幕間・実父の苛立ち
今回は時間が無くて短めです。読者の皆様には申し訳なく思っております
ケインは普段より僅かに大きな足音を鳴らしながら、王宮の廊下を進む。
彼の生家であり、今はケイン自身が当主の地位に就いているリーヴス伯爵家は、建国時より王家に仕えてきた忠臣の中の忠臣と評される家系だ。
その事をケインを含めた歴代当主たちは非常に誇らしく思っていたし、リーヴス伯爵に連なる者は身命を賭してエルメニア王家に仕えることは当然だと考えている。
(その為に使った娘が、まさかドラゴンの研究を始めて成功までするようになっていたとは)
ケイン自身、アメリア自体に何ら興味はなかった。ただ王家に仕える為には人手が必要、その為の役に立たせるために、同じく王家への忠誠心が厚いターニャと結婚して子供を産ませ、執事や使用人、教育係に育てさせていた。
その過程については軽く報告を受けていたが、ケインは宮廷での仕事で多忙だ。直接顔を見せに行こうと思っていなかったし、アメリアや息子も問題さえなければ別にいいと考えていた。
だからこそ、実の娘を王女の身代わりにすることに躊躇いはなかった。血が繋がっているとはいえ、顔も見たことがない相手だ。情など湧くはずもない。
(だがよりにもよって、得た知識をエルメニア王国の為ではなく、アルバラン帝国の利益の為に使っているとは……っ)
ベルナールの言葉に間違いはない。結果として、自分は自らの手駒の性能を見過ごし、帝国へみすみす渡してしまった形となった。
所詮はまだ何の能力もない子供、同年代の主家の王女の身代わりにするには丁度良いし、幾らでも替えが効くと思い込んでいた結果がこれだ。
仮想敵国であるアルバラン帝国は、自らが切り捨てた娘によってドラゴンの力がもたらされようとしている。
(そのおかげで、陛下から失望と叱責を買う羽目になろうとは……!)
その事が、ケインにとっては何物にも代えがたい屈辱だった。
建国時からの忠臣……これに付随する名誉と尊敬、そして信頼はケインたちリーヴス伯爵家の自尊心をくすぐるには十分すぎるものだ。
特にケインは、エルメニア王国の発展に著しく貢献して王家に忠誠を示すと同時に、歴史に自らの名を残すことを目標としている……そんな彼にとって、取る足らない存在でしかなかったアメリアは、今やケインの障害でしかない。
(忠臣たるリーヴス伯爵家に生まれながら、国を捨てるような真似をするとは……実に腹立たしい)
巨竜半島で生き残り、更にはドラゴンの研究をして知識を得たのなら、エルメニア王国に戻って王家のために役立てるのが、リーヴス伯爵家に生まれた者として果たすべきことだというのに……ケインは顔も分からない実子の事を考えながら、足元の石でも蹴りたいほどに苛立ちを覚えていた。
(巨竜半島に捨てられた復讐のつもりで帝国に与しているのか? だとしたら実に下らない……アレはリーブス家の血に流れる誇りと責務を理解していないのか?)
一体教育係は何をしていたのか……損害を出したとまではいかないが、実の娘に完全に家名に泥を塗られた形となったケイン。しかもこの汚名は他国を通じて世界中に広まる可能性がある。
何しろ、カーミラが起こした傷害事件は、国際交流パーティーという場で起こっていただけに、その顛末は良くも悪くも話題になり過ぎた。
(このままでは七年前の真相が詳らかにされ、我々の名誉は地に落とされてしまう……)
人道と言うものは貴族や政治の世界では軽視されがちだが、甘く見ては痛い目に遭う。国の根幹を支える民衆の支持は、人道的観点から為政者が信用できるかを決めるからだ。
実際、歴史を振り返れば税金で私腹を肥やしたり、民衆の心身を不当に脅かし続けたことで、平民たちの怒りを買って滅ぼされた貴族や王族は枚挙に暇がない。
王家の保身の為だけに臣民を……それも幼い少女を生贄にしたという事実は、エルメニア王家にとっても、リーヴス伯爵家にとっても、公開されたくない弱みなのである。アルバラン帝国の面子に泥を塗るような真似でもあるのだから尚更だ。
(しかもその影響は既に、カーミラ王女の評判にも陰りを落とし始めている)
カーミラはエルメニア王国の国教である聖南創神会によって聖女として認められ、民衆の間で認知されているが、もしカーミラが聖女として祭り上げられるようになったエピソードが、王家とリーヴス伯爵家が作り上げた嘘八百だと知れ渡った時、聖女へのお布施として寄付金や物資を提供してきた国民たちが怒り狂うのは目に見えていた。
(ましてや、帝国におけるアメリアの評判は、実際の活躍に裏付けられている)
カーミラやその背後にある王家に教会が、聖女の力によって恩恵を与えてくれると期待され、国民から様々な恩恵を与えられながらも具体的な成果を上げられない一方、帝国でドラゴンに関するトラブルや、時にドラゴンの力を借りて様々な事件を解決に導いたことで聖女という評判まで得ているアメリア。
対外的にはカーミラが巨竜半島に送られたほぼ同時期に病死扱いになったアメリア・リーヴスと、帝国で活躍しているアメリア・ハーウッドが同一人物だと勘付く人間は既に現れている。
今は何とか情報統制が出来ているが、この事実が国内外に広く周知された時に、諸外国やエルメニア国民がどのような反応を示すのか、ケインにも想像できなかった。
(そうなった時に備え、本当なら国内外に向けて娘と和解したという名目で王国に連れ戻し、再教育を施してから、その知識を王家の利益の為……リーヴス伯爵家の名誉の為に利用するところなのだが……)
国民を騙し、偽物の聖女を担ぎ上げて利益を得ていた自分たちが、本物の聖女の如き活躍をしている実の娘を捨てたと知れ渡れば、リーヴス伯爵家は後世でも消えない汚名を被ることになる。
それだけは絶対に阻止したいケインであったが、事態は非常に深刻だった。
(第一皇子派は今、アメリアを帝国出身の人間として扱っている。探りを入れてみたが、すでに戸籍の用意も出来ているようだ)
帝国最大勢力である第一皇子派が戸籍を偽造しているのは間違いない。その点を徹底的に追求すれば、アメリアの身柄をエルメニア王国に返還させることが出来る可能性もある。
しかしその場合、エルメニア王国側は戸籍偽造よりも更に大きな不祥事を晒さなければならない。アメリアが自国の貴族だから返せと言えば、そのアメリアは病死したはずではないのかと言い返されるのは必至だ。
周辺諸国がエルメニア王国に対して抱えている疑惑に、確証を与えることになる。
(そうなれば、我々の国際的な信頼が地に落ちるか……っ)
本当に厄介な手口を使ってくれたものだと、ケインは舌打ちをする。
しかし、このまま第一皇子派が帝国を掌握し、国力を増強させるのを黙って見過ごすような真似は避けたい。
何よりも、このまま王家からの信頼を落としたまま何の対策もしないなど、歴史あるリーヴス伯爵家としてのプライドが許さない。
(場合によっては……強硬手段に打って出る必要があるか)
気が付いた時には既に手段を選んではいられなくなってきたケインは、実の娘に対して無情な策謀を巡らせるのだった。
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