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移動

 先程の惨劇は幻覚だったのではないかと疑いたくなるほど、サロンは元の平和な姿へと戻っていた。


 血なまぐさい光景が消え去ってくれただけでも、その場の恐怖と緊張が目に見えてほぐれる。


「何? 軽蔑する? あんた、医者だったんだもんなあ」


 ふと僕の視線に気付いたクロードは、自嘲気味に笑った。


 間接的にとはいえ、血の繋がった従兄を無残な死へと追いやってしまったことに後ろめたさを覚えるのは、人間としてまともな証拠だ。

 この場で一番平然としている僕が癇に障るのも無理はない。八つ当たりがつい抑えきれなかったとしても、むしろ微笑ましく思うだけだ。


「そうやさぐれるものではありませんよ。医者などただの職業で、人間性とは何の関係もありませんしね」


 あえて軽い調子で、ブラックジョークを返すが、やはり僕の冗談は笑えないらしい。事実を言っただけなので、どこが可笑しいのか自分でも分からない。むしろ個人的な見解としては、医者なんて変わり者だらけだ。僕もその一人だったわけだが。


 そして更に率直な心情としては、僕は彼が心の底から、妬ましいほどに羨ましい。

 これほど堂々と、そして公然と親の仇を地獄へ送り込む一端を担えた彼には、憧憬のまなざしと喝采を送りたいほどだ。


 もちろんそこまで言うつもりはないが、その代わりに別の本心を口にする。 


「それにレオンさんに意図的に追い込みをかけた点では、僕にも責任があります。彼がゲームから解放された後、僕達に危害を加える意思があるかどうか、あの場で確かめる必要がありましたからね。結果として、彼には害意があったことが判明したわけです。最終的には彼自身の沈黙による自滅でしたが、もし君がやらなくても、僕がやっていましたよ。仮に罪を問われても、僕は正当防衛を主張します」


 僕は悪びれもせずに断言する。傍にレオンの家族がいるからこそ、そこの部分の見解は明確に表明しておきたい。


「――そうですね」


 アルフォンス君も、決まりの悪そうな表情で僕の発言に続いた。


「それを言ったら、俺も共犯になりますね。警官失格ですが……。レオンは、解放されたら俺達を……そして、敵意を持ってコーキさんを襲うつもりでいたのは、真偽判定からも一目瞭然です。それを考えたら、どうしても助けるべきだとは思えませんでした」


 真面目に自戒するアルフォンス君を、しばらく無言で見返していたクロードは、不意に雰囲気をガラリと変えて半笑いを浮かべる。


「それはいいけどお前、いつまでその態勢? どさくさにまぎれすぎじゃねえ?」


 そうツッコむ様子は、すでにいつもの調子に戻っていた。


 言われたアルフォンス君もはっと気が付く。

 遺体に駆け寄ろうとした僕を抱き留めた時のまま、いまだに僕は後ろから抱え込まれて身動きができない状態でいた。


「それには僕も同意見です。これ以上は、怯えてママにしがみ付く坊や扱いをしますよ」

「すいません、勘弁してください。それくらいならまだセクハラ扱いの方がマシです」


 名残惜しそうに、アルフォンス君は僕から腕を離した。


「あ~、じゃあ俺、坊や扱いでいいから抱きしめて慰めて」

「お前、調子に乗るなよ?」


 早速従兄弟同士のじゃれ合いが始まりかけるが、僕はそこにストップを入れる。


「それより、食堂のオーダー締め切りまで十五分ほどしかありませんよ。急いでいかないと、夕飯を食べ損ねてしまいます」


 僕としては当然の提案をしたつもりだが、僕を見る皆さんの目が唖然と非難の半々で集中してきた。

 「今それ!?」と言いたそうだ。――僕だって、空気は読めるのだ。取り繕うかどうかは別として。


「ちょっと、こんな時に夕飯の心配!?」


 アデライドが、信じられないと言わんばかりに僕を睨んだ。


「僕は三食しっかり食べる主義です」

「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」


 しれっと答える僕に、ツッコミが素早く入る。

 これまでは弟の仇として僕に突っかかり気味だったが、今のはただの言いがかりというわけではないようだ。


 この状況で、直接のメンタルダメージが比較的少ないベルトラン一家が、打ちひしがれている面子のケアに動き始めている。


 なるほど、確かにこれは僕もうっかりしていた。誰もがすぐに通常運転に切り替えられるわけではない。

 悪党とはいえ目の前で息子を殺されたベレニス、記憶をいじられていた事実に愕然とするイネスとヴィクトール。ヒステリックに嘆く母親と、自らもショックを受けながらもそれをなだめようとする子供達――さすがにこのまま放置はできない。


「では全員で食堂に移動しましょう。どの道みなさんこの場所はすぐに出たいでしょうし」

「だから、何で食堂なのよ。部屋で休ませてあげればいいでしょ」

「僕も、ご飯はいいからもう部屋にこもりたい……」


 アデライドの提案に、その息子のジュリアンも疲れ切ったように同意する。


「これで終わりなら、それでもいいんでしょうが」


 僕の言葉の含みに気付き、誰もが絶望的な色を顔に浮かべる。


「可及的速やかに、()に備えての話し合いが必要だと思います。またいつあれが始まるかなど分からないのですから。話し合いができる各家庭の代表者だけでも構わないのですが、お子さんや今は一人にしておくべきでない方達と離れるのは望ましくありません。だから、全員で食堂へと言いました。場所もここから近いですし、参加できないなら、傍でお茶でも飲みながら休んでいてもらえばいいでしょう」

「――憎たらしいくらい、あんたは冷静ね」


 素直に納得するのが癪だったのか、アデライドが忌々し気に言い返す。しかし発言内容については、どうやら異論はないようだ。


「まあ、年の功に加えて、この場で唯一の部外者なので」

「今は、その方が助かるのかもね」


 そっぽを向いて溜め息混じりに呟きながら、一応は僕の存在を認めてくれたらしい。

 床に座り込むベレニスに手を貸しながら、ヴィクトールの方を助け起こすようにと、ジュリアンの尻を叩く。

 床に手を突いていたままのヴィクトールは、少し前の粗野な振る舞いがなりを潜めて、すっかり別人のように見えた。


 その場のやり取りを見ていて、ラウルのことさえ絡まなければ、アデライドはなかなか頼りになるのだなと感心した。

 いや、情に厚いからこそ、僕に対しても最初から感情的になってしまっていたのだろうが。イネスとは違ったタイプのオバチャン像とでも言った感じだ。

 今の彼女からは、なんとなく職場にいた看護師長の青木さんを思い出す。気が強くてちょっと怖いしっかり者のカアチャンといった感じだ。


「では、全員で食堂に移動しましょう」


 移動できる体制になったところで、もう一度言った僕に、反論する人はいなかった。

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