人影
「あまり一人で動かないでくださいよ? 誰かいて、反撃を受けなくてよかったですよ」
深追いしないでくれたことにほっとしながら、アルフォンス君に注文を付ける。
――なんて態度を装ってみるが、あくまでもただのポーズだ。
ここに一族全員揃っている状態で一人離れる分には、危険性などほぼない。
不測の事態を起こし得るのは、あくまでも生きた人間だけだ。その意味では、人のいる場に残される方が、余程危ういというものだ。
まあ僕には魔法もあるし、可愛い無敵のスーパー執事が付いてもいるので、どちらにしろまったく問題ないが。みんなも怖がったりせず、可能な限り有効利用すればいいのに。
「すいません」
謝りながら戻ってくるアルフォンス君に、誰もが詳細な状況説明を求める。
「あのタイミングで、誰も見付けられないなんてことあるの?」
イネスの問いは、全員の疑問だろう。
アルフォンス君も不可解そうな表情で頷く。
「はい。一切の気配も、見えた限りの扉が開閉した様子も、何もありませんでした」
ルネが叫んでから、アルフォンス君が確認に行くまでほんの数秒。食堂前の長い廊下から、完全に消え去ることなど物理的に不可能だ。
「うわ~……、ホントに亡霊……?」
間抜けな感想を漏らすのは、例に漏れずジュリアンだ。
しかしこの世界では、それも立派に可能性の一つなのだから、恐ろしいというか笑えるというか。
「普通に考えりゃ、隠し通路とかだろ?」
クロードが呆れたように半笑いでツッコむ。
アルフォンス君も、更に別の可能性を挙げた。
「機動城サイドの存在なら、転移で消えた可能性もあるしな。遺産の予想リストには、ステルス技術もあった。確認できないから気のせいや見間違いだとは、言い切れない」
消失トリックの種明かしが「魔法かも?」という時点で、本当に推理するのも馬鹿らしい環境だ。
「本当に誰かいたのか?」
ベルトランが、キトリーと双子達に問いかける。
「――もういや、早く帰りたい……」
テーブルに突っ伏して嘆いているキトリーは、答えられる状態ではなかった。
母親を挟むように座っている双子の内、ギイが首を横に振る。
「僕はお母さんの方を見てたから、分からない……」
必然的に視線は、目撃者のルネに集中する。
「絶対に誰かいたわ! お母さんがあっちを向いた瞬間に表情が変わったから、私も見てみたら、人影があったの!」
ルネは迷わず言い切った。
キトリーの悲鳴で、ギイはまず母の方を気にかけ、ルネは母の悲鳴が上がる前に、いち早く視線の先を気にかけた――その差のようだ。やはりこういうのは、女の子の方が目ざといのかもしれない。
「一瞬だったから、特徴は水色の髪だったくらいしか分からないけど……」
「――水色の、髪……」
大人組が、言葉を失う。
ジェラール・ヴェルヌの血を引く一族は、水色の髪が多い。僕も赤く染めてはいるが、マリオン本来の髪は水色。黒髪のアルフォンス君のように、違っている方が少数派だ。
そして現在の行方不明者は、レオンを含めて全員が水色の髪だった。
結構なことだ。実に面白くなってきたじゃないか。
やはりミステリーはこうでなければ。
ある意味盛り上がりを見せている展開を、僕だけ淡々と観察している。
可能なら「亡霊様の祟りじゃあ~~~っ」とか無闇にハイテンションではっちゃけてくれる村の老婆も発注したいくらいだ。
「ま、まさか……本当に、殺されたはずの誰かが生きてて、復讐のために暗躍してるっていうの?」
アデライドが呆然と呟いた。その誰かとは、もしかしたら弟のラウルかもしれない――という戸惑いだろうか。
少し前なら、彼女にとってそれは手放しで喜べる想像だっただろう。
だが真相の一端として、ラウルはただ一方的な被害者ではなかったらしいとも判明しているだけに、表情は非常に複雑そうだ。
ずっと被害者遺族の立場でいたが、もしかしたら逆だったかもしれないのだ。
――真相の全体像は、依然として闇の中。
「――もしラウルなら……生きているなら、やっぱり戻ってきてほしいわ。遺産とか、報復とか、余計なことは考えないで……何か罪があるならちゃんと償って、人生をやり直すことを考えてほしい。家族として支えるから……」
アデライドは、どこかで聞いていてくれることを期待しているのか、苦しそうに心情を吐露した。
「アデライド……」
父親のベルトランは、それ以上声もかけられずに娘を見守る。
「――――」
実にまっとうなご意見だなと、僕は他人事として眺めやる。
他の大半の親族も、どこかしんみりと同情や共感を滲ませている様子だ。
ただし、父親の仇をある意味果たしたといえるクロードと、被害者遺族でありながら、ずっと加害者家族としての扱いも受けてきたアルフォンス君は例外だが。
虫がいいことを――と、二人がいい気がしないのも無理はないところだ。
理性や合理性の度合いは人それぞれ。人は感情の生き物なので、個人的なきれいごとに文句を言うつもりはない。
むしろアデライドの態度は人として立派な方だ。もし立場がひっくり返ったなら、ひっくり返ったなりの、身の処し方や心構えというものはあるのだろうから。
ただ、実に滑稽だなと、皮肉な気分にはなる。
こんな光景を目の当たりにすると、ふと思ってしまう。
あまりにも手の込んだ舞台装置で繰り広げられるこの類の三文芝居を、この機動城のどこかにいるはずのたった一人の観客は、どんな感情でもって観覧しているのだろうかと。
一方、謎の人影に戸惑っている親類一同をよそに、アルフォンス君は、黙々と自身の仕事用のブレスレットを操作していた。
みんなにも見えるように、大画面でのスクリーンを空中に映し出す。
「食堂前に仕掛けた監視カメラから、データをコピーしました。とりあえず該当時間の三分前から映します」
「っ!!?」
その宣言に、誰もが固唾を飲んで映像に目を向けた。
アルフォンス君が戻ってくるまで少し時間がかかったのは、誰もいないのを把握した時点で、隠しカメラからデータを回収していたからだったわけだ。
それにしても仕掛けたばかりの監視カメラの出番が、まさかこんなにすぐやってくるとは。
モニターには、何の変哲もない無人の長い廊下が映っている。動きがないので分かりにくいが、画面下の時間表示から、早送りしているのが見て取れる。
何も起こらないまま、扉から飛び出してくるアルフォンス君の姿が確認できた。
左右を素早く見回し、即座にブレスレットを操作しながら移動するアルフォンス君。その掌が近付いてアップになったところで、画像は終わった。
「――やっぱり、亡霊~~?」
しばらくの沈黙の後、ジュリアンの声だけが響いた。




