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峠越え:Cランクパーティ



 街道を進む旅には、難所が付きものだ。


 それは魔物がたくさん出現する森であったり、広い砂漠だったり、アンデッドが徘徊する古戦場だったりする。

 遠くに見えるそれは、その中でもありがちな物だ。


「山越えかぁ」


 馬上から思わずそう言わずにはいられないほどに、目の前の景色は雄大だった。初夏にもかかわらず山頂には白い雪を残す山が連なる光景は、山脈と表現するのにふさわしい。

 旅の難所として名高いラナズ連峰の景色を前にして、その山々を越えて進む実感は持てなかった。



「馬で山を越えたい。何かいい方法があったら教えてほしい」


 ラナズ連峰のふもとの街、“ラナルルリア”の冒険者ギルドで、受付嬢にたずねた。

 峠越えの道は、険しいだけではない。魔物も多く出現するし、特に周囲の樹高が低くなる峠付近では、Dランクの空を飛ぶ魔物『ハーピー』の群れが現れると聞く。

 単体でDランクの魔物が群れで現れるのに、一人(ソロ)で峠越えなんて自殺行為でしかない。



「行商の商隊と一緒に行くのがおすすめですよ。丁度、来週の商隊の編成がありますので、そちらに交渉してみてはどうでしょうか?」


「へぇ、詳しく教えてもらえるかな」


 受付嬢から聞いた話では、3組の行商と護衛依頼の冒険者が、隊列を組んでラナズ山脈の中でも標高の低い地点、パマル峠越えをするらしい。

 しかし、隊列の後ろにくっついていく作戦は使えない。一人だけ離れていては、空中から狙うハーピーのいい獲物でしかないからだ。



 教えてもらった、商隊のまとめをしているCランク冒険者パーティ“白蛇の鱗”の泊まる宿へと足を向けた。


 通常、冒険者ギルドが他の依頼の情報を、他の冒険者に渡す事はない。しかし、今回のように複数の依頼が重なり、人数が多い方が依頼の成功率が上がるような場合となれば、話は別だ。



 教えられた“雪解けレレリ亭” はログハウスのように木で組まれた建物だった。


「泊まりですか? お食事ですか?」


 中へ入ると、宿の女の子に聞かれた。そういえば、まだ宿をとってなかったな。


「それは話の成り行き次第なんだ。白蛇の鱗のロドズさんはいるかい?」


 それを聞いて、食堂で同じテーブルを囲んでいた数人がこちらを向いた。


「俺が白蛇の鱗のロドズだ。何か用か?」


 その中で、茶髪の大柄な男が声を上げる。この男が、パーティリーダーのロドズのようだ。そのテーブルに近付き、冒険者プレートを相手に差し出した。


「パマル峠を越える商隊に馬で参加させてもらいたい。Cランクのアジフ、一人だ」


 冒険者プレートを確認したロドズは、その丸い目を大きく開く。


「おっ! ひょっとして、噂のワイバーンスレイヤーか? 意外と若いんだな。それで、どうなんだ。噂通りなら空の敵は得意なのか?」


「いや、残念ながら剣しか使えない。飛ばれたらお手上げだが、剣が届けばなんとかなるはずだ。それと、見習い司祭として回復なら力になれると思う」


 司祭から“見習い”が取れるのは、スキルLv10が目安になっている。しかし、見習いとしてはレベルが高いので、MPは多いほうだと思う。


「剣だけならそんなものかもな。それでも自前の馬で、回復魔法の使い手なら歓迎できると思うぜ。なぁ、みんな」


 テーブルを囲む、白蛇の鱗メンバーと思われる人たちが頷く。この場にいるのは普段着を着た、男が4人と女が1人。その中には少年が一人混じっている。


「グナット、メザルトさんを呼んできてくれ。さぁ、アジフ、突っ立ってないで座ってくれ」


 獣人の男が席を離れて、宿の奥へ入っていく。勧められた席に座って、そこから詳しい話が始まった。

 紹介されたメザルトさんは、依頼主の行商人だった。無事に依頼主の了解を得て、商隊へと加わることができた。

 せっかくなので、そのまま“雪解けレレリ亭”へと泊まることになった。



 すぐに出発しないのは、行商人の商売の都合らしい。待ち期間ができてしまったが、旅の間で何もしない一日というのは、それはそれで貴重だ。装備や道具の手入れ、洗濯、稽古、買い物、やる事はたくさんある。



 宿のそばで剣の型稽古をしていると、拍手をされたので手を止めて顔を向ける。


「なかなか見事なものだ。義足でワイバーンを倒したってのは、デマじゃないみたいだな」


 白蛇の鱗のメンバーたちがこちらを見ていた。声をかけてきたのはジロット。金髪を短く切った背の高い男でCランク冒険者。槍を使う身体は、細身だが引き締まっている。


「人に見せるほどのものでもないさ」


 汗を拭きながら答える。


「そんな事ないって!やっぱり剣はいいなぁ。俺も今からでも剣の稽古しようかなぁ」


 そう言って、剣を振るマネを始めた赤い髪の少年はナロス。馬車の御者をしながら白蛇の鱗について回り、冒険者として鍛えてもらっているそうだ。


「ほう? ナロス、せっかく槍の稽古を付けてやってるのにいい度胸だ。よし、今日の素振りは倍だな」


「いや、違うってジロット! 槍もいいけど剣もいいってだけだよ! 許してよー」


 ナロスはそのままジロットに引きずられ、素振りを始めさせられていた。


「ナロスは自業自得ね」


 それを見ながら“白蛇の鱗”唯一の女性が笑う。赤い髪をまとめて被っているふんわりとした帽子は、神官職をあらわすものだ。闇魔法の使い手の彼女は、レリアネ。ナロスとは姉弟だそうだ。


「仲がいいパーティだな」


一人旅の身としては、なんて事のないやり取りがまぶしく見える。


「私達は皆、パマル峠を越えたラナロンワアの街の出身なの。お互い小さい頃から知ってるから」


「へぇ、年はバラバラに見えるのにな」


「神官になって、後から入れてもらったの。私はDランク。ナロスはFランクよ」


「すぐに追いついてやっからな!」


 素振りをしていたナロスに聞こえていたらしいが、槍さばきを見る限り道程は長そうだ。


「さて、こっちも追いつかれないように、もう少し剣を振るか」


「ずいぶん熱心に剣を振るのね。司祭なのでしょう?」


 レリアネはややあきれ顔だ。


「一人旅は何でも出来ないとな。それに、これだって祈りと言えなくもない」


 何しろ、あの神様には命を助けてもらった恩がある。少しはいい所を見せなきゃなるまい。


「そんなものかしら」


「人それぞれ、でいいと思うよ」


 今頃どこかから覗き見しているのだろうか。



 空を見上げてみたが、目に映るのは青い空と白い雲だけだった。




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