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北の大地に花が咲く  ―― 年上婚約者の丁寧で誠実な溺愛――  作者: 紡里


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3/5

妹の囲い込み

 ナザル辺境伯の後継者エルネストは、僕の学友だ。

 武勇に優れた家系で、ガタイがよく、顔も凜々しい。


 そのため、彼の王都学園での婚約者捜しは難航していた。

 考え込んでいるときの厳めしい顔に、ご令嬢たちの腰が引けている。

 ハンカチを落としたのを教えてあげようと「おい!」なんて声をかけるから、ご令嬢たちがびっくりして飛び跳ねたりする。


 それから王都から五日もかかる領地というのも、結婚相手としては不利なようだ。

 素朴というか、数十年前の戦争の傷跡が癒えたばかりの田舎というか……洗練された印象はない。


 いい男なんだけどなぁ。




 夏期休暇では、お互いに王都の学園から領地に戻る。

 僕の家は王都から三日で、彼の通り道でもある。

 数日滞在していけばいいと彼を気軽に誘った。



 エルネストは、妹が自分を怖がらないことに感動していた。

 妹は九歳。

 もう庭師におんぶや肩車をお願いしてはいけない、と母に言われていた。

 勢いよく飛びつかれたら、老齢にさしかかる庭師の腰が心配である。


 そこに巨体が登場だ。

 まだ彼は十六歳だったが、すでに成人に間違われることが多かった。



 妹は彼の背中に乗り、命令して鳥の巣をのぞいたり、キツネを追いかけたりした。

 客人に失礼だとたしなめても、彼自身が喜んでいるのでそれ以上の注意はしづらいところ。


 ちゃっかりしている妹は、それを見極めておねだりする。

 母に内緒で頼むのではない。

 逆に、母がいる場でおねだりして「そんなことを言う淑女はいません」と叱られる。


 それを見てエルネストが「女生徒たちは私の顔が怖いらしく距離を置かれているのです。懐いてくださるのは、とても嬉しいですよ」と言うので、母も強く言えなくなる。

「そうなのですか? では、あまり無茶なことを言ったら、断ってくださいね」と母に言わせたのだ。


 にんまりと笑う妹……将来が不安になった。このまま育ったら、どんな娘になることやら……。

 嫁のもらい手がなくなってもしらないぞ。



 といいつつ、来年は十歳になるので流石にやらなくなるだろう、という期待もしていた。




 ――ところが、驚いたことに、婚約の打診が来た。



 夏期休暇が終わる頃。王都学園に戻る道すがら、また我が家に寄りたいと先触れが来た。

 それは約束していたからいいのだが、彼の父親の辺境伯閣下が同行してくるという。


 我が家は妹を除き、大混乱に陥った。


 平々凡々な伯爵家だ。

 今まで、特に親しくお付き合いさせていただいたこともない。




 そして当日。堂々たる体躯のお二人が入ると、応接室はなんだか窮屈に思えた。

 少なくとも「息子とこれからも仲良くしてやってくれ」などという内容ではないだろう。

 戦々恐々と閣下の言葉を待つ。



「ぜひお嬢さんを息子の嫁にいただきたい」

 歴戦の獅子が、いきなり切り込んできた。


 おてんばなマリアーナに婚約を?

 まだ早いだろう。

 しかも七歳差だぞ。小児愛好者か――と、当然警戒した。



 それからは、辺境伯の怒濤の攻めが展開される。

 これは、戦場の停戦交渉か何かだろうか……対峙している父が気の毒だった。



 辺境伯領の隣の領は、最上位の公爵家だ。

 その嫡男でさえ嫁を捜すのが大変だったので、辺境伯家は常々心配していた。

 案の定、春学期は男子生徒とは仲良くなれたが、日常会話ができる女生徒が一人もできなかったという。

 怯えずに接してくれる女性がいかに貴重かということを、手を替え品を替え言い募る。



 更に、マリアーナたちの年齢の女児が抱える懸念も提示された。

 第三王子は王家から出す方向で、引き取り手を探している。

 公爵家か侯爵家で打診をしているが、快く受け入れる家は今のところない。

 もし、どこも引き受けなかったら、次に狙われるのは伯爵家だ。


 我がメンデス家には従属爵位がないので、僕が追い出されるかもしれない。

 もしくは、王領をもらって王子が新しく家を立てることになるだろう。

 彼には大公や公爵になれるほどの能力はないし、権力のある地位に就けたら何をしでかすかわからないから、おそらく伯爵位。


 怠け者でかんしゃく持ちの第三王子と一緒になったら、妹は苦労するに違いない。

 王妃の振る舞いを見ていると、成長したら落ち着くということは期待できない。

 苦言を呈する人間を排除して、気分良く過ごそうとする人種。


 ――そう、脅してくるのだ。




 妹も、夏期休暇中に来た他の友達には、あまり無作法な姿を見せなかった。

 何か、特別な……エルネストは甘えてもいい人と認識しているようだ。


 「もう、辺境に嫁にやってもいいか」という雰囲気が、応接室に漂い始めた。



 我がメンデス領から王都は三日かかるが、辺境伯領へは二日で行ける。

「嫁に出すなら、近い方がよかろう」

 と辺境伯はご満悦だ。


 一日くらいならそう変わらないと思います、とは言えなかった。




 妹を応接室に呼んで、辺境伯に挨拶をさせた。


「おお、可愛いお嬢さんだ」

 と、先ほどまで威圧感を出していた厳つい軍人が、デレた。


 愛想良く「辺境伯閣下に、ご挨拶申し上げます」と微笑むもんだから……この瞬間に、妹の未来は決定した。


「エルネストのお嫁さんになってくれるかな?」

 おそらく、辺境伯にとって最大級の猫なで声だろう。

「え~、どうしようかなぁ?」

 体をくねらせて、エルネストを見上げる。


 マリアーナぁぁ!!

 僕たち家族は青ざめた。

 お前、大物だよ。というか、家格の差を考えてくれ!

 もう、父は卒倒しそうだ。



 エルネストが跪き、真っ赤になって「結婚してほしい」と小さな花束を差し出した。

「これは北方に咲く花なんだ」と。


 しっかりと目を合わせて、見つめ合う。

「私のために摘んできたの?」

「馬車の中でも、枯れないように桶に漬けてきたんだ」

 少々、ぶっきらぼうに聞こえる。

 そこは「君のことを想いながら摘んだんだ」とでも言えば、普通のご令嬢にもウケるだろうに。


 妹はロマンチックでないことに、まだ気付かない年齢かもしれない。


 跪いて目線が近くなったエルネストを、まじまじと見た。

 緊張の一瞬。

 にぱっと妹が笑う。

「いいよ!」と、妹は求婚の花束を受け取った。



 僕たちは、ほ~っと息を吐いた。妹が失礼な態度を取らなくて、よかったよ。


 辺境伯はニコニコし、エルネストは腕にマリアーナを乗せている。

 結婚してからも大切にしてもらえそうで、心から安堵した。




 月日を重ね、エルネストの庇護欲は愛情に変わっていく。

 妹もそれなりに淑女に見えるようになってきた。中身はともかく、外面はいい。



 愛情があるのはいいことだと思っていたが、妹の安全のために学院開設を二年も早めるとは……誰も思わないだろう。

 それも第三王子のご乱行で、学園の治安が悪くなったせいだ。


 第三王子の婚約者は、彼の不貞の証拠を王家に叩きつけ、妹と一緒に北部に旅立った。

 王妃がごねているので、無事に婚約破棄できるかわからないが、侯爵家の意向は社交界に広まっていく。第三王子の評判と共に……。



 北方の学院はとても楽しいらしい。

 もう嫁に出したようで、お兄さまは寂しいぞ。



 あれもこれも、第三王子のせいだな。


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