第十一話
穢れなき純白で色を揃えた、ベッドの上。スース―と静かな寝息を立てている姫を見て、私は頬を緩めた。だって姫、まんま眠り姫なんだよ? 超綺麗。
それに、これまでよりも肌の色が明るくなった気がするんだよね。以前はいっそ青白い程の白さだったけど、今の姫の肌は、わずかにピンクがかった温かみのある白さ。今までは顔色悪かったんだなー。
「アリーセ。そろそろ行くよ」
マティアスに急かされた私は、名残惜しいと思う気持ちをぐっと抑えて椅子から立ち上がった。いつまでも姫の美しい寝顔を見ていたかったけど、そういうわけにもいかないもんね。
別室に移った私たちは、もう一度今後のことについて話し合った。
「では――。これからは密に、お互い連絡を取り合うことにしましょう」
マティアスの言葉に、サイラスさんもダンカンも、真剣な表情で頷いている。
姫が狙われた理由が判明していないから、たとえウェルムに帰っても、姫の身はまだ安全とは言い切れないんだよね。
それにこちらはこちらで、祝賀会で毒物による被害者を出してしまった経緯を明らかにしなければならないしね。そうなると、やはりバルダザルの関与を否定しきれない今、姫たちとは連絡を取り続ける必要がある。
姫の病の進行は、とりあえず止めることができた。まだ探り探りの状態だけど、魔力供給さえ絶たれなければ、姫は今のままの健康状態を保つことができるだろう。
でもそれを、果たしてバルダザルが許してくれるかが、今のところ最大の問題なのだ。だって姫の病が治ってしまったら、バルダザルの復讐は、失敗に終わったことになってしまうのだから。
バルダザルの居場所は、誰にもわからない。ダンカンに呪いをかけたあと、何の痕跡も残さず、姿を消してしまったからだ。
私たちには探しようもないし、例え見つけても、何をしようもない。
この五年という期間に、バルダザルの恨みが消えていることを願うしかないのだ。
「聖女様。ご心配なさらなくても、大丈夫です」
私の憂いがわかったのだろう。サイラスさんが、優しく、穏やかな笑みを浮かべながら、そう請け負ってくれた。
「姫の傍には今、私だけではなくダンカンもいます。魔術に関しては、私よりもダンカンの方が断然優秀なのですよ」
どこか誇らしそうなサイラスさんからの視線を受け、ダンカンが照れたようにそっぽを向いた。照れ方が子どもだな。
「もし……呪いにかけられたのがダンカンではなく私だったら、呪いはダンカンの手によって、もっと早くに解けていたかもしれません」
そう言って、サイラスさんは笑った。でもその言葉と笑顔は、卑屈さなんて微塵も感じさせないものだ。きっとサイラスさんは心から、ダンカンを誇りに思い、そして信頼しているのだろう。
「でも……サイラスさんの魔術もすごいですよね? 私、人を眠らせる魔術があるなんて初めて知りました」
私がそう聞けば、サイラスさんは誇らしそうに笑った。けれど、なんだかその瞳が寂し気だ。
「……そうですね。師が優秀でしたから」
お母さんが、魔術師って言っていたよね? やっぱり、お母様がお師匠さん?
けれど私がそう聞けば、途端にサイラスさんは瞳を曇らせてしまった。隣にいるダンカンも、どこか気まずそうだ。
「……いいえ。私の……そしてダンカンの魔術の師は、バルダザルです」
え? バルダザルって、二人の師匠だったの? ダンカン師匠から呪いをかけられたの? うわちゃー、姫とバルダザルの娘さんだけじゃない、サイラスとダンカンにも繋がりがあったのかあ。
いや、そりゃそっか。魔術師って結構少ないもんね。そりゃ顔見知りに決まってるよ。まさか師弟とまでは思わなかったけどさ。でも、何でお母さんがお師匠さんじゃないのかな?
「あの……親が魔術師ならば、普通親が教えると思うんですけど」
まあ、絶対じゃないけど? むしろ親子だからこそ、弟子は甘えないよう、師匠は甘やかさないよう別の人間と師弟関係を組むってことも、あるとは思うけどさ。
「母の師も、バルダザルだったのですよ。その母たっての願いで、私とダンカンはバルダザルに師事するようになりました」
へえ……。お母さんのお師匠さんも、バルダザルだったんだ。……あれ? そうなるとバルダザルの娘さんて、結構歳いってから出来た子ってことなのかな? あ、それに、サイラスさんて文官じゃん。めっちゃ今更だけど、なんで魔術使えるんだ?
「あの……そういえば、サイラスさんは文官ですよね? なぜ魔術を……」
私がそう言葉にすると、サイラスさんが苦笑した。
「はい。私の役職は文官です。ですが、魔術師でもあるのです」
……ああ、そうだった。世間で言うところの魔術師って主に役職名のことだけど、本来は魔術を使える人間のことを魔術師って言うんだった。そうだった、そうだった。すっかり忘れてたわ。
「ダンカンのことがありましたので……私は師を失ってからも魔術の修練を欠かしませんでした。文官の職務をする傍ら、母に教えを乞うていました」
「だから……あんなにすごい魔術が使えたんですね」
「あの魔術は、バルダザルに習いました」
おおっと? ここへ来てまたバルダザルか……。まあ、優秀な魔術師だって言ってたもんね。お師匠でもあったわけだし。
「人の精神に働きかける魔術は、呪いの一種です。そして私はわずかの間眠らせるだけですが、バルダザルの魔術は、もっとすごかった」
もっと? サイラスさんが僅かの間ってことは、バルダザルは数時間とか、あるいは数日の間人を眠らせることができたってことかな?
姫の苦しみを、和らげようとしたサイラスさんを見て思ったんだけどさ。人を眠らせることができるって、これって全身麻酔の代わりにならない?
この世界にも麻酔に変わるものはあるんだけど、何分効きが悪い。痛みを鈍らせる程度の効果しかないのだ。だから私は、大怪我をしないようにいつも気を付けている。麻酔なしで傷口縫われるなんて、堪ったもんじゃないからね。
でも長時間意識を奪えるなら、難しい手術だってできるようになる。痛みを感じることなく、眠っていて貰えるようになる。
あ、そういやバルダザルって医師だったとも言ってたっけ……。そうか。もしかしたらバルダザルも、医術のためにその呪いを使えるようになったのかもな。だから娘さんのことも、きっと救えると思っていたのかもしれないな。皆から忌避されるような呪いを、人のために役立てようとして、研究していたのかもしれないな……。
娘さんのことが無ければさ、そのバルダザルって人、本当に優秀な人だったんだろうな。
そっか、でもそうなると……。娘さんにしたあの処置だって、もしかして本人は応急処置だと思っていたとか? 娘さんの命を繋ぐために仕方なく取った処置だとして、もっと呪いの研究を続けたら、ちゃんと娘さん――シェイラさんの身体を元に戻せると思っていたとか? その可能性が僅かでもあったとか?
……だとしたら。
だとしたら、そりゃやりきれないよ。怒るのも無理ないよ。でも、そのことを娘さんには言ってなかったのかな? 誰にも言ってなかった? 言ってたらいくら本人の望みだからって、王家だって殺したりしないよね? そしたら娘さんだって、もっと前向きな考えになってたかもしれないし。
……いや、どっちみち仮定の話だ。そうと決まったわけじゃない。
それよりも今は……サイラスさんが言っていた、もっとすごかったという言葉だよ。
サイラスさんの言っている、もっとすごいって意味が、自分よりも長時間眠らせることができるって意味じゃないとしたら……。眠るよりもっとすごいって何だろ……? 悪夢を見せるとか? 夢遊病みたいに人を動かすとか?
「もっとすごいって、それはサイラスさんよりも長く人を眠らせることができるという意味ではないのですか?」
「それもありますが……。おそらくですが……バルダザルは他人の記憶を奪うことができます」
記憶を奪う? 魔術で? そんなことできるの? てか、おそらくって何?
驚きと困惑が顔に出ていたのか、サイラスさんが説明の補足をしてくれた。
「断言はできないのですが……。バルダザルがいなくなったあと、多少なりとも彼の研究を知っているはずの人間が、そのことをまったく覚えていなかったんです。だから……ダンカンの呪いを解く糸口さえ、私たちには残されていなかった」
……なるほど。
うーん。そりゃすごい。というか、ちょっと怖いことだよね。
あ、思い出したわ。
そうだ。姫が危篤になる前、私そのことを考えていたんだった。一国の姫とその母親――ようするに王妃がその病にかかる可能性があったというのに、バルダザル以外、その病について、誰も研究していなかったのかなってさ。
でも、研究に関する記憶を消されたんじゃ、仕方ないよね。というか、それ込みの復讐だったんだな。この病の治療法を、バルダザル以外誰も知らない状況を作り出すこと、そのものが。
ちらっと横目で見たマティアスも難しい顔をしているし、ブラッドさんなんか、かなり怖い顔しているよ。
でもそうなると、バルダザルの魔術って確実に脳に働きかけてるな。ってことは、やろうと思えば結構な範囲のことをやれるってことでもある。
もしやあれか? バルダザルも私と同じような結論に至っていたということかな?
魔素を、魔力を扱うにはイメージが大事。それが事実なら、イメージ次第ではどんなことでもできることになる。
うーん。こりゃ強敵かもな。バルダザルの想いの発露である呪いはすでにダンカンが受けたんだし、バルダザルももうこれで許してくれていればいいんだけど……。
姫のグラスに毒を入れた犯人は気になるけど……そこはまあ、騎士様たちに期待しましょう。前世で言うところの、警察みたいなもんだもんね。あ、他にも色んな役目をこなすけどね。
まあそんな風に、ちょっとだけすっきりしないところもあるけれど、もういいよね。そんな何もかも一気に解決なんて、普通しないよ。ダンカンの呪いは解けたし、姫は助かったし、万々歳だよ。ていうか、もういい加減疲れたんだよ。誰にも文句は言わせないぜ。
ダンカンは人に戻り、姫の命は助かり、私も聖女の面目躍如ときた。
いいじゃんいいじゃん。もう、いいじゃん。
これにて、閉幕! めでたしめでたし! ちゃんちゃん。
はい、終わり!
今度こそ本当に終わ――
「ブラッド隊長!」
――なんだよもう……。
せっかく、これでもう締め括ろうと思っていたのさ。
私はドンドンッっと、結構強めに叩かれている扉に視線を移した。扉の向こう側では、誰かが「ブラッド隊長! 報告があります!」と叫んでいる。
「ジェシーか! 入れ!」
ブラッドさんの言葉に従い部屋の中へと入って来たのは、金髪に緑眼の、若い騎士様だった。
……あれ? この人どこかで見たことあるような……。てか、ジェシーって名前に聞き覚えが……。
って、あ~! この人、不運な騎士様じゃない⁉ そうだよ、絶対そう!
私が凝視していると、私の視線に気付いた騎士様が、小さく会釈をしてくれた。うん。やっぱあの時の騎士様だ。
「報告を」
ブラッドさんの命令に、不運な騎士様はピシっと敬礼してから、報告を始めた。
んで。
不運な騎士様こと、ジェシーさんからの報告を聞いたブラッドさんは、マティアスとともに部屋を出て行ってしまいましたとさ。
あ。今はもう戻って来てるけどね。
そして、その報告って言うのが……。
なんと! あの毒入りワイン事件の犯人が見つかったとのこと。わ~。パチパチパチ。やっぱり犯人は、招待客の中にいたらしい。
すごいよね。ジェシーさんが見つけたらしいよ?
でもね。犯人が誰か聞いて、言葉を失っちゃったよ。だってその犯人、まだ若い娘さんだって言うんだもん。でもジェシーさんが最初に目を付けたのは、その娘さんの父親だったんだって。
ジェシーさんは、その娘さんの父親が騎士に対して妙におどおどした態度を取っていたから、気になって密かに後を付けてみたらしい。その時点では、ジェシーさんもその父親が犯人だと疑っていたらしいんだけど、そしたらそいつが娘に「なんてことをしてくれた……!」なんて言っている場面を目撃。
そこへジェシーさんが姿を表し、狼狽える父親にどういう意味かと聞いてみた。そしたら、もう逃げられないと思ったのか、父親はすんなり、娘が給仕を買収し、グラスに毒を入れたと白状したらしい。
その姫を狙った娘さんは、どうも自分がマティアスの第二夫人になりたかったらしくてさ。でもマティアスにアプローチしたところ、あえなく撃沈。
そこへ、姫の登場ですよ。
姫ってば超絶美人だし、何てったって姫だし。マティアスも、お隣の姫をあまりにも邪険に扱うわけにはいかないとでも思ったのか、結構長い間姫と喋っていたしね。隣で聞いてると、滅茶苦茶事務的な会話だということがわかるけど、遠目からならお似合いの二人だったろうし。
これはヤバイ、ということで焦っちゃったみたい。
姫に第二夫人の座を狙われちゃったら、自分にその座が回って来る可能性が、なくなってしまうのではないかってね。
だから、姫にはさっさと第二夫人の争奪戦から退場して貰おうと思っていたらしいんだけど……。
……いや、馬鹿でしょ?
繰り返し言うけど、姫は姫だよ? 一国の王女だよ?
しかも、その娘っていうのが、あの、扇をキリキリ噛んでた娘さんだって言うんだから、これまた驚きだよね。
本人は「まさか、死ぬとは思わなくて……」と言って、今更ながらに自分のしたことを嘆いて反省しているみたいだけど、毒入れといて殺す気はなかったは通じないだろ。
てか、実は死んでないけどねあの人。結構ヤバかったらしいけど、何とか持ち堪えたって、ブラッドさんが言ってたよ。犯人安心させるために、死んだことにしてたんだって。
それにしたって……死ぬとは思わなかったってことは、もしかして量間違えたのかな? いや、でも毒は毒だしな……。
それに、給仕も給仕だよ。いくら買収されたからってさ、普通一国の姫のグラスに、毒なんて入れるか? バレたら死刑どころじゃないけど? 一族郎党皆連座だけど? ……多分。
なんて思っていたら……何やらブラッドさんが難しい表情で、溜息を吐いた。
「毒になるとは、思っていなかったらしい」
ん? 毒になるとは? なんかその言い方含みがあるな~ていうか、毒だろうが毒じゃなかろうが、他人の飲み物に勝手に何かを入れちゃ駄目なんだけど? そこらへんわかってる? そのお嬢さん……と給仕!
「毒になるとはって、どういう意味ですか?」
私の質問に答える前に、ブラッドさんが何故か一瞬だけ私を睨んだ。……何で睨むんだよ、もう。
「……使ったのは、下剤だそうだ」
そう言うと、ブラッドさんが苦虫を噛み潰したような表情をした。まあ、普段の表情とあまり変わらないんだけど。そして、そんな表情をした気持ちもわかる。
……下剤って。 ……下剤って!
ある意味、毒以上に悲惨な結果を招く劇物じゃん! 恥かかすことが目的だったってことか⁉ てか、下剤だって摂取しすぎるとヤバいけど⁉ 実際あの人死にかけたし⁉
あれなんだよねー。
この世界の下剤……というか、薬全般、自然療法や代替療法によって造られたものになるんだよね。ま、当たり前なんだけどさ。で、中には用法用量を間違えるとヤバイってものもあるわけなんだけど……そういうことだよね? しかもあの人、しこたまお酒飲んでたしな……。
それにさ。毒じゃなくて下剤って言われたから、給仕の人も買収されちゃったのかもしれないよね。実際、中身は下剤だったわけだし……。
悲しいかな、結構いるんだよね。目先の欲望に忠実になっちゃう人って。バレたら本当、ただじゃ済まないんだけどね。城で働く人達皆が皆、立派な人間じゃないってことよ。
いやまあ、でもだよ? 本当に下剤として使おうと思っていたとしてもだよ? 何で祝賀会に下剤持って来てたの、その娘さん。あ、もしや便秘? 便秘で困ってた?
「……もしもの時のために、持って来ていたと言っている」
もしもの時って、どんな時⁉ やっぱり便秘か? そんなにつらい便秘なのか?
唖然としている私に、ブラッドさんが苦虫を噛み潰したような表情のまま説明してくれた。
「何とも信じ難い話だが……。その娘が言うには、自分の目的の邪魔になるような相手がいた場合、その相手に皆の前で恥をかかせることで、相手を蹴落とそうとしたようだ。……あくまでその娘の言うことを信じれば、だが」
いやいや……。成功していたら、それ相手にとって一生もののトラウマになるよ?
でもブラッドさんの言う通り、量を変えるとヤバイことになるって知ってて、使った可能性だってあるんだしな……。まあ、そこらへんは司法に任せるとしよう。一応、この世界にも法律はあるしね。
「大丈夫か? アリーセ」
ブラッドさんが眉を顰めながら、私を見つめている。
怒ってる……んじゃないよね? 大丈夫か聞いて来るってことは、心配してくれてるってことだもん。てか、大丈夫かだけじゃ、何を心配してるんだかわかんないんだってば、もう。
まあ別に……ブラッドさんに心配されるようなことは何もない筈だし、大丈夫と答えとくか。
私はすぐに大丈夫ですとブラッドさんに返事をしようとしたのだけれど、そこで閃いてしまった。
ブラッドさんが大丈夫かと聞いてきた意味に、気付いてしまった。
……ああ、そっか。もしかして、あの下剤、私に使われる予定だった?
気付いた瞬間、私は思わずブラッドさんの顔を見つめてしまった。ブラッドさんの方も、今の今まで私がそのことに気付いていなかったことに気付いたらしく、しまったというような顔をした。
その顔を見たら、私の考えが正解だということが嫌でも理解できてしまう。
そうか……。そうだよ。考えてもみたら、マティアスを狙ってたというその娘さんが一番邪魔に思うのって、私じゃん。正妻予定の私じゃん。
でも……私もワインは飲んだけれど、身体には何も異変はなかったよ? 直前で、やっぱり聖女に下剤はまずいって気付いたのかな?
……あるいはその娘さん、実際の私を見て、下剤使うまでもないなって思ったってこと? 正妻だけど、自分の敵じゃないって? 情けをかけられたってこと? 私相手なら、勝てると思ったってこと?
……何それ屈辱!
「大丈夫だよ、アリーセ。君のことは、俺たちがちゃんと護るから」
マティアスが、ものすごく真剣な表情でこっちを見つめている。
「マティアスの言う通りだ。君は何も心配しなくていい」
マティアスだけじゃない。ブラッドさんも、いつもは怖い顔を少しだけ緩め、安心させようとしているかのように私を見ていた。
……もしや、怒りのあまり握った拳がぷるぷる震えてたの、怖がっていたと勘違いされた?
二人とも頼もしいけど……。毒って、防げなくない? 今回だって、私が標的じゃなかっただけで、結局は防げなかったしさ。ま、それを言っちゃあお終いだから、口が裂けても言わないけど。
それにしても……今のマティアスの言葉には、ちょっと感動しちゃったよね。ブラッドさんも、いつになく優しかったし。誘拐された時だって、二人ともすぐに助けに来てくれたしさ。
あの時は正直、嬉しかったよ。
多分二人の言う通り。私に何があっても、二人はきっと助けに来てくれるんだろうなって確信できる。多分、エイベルさんやリンツさんだって、二人と同じように助けに来てくれるはず。
そう思えば、これから先、何があろうと大丈夫だって思えるから不思議だ。
「私たちも、あなたの望みとあらばすぐに馳せ参じますよ」
サイラスさんも、渋い声でそう言ってくれるし、隣ではダンカンがちらりと私を見てから、しょうがねーなと、ツンデレな発言をしてくれた。
何だよ、皆優しいなあ。頼りになるぜ。
うん。これでもう、この先何があっても安心安心。英雄と天才魔術師から言質取ったもんね。満面の笑顔で、感謝の言葉を言っときましたよ。
……ということで。
皆の友情も確認できたことだし、今度こそ本当に、これにて一件落着ってことでいいよね? ね、いいよね?
さすがにもう限界なんだよ。今何時だと思ってるの? 多分丑三つ時くらいだよ? 大人は良いだろうけど、子どもが起きてるには辛い時間帯なんだよ。あ、駄目。ほっとしたせいか、もう限界。瞼が勝手に下がって来る。
「アリーセ?」
なんかブラッドさんの声が聞こえたけど、眠すぎて返事ができないや。
……もういっか。このまま、今座っているソファで眠っちゃえ。毛布くらいは、誰かがかけてくれるだろうさ。
あ、明日目覚めたら、いの一番で姫に会いに行こうっと。姫の笑顔を見れば、今感じている疲れなんて、きっとふっとんじゃうよ。
そんで、いつか私がウェルムに行くときのために、ウェルムのおすすめの観光場所を聞いたりするんだ。
私がいつか、ウェルムに行くとき――。
その時には、姫に国を案内して欲しいな。サイラスさんやダンカンも一緒に、ハムとチーズの美味しい店で、一緒にご飯を食べたいな。
一国の姫の案内で観光なんてさ、多分すっごい贅沢なんだろうけど。でも姫は、きっととびきりの笑顔で、承諾してくれると思うんだ。
――いいな。楽しみだな。その日が、待ち遠しいな。
そんな風に、いつか……でも確実に来るだろう未来を夢見ながら――。
私は強制的な眠りに落ちて行った。
次話からは、「金の夜に狼が吼える」と「それから」を、別視点から見たお話です。




