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祝祭の夜・後編

書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!


「あーっ! 怠かったぁーっ!」


 パーティーが終わった直後、私は皇宮に建設された即席の厩舎に直行していた。

 なんかやたらとダンスの申し込みをされて、延々と踊らされてた気がする……今回のパーティーは話の合う学者先生とかじゃなく、政治関係者の参加がメインだったみたいだけど、そいつらが代わる代わるやってきては、踊りながらさりげなくドラゴンの輸出入について根掘り葉掘り質問されてた。


(そういうのは全部ユーステッド殿下とかセドリック閣下に全部押し付けてやったけど)


 どの領地にどんなドラゴンを……そんなもん私が決める事でもないしね。

 巨竜半島への出入りに制限がかかり、私に話を付けてもらおうっていう魂胆は分かるけど、ぶっちゃけ自分で聞きに行けよっていうのが本音だ。

 そんなとにかく怠くて退屈なパーティーも終わり、私は就寝前のリフレッシュとばかりにドラゴンたちの元までやってきていた。


「んー……皆起きてるみたいだね」


 ヘキソウウモウリュウを始め、シメアゲカエンリュウにゲンチョウヒョウムリュウ……期間限定という事で皇宮に受け入れられたドラゴンたちはいずれも夜行性ではない。

 けれど、人間と違って自由に生きている彼らは、日中にも眠ることが多いから夜中に動き回ることもある。


(特に飼育を始めてからは、外敵に襲われる心配も無くなってきたのか、日中に寝るパターンも多くなっているみたいだしね)


 しかし、それはそれで好都合。眠っていないなら、こちらも遠慮なく観察ができる。

 とりあえず、灯りの魔法で周囲を照らす。ドラゴンが眩しすぎないよう、発光源となる光の球で厩舎を囲むように、周囲四か所に置くことで、ドラゴンたちの身体構造の細かいところまで見られるように……と。


(ついでに、文字も見られるくらいちょっと強めにしようかな)


 私は小脇に抱えてきた資料の束を眺めつつ、そこに記載されていた文字がちゃんと見られるよう、光の強弱を調整していく。

 この資料は、私がアラネス湧水山に調査に出向いている最中、ティア様がアリステッド公爵令嬢……いや、今はもう平民だっていうからこの呼び方は不適切なんだけど、とにかくその二人が協力して纏めたものだ。


(内容は主にドラゴンと音楽の関連性についての観察レポート。そして数種のドラゴンが近場で暮らすことによる、互いへの影響か)


 周囲の光球を月明かりのように優しく、それでいて文字がちゃんと見られるくらいの強さまで調整し終えると、私は資料に書かれていた情報にワクワクさせられた。

 どうやら私が居ない間に、安全性が担保される範囲で色々試していたらしく、このレポートには私も知り得ず、私の発想には無かった実験と結果が記されている。


(特にゲオルギウスが自分以外の他の生物に対してどんな反応を示すのか、どんな音楽でならヒーリング効果が期待できるのか、それについて重点的に調べようとしていたみたい)


 気性の荒いシメアゲカエンリュウと共に生きていく上で、このドラゴンが人間社会に溶け込めるよう、ティア様なりに必要な知識を得ようとしていたんだろう。資料の文面からは、共存相手となるドラゴンへの深い熱意を感じ取れた。

 やっぱり自分以外の観察結果と言うのは得難いものだ。私には無い発想と視点で纏められていたレポートは、私を刺激してやまない。


「とりあえず、ここに書かれていることを色々確認してみようかな」


 まずは書かれていることを妄信せず、自分でも実験と観察を繰り返し、確認してみるのが大切だ。

 そう思って私は資料を読みながら、最初に確認することをルンルン気分で決めようとしていると、後ろから芝生を踏む音が聞こえてきた。


「やけに明るいと思った、何をしているのだお前は」

「あ、ユーステッド殿下。戻ってきてたんですね」

「今しがたな」


 振り返って見ると、そこには呆れ顔のユーステッド殿下が佇んでいた。

 一足先に会場から退散した私と違い、皇族の面々は来賓の見送りとか、後始末の指示とか、色々やることが多い。

 ユーステッド殿下もその例に漏れず、パーティーの後始末に勤しんでいたんだけど、それが終わって戻ってきたみたいだ。


「で? お前はこんな夜中にまでドラゴンの研究か? それ自体は構わんが、せめて着替えてからにせんか」

「いやぁ、面倒臭くって」


 実を言うと、今の私はパーティーの時に着ていたドレス姿のままだ。

 正直、パーティーが終わる前からティア様たちの資料内容の実験が気になって気になって……正直、朝まで待てないからこうして夜中に来たまである。

 

「まぁオズウェル領で色々あった直後のパーティーで、お疲れ様です」

「……いや、そこまでではない。今回のパーティーは、当初想定したよりかは楽だったからな」

「あー……なんかダンスの申し込みが想定よりずっと少なかったんでしたっけ?」


 そう言って、殿下はちゃんとした医師に診てもらって塞がった顔を傷を指でなぞった。

 ……今回のパーティーが開かれると告知された時、婚約者とかが居ない貴族令嬢たちはこぞって浮足立っていたという。美貌の第二皇子の相手になれるっていうシチュエーションに憧れみたいなのがあったらしい。


(でも殿下が顔に大きい傷を残したことで、そういう手合いが一気にいなくなった)


 パーティー会場でも、前まではユーステッド殿下の顔面に見惚れていた令嬢たちは、今夜顔を合わせた時には顔を青くしたり、表情を引き攣らせたりして、視線を殿下から逸らしていた。

 顔を抉ったような大きな傷を見て、貴族のお嬢様たちはなんか引いちゃったみたいだ。傷一つあるかないかで随分と大袈裟な話だとは思うけど、彼女たちの価値基準からすれば正常な反応なのかも。

 

「ある程度予想はしていたことだがな。ここまで露骨な反応を示されると、反応に困るというのが正直なところだ」

「でもその割には、スッキリしたって感じですけど」

「……そうだな」


 殿下は私の言葉を噛み締めるようにしてから頷く。


「私はこれまで、自分の評価を決めるのは結局他人なのだと思っていた。自己評価ほど忖度されやすいものはない。他人からの公平な意見こそが、私の価値を形作るのだと。そういう意味では、私はヒューバート・オズウェルの気持ちが分かるような気がするのだ」


 意外な人物の名前が出てきて、私は思わず資料から目を離す。

 私からすれば、ユーステッド殿下とヒューバートに共通している物があったようには見えなかったけど……。


「あくまで私の勘に過ぎんが、私もまた次期領主として教育を受けている身。ヒューバートの行いは決して許されるものではないが、後継者から外されたことで自身の価値を否定されれば絶望するだろうし、場合によってはあのような凶行に及びもするだろう……そう考えれば、私はあの男に同情を禁じえない」

「同情ですか?」

「そうだ……私は愛する者たちに胸を張れる皇族になりたかった。亡き母が安心して見ていられる男になりたかった。だから自らの評価を下げるような事態を避けたいという気持ちがある点では、私とヒューバート・オズウェルは同類だ」


 なるほど、だから気持ちが分かるってことか。

 まぁ大抵の人間……特に面子が無ければ人が従わず、仕事にならない貴族とかは『自分の評価が下がってもいいや』とはならないのは分かる。私とは立場が違うしね。

 顔が傷つくことを気にしていたのもそういう事なんだろう。少なくとも、外見を損ねることで、その部分を評価していた連中からの評価とやらは下がっていたし。


「あの河辺でお前が言ったことも、半分は正解だ。見つめ直してみれば、確かに私は人を見限るのが得意ではないようだが、それと同様に人を導く為政者になろうとしているのに、人を簡単に見限るという、矛盾した自分に失望したくなかったのかもしれん」

「へぇ、殿下にもそう言うところがあるんですね」

「当たり前だ。精進は続けるが、人間であれば浅ましい側面もある。それと向き合わずして成長も何もないだろう」


 でも私は、それが出来ること自体が素直に凄いと思う。

自分の嫌なところなんて、簡単に認められるもんじゃない。それに真っすぐ向き合って乗り越えようと足掻く人間が、この世の中にどれだけいるだろう。


「だからアメリア、お前の言葉には考えさせられた。何事も捉え方次第。この傷は確かに、社交界における私の価値を下げたかもしれんが、同時に表面的な賛美で誤魔化されたものではない、核心を突いた忖度のない評価を私の耳に届けるようになった。おかげで耳が痛い話も多く飛び込んできたが……まだまだ未熟な私には、このくらいが丁度いい」

「そっか……なら良かったじゃないですか」


 今のユーステッド殿下には、どこか清々しい雰囲気が漂っていた。

 甘い言葉よりも、厳しい言葉を向けられた方がありがたいなんて、本当にクソ真面目な人だとは思うけど、帝都に戻ってきてからは言い寄ってくるお嬢様連中の相手で疲れ気味だったし、我慢しながら言い寄ってくる令嬢たちの相手をしているよりも、こっちの方が生き生きとしてる。


「あぁ。これもアメリアのおかげだろう」

「私は別に何もしてないですけどねー」

「そうでもない。お前は自分が好き勝手な言動を繰り返していると思っているのだろうし、実際その通りではあるが、結果としてお前に救われた人間は数多くいるのだ……本当に大した奴だ、お前は」


 そう言って、ユーステッド殿下は笑った。

 表情を緩ませたことでまだ治ったばかりの傷は引き攣り、形を歪ませて、却ってその無惨な痕の深さを物語っている。

 きっと大抵の女から見れば、この傷は醜く映るんだろう……けれどどういう訳か、私の目には前までのユーステッド殿下と比べれば、今の殿下の顔の方が輝いて見えた。


「そうですか……まぁお世辞でも一応は有難く受け取っときましょうかね」

「何を言う。私はこんな時にまで下らない世辞など言わん。特に社交儀礼の必要がないお前に世辞など無用の長物だろう? お前に語り掛ける言葉は常に、私の本心によるものだ」

「ちょ……っ。そういう聞いてて恥ずかしくなるようなことは言わなくていいですから」


 相変わらず人を恥ずかしがらせる臭いセリフを素面で連発してくる人だ……でも何でだろう? 今日は一段と顔が熱くなってきているような……?


「とにかくっ! 私は今からドラゴン研究に勤しみますし、殿下も明日も忙しいでしょう? 早く部屋に戻って寝た方がいいんじゃないんですか?」

「言われなくてもそうするが、お前はその前に着替えろ」

「え? 普通に嫌ですけど? 何言ってんの? 頭大丈夫?」


 ユーステッド殿下のバカバカしい発言に、私は素で聞き返す。研究時間と言うのはどれだけあっても足りないというのに、どうして私がそんな時間のロスをしなくちゃいけないんだ?


「頭がおかしいのはお前の方だ! ドレス姿で厩舎に入って研究作業などありえんだろう!? しかもそのドレスは正妃殿下からの贈り物ではないか! それを悪戯に汚すような真似をするとは何事だ!?」

「服なんて着てれば自動的に汚れるもんなんですから良いじゃないですか。大体汚れても洗えば問題ないですよ」

「そういう話ではないわ、馬鹿者! しかも貴様の事だから、目を放たしたら徹夜して歯磨きも着替えも忘れるだろう!? こうなったら、力づくでも客室に放り込んだ後、侍女を呼び寄せて着替えさせて就寝前の歯磨きをさせてくれるわ! 研究に没頭しすぎて虫歯にならないようにな!」

「何ですって!? これから研究に集中しようとしてたのに、そんなお預け攻撃をしようなんて鬼畜ですか!? そんなこと、絶対にさせないんですからぁーっ!」

「待てぇーっ! 逃げるなぁーっ! 五分かけて隅から隅まで歯を綺麗にしてくれるわぁーっ!」


 誰かが言っていた。こういう夜会の日に二人っきりで合う男女は、ロマンチックな雰囲気に包まれるものだと。

 でも何事も例外っていうのがあるんだと思う。少なくとも、お互いにドレスと礼服姿のまま皇宮を鬼ごっこするという、格好以外はいつも通り過ぎる私たちは、ロマンチックの対極に位置していると自負している。

 ……でも何となく、ちょっとだけ何時もと違うような気がしたんだけど……気のせいだったのかな?

 少なくとも、今の私には自分の中に訪れた変化に、明確な答えを出せそうになかった。




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― 新着の感想 ―
私も彼には同情しています。 公衆の面前でパンツの柄を公表されただけでなく「お前の息子ちっさ!」と言われるとか。 敵ながら涙が…
遠くから知らない人が見たらロマンチックにうつるんじゃね?
流石アメリア。さすアメ。もう息苦しいコルセットにも慣れて、外すことすら『面倒事』として片付けられる様になるとは。 慣れって怖い。
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