第10話 日記
部屋に入れられて、ずるずるとその場に座り込む。
誤解をされてしまった。私がレオンハルト様を嫌っていると。
とにかくもう一度、レオンハルト様と話さないと……。でも、彼は、話してくれるだろうか。
彼は私の反応に悲しんでいるようだったし、私の前に姿を現さないと言っていた。このまま会えないんじゃないかと、目元にじわっと涙が滲んだ。
いけない。弱気になってはダメだ。
同じ屋敷に住んでるんだから、一生会えないなんてことはないし、レオンハルト様が私を追い出すなんてこともないだろう。それなら、きっと話す機会はあるはずだ。
そう自分を鼓舞して、とりあえず着替えようとクローゼットを開く。
その時、クローゼットの扉側に細い隙間があることに気づいた。不思議に思ってその隙間を覗くと、中に小さな本のような物があるのが見えた。
それを手に取って、恐る恐る開いてみる。そこには……。
「日記?」
私の字で書かれた日記があった。もしかしたら、レオンハルト様の記憶を失った手掛かりがあるかもしれない。意を決して、私はそれを読み始めた。
『◯月×日
カイン様に婚約破棄された。もう終わりだって目の前が真っ暗になったけれど、レオンハルト様という方が助けてくださったらしい。前に一度お話ししたことがあったけれど、その時の印象と変わらず、本当に優しい方だった。
優しい方だから、私と婚約したいって言ってくれているのも、きっと私を慰めるための言葉よね?』
婚約破棄された直後の日記だ。私は数ページ先にめくった。
『◯月×日
レオンハルト様からプロポーズされた。「一生幸せにします」って情熱的に言って下さった。正直とても嬉しかったけれど、本当に私でいいのかしら。両親は「こんな良縁他にないから」と結婚を推し進めてしまったけれど、彼は後から後悔しないかしら』
『◯月×日
彼が初めて領地を案内してくれた。楽しいところをたくさん見せてくれて、久しぶりに笑った気がする。
それから、彼から改めて「好きです」と伝えられた。本当の本当に彼は私のことを好きなのかしら。まだ信じられないわ』
『◯月×日
カイン様によく似た人に偶然出会ってしまった。カイン様とのことがフラッシュバックしてしまった私に、レオンハルト様が一晩中そばにいてくれた。本当に彼は優しい人。彼のことを好きになってしまいそう。けれど、本当に私でいいのかしらとか、カイン様との婚約を解消してから時間が経っていないのにとか、色々考えてしまうわ』
『◯月×日
レオンハルト様に一晩中一緒にいてくれたことにお礼を言ったら、「好きだから当たり前です」と返された。やっぱり、私はレオンハルト様が好きなのかもしれない。だって、そう言ってくれた時、どうしようもなく胸が締め付けられたもの』
『◯月×日
勇気を出してレオンハルト様に「好きです」って伝えた。そしたら、レオンハルト様が抱きしめてくださった。涙目で「嬉しい」と呟いていたわ。本当に本当にこんなに私のことを想ってくれる人なんて、他にいない。
すごく勇気の必要なことだったけれど、私の気持ちを伝えてよかったと思う』
『◯月×日
結婚してから1周年記念でイヤリングをプレゼントしてもらった。このイヤリングには特別な魔法がかけられているみたいだから、毎日身につけたいわ。大切にしてもらってる実感が湧いて、何度もイヤリングに触れてしまうから、レオンハルト様が少しだけ笑っていたわ』
パタ、パタと涙が日記の上にこぼれ落ちる。
毎日、毎日だ。
私の日記にはレオンハルト様のことが書かれていた。
2年間の日記でレオンハルト様がいない日がない。私のこの2年間は、レオンハルト様でいっぱいだったのだ。
レオンハルト様を忘れてしまったら、2年間の記憶全てが無くなったと錯覚してしまうくらい、彼は私のそばにいてくれたのだ。その事実が、ここには記されていた。
自然と涙がこぼれ落ちてくる。
こんなに側にいてくれた人を忘れてしまったなんて……。
罪悪感に苛まされながらページをめくっていると、日記は最後のページにたどり着いた。記憶を失う前夜の日記だ。
それを読んだ時、私は目を見開いた。
記憶を失う前夜にあった出来事。そこに記されていたことに、一つの仮定にたどり着く。
もしかして、私がレオンハルト様の記憶を失った原因って……。
私はそのまま立ち上がって、部屋から飛び出した。
私の仮定が合っているとしたら、私がレオンハルト様を忘れてしまったのは、私のせいではなかったということになる。
それなら……この事実をレオンハルト様に早く伝えなきゃ……!
私がレオンハルト様の部屋に向かう途中、アイシャと出会した。
「ソフィア様? そんなに慌ててどうされたのですか?」
「レオンハルト様と話したいの。どこにいらっしゃるかしら?」
「……レオンハルト様は頭を冷やすと言って、騎士団に向かいましたよ。出て行ったばかりなので、まだ敷地の中にいると思いますが」
出ていってしまったという事実に、胸がギュッと締め付けられる。私はどれだけ彼のことを傷つけてしまったのだろうか。
「分かったわ。ありがとう、アイシャ。ちょっと行ってくるわね」
「え、ソフィア様⁈ 今から行かれるんですか⁈」
「まだ敷地内にいるなら、早く話したいわ」
「分かりましたけど……。絶対に外には出ないで下さいね!」
「分かったわ」
私は頷いて、走り出した。
私はレオンハルト様を傷つけてしまった。その理由と記憶を失ったであろう原因のことを話して、あなたのせいではないと伝えなければ。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ、さすがにもういないかしら……」
屋敷の門まで辿り着いたけれど、レオンハルト様の姿は見えない。もう外に出てしまったのだろうか。
まだ近くにいないかと屋敷の外に一歩踏み出した、その時だった。
「……キャッ⁈」
何者かに口を塞がれて、私はそのまま意識を失ってしまった。




