決意
「そうですね。いずれは、こちらで地に足の着いた人生について、考える日が来るのかもしれません。ですが今の僕は、五か月先のことを考えています。何を始めるにしても、まずはそれを乗り切ってからのことだと」
「――五か月、先……」
僕の言葉の意味をすぐさま察し、アルフォンス君は目を見開いた。
それに頷きを返す。
「僕はこの先、否応なく荒れ狂うであろう大波に、飲み込まれる覚悟はすでにできています。もしも相続人選定会の招待状が僕にも届いたなら――当然僕も行きますよ。君とともに」
「――――」
アルフォンス君は、痛恨の表情を見せる。
「あなたには、何の関係もないことなのに……」
国どころか、世界中の注目を集める一族の騒動のその渦中に、僕を巻き込みたくないといったところだろう。安全を考えるなら、そんな面倒には関わらない方がいいに決まっている。
現実に、四人も殺されているのだ。
アルフォンス君からすれば、家族を殺され、無実の姉が濡れ衣を着せられて更に奪われ、真犯人はいまだ誰かも分からず――という状況だ。
別に相続人に選ばれなくても気にしないし、必要とされているのなら顔を出すだけでも――そんな行楽気分でのんきに参加した結果が、あれなのだ。
生還者の中で、間違いなく一番被害を被った彼にとって、再びあの場に舞い戻ることへの不安は、真相追究への意気込みすら凌ぐものかもしれない。
しかし相続人選定会への招待者の全員参加は、本人の意思すらもすでに関係のない、揺るがない決定事項なのだ。
個人の力では抵抗もできないレベルでの。
確かにチェンジリングはこの国で大切にされているが、「一チェンジリングの僕」と「チェンジリングの王の空前絶後の研究成果という遺産」では、明確に価値が違う。
仮にどんな危険が予想されたとしても、一人でも欠けたら、また遺産の相続が流れてしまう以上、僕は間違いなく国からの圧力によって参加することになる。
参加のできなかったマリオンが、国家の都合によって強引な死刑という排除処分を受けた事実を考えれば、怖いから行きたくないとは、到底言い出せる状況ではないのだ。
アルフォンス君は飄々とした僕に、苦い表情で感情が抑えきれない言葉を投げかける。
「理不尽だとは、思わないんですか? 安全なんて保障されない。十五年前の事件は、謎ばかりです。裁判でそれらしいストーリーだけは作られたけど、真相はまだ何も分かってない。あの閉鎖空間なら、何かの些細なきっかけで、ある意味期間限定の無法地帯にだってなってもおかしくない。なにより、マリオンが犯人でないとしたら、一族の他の誰かが犯人ってことになるんです。犯人がそんな犯罪に好都合な環境下に置かれたら、また同じ事件を引き起こすかもしれない。前回よりも更に手際よく、計画的に」
顔を伏せて苦しそうに訴えられた。
真犯人の矛先が、また新たな標的に――僕に向かう可能性を危惧しているのが見て取れる。
確かに僕には、鍛えているアルフォンス君と違って、対抗できるような能力は特にない。幸喜時代ですらそうなのに、ましてや今は華奢な少女の体だ。
しかしそんなことは、すべて承知の上でこその覚悟というものだ。
むしろ行くなと言われても行く。
マリオンの代わりに。
しかしそんな揺るがぬ意思を、伝えるつもりはない。あくまでも僕はおまけのスタンスを貫く。
「そうですね。だからこそ、そういったごたごたを全部片付けておく必要があるんだと思いますよ」
ずれた論点を元に戻す形で、話を逸らす。そもそも僕の今後の生き方についてが本題だったはずだ。
「相続騒動が続く限り、毎年駆りだされるのは避けられませんし、一族との縁は否応なく続きます。本当の意味でこの問題が落ち着かない限り、僕は僕のための次の人生に向き合えない。今の僕はクルス・コーキですが、マリオンさんを背負った存在でもあるのです。ずるずると引きずっていては、本当の意味で断ち切ることができません」
それまでは先のことは考えず、選定会への心構えだけあればいい。そんな意志を込めて答える。
アルフォンス君にも少なからず共通する想いであることを知っている。
逆に言えば、この件が片付かない限りは、前だけを見据えた人生が始められないということでもある。お互いに。
そんな意図を理解してか、彼も再び視線を僕へと向ける。
僕と同じ気概を宿した、強い視線を。
「俺は、もしもう一度あの場所に戻れるなら、何をおいても事件の真相を解き明かしてやると思い続けてきました。見つからないままの、義父さんとルシアンも探し出さなければならない。俺はまだ、二人の生死すら確認できてないんです」
「――はい」
「でも、もう一つ誓います。関係のないあなたを、一族の問題に引きずり込む責任は俺が取ります。――いや、責任なんて関係ない。俺は必ず、あなたを守る」
アルフォンス君が宣言した。彼に責任など何もないのに。
――本当に、その気持ちだけで十分だ。
僕は、自分が巻き込まれるとは思っていない。僕の意思で、自ら飛び込んでいくのだから。
目的は君と同じ。十五年前の事件の解明。そしてマリオンの無実を白日の下にさらすために。
何より、僕には人生をかけても果たしたい望みがある。クルス・コーキとして、この世界で必ず為すと決めた目標が。
それが叶わない限り、きっと前と同じように、一歩も動けないまま、虚しい時間を淡々とやり過ごすだけの一生になるだろう。
アルフォンス君が言うような自分らしい人生など、送れるべくもない。
死に際の、あの胸を掻きむしりたくなるほどの後悔と焦燥を、二度と味わうつもりはないのだ。
だからこそ、渦中にも迷わず身を投じられる。
ただ、それとは別の強固な決意が、僕の中で形を成す。
たとえ前回と同様の惨劇が再び起ころうとも――僕こそが、アルフォンス君だけは絶対に守ろう。
本当なら、家族を危険な場所に送り込みたくないのは僕の方なのだ。
僕の記憶の奥底にある、人形のように倒れて動かなくなった大切な弟の姿。血に染まっていく中、何もできなかった無力な自分。
それが僕の行動の原動力となるものだ。
だからこそ大事なもう一人の弟を、今度こそ――。
もう、傍にはいられなくなってしまったマリオンの代わりに、僕が必ず君を守る。
「そうですか。頼りにしていますよ」
そんな本心は隠して、笑顔で答えた。




