新たな希?望
※途中、視点変更があります。
「だから一人など無茶だと言ったんじゃ!」
<ドンッ>
村長が机を叩く音が室内に響く。
松葉杖を突きながら村へ戻ると村長の宅へ案内され、村の人々に囲まれていた。
「すまないが、この足では依頼は失敗と言わざるを得ない。ギルドに違約金を支払うので、受け取ってもらいたい」
「おぬしは金を払ってそれで終わりかもしれんが、この村はそうはいかん! その間にも襲撃されたらどうするんじゃ!」
「あの規模の集落なら早々に襲撃など出来ないだろう。しばらく森に入れないのは仕方ないが」
夜襲の前日にちゃんと下見はしている。当然だ。
「おぬしはビレドを見捨ててオーク共からのこのこ逃げて来たではないか!」
<ドンッ>
再び机が叩かれた。
そう言う話になってるのか。その名前、確かフォシッテたちの仲間だったな。
この村出身の冒険者だったのだろうか。
「森の中を片足で杖をつく獲物を逃がすほど、アイツらはノロマじゃない。この足は途中で遭ったジャイアントスパイダーにやられたんだ」
鞄の中から机の上に布で包まれたジャイアントスパイダーの牙を<ゴトッ>と置くと、部屋の中が騒めいた。
「なんじゃと!? フォシッテはそうは言ってなかったぞ! 適当なことを言ってごまかすつもりじゃろう!」
「だが村長、確かにその足ではオークから逃げるのは無理だぜ? なあ冒険者さんよ、何があった? ビレドはどうなったんだ?」
がっしりとした体格の村人がたずねてきた。
フォシッテもこの村の出身みたいだな、3人ともかもしれないが。
「オークの集落に向かう途中で、集落の方向からオークに追われ逃げてくる2人に会った。追ってきたオークは倒したが、そのビレドって奴には会ってないな。その騒ぎで夜襲は中止。帰り道にジャイアントスパイダーに遭ってこのざまだ」
「むぅ…、おい、フォシッテとネビを連れてきてくれ」
2人ほど部屋を出ていった。探しに行ったのだろう。
「なあ、村長さん」
「なんじゃ」
「2人は仲間を失って傷ついている。あまり責めないでやってほしい」
「むぅ…」
村長はそのまま黙ってしまった。
しばらく部屋の中は沈黙が続き、<ガチャリ>とドアが開けられた。だが、連れて来られたのは泣きじゃくるネビだけだった。
ひたすら「ごめんなさい」を繰り返すネビの泣き声が部屋に響く。
あ~あ、泣かせちゃったよ。
「ネビ、泣いてばかりではわからん、何があったかもう一度話してくれんかの?」
「ひぐっ、本当は、私たちの前で、ひぐっ、ビレドは、オークに殺されたんでず。その人は、ぞこを、助けてくれで、ぞの後も、クモに襲われだ、ひぐっ、私を、助げる為に、足までっ」
しゃべれたのはそこまでだった。そのまま泣き崩れ、気を失ってしまった。
ネビが運ばれて行ったが、フォシッテが来る気配がない。どうしたのかと訝しがっていると、ドアが開かれ先ほど出て行った村の人が入ってきた。
「どうした、フォシッテはまだか?」
「あいつは逃げた」
「なんじゃと!?」
結局それでその場はお開きとなり、オークの襲撃はなさそう、ということで見張りを残し村の警戒態勢は解かれた。
結局フォシッテは見つからないまま、翌朝に王都へ戻る事になった。
オーク討伐が失敗したので、早急にギルドに連絡して次の冒険者を手配しなければならない。
「ブルル」
厩舎からヒューガを連れ出し首筋を撫でてやる。松葉杖を突く姿を見ていつもと違う様子を感じたのか、こちらを見る目が心配そうだ。
「お前が頼りだ、これからも頼むぞ」
「ブルッ」
おお、頼もしい。
だが、いざ乗馬しようとすると、片足では鐙に足をかけられない。困った。仕方ないので、鞍につかまり全身で“えいっ”とよじ登った。
慣れない衝撃に、一瞬ヒューガが<ビクッ>としたが、大人しくしてくれた。うんうん、ありがとな。
馬上の人となると、村長が下から松葉杖と槍を渡してくれた。
道中の身を守る為に簡素な槍をもらったんだ。盾は荷物にくくり付けた。
「ネビもフォシッテもこの村の出身でしてな、その命を救ってもらって違約金など受け取れないのじゃが」
「冒険者という仕事への信頼の問題です。お気になさらず」
軽く頭を下げて村の外へと向かった。
村の門の前には、うつむき肩を震わせるネビがいた。
「ネビ」
馬を止め、話かけるとゆっくりと顔をあげた。
あ~あ、まぶたはらして、ひどい顔になっちゃってるよ。
「足の事はネビが気にする必要はない。いざって時に身体を張った。それだけだ」
「で、でも!」
「いいんだ。あと、もしフォシッテに会ったら伝えておいてくれ。『そこから這い上がってこい』と」
聞いてるかもな? ちょっと大きめの声で言っておいた。
「わかりました」
お!? ネビの目にもちょっと力が戻ったか?
「ではな」
村の門を出てそれからは振り向かず馬を進めた。
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「聞こえてたでしょ?」
連れてきた物置の陰から、フォシッテが声を殺して泣いているのが聞こえる。きっと悔しくて、情けなくて、でもどうしようもなくて。
でも、それはフォシッテだけじゃない! 私だっておんなじ。
あの人…アジフさんの乗った馬が去って行く。もう振り返りもしないで。
やっぱりランクの高い冒険者は覚悟が違うのね。
まだ物置きの陰から聞こえる泣き声に話しかけた。
「私はたとえ一人でも冒険者を続ける。ここで立ち止まったらビレドにだって申し訳ないもの」
「ネビ!」
それを聞いて、物陰からフォシッテが姿を現して声を上げた。
「俺も行くよ、アジフさんの言う通りここから這い上がってみせる!」
涙はまだ止まってない、それでも強く握った拳を震わせた。
「なら、私も行く、一緒に謝りましょう?」
私はその拳を両手でそっと包んだ。
下を向いていたフォシッテの目が前を向いた。もう大丈夫みたい。
目を合わせて、しっかりうなずきあった。
「アジフさん、見ててくれ。いつかその背中に追いついてみせるから!」
そう告げるフォシッテと一緒に、もうほとんど見えなくなったアジフさんの背中を目で追い続けた。
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う~ん、ここで振り返って手を振ったらかっこ悪いよなぁ。でも、だからこそやりたくなるんだよな~。
そんな事を考えながら、ヒューガの背に揺られていた。
道中は片足で様々な不便があった。
そんな中でも最も大きいのは「馬の乗り降りが大変」だ。
王都から離れた街道を進んでいれば、魔物に出遭う事もちょくちょくある。だが、その度に時間をかけて降りる訳にもいかない。
弱い魔物であれば、まず弓で追い払う。それでも逃げなければ
「せやっ」
「キャインッ」
馬上戦闘となる。
相手はフォレストウルフだ。一匹を槍で刺してあと2匹。
鐙に片足しか乗ってないので、安定が悪い。これは要改善だな。
こんなに不安定では手綱は手放せない。
片手しか持っていない槍では、繰り出せるのは突きがせいぜいだ。
「はっ」
「キャウッ」
左右を挟まれた片方を突くと、残ったのが自分だけと察した最後の1匹は逃げていった。ふぅ
フォレストウルフ3匹程度ならなんとか撃退できたが、ヒューガも乗り手も慣れない動きでバラバラだ。ゴブリンが複数いたら逃げた方がよさそうだな。
王都で剣術修行したDランク冒険者が、街道のゴブリンから逃げる算段とは。
思わず苦笑いが浮かぶ。
当たり前のこと、ちょっとした事が出来ない。そんな事のひとつひとつがストレスになる。
“これからどうやってこの足と付き合っていこう”
“これからこの足でどうやって生活しよう”
不安と共にそんな考えが浮かんでくるのは仕方のない事だ。だが、それは大筋では間違っている。
まず最初に考えなければならないのは
“これからどうやって足を生やそう”
これだ。
ここは異世界なんだ。足だって生えるのだ。
もちろん簡単ではない。手足を再生するには高位の回復魔法「リジェネレート」が必要となる。
だが、それを教会に依頼するには、多額の寄付が必要になると言う。
具体的な金額はしらないが、多額って言うくらいだ、高いのだろう。ただでさえこの先冒険者で稼ぐめどが立たない中で、相当な苦労が必要と思われる。どれだけ時間がかかるかもわからない。
ひょっとしたら、地球の知識を使って一儲け、なんて選択肢もあるのかもしれない。
だが、ここにもう一つ選択肢がある。
それは「リジェネレート」を自分で覚える、だ。
もちろん、高位の魔法がそんなに簡単に習得できないだろうとは思う。
だが、だがしかし、心のどこかで誰かが叫ぶ。
『回復できる剣士とか強そうじゃね?』
『っていうかそれって聖騎士?』
『何でもいいから魔法使いたい』
そう、欲望がたぎるのだ!
金儲け? そんなのは予備作戦だっ!
幸いなことに、慈善活動で教会には顔が利く。
光魔法を取得する条件の一つ「洗礼」はすでに済ませている。
まずは神父さまに聞いて正攻法から試してみよう。
心意気も新たに進めば、王都の姿が近づいてきた。




