巨鹿(後)
へえ、そうかい
「メー・レイ・モート・セイ ヒール」
息を整えて回復する。手落とした剣を静かに拾って立ち上がった。
命のやり取りをしながら、ずいぶんと余裕を見せつけてくれるじゃないか。
『お前程度、いつでも殺れる』そう言いたいのか?
マインブレイカーに魔力を流し、剣を前に構えて徐々に持ち上げる。
それとも、何か? まさかお前
女の前だからって調子に乗ってるのか!?
そう思ったら、後ろのメスが熱い目でオスを見つめている気がしてきた。
調整など必要なさそうだ。全力の魔力をマインブレイカーに流し込む。ホーンドディアの頭が下がり、前脚が少し曲がった。再開か。
<ギイィィィィンッ>
下から振り上げる角と、上から振り下ろす剣がぶつかり派手な音が上がった。
真っすぐに振り下ろした剣は、角の付け根を打ち付ける。その衝撃で上半身が浮きあがり、ホーンドディアも押し戻された。
「でぇぃっっ!」
弾き戻った剣を、浮き上がった上半身からそのまま振り下ろす。ホーンドディアの押し戻された角も、再び振り上げられ、剣と角が再激突した。
<ガィンッ>
今度は先ほどより重い音が響く。振り抜いた剣と、付け根から切り飛ばされ、宙を舞う片角が交錯した。
「ブェェェー!」
奇妙な鳴き声を上げながら、よろめくホーンドディア。絶好のチャンスだ。俺は待ってなんてやらねぇからな!
片角を失いがら空きになった体側に向けて、マインブレイカーを振り上げて切り返し
「でりゃぁぁ!」
「ブェッー!」
その反対側から襲ってきていたメスへと振り下ろした。手応えありだ。
通常の両手剣は、その重さで叩き切る。だが、マインブレイカーは魔力を流すほどに軽くなってしまう。その分は同時に上昇する切れ味と、軽くなった剣速で補わなければならない。
でも、それは大きな問題にはならない。そもそも義足では重い両手剣を扱えなかったから、片手半剣を両手で使っていたからだ。
血を噴き出してメスのホーンドディアが倒れる。両手剣になって伸びた剣身は、深い傷を与えていた。
全力が維持できなくなった魔力を一度減らすと、マインブレイカーの重さが元に戻る。
「ボエェェェェー!」
オスのホーンドディアが怒りの咆哮を上げた。最初からそれくらいで来いッ!
片角も構わずに突進してくる。その重量とスピードだけで十分に脅威だ。反撃は考えず跳んで避けると、通り過ぎたホーンドディアは向きを変えて、再び突進の体勢に入った。
今度は剣を横に構え、再び魔力を増やす。あれだけ剣を振ったんだ。この程度でバテたりはしない。
再び突進して来るホーンドディア。
その恐ろしい速さの突進の、角の無い方へ飛び退きギリギリでかわす。そして巨体が通過する進路に剣身を振ると、凄まじい手応えが襲ってきてMPがガリガリ減るのがわかった。
「おおおおぉ!」
固く剣を握り、その勢いに耐える。好きなだけMP喰らいやがれ、マインブレイカー!
通過したホーンドディアの体側が一文字に傷が入り、そこから大量の血が流れ出し、土煙を上げて横たわった。
「ボェッボェ」
呻きながらもなおも立ち上がろうとする。その赤い目はなおも強く輝き、戦いの最中に余裕を見せるようなヤツには思えないほどの気迫だ。
だが、この傷ではどのみち長くは持たない。早く楽にしてやるべきだろう。
上段に構えたまま慎重に近づくと、赤い目と目が合った。そのままホーンドディアの動きが止まるが、諦めた訳じゃないと見て取れる。この期におよんでも、まだ隙をうかがっているようだ。
目を外しては何をされるかわからない。目と目が合ったまま
「はぁっ!」
剣を振り降ろして、太い首を切り落とした。
すぐさま周囲を確認すると、メスの方は痙攣しているが、まだ生きているようだった。そちらにも近づいて行って、同じ様に止めを刺した。
「ふぃ~」
思わず声が出て、そのまま地面に座り込んだ。Dランクと言えど、やはり義足では身体の大きい魔物とは相性が悪い。疲れる戦いだった。
「いや、お見事だったぜ、さすがCランク。ちょっと危ない場面はあったけどな」
森から逃げていた5人が出てきて、拳を差し出してきたので、座り込んだまま拳を合わせて応えた。
「ああ、踏まれた時に襲われてたら、危なかったかもしれない。正直助かった」
「いい援護だっただろ? 危なそうだったから3人でメスとオスを狙ったが、まさかオスが身を挺してメスを守るとは思わなかったぜ。結局、矢は刺さらなかったけどな」
……ん?
「魔物とは言え、見上げた男っぷりだったな」
別の狩人がそう言った。最初の一矢以外に、援護されていたとは気付かなかった。踏まれて倒れている間だったのか。
つまり、襲って来なかったのは、余裕を見せた訳でも調子に乗った訳でもなく、メスを狙う矢から守り立ち止まっていた、と。
そして、見下ろしていたのは、矢と同時に警戒して見ていただけだ、と。
ほうほう。
「ああ、素晴らしい援護だった。そして敵対する関係とは言え、ヤツには同じ男として敬意を払わざるを得ないな」
それぞれが、それぞれなりに出来るだけの事をやった。そして、その結果として、敬意を払うべき強敵を倒せた満足感がその場を包んでいた。言わない方がいい事もあるのだ。
持ってきた荷車では2頭は乗らないので、運搬班と居残り班に3人ずつに分かれた。居残り班として、血や内臓、魔石抜きを手伝いながら運搬班が戻ってくるのを待つ。
「ステータスオープン」
名前 : アジフ
種族 : ヒューマン
年齢 : 27
Lv : 29(+2)
HP : 142/216(+20)
MP : 56/131(+32)
STR : 60(+4)
VIT : 58(+2)
INT : 39(+4)
MND: 45(+2)
AGI : 38(+2)
DEX : 33(+1)
LUK : 17(+1)
スキル
エラルト語Lv4 リバースエイジLv4 農業Lv3 木工Lv4
解体Lv5 採取Lv2 盾術Lv8 革細工Lv3 魔力操作Lv14(+2)
生活魔法(光/水/土)剣術Lv14(+1)暗視Lv1 並列思考Lv3(+1)
祈祷 光魔法Lv3
称号
大地を歩む者 農民 能力神の祝福 冒険者 創造神の祝福
レベルアップの感覚があったから、待っている間にステータスを確認した。ワイバーン戦で1つ上がって、道中と今回の分で2レベルアップだ。
マインブレイカーを持って以来、MPの消費が激しくなっていたので、MPの大幅な増加はありがたい。気になるのは、並列思考のスキルレベルが上がっていることだ。毎日使うスキルではあるが、今回は何ができるようになったのかよくわからない。
そうこうしているうちに運搬班が戻ってきて、残った一頭を荷車へ載せて村へと戻った。
昨日のマーダーブルに続き、2頭ものホーンドディアが持ち込まれて、村は肉祭りで大歓迎された。特に、ホーンドディアのメスの肉は希少で高く売れる。
だが、そんな事では誤魔化されない。村長には言わねばならない事があるんだ。
「これはアジフどの、さすがのお手並みでしたな」
「村長!話が違いますよ!ホーンドディアが2頭とは聞いていなかった。素材だって2頭分ある。これでは金貨8枚では割に合わない!」
それを聞いて村長は、頷いて言った。
「うむ、ワシらも全然知らなかったのですわ。なぁ、皆の衆」
「ああ、知ってたら言ってたぜ」「ありゃぁ驚いたよなぁ」
「2頭見えた時は死ぬかと思った」
一緒に行った狩人と木こりはそれぞれに否定した。嘘をついている様子は見えないが……
「そうだとしても、調査不足は村の責任だろう!?」
「いや、調査と言われましても、ワシらは魔物の情報を聞かれて話しただけですな」
そうだった……
「メスの素材を売れば、いくらかにはなるはず。その分でも増やしてもらえないか」
「素材は村の物、というお約束でしたな。とはいえ、番いを倒してもらったのは感謝しております。子供でも産まれては、縄張りを張られるところでしたからな。礼として2頭分の角と魔石でいかがですかな?」
2頭分の角と魔石なら金貨3枚にはなるか。合計で金貨11枚、かなり譲ってきたな。そもそも、こちらも確認が足りなかった。やはり、交渉は冒険者の役目ではないのだ。
日頃、冒険者ギルドにどれだけお世話になっていたかよくわかった。
「礼と言われては断れません。それで手を打ちましょう」
村長としても、うかつに金額を上げた噂が流れては侮られる。こちらとしても、勝手に受注して、損を出した噂が流れては笑い者だ。礼を受け取ってお互い様、悪い落としどころじゃなさそうだ。
予定外ではあったけれど、マインブレイカーを買った金額は取り戻せたし、実戦での手応えも感じられた。交渉の難しさを知れたいい機会にもなった。
収穫の多さに満足して、村を後にした。
あと、冒険者ギルドの職員さんに優しくしよう、そう思った。
最後の部分の内容に修正を加えました。
修正内容の詳細は、活動報告に上げます。




