提案
出し抜けの誘いに、彼女達だけでなく、アルフォンス君も「え?」とばかりに視線を向けてきた。
「昨日も思いましたが、正直僕はアルフォンス君に付いていくだけで、特にやることがありません。同伴者が少しくらい増えても問題ないでしょう。もちろん君の仕事の邪魔にならないように気を付けます」
目の離せない幼子ならともかく、中学生二人の引率くらいなら僕でもできるだろう。
ちなみにこの提案は、特に何らかの思惑があるわけではなく、単純に僕個人の善意だ。
世界でわずか十三人だけが足を踏み入れることを許されたこんな空前絶後のワンダーランドにやってきながら、思わぬ災禍に巻き込まれた十三歳の少年少女。
結果、鬱気味の母親と同じ部屋に一日中閉じ込められる羽目に陥った鬱屈を、気の毒に思っただけのこと。
なので、僕達が信用できないからと、保護者のイネスが許可を出さなかったり、あるいは子供達が同行を拒否するなら、そこで終わる話だ。
返答はどちらでも構わない。
ストレスや危険性などのバランスを考慮した上で、判断は自己責任でするものだ。どんな事故や罠が潜んでいるかなど、誰にも分からないのだから。
イエスなら、力の及ぶ範囲できちんと責任を持って面倒は見るつもりだが。
アルフォンス君は少し戸惑った様子で、自分の仕事と、僕の手持無沙汰さ加減と、子供達の意気消沈具合と、様々な危険性などを天秤にかけているのか、少し考えていた。
やがて、苦笑気味に口を開く。
「コーキさんが大丈夫なら、俺はどちらでも」
「では、あなた方の返事次第ですね」
相棒の了承を取り付けてから、再びイネス達に向き直る。
「まあ、こちらの探索計画に従ってもらうので自由行動は無理ですが、部屋に閉じこもっているよりは観光でもしていた方が気晴らしになるでしょう。もちろん帰る時はきちんと部屋まで送りますよ」
ルネは、多分胸の内では返したい答えはすでにあるのだろうが、勝手に応じることもできず、イネスの反応をうかがうようにちらちらと見る。
「そうね。じゃあ一緒に連れて行ってもらえる?」
意外にも、イネスはあっさりと頷いた。
「おばあちゃん……でも、お母さんは……」
一瞬喜んだ自分に罪悪感を持った表情のルネに、イネスはあっけらかんと答える。
「キトリーは私が見てるから、あんた達は息抜きしてきなさい。ずっとあの部屋にこもってたら、あんた達まで病んじゃうわ。その代わり、絶対にコーキさん達の傍を離れちゃだめよ」
「うん!」
今日会ってから終始浮かない様子だったルネの表情が、初めて緩んだ。
「自分で提案しておいてなんですが、よくお孫さんから目を離す気になりましたね?」
祖母と孫のやり取りを見ながら、僕は思わず率直に疑問を呈す。
正直昨日会ったばかりの他人として、そこまで信用されているなんて自惚れはない。アルフォンス君だって、甥とは言え、長年ギスギスした関係性だったはずだ。
「まあ、この中で十五年前の事件に一切関わっていないのは、孫達とコーキさんだけだものね」
なるほどと、イネスの答えに納得した。
一族とまったく関係のない部外者であるクルス・コーキが一番信用できるというのはなんとも皮肉な話だ。
アルフォンス君についても、イネス自身がマリオンを犯人と証言し続けてきた点での確執は少なからずあるが、やはり事件当時子供だったことと、現職が警察官であることから信用度は比較的高いのだろう。
それにしても、裏表のない性質の分、意外と善良だなと感心する。こんな環境下で、人を信じられるとは。僕なんてアルフォンス君以外誰も信用していないのに。
それから、ほとんどアルフォンス君を素通りするように決まった形になってしまったことに、改めて詫びを入れる。
「アルフォンス君、勝手に決めてしまってすいませんね」
「構いませんよ」
僕の子供好きを知っているためか、特に気にすることもなく笑った。
そんな僕達のやり取りを隣で見ながら、どこか懐かしむような口ぶりで、クロードが呟いた。
「マリオンも、子供好きだったな。十五年前もこの屋敷で、率先して俺達と遊んでくれてた」
「――そうですか。僕は、マリオンさんにいろいろと似たところがあるみたいですね」
僕はマリオンさんではありません、の決まり文句から、適当に受け流す方向性にシフトチェンジだ。僕もそろそろ面倒になってきた。
まあ暗に、似ている他人だとしっかり主張しているようなものではあるが。
「そういえばコーキさんは、チェンジリング前は医者だったのよね?」
「はい」
僕達の会話に、イネスが割って入ってきた。肯定した僕に、不満そうな報告が続く。
「昨日部屋に帰ってから気になってテディベアに訊いたら、ここでのケガとか病気には一切対応してくれないっていうのよ。これだけロボットが揃ってて考えられないわよね。治療薬すら用意してないっていうのよ。こんな物騒な場所で!」
「マジか」
イネスの言葉に、クロードが眉間にしわを寄せる。
アルグランジュ基準で言えば、世の中に溢れているロボットは、傷病人を発見した場合、即座に救急搬送の通報をするとともに、その場で可能な手当てもするのが当たり前だ。
平時ですらそうなのに、何が起こるか分からないこの機動城で、怪我をしても自分で何とかするしかないという状況はなかなかにスリリングだ。
「コーキさん、もし万が一のことがあったら、治療してもらえる?」
「ええ、それはもちろん僕にできることでしたら」
イネスの頼みに、僕は快く応じる。
日本にいた頃も、医者だと分かるとすぐ個人的な健康相談など当然のようにもちかけられては、「きちんと医療機関にかかってください」と答えたことは多々あったが、この特殊な状況下での要求ならやぶさかではない。別に無差別殺人鬼を目指しているわけではないので、必要性が生じれば、義務などなくとも可能な限りの手助けはするつもりだ。人でなしになる相手くらいちゃんと選別する。
「無資格者の医療行為は違法なんですが」
すかさずアルフォンス君が、牽制の忠告をイネスにした。
別に警察官として杓子定規に法を振りかざしているわけではなく、僕を案じての横やりだ。下手に治療に手を出した結果、その相手が最終的に助からなかった場合、僕の責任が追及されかねない。その辺は警察官というよりも弁護士寄りの感覚かもしれない。
彼は本当に僕の安全と立場を、いつでも最優先で考えてくれている。
僕は安心させるように笑みを返す。
「ふふ、心配はいりません。こんな何もない場所では、医療行為と言うほどのことなど何もできませんよ。止血とか固定などの応急処置か、対症療法の判断がせいぜいでしょう。仮にこの国の医療機器があっても、僕には使いこなせませんしね」
まあ、軍曹の時代の欧米の医療器具なら、大分古いが多分使えはするだろう、とは言わない。この屋敷だったら、もし備えられているならそっちの可能性の方が高い気はするが。
安心させるために答えた僕に、クロードも賛同する。
「結局は、死ぬまでの時間を少しでも引き延ばせりゃ御の字ってもんだろ。どんな状態でも、とにかく機動城から生きて出られさえすればいいんだから」
「そういうことですね」
物事を単純かつ合理的にまとめてくれるクロードはなかなか重宝できる人材だなと改めて感心しながら、僕も気楽に相槌を打った。
こちらの救急車には、マリオンの体の時間を十五年間停止させていた例の装置が常備されているので、本当にそこまで死にさえしなければ、状態を維持したまま病院へ直行となってほぼ確実に助かるわけだ。
実は僕の魔法を使えば、アルグランジュ基準のかなり高度な治療も可能になるかもしれないが、それは言う必要のない話だ。試してみるつもりもない。
「何もない場所での、治療か……」
ベルトランが独り言のように呟き、何かもの言いたげに僕をちらりと見たが、すぐに視線を逸らした。
僕の治療に不安がある――という感じでもなかったが、真意を伝えるつもりもないようなので深追いはしなかった。
しかしあの意味深な視線は、少々気になるところだ。一応気に留めておこう。




