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実証実験 2

 まずは様子見だが、不愉快さを隠す必要もないので、冷ややかな視線で問いかける。


 険悪な僕達の傍らに、二体のクマ君が控えている。ヴィクトールの専属クマ君は聖職者のようで、何ともこのガラの悪い男とは不釣り合いだ。

 ともかく僕のクマ君も一緒にいてくれているというだけで、やはり心強い。女性の体で、一回り以上大きくしかも威圧的な男に腕を掴まれたまま見下ろされるというのは、なかなかの恐怖感だ。


「これから丸五日間もこんな薄気味悪い館に閉じ込められるんだぜ。お互い気晴らしが欲しいだろ? お堅いアルより楽しませてやるよ。あんたもそのつもりで一人で出てきたんじゃねえ?」


 ヴィクトールがにやにやしながら僕を口説き始めた。僕は真意をうかがいながら、考えるまでもない返事をする。


「前は男性だったと言ったでしょう。僕にも選ぶ権利はあるので、お断りさせていただきますよ。手を放してください」


 すげなく拒絶した僕を、ヴィクトールは壁際に押し込んだ。見かけ通り、袖にされてすぐに引き下がるほど聞き分けのいい人物ではないようだ。


「体が女なら問題ねえよ。多分マリオンは処女だぜ。前が男だったっていうなら、あんたも男は知らねえんだろ? 俺が教えてやるよ。それとももうアルとヤったのか?」

「――――」


 見事に育て方を間違ったものだなと、むしろ感心したくなる。絵に描いたようなチンピラ役だ――とは思うが、さてこの行動は、単に彼のスタンドプレーか、それとも背後にレオンの指示でもあるのか。その見極めは重要だ。


 僕としては、ヴィクトール個人の暴走であってほしいのが本音だ。

 前者の場合なら、単純に目の前の男のスケベ心ですむが、後者の場合は、息子を使う狡猾な父親によって、遺産がらみで僕を利用する何らかの企みを疑うべきだから。


 それにしても、いったいどういった躾を受けたら、こういう人間が仕上がるのだろうと、続く口説き文句を聞き流しながら、つい思考がどうでもいい方に飛んでしまった。

 まさかこんな発言を、初対面の相手に現実に口にする人間がいるとは。変わり者はいろいろと見てきたつもりだが、少々理解が及ばない。やはり僕は、アルフォンス君の言う通り世間知らずなのだろうか。

 僕の中身などまったく関係なく、体さえ女性であればいいという種類の人間で、相手にするのも馬鹿らしい。

 確かに僕に男性経験がないと言われればおっしゃる通りとしか答えられないが、恩着せがましく頼んでいもいない提案をされても、甚だ迷惑なだけだ。この先何があろうが、僕がヴィクトールに口説き落とされることは生涯ないと断言できる。

 それにしてもクロードと発言の内容は大差ない気がするのに、この著しい嫌悪感の差は何だろう? そういえば見た目自体も、髪の色は一族に多い水色だし、容姿も何となく似通っているし、言動も軽薄な感じで共通点が多いのに、受ける印象や好感度が正反対だ。やはりこれが人間性の違いというものなのだろうか。ともかく資料から想定していたこの男の評価を、大幅に下方修正しよう。

 まあこの言動も、父親のレオンがアレだから順当と言うべきなのか。祖母のベレニスは普通だったのに。

 ところで、これはいわゆる壁ドンというやつだろうか。なんと人生初の壁ドンをされている、チンピラみたいな二十代の若造に。まさかこの僕にこんな日が来ようとは。ある意味貴重な体験だが、世間で見聞きするような女子らしいときめきなどあるはずもなく、鳥肌が立つほどの不愉快さしかないのが残念なところだ。


「おい、いつまで余裕ぶってんだよ」


 反応の薄い僕を追い込むため、更に腕に閉じ込めるように壁に抑え込まれ、身動きが取れないほどに体は密着させられた。

 凄まじく虫唾が走るが、今はそれよりも注目すべき密やかな動きがヴィクトールにあったことの方が重要だ。当然見逃さない。


 僕は全身に走る鳥肌を無視して、そちらに集中する。このためにアルフォンス君を置き去りにしてまで来たのだ。


 ヴィクトールのいやらしくにやけた表情に、初めて戸惑いが浮かんだ。その顔には明らかに「なんで?」と書いてある。


 ――なるほど。

 これで僕の異能のテストは終了だ。初めて自覚的に魔法を使ってみた。ごく細やかにだが、これならいくらでも応用の利かせようがある。それが分かったのは十分な収穫だ。

 この茶番をとっとと幕引きとしよう。


 まだ父子どちらの思惑での接触か判断が付いていないのだが、約束の五分をオーバーしてまでこんな犯罪者の相手を続ける必要はない。というか、気色悪くてこれ以上は耐えたくない。


 我慢はこれで終わりだと、明確に軽蔑の視線で相手を見据えた。


「一つ教えてあげましょう。女性を口説く手段に薬物を使う男は、万国共通異世界共通でクズです」

「っ!?」


 まったく薬の効果が表れない僕に驚いたのか、それとも僕の冷淡な指摘の内容に驚いたのかは知らないが、目を見開いたヴィクトールに、鉄槌を下す。


「スタン3」

「がっ!!!?」


 直後の僕の呟きとともに、ヴィクトールは言葉にならない悲鳴を上げ、糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。


 実は遺産相続選定会に臨むにあたって、アルフォンス君から両手の指を超えるほどの数の防犯・自衛グッズを渡されていたのだ。しかも特別製というやつを。


 ネックレスやブローチ、髪留め、指輪、ピアス、アンクレットなど、普段身に付けないアクセサリーを模したそれらで、現在の僕は全身凶器状態になっている。最悪、目や口を塞がれようが、手足を縛られようが、どれかしらで対処可能だ。


 心配性が過ぎると内心苦笑しながら受け入れたアルフォンス君からのプレゼントだが、早速役に立ってしまったな。しかも想定外のセクハラ対応になるとは。

 やはり防犯のプロのアドバイスは素直に聞くものだ。


 ちなみに衝撃度3は、暴徒鎮圧レベルらしい。そんな市販品は当然ない。入手先が少々心配になるところだ。

 どんなに用心してもやりすぎということはない、なんて心構えを、アルフォンス君は僕に対してどれだけ実践しているのだろうか。なのにこんな単独行動で心配させて申し訳ない。

 ヴィクトールも撃退グッズへの備えなのか、個人用のバリアを張っていたようだが、僕の魔法と自衛グッズの合わせ技で無事返り討ちにできたので許してほしい。


 そして僕の万能ブレスレットが、睡眠薬系の薬物を今も空気中に検知しているが、僕の体調は依然として一切の変化がない。光学モニターで確認したところ、バイタルその他の数値も正常。


 僕の魔法は想定通り、地味ながらいい仕事をしてくれた。実際に体感してみて大体の感じは掴めたし、この先の安全を考えれば、大きな保険が手に入った。


 実験の手応えにほっとする一方で、いまだ拭えない不快感を抱えながら視線を落とす。


 薬物を使うこういった卑劣な手口には常習犯が多いものだが、床で麻痺しているこの性犯罪者も随分と手馴れていたようだ。相手の撃退グッズへの対応策まで持っているくらいだし。今までどれだけの悪さをしてきたのだろう?


 床に転がり落ちていたヴィクトールのバリア発生装置を、容赦なく踏み潰した。これくらいの腹いせは許されるだろう。彼の自衛手段が一つなくなったが自業自得だ。


 もしこの男が後日、器物破損等で法に訴えてくるほど厚顔だった場合は、徹底的に受けて立ってやろう。幸い弁護士の伝手は二人いる。それどころかチェンジリング局に頼れば、こんな女の敵など軽く捻り潰しれやれるだろう。


 ああ、それよりも、こんなつまらないことでイラついているとは、どうにも僕らしくないな。少し落ち着かなくては。


「アルフォンス君が心配しています。急いで帰りましょう」


 クマ君に声をかけ、部屋の外に出た。クズと聖職者のクマ君を置いて。


 今はとにかく一刻も早く、アルフォンス君の元に戻りたい。

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