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半分の天使と赫赫の盗賊王が作る空の色は?  作者: SIRO
第五章 赫赫の盗賊王と褐色の娼婦
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第一一一話 「銀細工軍師」

 やはり目抜き通りにある細工屋はどれも腕が良い。しかし、何かが足りない。繊細な技術の中にある確かな煌びやかさは見事だがどこか欠けている。俺が求めているのは、もっと、こう、思わず目を奪われるような細工物だ。レージュと初めて出会ったときのような強烈な衝撃を与えてくれるような……。


 そんなことを考えつつ歩いていると、いつの間にか表通りからは外れ、ヴァンは陰鬱とした裏通りを徘徊していた。


 裏通りをしばらくさまよっていたヴァンは、ある粗末な家の前で足を止める。軒にぶら下がっている小さな天使を象った看板は細工屋を表しているようだが、そんなことよりもヴァンは天使の細工の出来を食いつくように眺めていた。


 一見すればなんの変哲もない天使の銀細工だが、ヴァンの鷹の目はその銀細工に目を奪われてしまっている。翼の具合、輪郭といい体つきといい、これは、まるで……。


 ――にひひ。


「レージュ!?」


 目の前に現れたレージュに驚いて声を上げるが、その姿はすぐにかき消え、銀細工が見せた幻だと知る。


 ヴァンは体を大きく震わせた。


 これほどの作品には出会ったことがない。居ても立ってもいられずに古ぼけた店に入る。


               ☆・☆・☆


 店内は暗く、客は一人もいない。それも当然だろう。裏通りはそもそも人通りが少なく、あの天使の小さな銀細工の看板だけでは気づかずに通り過ぎてしまうに違いない。ほこりが積もっている店内には陳列されている作品も無い。おおよそ商売をする気がないとしか思えない店だ。


「良い仕事をしているな、ご主人」


 誰もいない店中に声をかけると、奥から老人が面倒くさそうに出てきた。


「ここの細工は表通りには無い輝きを放っている。例えるなら、表通りは綺麗に整えられた花束だが、ここは野山に咲く一輪の花だ。俺は、そういう花の方を好む」


 黙ってヴァンの話を聞いていた主人らしき老人は不審な目を向ける。


「なんだお前は。吟遊詩人か細工師なのか? 客じゃねえなら出ていきな」

「いや、俺は吟遊詩人でも細工師ではない。客とも少し違う。俺は細工を扱う商人のポーブルだ。この店ほどの素晴らしい細工はなかなかお目にかかれないのでな」

「褒めても安くなんねえぞ」

「それは残念だ」


 わざとらしく肩をすくめると、ヴァンは話を続ける。


「なぜこんなところで店を出している。ご主人の腕なら表通りでも通用するどころか目抜き通り一の細工屋になれるぞ」

「俺ぁそういうのは好かねえ。作りてえから作る。評判や金なんていらねえ。ただ自分が満足する作品を作りてえだけだ。そう考えて銀をいじってもう五十年になる。だが、未だに満足の行く作品は出来ねえ」


 どこまでも職人気質なのだろう。ヴァンはこの店に入ったことを喜ばしく思った。


「外に吊ってある天使の細工だが……」


 と、ヴァンは細工から見えたレージュの幻を思い出す。レージュは、出会ってからずっと俺のそばにいてくれた。レージュからは多くのものを貰った。だが、俺からは何か返せているだろうか……。


 例えばそう、天使の羽を貰ったのだからこちらからも何かお返しの品を送るのが筋というものだろう。ご褒美とは言っていたが、それでも物を貰いっぱなしというのは落ち着かない。


 レージュが喜ぶものと言ってまず思い浮かぶ物はパルファンであるが、パルファンをプレゼントするのは何か違う気がする。鹿の生肉も自分一人では調達することはできない。


 さて、どうしたものか。


 ……いや待てよ。ちょうどここは都合良く細工屋だ。それも超一流の。贈り物は既製品ではなく、手作りの物がベストだろう。ならば……。


「で、お前は何しに来た。細工を仕入れに来たのか?」

「実はだな、ご主人の腕を見込んで頼みがあるんだ。もしご主人が承諾してくれるなら、俺に細工の作り方を教えてほしい」

「商人のお前が細工をやるだと?」

「そうだ。大切な人に自作の細工をプレゼントしたいんだが、俺は目利きには自信があるが、自分で細工を作ったことがねえ。だから、俺に細工を教えてほしい」

「弟子は取らねえ。他を当たれ」

「弟子じゃなくてもいいんだ。細工を一つ教えてほしいだけなんだ」

「駄目だ。俺は忙しい」


 店の奥に引っ込もうとする店主にヴァンは手を変えて食い下がる。


「なあ、ご主人。外に飾ってある天使の細工だが、あれは蒼天の軍師レージュを象ったものだろう」


 老人の足が止まる。


「……だったら何だ」

「俺の見立てではあれはまだ不完全だ。ご主人は以前に天使レージュを見たことがあるんだろう。その時の衝動で、これなら自分の満足の行く作品ができるとあの細工を作った。しかし、一度見ただけでは完全な作品ができなかった」

「なるほどな。見る目と減らず口だけは一丁前にあるようだ」


 老人は椅子に腰をかけるときしんだ音がした。


「お前の言うとおり、俺が追い求めている物に一番近づけたのは外に吊っている天使だ。あの娘は一度だけこの店へ来たことがある」


 マルブルの役人から個人的に注文を受けて作った細工を受け取りに来たことがあった、と老人は言った。


「天使だという噂は聞いていたが、まさかそんなもんが本当にいるとはな……。そのときの衝動でできたのが外に吊ってある奴だ」

「レージュにもう一度会ってみたいか?」

「そうだな。この城郭まちからカタストロフ共を追っ払ったあの日、空飛ぶあの娘を見て情熱ってもんがまたわき上がってきやがった。もう一度だけ、近くで拝めたのなら、何かが変わるかもしれねえ。だがこんなケチな細工屋に来ることはもう二度とないだろう」

「どうだ。俺に細工を教えてくれたら天使レージュに会わせてやると約束する。これはご主人に取っても悪い話じゃないと思うがな」


 レージュへのプレゼントの為にレージュをだし(・・)に使うのはなんだか奇妙だが、この場合は仕方あるまい。

 ヴァンの提案に老人は眉を寄せる。


「ただの商人のお前がか?」

「俺は約束を必ず守る男だ」


 老人はしばらくヴァンを見ていた。


「手を見せてみろ」


 言われるがままに手を差し出すと、老人はヴァンの手を値踏みするように見つめる。


「これは商人の手じゃねえな。お前は剣を握っている」

「この時代だ。商人も自衛で剣を取らねばならない」

「嘘を吐くような奴に良い細工はできねえ」


 図星を指されて言葉に詰まるヴァンに、老人はフンと鼻息を漏らす。


「だが、お前は良い目をしている。鷹のような気高い目だ。何か事情でもあるんだろう。聞かねえでいてやるよ」

「では……」

「ガキにものを教えるのも年寄りの仕事だからな。どうせここにはしばらくいるんだろう? 少しだけ教えてやろう」

「すまない。恩に着る」


 ヴァンは深々と頭を下げた。


「金は取るがな」

「取るのか」

「当たり前だ。お前も商人だと言うなら利害くらいわかるだろ」

「ごもっともだ」


 こうしてヴァンは、空いた時間を見つけてはこの店におもむき、細工の勉強をすることになる。

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