンチを切り抜ける良い考えなんて、まったくと言っていい程浮かんでこない。


 しかもこの狼、カタカタと震える私を一睨みしたあと、夜空に浮かぶ月に向かって、ブラッドさん並みの声量で吼えたときたもんだ。


 なんだよ、勝利の雄叫びか? 気が早いぜ⁉


 ――黄金の月の輝く夜。


 狼も吼えてるけど、私も吼えたよね。


「……うわーん! サイラスさんの馬鹿ー!」


 喰われたら七代末まで祟ってやるからな! 


 けれど……もう絶対喰われると覚悟した私だったけど、そうはならなかった。狼は何故か私の声にビクリと反応したあと吼えるのをやめて、じっと私を見つめて来たからだ。


 そうやってしばらくの間見つめ合っていた私と狼だったけど、狼はふいに踵を返し、突然私を放ってどこかに行ってしまった。もしや、私のあまりの怯え具合に同情してくれたとか? 意外と慈悲深いな、狼。


 何はともあれ、どうにかこうにか助かったみたい。ふいー、危なかった。


 ――……はい。


 では狼の居ぬ間に、なぜ今私がこのような事態に陥っているかの説明でもいたしましょうかね。


 え? 逃げろって? ……無理なんです。いや物理的には無理じゃないんだけど、ここがどこだか全く分からないんです。分かっているのは鬱蒼と樹々の茂った森の中ってことだけ。しかも夜中。なんだよ、またデジャブだよ!


 いくら月が出ているからと言ってもさー、夜の森の中は無暗にうろつかない方がいいわけですよ。寒いし。現在地分かんないし。また狼に出会うかも知れないしね。


 そんなわけで、ご説明いたしましょう。ていうか、恐怖を紛らわせるために勝手に語るから! 








 あのあと――。


 姫とサイラスさんが、部屋から出て行ったあと。マティアスとブラッドさんに話し合いを提案した私だったけど、すげなく断られてしまったわけですよ。今は忙しいからだって。


 まあ、毒による被害者出たし犯人捕まっていないしね。そりゃ仕方ないわ。正論だ。だから大人しく引き下がりましたよ、私は。


 それから、マティアスとブラッドさんが諸々の仕事のため部屋から出て行くということで、交代でやってきた騎士様たちが護衛についてくれたんだけど……。


 それがね! なんと、騎士A様と騎士B様だったんですよ!


 マティアスとともに邪竜討伐のために残ってくれた、勇気あるお二人ですよ!


 まあ、驚いたよね。んで、再会を喜びましたよ三人で。二人はなんかちょっと恐縮してたけどね。


 でもそんなことはおかまいなしに、私は二人と喋り続けた。あの時のお礼をお互いに言い合って、私と一緒に逃げ遅れた不運な騎士様の近況を聞いたりした。  


 不運な騎士様はあの夜から一転、伝説を目の当たりにした幸運な騎士様と呼ばれているらしい。一転ってことはやっぱりそれまで何となくだけど、周囲の皆も彼のことを運の悪い奴って認識していたそうだ。 


 うん。彼ともいつか語り合いたいなー。

 

 あ、そうそう。騎士A様とB様の名前を知ることもできました。あと、不運な騎士様のお名前も。騎士A様がエイベルさんで、騎士B様がリンツさん。不運な騎士様はジェシーさんて言うんだって。三人とも騎士団では、マティアスの先輩らしい。


 うーん、今思い出しても二人との会話は楽しかったなあ……。ああいう、友達とダベッているような感覚。昔を思い出すよねー。よく自販機の前で腰下ろして、缶コーヒー飲みながら皆で下らないことくっちゃべってたよなー。


 ……って、おお? なんだか随分はっきりと昔の記憶が蘇ってきたな? ふーん。……なんか真っ黒い服着てたな、私。背中の裾長!


 ……まあ、まあまあまあ。過去は過去! すでに過ぎ去った時! 今が大事!


 ふう。脱線、脱線。


 今はエイベルさんとリンツさんのことだってば!


 えっと? お二人ともにこやかだけど、聖女なんて肩書のせいで、ちょっとだけ私にびびっている様子だったよね。いや、びびっているというより緊張していた感じかな? 


 そんな二人の様子を見てた私も、ちょびっとだけ緊張しちゃったりなんだりね。とは言いつつも、マティアスとブラッドさん相手にしている時ほどの緊張感ではないんだけど。


 え? 普段緊張しているのかって? 


 してますよ、そりゃ。だって王家のぼんぼんと公爵家のぼんぼんだもん、あの二人。


 でもあの二人――騎士A様ことエイベルさんは貴族だけど男爵家だし、騎士B様ことリンツさんは平民だっていうじゃん? 前世平民の私からしたら、お二人の方が接しやすいわけですよ。

 

 まあ、年齢差もあるし性別の差もあるから前世のようにはいかないけどさ。


 でも二人の行き付けの飲み屋とか、オススメの食堂とか聞いてるのはすごく楽しかった。


 エイベルさんの行き付けの飲み屋は安いのにツマミの種類が多くて、リンツさんのオススメの食堂は骨付き肉のシチューがすごく美味しいんだって。


 今度連れて行ってもらう約束したよ! 忘れないでよね!


 あとは、騎士団に入ったばかりの頃のマティアスのことも聞いた。すっごい美少女だったらしいね。まあ、想像はつくけど……。


 とにかく、エイベルさんとリンツさんとワイワイガヤガヤしていた、そんな最中――。


「サイラスさん?」


 何故かサイラスさんが、また一人で訪ねて来たんだ。

 

 サイラスさんの姿を認めたエイベルさんとリンツさんは、サッと姿勢を正して敬礼をした。


 どうやら二人は、サイラスさんのこと知ってたみたい。招待客いっぱいいただろうに知ってるなんて勤勉だなあって思ったけど、考えてもみれば毒殺事件が起きたばかりで、しかもサイラスさんは狙われたかもしれない姫の付き人(?)だもんね。王族の警護をする二人なら、知ってて当たり前だった。


「どうかしましたか?」


 この時私は、サイラスさんがもう一度ウェルムに来て欲しいって説得しにきたのかと暢気なことを思ったんだけど、そうじゃなかった。


 私たちを見てニコリと微笑んだサイラスさんは、ゆっくりと右手を前に伸ばした。その動作を見たエイベルさんとリンツさんが私を隠すように目の前に立ったんだけど、あっという間に糸の切れた人形のようにその場に頽れてしまったのだ。


 本当に、かくん、と。まるで膝カックンされたように。あ、例え悪いか。


 とにかく。


 エイベルさんとリンツさんという盾を失ったか弱い私なんて、甲羅を失くした亀同然。あるいは陸に上げられた深海魚のごとく、ぱくぱくと口を開け閉めするしかできないわけ。ようするに打つ手なし!

 

 そうしてサイラスさんの掌が私に向かって伸びてくる映像を、私はただ見ているしかなかったという訳なんだけど……意識を失う直前に見たサイラスさんの顔が苦しそうに歪められていたのは、やっぱり少しは罪悪感があったからだと信じたい。


 それから――気付いたら粗末な小屋のようなところで目を覚ましたんだけど、周りには誰もいなくてさ。手足も別に縛られていないし、どんな状況だよこれって思ったよ。


 で、恐る恐る小屋の中を探ってみたら普通に扉が開いてるじゃん? こりゃもう逃げるしかないって思って外に出たら夜の森の中で、どうしようか迷っている内にあのでっかい狼と遭遇しちゃったのです、はい。



 ――で、ここに至るという訳なんだけど。


 でもサイラスさんに襲われた(?)ことは確実だし、城ではない知らない場所にいることから、多分誘拐されたんだなと検討も付けたわけなんだけど……冷静に考えてみたら、誘拐しておいて放置ってちょっとおかしいよね? もしかして私が意識を失ったあと、もうひと悶着あったりしたのかな……?


 だってさ。なんかよく見たら私の服、血で汚れてるんだよ……。最初刺されたと思ってビビッたんだけど、どこも痛くないし吐血もしてないっぽいから、多分これ他人の血だとは思うんだよね……。


 やだー! 誰の血⁉ エイベルさん? リンツさん? 二人ともあのまま意識を失ったと思うから、誰か別の人の血? どっちにしろ大変な事態じゃん!


 あ、もしやこれサイラスさんの血? だからここにいないの? え? もしやあの狼にやられた? 私見捨てて逃げた? だったら私がここで一人でいる理由にもなるけど……。


 ……もしかして私、真夜中の森に置いていかれた? てか、捨てられた?


 え? 


 聖女を、森に、捨てる……?


 え? ごめん、理解が追い付かない。殺すならまだしも、捨てるだけで何がどうなるの? 


 それともこの森って、もしかして入ったら二度と戻れない迷いの森とかだったりする? 人の生き血を啜る魔物がいたりする? 狼がいることは確実だけどさ。あ、もしかしてあの狼が魔物? 確かに普通の狼よりでっかい気がしたんだよね。


 ……でもな、なーんかあの狼見覚えあるんだよね。あ、またかよって言わないで。私自身もそう思ってるから……。でね? サイラスさんも見覚えあるんだけど、あのどでかい狼にも見覚えがあるんだよ。


 なんだろう。どこで見たんだろう。まあ、どうせ小説の挿絵でだろうけどさ。あの小説ダークファンタジーではあったけど、低年齢向けだったから挿絵多かったんだよね、確か。


 うーん。狼、狼……狼。


 うんうん唸りながら私は遠い、遠い記憶を呼び覚ます。


 私がまだ、いたいけでやんちゃだった時代。学校の宿題なんてそっちのけで、ドキドキワクワクしながら読んだダークファンタジー。


 世界の危機と、竜と、英雄と、魔術師と……そして――


 ――オオカミ!


 いたよ! いたいた! 狼いた!


 正確に言えば狼じゃなくて、狼に姿を変えられる魔術師いた!


 自らを狼の姿に変え、狼の群れを率いてマティアスたちの援護をした魔術師!


 獣操の魔術師、ダンカン・ノーフォーク!


 狼、いたー!!

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