対峙
家族の元へと帰ってきた二人、セヴランとルシアンの葬儀は、マスコミが完全に排除された中、関係者のみでつつがなく進行された。
喪主のアルフォンス君とは斎場で、ひと月ぶりの対面になる。
目が合ったら、お互いに様々な想いが溢れてきたが、今はそれを口にする場面ではなかった。
言葉少なに型通りの挨拶をした後は、静かに故人を見送るために、他の参列者と同じ位置に下がった。
マリオンと家族の最後のお別れの場に相応しいよう、髪の色を本来の水色に戻し、若い女性らしい礼服に身を包んでいる。ベアトリクス家の知人だらけのこの場では、ショートカット以外は以前のマリオンと変わらない姿に見えるだろう。
「年貢の納め時ってやつだな」
後ろからからかうように囁いてきたのは、クロードだ。僕は相手にする気も起きず、無言で睨む。意外と空気を読むのがうまい彼は、軽く声をかけただけで、すぐに離れていった。
周囲からは好奇心に満ちた視線が投げかけられるが、僕はやんわりと無視して一人で立ち、少し離れた場所から、ずっと気丈に振る舞う弟を見守っていた。本当はその隣に寄り添い、一緒に家族との別れに立ち会いたかった。けれど今の僕は、正式にはただの同居人で、家族ではないのだ。
どうして僕はこんな離れた場所で、何もできずにただ見ているだけなのだろうと、少し悲しい気分になってくる。
と同時に、ようやく肩の荷が下りた安堵も感じていた。
これで本当に、やっとすべての区切りがついた気がする。
いや、あと一つだけ、片を付けなければならない問題が残っていた。この後が、本番なのだ。
参列者の一角に紛れ、全ての儀式が終わるまで、僕はただアルフォンス君だけを見つめて待っていた。
埋葬が終わり、霊園に残る人影が二つだけになるまで。
「やっと、二人きりになれましたね」
最後の参列者を見送った後、振り向いたアルフォンス君が、僕の目を見返して言う。
セリフだけならロマンティックだが、実際にはこれから表沙汰にはできない秘密の話をするためだ。僕達の間の空気が張りつめている。
決着の時が来たのだ。
僕はわざとらしい作り笑いを浮かべる。
「もう、全てが収まるところに収まったのです。無闇にほじくり返すようなことはやめませんか?」
僕の悪あがきにも、アルフォンス君は無に近い表情のまま首を横に振る。
「かりそめの平穏にしがみ付いても、何も変わりませんよ。ここをうやむやにしたままでは、俺達は一歩も前に進めません」
完全否定で、僕の真正面に立つ。
「解放されてからずっと、この日を待ちわびてました。近況報告は毎日してましたし、早速本題でいいですよね」
そう言って、通話ではできなかった話を、アルフォンス君はおもむろに語り出した。
「これはまだ表に出してない情報なんですけどね。執事のテディベアが使ったレーザー銃は、俺が職務で持ち込んだものだったんですよ。肌身離さず所持していたんですが、転移で奪われたようで」
いきなりとんでもない話をしれっと暴露する。
警察官が奪われた銃で人が射殺された。日本でなら大問題確実な内部情報をあっさりと漏らすのは、僕がすでに大半の情報を掴んでいることを承知しているからなのだろう。非公開のものですらも。
「まあ、問題はありません。人知の及ばない不可抗力の現象だと認められましたし、機動城内で記録された電子データはやっぱり全部飛んでましたからね。銃に残された情報から判別できるのは、エネルギーの残量から推定される撃った回数だけ。証拠は機動城とともに消え失せました。いつ誰がどこで撃ったかなんて、まして――ジェラールを即死させた最初の一発が誰の仕業かなんて、あれだけ連射された後では証明できません。俺とあなた以外には」
僕を見つめながら淡々と語るアルフォンス君に、僕は痛恨の思いで唇を嚙む。
クマ君が撃ち始めたのは、二発目からなのだ。一発目の直後、直ちに転移で銃を奪い取って、あの暴走行為を演出してくれたのだ。
つまり、その直前の銃の所持者こそが――。
僕の苦悩の表情を見て、彼はふっと笑い、まるで冗談のように言った。
「ああ、やっぱり、俺がジェラール・ヴェルヌを殺して正解でした。あなたはもう、俺から離れられないでしょう?」
努力を重ね、誰にも恥じることない道をまっすぐ歩いてきたはずの警察官だった彼の口から出る迷いのない口調に、僕は泣きたくなった。
ジェラールは僕が殺すはずだったのに、一番守りたかった大事な弟に手を汚させてしまった。初対面とはいえ、血の繋がった祖父を。
僕と違って、人を殺す覚悟を決める時間すらろくになかっただろうに。けれど誰かがやらなければならないことなら自分がやると、彼もそう決断できる人間だった。
それも、僕を守るために。僕を繋ぎ止めるために。
以前『あなたを守るためなら何でもする』と言ってくれた言葉を、僕はもっと重く受け止めるべきだったのだ。基本的に有言実行の男なのだから。
あの場においてすら、僕は一方的に守る立場のつもりでいた。彼も本気で同じ思いでいることなど真剣には考えもせずに。
いつも身近にいる弟の感覚が強すぎて、彼が銃を扱えるプロである認識が欠けていたのかもしれない。
そしてそんな彼を――僕と同じ場所まで堕ちてきてしまった彼を、一人見捨てて逃げるなんて、確かに僕にはできない。
僕の願いは、いつだって彼の幸せなのだから。
僕は力なく答える。
「見事に出し抜かれてしまいました。君が銃を持ち込んでいることは知っていたのに、うかつにも程がある。あの状況で、本来騒ぎを収めるべき立場の君がずっと静かだったのは、事を起こす機会をうかがっていたからだったんですね。僕と同じく」
だから、周囲が混乱すればするほど都合がよかった。隠し持っていた銃でジェラールを殺すタイミングを、神経を研ぎ澄まして待っていた。僕が起こした騒ぎは、絶好のチャンスだっただろう。
一歩近づく彼から、僕も一歩後ずさる。
「俺に触れられるのが怖いですか?」
「――ええ……怖いですよ……」
偽らざる本心を答える。僕は今、初めてアルフォンス君を怖いと思っている。
アルフォンス君は責めるよりも、むしろ呆れるように問いかけた。
「それは、あなたが酷い人だと自白しているのと同じことですよ? 人間は自分の姿を相手に投影するものです。そんなに恐れるようなことを、あなたは俺にするつもりだったんですか?」
「――弁解の余地もありません」
僕は素直に自分のずるさを認めるしかない。確かに酷い人間だ。自分がされる立場になったら、こんなにも拒絶感があるのに。
そんな僕を、アルフォンス君は皮肉気にふふ、と笑う。
「俺を怖がるなんて、おかしいですね。この世界で、あなたに敵う人間なんてもういないでしょうに。だってコーキさん、俺がゲームの最終勝利者として相続するはずだった遺産のほとんどを、土壇場で横取りしていったでしょう? 本当に反則レベルの魔法ですよね」
「――気がついて、いたんですね……」
「さすがに、最低でも最終ゲームの参加人数分はあるはずの魔法が、一つしか俺に来なければね。そんなことができるのはあなただけだと分かりますよ」
アルフォンス君が肩をすくめた。
実は機動城の離脱直前、僕はアルフォンス君に渡るはずの魔法を、全力で奪いに行っていた。
本当に欲しかった魔法は一つだけだったが、あの限られた時間で選別している余裕はなかったから全部に手を伸ばした。――結果、皮肉にも肝心の一つだけが僕の手をすり抜けた。
とはいえ、彼の受け継ぐべき遺産のほとんどを僕が掠め取ったのは間違いない事実で、一度きりの機会が終わってしまった以上、もう戻してはやれない。
「設計図だけなら、君に権利を返せると思いますよ?」
「いりませんよ、そんなもの。世の中を混乱させるだけの技術でしょう。あなたがずっと死蔵してくれればいいと思います」
ちょっとシャレにならないやらかしがバレていて冷や汗ものだったが、アルフォンス君は特に気にしてもいないようだ。
その余裕の理由は分かっている。
完全に立場が逆転してしまった。
「――何も、問題ありませんよ。ほとんどをあなたに持っていかれましたが、俺がどうしても欲しかった魔法――ただ一つ『洗脳』だけは、俺のものです」
穏やかに微笑むアルフォンス君から、言い知れない圧が滲んでいる気がした。




