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第12話 何度、記憶を失っても


 私のピンチを助けに来てくれたのは、他でもないレオンハルト様だった。


 彼は私が縛られて横たわっているのを見て、瞳に怒りを宿した。


「貴様ら、ソフィアさんに何をしたんだ……!」

「お、俺たちは……ぐはっ」


 彼らが質問に答える間もなく、レオンハルト様は男達をなぎ倒していった。部屋中にドゴッと鈍い音が次々に響く。最後に残ったのは、カイン様だ。


「最後は貴様だ」

「ま、まて俺は……」

「言い訳は騎士団で聞く。公爵家の妻を誘拐した罪は重いぞ」

「ぎゃああああああああ」


 そうして、レオンハルト様はカイン様を気絶させた。私達以外の全員が意識を失ったところで、すぐにレオンハルト様がこちらを振り返った。


「ソフィアさん……っ」

「レオンハ……」


 名前を呼び終わる前に、彼に抱きしめられた。彼のぬくもりにほっとして、じわっと涙が滲んだ。


「無事でしたか? 何も……されてませんか?」

「はい。大丈夫です。レオンハルト様が助けに来てくれましたから」


 そう言うと、より一層強い力で彼は私をギュッと抱きしめた。


「すみませんすみません……っ。僕があなたを一人にしたばかりに怖い思いをさせて……っ」

「レオンハルト様は悪くありません。私が不用心に外に出てしまったのがいけないですし、そもそも私がレオンハルト様を傷つけてしまったから……」


 そう言ったところで、レオンハルト様はハッとして私から距離を取った。彼は申し訳なさそうに、私から目を逸らす。


「すみません。僕から触れられるのは、気分が悪いですよね」

「そんなことありません!」


 私はすぐに彼の言葉を否定した。


「レオンハルト様にはたくさん助けてもらいました。あなたのことを嫌うなんて……触れられて気分が悪いなんて思うはずがないです!」


 そうして、私はレオンハルト様の手を振り払ってしまった理由を話した。2年間の記憶ではなくレオンハルト様のみを忘れていることに気づいたこと、それゆえに申し訳なくなって拒絶してしまったことを……。


 私が記憶を失った理由がカイン様の魔法だったということも話すと、レオンハルト様は驚いていた。だからレオンハルト様は何も悪くないのだと伝えたけれど、彼の顔は晴れず……。


「……でも、僕はソフィアさんの行動を監視しているんです」


 レオンハルト様は自棄になったように話し始めた。


「ソフィアさんにプレゼントしたイヤリング、あれが位置情報を示せるようになっているんです。ソフィアさんの行動を監視するために、プレゼントして毎日付けるようにお願いしたんです」


 彼は「気持ち悪いでしょう?」と自嘲的に笑う。けれど……。


「あの、私、知ってました」

「え?」

「イヤリングに魔法がかけられていること、知ってましたよ」


 レオンハルト様からプレゼントされた時、強力な魔法の気配を感じた。どんな魔法がかけられているのか興味があったので、時間があるときに解析したのだ。


「私を守るためだと分かっていましたし、今回カイン様に誘拐されたのを助けに来ていただけたことだって、このイヤリングがあったから場所が分かったのでしょう?」

「……」

「それに、他でもないあなただから、私は嫌じゃなかったんですよ」


 「ね?」と言って微笑むと、レオンハルト様は泣きそうな顔になって私の肩に顔を埋めた。


「本当にあなたには敵わない……っ」


 彼の言葉に「ふふ」と笑いが溢れる。それは私の台詞なのに……。


 私は彼の耳元にそっと囁いた。


「レオンハルト様、早く屋敷に帰りましょう」

「はい。そうしましょう」


 そうして、私達は手を繋いで屋敷へと帰っていったのだった。




☆☆☆





 その後。カイン様はその場にいた仲間と一緒に騎士団に捕らえられた。騎士団は、私の位置情報の異変に気づいたレオンハルト様が連れてきていたらしい。


 これからカイン様には貴族を害したとして、重い罰が下されるそうだ。カイン様は伯爵家から縁を切られているし、後ろ盾もないので、実刑が下されることは確実だそうだ。


 そして、数日が経過し……。


「レオンハルト様、見つけました! 記憶を取り戻すための魔法を!」

「本当ですか⁈」

「はい」


 私はにこにこしながら、頷く。記憶を失ったのが魔法の影響だと知ってから、私は図書館に籠もりきって、魔法を解くための方法を探っていたのだ。


 その方法をようやく見つけ出した。


「この書物に一番大切な人の記憶を忘れさせる魔法と一緒に、この魔法を解くための反転魔法も記載されていたんです。魔法をかけてきた相手より高い魔力量を持っていれば、簡単に魔法を解くことができるみたいです」

「それならよかったです」

「はい!」


 私はカイン様より高い魔力量を持っていたから、魔法を解く条件については気にする必要はないだろう。


 あとは呪文を唱えるだけだ。


「それじゃあ、すぐに記憶を取り戻しますね」


 そう言ったのだけれど、何故かレオンハルト様の表情は少し不満げだ。


「あの、何か問題でもありましたか……?」

「問題は無いですよ。ソフィアさんの記憶が戻るのも嬉しいです。ただ……」


 彼は拗ねたような表情で私を見つめた。


「記憶を失ってからのソフィアさんから、好きだって一度も言ってもらってないんですよねぇ」

「え?」

「精神年齢が僕より年下のソフィアさんなんて、もう会えることがないでしょうから、気持ちを知っておきたいな……なんて。それとも、僕のことは嫌いですか?」

「き、嫌いなんてことは……っ」

「それじゃあ、どう思っているのですか?」


 彼は満面の笑みでそう聞いてくる。これは私の返答を分かっていて、あえて聞いてるときの表情だわ……っ。


「う、えっと、その……」

「はい」


 ええい、もう言うしかないわ。


「レオンハルト様のことが好きです。記憶を失っても、あなたのことを好きになってしまいました……っ、ん……っ」


 好きだと宣言した次の瞬間には、レオンハルト様に唇を奪われていた。何度も何度も角度を変えて、唇を重ね合う。


「んん……っ、ふ……、っ」


 しばらくして息が苦しくなってきた時に、ようやく解放してもらえた。


 腰が抜けてその場にへにゃへにゃと座り込みそうになってしまったのを、レオンハルト様が抱きとめてくれた。彼は私の耳元で囁く。


「嬉しいです。ソフィアさんにそう言ってもらえて」


 彼の声は少し震えていた。きっと、私の記憶がなくなって誰よりも辛い思いをしたのは、忘れられてしまった彼の方だったのだろう。


「大丈夫ですよ。今からあなたのことを思い出しますから」

「……本当に嬉しいです。あの、このままの状態で、魔法をかけてもらってもいいですか?」

「もちろんです」


 そうして、私はレオンハルト様に抱きしめられながらゆっくりと呪文を唱え始めた。私たちは優しい光に包まれていく。


 私はこれから最愛の人を思い出す。その時、私がどう思うのか……これから私達の間に何が起こるのか何も分からない。けれど、一つだけ確信していることがある。


 もしまた記憶を失ったとしても、私は彼に溺愛されて、何度でも彼に恋をするのだろう、と。

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