解放後
ジェイソン・ヒギンズの館での出来事は、生還者達の証言により、センセーショナルなニュースとして世界中を駆け巡った。
機動城遺産相続殺人事件――僕の出した推理小説になぞらえて、今はそんな呼ばれ方をしている。
生還者達はそれぞれ診察の後、事件の聴取や機動城内での出来事の聴取、適宜手厚い精神のケアなどにかかっている。もちろんクロードだけは病院に直行し、緊急手術後入院コースだ。
キトリーを殺したイネスは、取り調べやいろいろと複雑な手続きなどで特に大変だったようだが、読み取られた記憶から嘱託殺人が証明され、罪科が付くことはなさそうだった。双子やその父であるキトリーの夫との関係性は、これから長く続く課題になるだろう。健闘を祈っている。
ちなみに何の資格もない僕がクロードに行った医療行為は、緊急事態だったために不問となった。まだ直接会ってはいないが、無事退院した本人から、後日モニター越しの通話でお礼を言われた。相変わらず軽い調子だったが、何か含むものがあったようにも感じられ、僕はそれを徹底してスルーした。
あれからひと月ほど経つが、僕は一度も自宅には戻っていない。事件関係者の誰とも、アルフォンス君とすら一度も会うことなく、チェンジリング専用の宿舎の方にお世話になっている。
イネス以外は、みんな事件に巻き込まれた被害者の立場だ。そのため、仕事に追われているアルフォンス君以外は、一通りの事情聴取が終われば自由の身ではあるのだが、今現在自由に歩き回っている者は一人もいないようだ。
というより、無防備に外に出られる状態ではなかった。
機動城での事件の話題はいまだ世間で醒める兆しがない。僕が当初予想した通り、『女王の亡霊』の呼称はあっという間に世間に浸透した。
狂気に取り憑かれたチェンジリングの王によって整えられた舞台で、遺産を巡って強いられた骨肉の殺し合い。閉じられた館で起こった死のゲーム。十五年前の事件の真相。オペラ座の怪人のごとく機動城に隠れ住み、遺産と自由を求めて自身の血縁を次々死なせていった囚われの怪物。そして最後には跡形もなく消え失せた館。
こんな面白いネタ、他人事だったら僕だって興味深く飛び付いている。ウィンチェスターハウスも目じゃない。
そのせいで関係者の僕達はマスコミに追い回される羽目に陥り、ほとんど身動きが取れなくなってしまったのだ。
チェンジリングとして国から保護されている僕が、むしろ一番マシな状態かもしれない。
つい先日には、うかつにも外を出歩いたジュリアンがあっという間にマスコミに囲まれ、事件について根掘り葉掘り聞かれてアワアワしている情けない様がニュースで流れた。事件後、僕と近況報告を連絡し合う仲になった双子達が「絶対ああはなりたくない」と声を揃えて言っていたものだ。
僕も同感ですと笑って返した。子供達も家族の悲劇と向き合いながら、何とか元の生活に戻りつつある様子に、通話を切ってからほっとした。
しかしとにかくやることがない。
これは燃え尽き症候群と言うものだろうか。
相続した『転移』の設計図の権利を円満に国に売り、一生どころか数十代先まで遊んで暮らせる大富豪になった。後は趣味や旅行など悠々自適な生活もできるのだが、正直何もやる気が起きないのだ。
家事ロボット完備の宿舎で、外に一歩も出ることなく快適な生活を送っている僕は、現在何の展望もなく、事件の調査協力やチェンジリング局の要請や事務手続きなどにただ機械的に応えるだけの、なんとも無気力で受動的な日々を送っている。
僕にはこちらに来て、必ずやり遂げると決めた目標があった。
十五年前の事件の真相を明らかにし、マリオンの無念を必ず晴らすと。
そしてその目標を達成し、命懸けの遺産相続からアルフォンス君とともに無事生還を果たし――やることがなくなってしまった。
せっかく『転移』の魔法を得たのだから、世間の過熱状況が冷めるまで、自分を知る人のいない静かな場所に旅行でも行けばよさそうなものだが、現実はなかなかそうはならない。
そもそも外国への移動などは密入国になるので端からアウトだが、国内限定でも割と面倒だったりする。
アルグランジュでは、魔法や超能力の類を持っている者はしっかりと管理されるので、僕も転移の異能持ちとして、晴れて国に登録された。チェンジリングに特殊能力チートは、そう珍しくもないのだが。
専用のチップを手に埋め込まれて常時ESP波的なものを観測されるという、誤魔化しが効かないちょっと嫌なシステムで、記録がはっきりと残るので、不審点があればすぐに調べられる。もちろん僕の手にも入っている。注射より簡単だった。
なので、アルグランジュ在住の能力者は、あまり軽々に異能力を使いまくると面倒ばかりが増え、かえって費用対効果が悪い――と言うのが共通認識となる。
ただし僕には、マリオンの魔法と言う裏技がある。
機動城でもそうだったが、アルグランジュの環境下でも、今の僕は無敵に近い。実のところ、その気になれば、厳しい監視の目など、簡単にかいくぐって魔法の使い放題も可能だった。
まあ僕の望みは平穏な生活なので、それが続く限り、魔法なんて平凡とは対極にある力などそうそう使う予定もない、と言いたいところではあるのだが。
重要視している情報収集だけは、例外としてこっそりと魔法を多用している。
特にアルフォンス君とは、機動城で気まずい別れ方をしてから一度も会っていないので、心配で折を見ては魔法を使って密かに様子をうかがっている。何なら機密情報だって難なく入手していたりする。
別に会えないわけではないのだ。
監視や警護くらいは付くかもしれないが、特に行動の制限はされていない。自己責任の下に動くのは自由だ。
その気になればアルフォンス君に会いに行けるし、そもそも毎日向こうから連絡が来る。その都度、現状報告や体調の心配など、当たり障りのない会話に終始し、じゃあまたと通話を終える。お互いに本当に言いたいことは切り出せないまま。
なんだかんだ理由を付けては直接会うのを避けているのは、僕の方だった。
警備や報道規制など諸々調整が済んだので、もう自宅に帰っても大丈夫だと、チェンジリング局の方から言われているのに、今もあえて寮の方で世話になったまま。
しかしそれも、今日までだ。
事件後、明日初めて、アルフォンス君と会う。
十五年間、機動城に囚われていた父親のセヴラン、双子の弟のルシアンの遺体が、捜査当局からようやく家族の下へと返されるのだ。その葬儀がある。
家族との最後のお別れだ。アルフォンス君と一緒に、当然僕も見送りに行く。
そこが、決着の時となる。
少し怖気づいている自分がいる。彼は僕の秘密に気が付いた。僕が最初から、とんでもない裏切りをしていたことに。
機動城内では保留にされただけで、無条件に許されたなんて思っていない。モニターでのやり取りはいつも通りに見えるが、内心では何を思っているのかは、むしろ前と変わらな過ぎて読めなかった。
僕達はこの先どうなるのだろう?
どんな結末が待っているのだとしても、いい加減覚悟を決めなければならない。僕はもはや俎板の上の鯉なのだから――。
全ては、彼の出す答え次第だ。




