第一三六話 「師匠軍師」
メイドたちは集団で食事を取る。ゲベーアム城の王族や役職、将校たちが食事を済ませた後、自分たちで料理をするのだ。そのため、時間はいつも夜遅く、当直の者以外は食事を取ったらすぐに就寝時間となる。
この大食堂は、兵士たちや下級役人、それにメイドたちといった数の多い者たちが使う専用の食堂で、装飾品などは無く、ただ実用性だけを追求した煉瓦作りとなっている。
味の薄いスープをすすりながら、フロイントは昼間の出来事を思い出していた。
レシュティ女帝から受け渡されたこの手紙。これを城郭の郵便屋に出すのが自分に課せられた最初の仕事である。
好奇心旺盛な彼女には様々な疑問が思い浮かぶが、カタストロフの国民たるもの、自分より身分が高い者の命令には忠実であれという教えにより全ての疑問を飲み込んだ。
レシュティ女帝の認めた手紙だというのに、封蝋には王家の印は使われておらず、一見するだけならふつうの手紙に見える。
しかし、どうやってこれを城郭に持ち出せば良いのかわからない。このまま持ち続けていてもレシュティ女帝の機嫌が悪くなるだけだし、自分の家にも悪影響が出てしまう。
そうして悩んでいると、ラッソが隣に座ってきた。昼の喧嘩の事もあって逃げようとするフロイントの腕をラッソが掴む。
「待って、逃げる前にまずは謝らせて。昼はごめんなさい。あなたの気持ちも知らないで言い過ぎたわ」
まさかこんなに素直に謝られるとは思っていなかったので、フロイントは手をふりほどくことも忘れてしまった。しかし、彼女の真剣な瞳を見ていると、心から謝っているように感じ取れる。
「……いえ。謝ってくださるなら、それでいいんですの」
ラッソと仲直りできそうで嬉しいはずなのだが、今はそれよりも大きな問題がフロイントの心を締め付けている。
フロイントの手が震えていることに気づいたラッソは彼女の顔をのぞき込む。
「どうしたの? 顔色が悪いようだけど」
「な、なんでもありませんわ」
ラッソは彼女の手を放し、「一緒に食べよう?」というと、フロイントも断ったり逃げたりせずに並んでスープをすすった。
軽い夕食を食べ終えると、ラッソがフロイントにある提案をする。
「ねえ、今度ほかのメイドと一緒に城郭に出るんだけど、あなたもどう? 謝罪の気持ちっていうのもアレだけど、クラップフェン|(ローズヒップやアプリコットのマーマレードが入った揚げパンの一種)を奢ってあげるからさ」
「城郭に、出れるのですの?」
「当たり前でしょ。この城のメイドにもちゃんと休みがあるわ。私さ、おいしいクラップフェンの店を知っているのよ」
渡りに船とはこの事だった。
お嬢様なフロイントは何も疑わずに二つ返事でその提案を受ける。
「もちろん、ご一緒させていただきますわ。私、クラップフェンにはちょっとうるさいですわよ」
「よし、決まりね」
☆・☆・☆
昼にフロイントが掃除を放棄して部屋を飛びだした後、彼女を探していたラッソは廊下で誰かと話している所を見つけた。声をかけようとしたが、その話相手がレシュティ女帝だと知ったときは息を呑んだ。
すぐさま身を隠し、会話を盗み聞いたラッソは、千載一遇のチャンスに身を震わせた。上手くフロイントを誘導して、レシュティとの繋がりを作れれば、情報収集だけでなく情報操作もできる。場合によっては誘拐や暗殺すらできるだろう。
レシュティが孤立していることは前から知っていたが、接触する手段が皆無だった。ただの一メイドでは話すことはおろか視界に入ることすらできないからだ。
それというのも全てコシュマーブルが原因である。
理由は分からないが、コシュマーブルはレシュティを城内で孤立させようとしていた。しかし自分の手元からは絶対に手放さないようにもしている。そのため、式典や晩餐会などの城内での行事にはレシュティも顔を出していたが、外に出る公務はほとんどがコシュマーブル単独で行っていたのだ。まるで、自分一人で独占しようとしていたかのように。
しかし、城内の噂では最近は何故か彼女の事を放っておくことが多くなり、別の何かに夢中になっているそうだ。この噂の真偽はまだ確かめられていないが、レシュティが一人で城内を出歩いていたことを考えると、あながち嘘ではないのかも知れない。
ともかく、ルームメイトであるフロイントにレシュティとの繋がりができた。ということは、先輩風を吹かす突っけんどんな同居人よりも、彼女に協力していて信頼を得る友達の方が後々絶対に得だ。もっとも、自分はまだその繋がりを知らないので、彼女に打ち明けられるまでは手探りの協力しかできないが。
こういう風に打算でしか物事を考えられないことに昔は苦悩したものだが、今ではすっかりと割り切ってしまい、とにかく利用できるものは何でも利用するつもりだった。
これも全て白き翼のため。自分に居場所を与えてくれた彼らに報いるため、自分を救ってくれた天使の少女のため、そう思って今までも乗り切ってきたのだ。
今更戸惑う事もない。
フロイントとはもうしばらく仲の良い友達のフリをしていないと……。
☆・☆・☆
「連合軍共は弱すぎる」
灰色の煙が上がる鉄臭い死屍累々たる戦場跡を高台から眺めながら男は言った。
「これが先鋭だと? 冗談ではない。祖国の子供の軍隊ごっこの方がまだマシな動きをするぞ」
パルファンの煙を吐き出しながら蒼天を見上げる男の顔は寂しげですらあった。
「もはや俺の情熱をぶつけられる相手はいないのか。つまらない世の中になったものだ」
彼こそが、軍事大国カタストロフの軍師たちの最高位に位置する大軍師シュトラテークだ。
「骨のあるのはあの勇者ぐらいなものだが、力と運だけで押してくる奴と戦っていても面白くない。俺が求めるのは力ではなく知。戦略と戦術の勝負なのだ」
三年前に終結したマルブル戦線ほど、彼は生き甲斐を感じた日々はなかった。しかし、彼の求める戦いはすでに無くなって久しい。
あの猛るような戦場は、もう経験出来ないのだろうか。
そんなことを考えている男のもとに、別の男がやってきた。
「シュトラテーク様、各部隊帰還準備が整いました」
「ああ、わかった。しかし、味気ない毎日だぜ。クヴェレよぉ、何か面白いことはねえのか?」
「それでしたらこちらを、帝都からです」
「この手紙がどうした。……俺宛てじゃないようだが?」
手紙を受け取って読み進めていくと、シュトラテークは目を見開いて次第に笑い声が漏れてくる。
「なるほどな。クヴェレ、よくやった。こいつは面白くなってきたぞ。やはりそうでなくてはな!」
ひとしきり笑った後、シュトラテークは手紙を燃やし、外套を翻す。
「俺は一度帝都に戻る。後は任せたぞ」
「はっ」
手紙の内容は、一騎士の身を思うだけのとくに差し障りのない物だったが、実はシュトラテークが以前にレシュティに教えた暗号文の手紙だった。
よもや生きていたとはな。
俺の最高の弟子、レージュよ。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。これで第五章は終わりです。
申し訳ありませんが、「ホルマリン漬けの銃弾」の書籍化作業のためにしばらくそちらにつきっきりになってしまうので、しばらく半分の天使は休載させていただきます。(`・ω・´)ゞ




