朝食3
年下の従弟二人によるキトリーの思い出話に、当時の目撃者の重要な客観的情報として、僕は興味深く耳を傾ける。
今のところ、影が薄く控えめな普通の母親といった姿しか見せていないキトリーだが、かつての姿はイネスの無遠慮さをそのまま受け継ぎ、しかも若さゆえ思慮分別もなく衝動的な分だけ余計タチが悪いタイプだった、というのが彼らの感想だ。
二つ年下の従弟のラウルとは仲が良く、その様子は気の強い姉と引っ張り回される弟みたいだったとも。
ちなみにマリオンとルシアン姉弟への評価は、暴走気味な天然の姉と、それをフォローするしっかり者の弟だそうだ。どうにも年少者達からのマリオンの評価が、ちょいちょい残念な気がする。
おっと――もう少し聞いていたいところだが、時間切れだ。
「その話題はそろそろ終わりにしましょう」
会話の途中で割って入る。突然の強引な制止で、僕に視線が集中した。
僕はあえてドアの方を見ることで、一同の視線を誘導する。
まさに丁度のタイミングで、ルネを連れたイネスが戻ってきた。
みんな「ああ」とばかりに素知らぬ顔でキトリーの話題を切り上げる。イネスならまだしもルネの前で、弱っている母親のあまり芳しいとは言えない思い出話を披瀝するほど無神経な人間はいないようで何よりだ。というか、そういう傾向が一番強いのは、多分彼女の祖母のイネスなのだが。
ルネは、昨日の明るさとは打って変わって、見るからにどんよりと沈んでいる。
「おはよう」
「おはようございます」
僕達は昨日の出来事などなかったかのように、できるだけ普通の調子で挨拶をした。
「…………」
ルネは無気力なわずかばかりの会釈を返すだけだった。
そんな態度にはあえて触れず、僕は昨日と同じように話しかける。
「ちょうど食事の用意が整ったところですよ。ルネさんの口に合うといいのですが」
不安がる子供に、動揺した大人の姿を見せるべきではないし、だからと言って不自然に明るく振る舞う必要もない。
逃亡不可能な非日常空間で今一番必要なのは、「日常」を保つことだろう。幸い今ここにいる面々はそれを理解しているようだ。
僕は先程ギイ君が据わっていた席へと二人を促した。イネスに頼まれていた通り、ルネ用の朝食がすでに置いてある。
「ああ、ありがとう。コーキさん」
礼を言うイネスに寄り添われながら、ルネは席に着いた。
イネスも、食後のお茶だけを自分のクマ君に頼んで、その隣に腰を下ろす。彼女はなんだかんだで意外と環境に順応している。これがオバチャンの特性というやつだろうか。
「そういやお前ら、今日も機動城の調査なの?」
クロードさりげなく話題を振ってくる。こういう時、いい方向に空気を変えてくれるありがたい存在だ。
「仕事だからな。昨日の続きから始めるが、何も見つからなくても、滞在期間中は巡回も兼ねて続ける予定だ。一周目では見落とした何かに気付くかもしれないし」
アルフォンス君が答える。確かにミステリ的には、一回確認した後の場所こそ、犯行現場として狙い目なところがあるからな。警戒しておくというアピールは有効だ。
「俺もせっかくの機会だから、時間の許す限りは屋敷中見て回るつもりだ。どこかで鉢合わせるかもな。機動城の内装を詳細に知る建築家は、世界で俺だけってわけだ」
あえておいしい面だけを強調するように、クロードはのんきな自慢をする。
どうにも危機感に欠ける態度だが、アルフォンス君もあまり小うるさいことは言わなかった。
正直どうするのが一番安全なのかなど、この空間にあっては、正直警告のしようもないだろう。
備えあれば憂いなしとは言っても、一体どんな備えなら正解なのか。
一人でふらふら出歩いていようが、一人で部屋に籠っていようが、呼ばれるときは転移で呼ばれるし、相続された魔法で攻撃を受けることだってあるかもしれない。防犯のプロが考えるセオリー通りの危機管理には、この特殊な環境下でどれほどの意味があるのかという話だ。
想定外の災害にあった場合、奨励される基本行動よりも、なりふり構わないやみくもな行動で逆に助かったなんて例はいくらでもある。子供が避難訓練で習う「お(押さない)は(走らない)し(しゃべらない)も(戻らない)」なんて標語があるが、あれは子供の集団行動を全体的な観点から論じたもので、自分だけ確実に助かろうとするなら、絶対一人で猛ダッシュした方が生還率は高いはずだ。ただし後で追いついた仲間たちから非難囂々で総スカンを食らい、その後の避難所生活が厳しいものになる可能性も大となるが。
やはり部屋に閉じこもっていても安全とは限らないためか、クロードと同様の認識を持つ者は他にもいた。
「ああ、だったら、私もいろいろと見て回るつもりだから、どこかで会うかもしれないね。ジュリアン達も望めば連れていくが、多分来ないだろうな」
ベルトランも同様の予定を口にし、僕の視線に気が付くと、軽く説明を入れる。
「実は古美術品を扱う仕事をしているものでね。私にとっても、ここは興味深い作品の宝庫なんだ」
「なるほど。でしたらレプリカとはいえ異世界の芸術品ともなれば、確かに可能な限り鑑賞しておきたいところでしょうね」
僕は初耳かのように話を合わせるが、当然知っている。
僕の集めた資料にも、ベルトランは元々は作る側だったが、早い段階で芸術家としての自分の才能に見切りをつけて、作品を扱う側になったという情報は記されている。
幸いそちらの方が向いていたようで、三十代には独立して自分の会社を立ち上げている。
やはりどこの世界にも好事家というのはいるもので、まして進んだ科学社会だからこそ、古き良き物はより貴重となるのかもしれない。
ベルトランは七十になった現在も国内外を精力的に飛び回り、自らの目で見て買い付けては富裕層に販売している。そのこだわりの強い品揃えで、なかなか繁盛しているらしい。
「客室の絵画なども、じっくり鑑賞されたんですか?」
各自の部屋に堂々と掲示されているリストに気が付いているのか、反応を見てみるための質問だ。
「もちろん。持ち帰れないのがまったくもって惜しいね」
特に当たり障りのない返答を見る限り、現時点ではただの絵という認識のようだ。
他愛ない世間話をしながら、時折ルネの様子をうかがってみるが、僕達の会話にも興味を示さず、もはや義務のようにフォークを口に運ぶだけだ。
多感な少女には、昨日のあれはさぞショッキングな出来事だったことだろう。先程のギイと比べても、ほとんど食が進んでいない。昨日はあんなにドキドキワクワクと目を輝かせていたのに、今は痛々しくなるほどのテンションの下がりようだ。
僕は今日の行動予定を考えて、まあ特に問題はないかと判断し、イネスとルネに提案を投げかけた。
「僕達の調査に、よかったらルネさんとギイ君も同行しますか?」




