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金の夜に狼が吼える  作者: 星河雷雨
騎士隊長こと、ブラッド・レドフォードから見たその夜の出来事

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第十五話



 アリーセがダンカン・ノーフォークと話をしている間、俺とマティアスは、姫君とサイラス・ノーフォークに話を聞くことにした。


 聖女であるアリーセからの温情で、今回姫君とサイラス・ノーフォークの仕出かしたことは、秘密にということになった。しかしそれはあくまで、二人の罪を公表しないということに限られる。アリーセはおそらく、本当に二人の犯した罪までなかったことにされると思っているだろうが、そうはいかない。

 

 国が認めた聖女を城からかどわかした罪は、そうそう簡単になかったことにできるものではない。誰かが責任を取らねばならないのだ。


 それに、こちら側が罪を突き付けるまでもなく、二人とも自分たちのしたことの重大さは、よく理解していた。


「本当に……此度のことは申し訳ございませんでした、マティアス殿下。聖女様に許されたとはいえ、何の処罰も無しで済むこととは、思っておりません」


 姫君がマティアスに向かい、謝罪の意を込めた礼を取った。王族が王族に対し行う、正式な謝罪だ。


「これでも、貴女たちの事情は理解しているつもりです。ですが貴女の言う通り、さすがにすべてをなかったことにするのは難しいでしょう。また、私たちの間だけで処理してしまえる問題でもありません」


 今この場にいる王族は、マティアス一人だ。しかも彼は第三王子で、事情によりこれまで国政にはまったく関わってこなかった。今後は両国の陛下を交えての、国家間の話し合いが行われるだろう。


「はい。どのような咎めも受けるつもりでおります」

「それから……受ける罰とは別に、これまでウェルムが築き上げてきた魔術研究の成果の一端を、この国に献上できればと考えております」


 姫君の言葉を引き継ぐように、サイラス・ノーフォークが和解の条件を提示してきた。


「それは……?」

「ダンカンの呪いを解くために、これまでに私がしてきた研究の、すべての成果を」


 サイラス・ノーフォークは文官であるが、優秀な魔術師でもある。その彼が弟の呪いを解くためにしてきた研究の成果のすべてを貰い受けることができるとなれば、この国の魔術の発展に著しい効果を与えることになるだろう。


 マティアスと俺が姫君の顔を見つめると、彼女は無言で頷いた。


「どうぞお受け取りください。けれどこれは、あくまでわたくしとサイラスからの謝罪に過ぎません。ウェルムからの正式な和解の条件は、また別とお考え下さい」


 それはまた、なんとも太っ腹な条件だ。俺とマティアスは思わず視線を合わせていた。


「ウェルムの魔術研究の成果を頂けるのならば、それで十分ですよ」


 マティアスの言う通りだった。


 どうせ賠償金は貰うことになるのだろうから、これからのこを考えるのなら、あまり強欲にはならない方が良い。俺からも陛下にそう進言しておこう。


 ウェルムは、優秀な魔術師が多い国だ。どこの国にも魔術師はいるが、ことウェルムの魔術師は優秀であると、他国に認識されている。ただの文官であるサイラス・ノーフォークでさえ、おそらくはこの国の正規の魔術師と同程度の、否、おそらくはそれ以上の能力を有しているだろう。


 隣国でもあることだし、ぜひとも仲良くしていたい国、もっと言えば、できるならば敵には回したくない国がウェルムだ。


「しかし……ウェルムの魔術師が優秀なことは知っていましたが……そのバルダザル・オズールという男、これまで名を聞いたことがありません」


 人を獣に変える程の魔術師だ、普通ならば近隣に名を知られているはず。だが、俺もマティアスも、そのバルダザル・オズールという名を聞いたことがない。ただし、ウェルムがその存在を秘匿しようとしていた場合は別だ。呪いの研究をしていたということでもあるし、国側としてもあまり他国に知られたくない人物だったのかもしれない。


「……もともとバルダザルは研究一筋、あまり表には顔を出さない人物でした。しかもその研究は呪いに関するものが主でしたし……シェイラが病に倒れてからは特に、シェイラの病を治すためだけの研究をしておりましたので……――」


 そこまで話した姫君が言葉を切り、扉を見つめた。


 おそらくは、ダンカン・ノーフォークの眠る部屋から、足音がしたためだろう。


 俺もマティアスも姫君に習い、扉を見つめた。


 俺たちが見つめる先、予想外の音と勢いで開かれた扉に、おそらくはその場にいた全員が驚愕しただろう。


「アリーセ、何かあったのか!」


 扉を開けて出てきアリーセの真剣な表情には、焦りも同時に見て取れる。もしやダンカン・ノーフォークに何かされたのではと想像し、俺の胸にも焦りと後悔の感情が湧いてきた。


 だが、アリーセは俺の想像を翻し、再び突拍子もないことを言ってきた。ダンカン・ノーフォークと二人だけで話をしたあとは、今度は姫君とサイラス・ノーフォークの二人と話をしたいのだという。


 この少女は一体、俺とマティアスを何だと思っているのだろうかと、俺は溜息を吐きたい気持ちになった。俺はまだしも、マティアスはこの国の王子だと言うのに、アリーセはそのことについては、まったく考慮するつもりがないらしい。


 しかし真剣な表情で嘆願するアリーセを前に、俺はまたしても彼女の言う通りに頷くことしかできなかった。







 結局俺とマティアスは再びアリーセに追いやられる形で、今度はダンカン・ノーフォークの部屋へと移動することになった。突然入ってきた俺たちに、無理もないのだが彼も驚いている。


「失礼。少々こちらにいさせてもらえると有難いのだが、良いか?」


 俺が聞けば、ダンカン・ノーフォークは戸惑いながらも了承をしてくれた。それからしばらくの間沈黙が続いたが、こうして同じ室内にいる以上は、何か話をしないことには、気まずくて仕方がない。それに、このままではまだ体調の万全ではない彼に、余計な気を使わせてしまうだけだ。


「……アリーセと、何を話したの?」


 だが俺が話しかける前に、マティアスがダンカン・ノーフォークに向かい、些か敵意とも取れる感情を剥き出しにした言葉をかけた。ダンカン・ノーフォークもその僅かながらの敵意に気付いたのだろう、どこか逡巡している様子を見せたあと、マティアスの問いに答えるために口を開いた。


「……俺がどうして、彼女を狙ったのかということについてだ」


 ダンカン・ノーフォークの言葉に、マティアスだけではない、俺も眉を顰めた。


 彼の言葉の意味を考えるに、おそらく彼はマティアスとアリーセに向かって来た時のことを言っているのだろう。誰彼構わず襲ったのかと思っていたが、どうやら彼の意識としては、明白に襲う相手を選別していたらしい。


「なぜアリーセを狙った?」

「彼女の服に……姫の血が着いていたからだ」


 彼の返答を聞いたマティアスの表情から、険が取れる。その代わりに現れたのは、驚愕の表情だ。俺も驚いていた。確かにあの血を認めた時の俺は、きっとアリーセを誘拐した側の血なのだと納得していた。だが、まさか姫君の流した血だったとは思ってもみなかった。


「姫は、どこかに怪我を?」

「俺も、そう思った。だから彼女を狙ったんだ。……今になって思えば、あんな少女が、護衛付きの姫に何かをできるわけがない。言い訳になるが……あの時の俺は、そんな判断さえできない状態だったんだ」


 確かに、これまでの彼の境遇には大いに同情できる。だが、俺もマティアスも、アリーセを危険に晒したことを、言葉にして許すわけにはいかないのだ。


「しかし……何故姫君が血を流すような事態に……」


 俺が呟いたその時、またもやこの部屋の扉が、アリーセによって力任せに開けられた。見れば、アリーセは何故か敵に立ちはだかる騎士のような立ち姿で、俺たちを見据えている。彼女の後ろには、姫君とサイラスが控えていた。


「アリーセ。もう少し淑やかに……」

「ブラッドさん」

「……何だ」


 俺は小言を諦め、素直にアリーセの呼びかけに返事をした。


「姫とサイラスさんとダンカンに、話があります」

「……俺とマティアスに出て行けということか?」


 俺が感情を抑えた声で聞けば、アリーセは真っすぐな視線で俺を見つめながら頷いた。


「行こう、ブラッド。アリーセ、あとでちゃんと話してよ」

「わかりました」


 マティアスに促され、俺はしぶしぶその場から移動することにした。何度移動させる気かとなじりたい気持ちもあるにはあったが、ああまで真剣な表情をされると、途端に何も言えなくなってしまう。


「まったく、除け者扱いしやがって……」


 俺が愚痴をこぼせば、マティアスが意外そうに眉を上げた。


「ブラッド。随分とアリーセを気にかけてるんだね」


 マティアスの言葉に、俺は眉を顰めた。確かに今のおれはアリーセのことを本物の聖女だと認めているが、それは彼女を気にかけているということになるのだろうかと。


「そうか?」

「俺の時みたいだよ。ブラッドはもう、アリーセを守るって決めたんだね」


 どこか嬉しそうにそう断言され、俺は言葉を失った。


 アリーセがダンカン・ノーフォークの呪いを解いた時、俺は確かに、アリーセを護らねばならないと感じたからだ。その気持ちをマティアスに見透かされていたことが何だか気恥ずかしく、俺は何を答えることなく、ただ息を吐いた。


 その後再びアリーセが部屋の扉を開けるまでは、たいして時間はかからなかった。


 だがアリーセの口から聞かされた事実に、俺もマティアスも言葉を失くすことになる。


 姫君が、バルダザル・オズールの娘と同じ病を患っている。あまりの驚愕に、俺は思わず姫君の顔を確認してしまった。


 ダンカン・ノーフォークが、呪いを受けるに至った原因を作った病。おそらくは、天才だったのだろう魔術師をもってしても、愛する娘に死を選ばせるしかなかった病。そんな病に、目の前の若く美しい女性がかかっているというだけでも驚愕であったというのに、アリーセはそんな姫君の病に、自らが挑むと宣言したのだ。


 いくら聖女だろうが、アリーセはまだ十二歳の子どもだ。しかも、何故かアリーセは姫君に懐いてる。そんなアリーセが、もし目の前で彼女を失った時、自らを責めずにいられるとは思えない。


 俺は、アリーセを止めた。


 だが、アリーセから返って来た答えは、俺の想像していた通りのものだった。


 アリーセはもう決めてしまっている。目の前の少女は、知っているのだ。


 もし、自分にできることがあるのなら、そしてそれが何かを知っているのなら。自らのできることから目を逸らすことは、いわば怠慢でさえあるのだと。しかしそれは、子どもが考えることではない。子どもが背負えるものでもない。


 俺は、俺を見つめてくるアリーセの瞳を見つめ返した。俺の視線は強い、覚悟を問うような視線だっただろう。


 だがアリーセの瞳は、僅かにも揺らぐことはなかった。


「……まったく君は」


 いくら子どもといえども、とっくに覚悟を決めてしまっている者に対し、周囲が一体何を言えると言うのだ。


 それでも明確な了承の言葉を告げることを避けたのは、俺の最後の悪あがきだったのかもしれない。









 それから、アリーセと二人の兄弟は、姫君を救うための研究に没頭した。マティアス、そしてエイベルとリンツを、護衛として彼等の傍に付け、俺はマティアスの代わりに、今回の件に係わる諸々の処理などに奔走していた。


 事態が急転したのは、姫君付きの侍女から、姫君が吐血をしたあと意識を失い倒れたと、報告が上がってきた時だった。


 俺はそれまでしていた仕事を放りだし、姫君の部屋へと急いだ。扉を開け、ベッドに横たわる姫君の姿を見た瞬間にわかった。姫君にはもう、本当に時間がないのだと。


 俺は姫君に背を向け、今度はアリーセたちが研究を行っている部屋へと急いだ。


「……姫君が倒れた」


 許可も得ない内から扉を開け、それだけを告げる。


 その時のアリーセの表情を、俺は苦い想いで見ていた。同じように、蒼白になって立ち尽くす、サイラス・ノーフォークのことも。


 すぐに動いたのは、ダンカン・ノーフォークだ。


 扉手前で一度躓いた彼は、それでも必死に、その思い通りには動かないだろう足を動かし、俺の横を通り抜けていった。


「……吐血をした時から、覚悟はしていました」


 その場に残されたサイラス・ノーフォークが、ぽつりと落とした言葉。


 その言葉を聞いた俺は、唐突に悟った。何故、姫とサイラス・ノーフォークがあのような大胆な企てをし、実行したのか。時間がなかったからだ。


「……でも、早いです。シェイラさんは、吐血してから数か月の内にって、言ってましたよね?」


 サイラス・ノーフォークはアリーセの質問から逃れるようにして、部屋から出て行った。その後を、覚束ない足取りでアリーセが追って行く。


「エイベル、リンツ」


 俺の言いたいことを理解した二人は、すぐにアリーセたちの後を追った。


「ブラッド」


 マティアスからの呼びかけに、俺は頷いた。姫君のいる部屋へと向かいながら、俺はマティアスに状況を告げた。


「これからすぐに、ウェルムの王宮と、道途中の国王夫妻の両方に対し、早馬を出す」


 アリーセたちが姫を救う研究をしだしてから、まだ二日も経っていない。あまりにも物事が急激に進みすぎる。ウェルムの国王夫妻も、この国での話し合いをするために昨日にはウェルムを経ったはずだが、姫君のあの様子を見れば、それでも間に合うかどうかはわからない。


「……そんなに悪いの?」

「正直、あそこまで急変するとは思わなかった……」


 医師も傍に付けていた筈だったが、そもそもが、一般的には知られていない病だ。それに加えてのあまりにも急激な病状の変化には、医師もなす術はなかっただろう。


 姫君の部屋に辿り着くと、そこではすでに、ダンカン・ノーフォークが魔術を開始していた。目を瞑り、掌に魔力を集中させているだろう彼に合わせ、アリーセも両手を組み、祈っている。しばらくの間そうしていた二人だったが、突如ダンカンは悲鳴のような声を上げた。


「無理だ! まだ掴めていない!」

「ダンカンっ……!」


 ああ、やはり駄目なのか。そう思った俺は、思わずアリーセに視線を向けていた。まだ幼さの残る少女が、絶望と悲しみに顔を歪ませている。その光景はあまりにも痛ましく、俺は思わずアリーセから視線を逸らしていた。


「サイラスさん……」


 アリーセの絞り出すような声に、俺は再び視線を彼女へと戻した。見ればサイラス・ノーフォークが、姫君の額に手を翳している。どうやらエイベルやリンツにしたように、姫を強制的に眠らせ、意識を奪うつもりらしい。


 部屋の空気は、重く沈んでいる。その時、きっと誰もが、もう姫は助からないのだと思っていただろう。


 だが、その重く淀んだ空気を壊したのは、マティアスの一言だった。


「君がやれ、アリーセ」


 一瞬の間をおいて、アリーセが顔を上げた。


「君がやるんだ、アリーセ。君ならできるだ筈だ」


 アリーセなら、聖女なら、姫を救うことができる。


 そう思う、マティアスの気持ちはわかる。彼女は見事、ダンカン・ノーフォークの呪いを解いているのだ。だがそれは彼女にとって、残酷な期待にもなりかねない。


 それでも俺は、マティアスの言葉に横槍は出さなかった。なんてことはない。俺もマティアスと同じだったからだ。聖女なら、アリーセなら、きっと期待に応えてくれるだろうと、そう思っていたのだ。


 サイラス・ノーフォークも、姫君の額から手を離し、縋るようにアリーセのことを見つめている。


 幾度かのやり取りの後、マティアスに鼓舞されたアリーセが、決意したように表情を引き締めた。


 ダンカン・ノーフォークの呪いを解いた時と同じ、目を瞑り、掌に意識を集中している。


 するとしばらくして、彼女の小さな掌から眩いばかりの光が溢れてきた。鈍感な俺の目にも難なく映るほどの、密度の濃い、稀有な魔力だ。


 強力な光が集まり、段々と形を成していき、いつしか彼女の掌の中には、小さな塊が姿を表していた。


 その塊を見つめたアリーセは、ゆっくりと掌を姫君の胸の上へと持っていき、その塊を姫君の身体の上に落とした。だが、普通ならば姫君の身体の上で止まるはずのその塊は、姫君の纏う服を越え、どんどんと身体の中へと沈みこんでいく。


 完全にその塊と光が見えなくなってしばらくすると、先ほどまで苦し気だった姫君の様子が、劇的に変化した。顔色が戻り、呼吸が穏やかになっている。


 成功したのかと問うダンカンに、しかしアリーセの口から出て来た言葉は、「あ」という一言だった。


「何だ⁉」


 よもやこれでも失敗なのかと危ぶんだが、どうもそうではないらしい。アリーセは何故かエイベルを呼んでこいと言ったのだ。すぐさま後ろに控えていた本人が名乗りでて、アリーセの近くに移動した。アリーセが何も言わずとも、エイベルには彼女が自分を呼んだ意図がわかっていたらしい。


 エイベルは姫君の身体をじっと見つめ、ほどなく感嘆の溜息を吐いた。


「……すごいですね。姫の胸元の辺りから身体全体に向けて、魔素がどんどんと流れています」


 ようするに、成功ということだろう。ぱっと明るくなったアリーセの表情からも、それがわかる。


 姫君は助かったのかと聞くダンカンに、アリーセは慈愛の籠った視線を向けた。


「はい。病自体が治ったわけではありませんので、今後も観察と調整は必要になると思います。……ですが、きっと大丈夫です。姫の傍にはあなたとサイラスさん、二人がいるんですから」


 アリーセの言葉に、サイラス・ノーフォークとダンカン・ノーフォークの兄弟が、目を見開いた。


「……呪いをかけられていた年月、あなたがどれほどの辛い想いをしたのか、私には想像もできません。けれど、あなたはそこで終わってはいけません。……ダンカン。あなたは引き続き修練してください。あなたの魔術は、姫だけじゃない、これから大勢の人の役に立ちます」


 自分の功績を誇るでもなく、ただアリーセはダンカンに向けて、労いと祝福の言葉を授けた。


「あなたは優秀な魔術師です。どうかあなたの力を、この世界の発展に役立ててください」


 その時のダンカン・ノーフォークの表情を、俺は一生忘れないだろう。


 ダンカン・ノーフォークが救われたのは、呪いからだけではない。傷ついていた彼の心と矜持も、アリーセは救って見せたのだ。





 そして、このあとワインに毒を入れた犯人も無事捕まり、今回の件はひとまずの決着を見ることになった。だが、バルダザル・オズールの件については、まだ油断はできない。


 しかも今回、ダンカン・ノーフォークの呪いを解いたのがアリーセだいうことが彼の知るところとなれば、彼女に対しても、何らかの接触をしてくる恐れがある。


 それに、今後アリーセの身辺は、これまで通りとはいかなくなる。何しろ今回は多くの者が、アリーセの奇跡の業を目撃しているのだ。直接目にしなかったにしろ、そのことは、後から来たウェルムの騎士たちとて知っている。


 噂はいずれ国境を越え、アリーセの聖女としての価値は、ますます高まることになるだろう。


 俺は、座っていたソファでそのまま眠りこけてしまったアリーセを見つめ、溜息を吐いた。


 あと三年もすれば成人を迎える彼女だが、今はまだ、こうして男たちの中にあっても無防備に寝てしまえるほどに、子どもなのだ。純粋な彼女が健やかに生活できるよう、俺たちは今後、出来得る限りのことをしていかなければならないだろう。



 どのような楽しい夢を見ているのやら、見ればアリーセは、幸せそうに微笑んでいる。その笑顔を見ながら、俺は柄にもなく祈っていた。



 ――これから先、どうかこの笑顔が、理不尽に奪われることなどないようにと。

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― 新着の感想 ―
面白い!^_^ マティアス視点のお話も読みたいですね。
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