鎮めの唄(丸パクリ)
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私の言葉に、殿下は目を剝いた。
正直、私の歌なんて素人レベルだ。当たり前である。活動の間にも手を使わずに口ずさんで楽しめるから、歌はドラゴン研究を除けば数少ない私の趣味だけど、それでもちゃんと講師に習って練習したって訳ではない。
そんな私のヘタクソな歌声で、この状況をどうにかしないといけないんだから、不安になるのも無理はないと思うけど……。
「一応、音によるドラゴンの鎮静化研究は私が始めたことでしてね。楽器が使えないなりに、どんな音楽なら効果があるのか、色々と歌ってたところにティア様と合流して、試行錯誤を繰り返してきたんです」
あの時は正直かなり助けられた。
やっぱりこの手の研究には音楽の素人の知見だけでは限界があったし、教育の一環で音楽に関しても詳しいティア様の力は大きかったし、帝都に来てからはティア様のコネで楽士の協力も得られたんだから。
「その結果、単純な楽器一種類の音楽よりも、合奏的な音楽の方がドラゴンを惹き込む傾向にあるのが分かりましてね。演奏技術がある協力者の少なさから、私が歌を担当してたって訳です」
「いや待て、そのようなことを言いたいのではない! 単純に危ないだろう!?」
「えぇ、でしょうね」
言わんとしてることは分かる。殿下の心配は当然のものだし、この人ならこう言うだろうとも思っていた。
……でも、それは私の事を見誤っていると、そう言わざるを得ない。
「殿下……こんなレアケースに介入する実験をするとなって、何もせずに我慢すると思いますか? この私ですよ?」
縄張り争いを音楽で止めることが出来るのかどうか……こんな実験に何の手出しもせずに我慢しろというのなら、私のことを何も理解していないとしか言いようがない。
恐怖? そんなものは胸の奥から湧き上がってくるワクワク感で全部吹っ飛んでる。こちとら最初っから、命かけてドラゴンの研究してるんだから。
「そうだった……お前は初めて会った時からそう言う人間だったな……」
ユーステッド殿下は心底頭が痛いって感じに額を抑え、深々と溜息を吐く。
その表情は底知れない呆れと徒労感、そして諦めの念に満ちていた。
「そうそう、私はこういう人間なんです。それにほら、あんまり悠長にしてたら再び縄張り争いを始めますよ。ドラゴンたちがお互いから意識を外している今の内に始めないと、また喧嘩し始めたら音楽になんて一切耳を貸さなくなりますからね」
「……えぇい、分かった! その代わり、危険となったらすぐに退避するんだぞ!?」
「はいはい。それじゃあ、弾き慣れていない曲の上に素人同然の歌で申し訳ないですけど、合わせてくださいね、殿下」
二頭のドラゴンから再び不穏な空気が発せられ始めていることに、殿下も気付いたんだろう。ややヤケクソ気味になってバイオリンの弓を弦に当てる。
あの様子だと、ドラゴンを鎮静化させる音楽を成立させるためのもう一つの条件である、喜怒哀楽の『楽』の感情の方をクリアできるかどうかは怪しいところだけど……そこはドラゴンに思念波を届けることに慣れている、私がカバーしよう。
「曲調はゆったりと感傷的なバラード。一音一音、しっかりと意識してドラゴンに届けてください」
私はドラゴンたちの前に出て、胸を広げながら息を吸う。
これまでちゃんと習ってこなかったのは本当だけど、楽士の人には歌う時の体の姿勢とか、ちょっとだけレクチャーを受けた。
人間の体も面白いもので、体勢とか力を入れる場所次第で喉の動きも変わる。これまで人間の言語なんてドラゴンには通じないと思っていたけど、人間の発する声に関しては、音程や声色を聞き分けることが出来るんだから、世の中の何がドラゴンの生態研究に役立つのか分からないものだ。
「それじゃあ、お願いします」
そんな私の合図と共に、ユーステッド殿下のバイオリンの音色が霧に隠れた山の中で響き渡る。
愚直で生真面目な殿下らしい、楽譜にピッタリと寄り添った正確で綺麗な音色だ。多分、こういう教養方面も頑張って身に付けたんだろう、私の耳にも『上手』と理解できるレベルだった。
そんな殿下が奏でる音色に合わせて、私も歌詞を口ずさみ始める。殿下のバイオリンに見合うだけの技量がある自信とかは全然無いけど、それでも一音一句、しっかりと届くように意識しながら。
(それにしても、歌で荒れ狂うドラゴンを鎮めるとか、私もいよいよファンタジーの住民になったって感じだなぁ)
ドラゴンに人間の音楽が理解できるのは傾向的には明らかだけど、それをどのようにして理解しているのかはサッパリ分からない。
これを解明するには、ドラゴンの脳構造を細胞レベルで理解するとこから始めなきゃいけない。じゃあその勉強をすればいいじゃんと思われるかもだけど……残念ながら、私が前世で得た知識ではそこまで専門的な事は分からないし、この世界でも脳や内臓に関する基礎研究は、その段階まで進んでいない。
(多分、私が生きている間に生物研究がそのステージに到達することは、きっとないんだ)
生物を細胞レベルで理解する……その領域には、地球で歴史を残した大勢の大天才たちが、何百何千という年月をかけて辿り着いたもの。
この世界でも、解剖学研究自体は進められているけれど……それでも、その詳細な構造を理解するには、途方もない時間が必要になると思う。
その事が、私には酷く口惜しい。もっと人間に寿命があれば……あるいは、もっと先の時代に生まれていれば、ドラゴンたちの全てを解き明かすことだって出来たかもしれないのに。
(それでも、事例の発見を積み重ね続けることは出来る)
生物を知る為には、まず観察から始まる。どんな時にどんな行動を取るのか、そういう誰にでも出来ることをひたすら積み重ねていく。
それはありのままの姿を観察する事だけに留まらない。時には人間からアクションを起こすことで反応を見ることも重要になるのだと、私は最近考え方を変えてきている。
(今こうしてドラゴンに音楽を聞かせているのも、本質的には同じだ)
傍から見れば、『何やってんだ?』と首を傾げられるようなことをしていると思う。
単なる思念波ではドラゴン同士の争いを止められない以上、別のアプローチが必要だったとはいえ、他の人からすれば今の私たち凄い馬鹿なことをしているように見えるはずだ。こんなに怒り狂っているドラゴンが、音楽なんかで止まるはずが無いって。
(確かに生物の脳構造は複雑怪奇……けれど、そこから発せられる思考も複雑かと言われれば、それは違う)
人を含めた動物の心理は複雑な時もあれば、驚くほど単純になる時もある。
思わず呆気を取られるほどの突飛な行動が、しばしば周囲の生物から思考能力を奪うように、争いとは場違いな音楽が、ドラゴンたちから戦意を奪う事だってあるかもしれない。
そんな想像もしたことがない事例を発見するには、何事もまずはやってみなくてはならない。普通なら意味がないと思えることでも、決めつけずに実行してみれば、新たな側面が見えてくる……ドラゴンの事だけでなく、ユーステッド殿下やティア様、多くの人の事を知ることで、私の研究的視野は広がった。
(以前の私なら、興奮状態のドラゴンに音楽で対抗なんて発想は出てこなかっただろうなぁ)
精々、土地もドラゴンも傷つくのを見守りながら争いが終わるのを待ち、ある程度落ち着いたところで片方ずつ魔石で説得する……この手段しか取れなかったと思うし、以前までは実際にそうしていた。
空を飛び、行動範囲が広くて接触が困難なサテツマトイリュウへの対処が、移動手段であるヘキソウウモウリュウたちの不調とタイミングが重なったから、何時もの常套手段が出来なかったけど……今回は不幸中の幸いだった。おかげで私はこうして、新しい実験に臨めている。
(その事が、私には凄く楽しい)
人のこと、文化や技術の事、そしてこの世界の事を深く知れば知るほど、新たな発見と視点が見つかっていき、ドラゴンへの理解が深まっていく。
無駄なことなんて何一つとして存在しない。全ては繋がっている。今私の目の前に広がる光景と、これまで見聞きしてきたもの、これから知っていくことの全てがドラゴンにも通じているのだと思えば、全てが輝いて見えた。
(前世も含めて色々と大変なことが多かったけど……私は、生まれてきてよかった)
歌声に込めたのは、そんな想い。
やがて全ての歌詞を歌い終え、バイオリンの音色は山彦のように山に反響しながら止まると、周囲の包んでいたのは静寂だった。
「博士……殿下……ドラゴンたちが、戦いを止めています……」
呆然としたように呟くヴィルマさんの声に、私は息を吐く。
「いやぁ、一か八かの賭けでしたし、途中で痺れを切らして攻撃されたらどうしようってハラハラしましたけど、上手くいって良かったですねぇ」
「軽々しく言いおってからに……こっちは本当に生きた心地がしなかったぞ」
今回の実験の感想を笑いながら口にする私に対し、ユーステッド殿下はドッと疲れたようにバイオリンを持つ手を下に降ろし、これまで聞いたことがないくらい長い、安堵の息を吐く。
正直な話、ヴィルマさんもユーステッド殿下も、よく踏ん張ったと思う。心を落ち着かせてドラゴンたちを悪戯に刺激するような感情を発さず、行動も取らなかったんだから。
「でも実験は成功……おかげで、交渉の下地は整った」
サテツマトイリュウも、キリガクレナガヒゲリュウも、争っていた記憶自体が無くなったわけではないと思う。
それでも音楽に聞き入ることで鎮静化されたのか、これほど距離を詰めた状態でも、互いに闘志を向ける様子はない。
このまま放置とかしていたら、また縄張り争いを始める可能性は極めて大きいだろうけど、今なら魔石を餌にしつつ、二頭纏めて停戦交渉みたいなことが出来る…………と思う。
「それにしても……自分の事を素人と言っていたが、中々歌唱力があるではないか。正直、感心させられたぞ」
「そうですか? 自分じゃあ、あんまりよく分からないんですけど」
ティア様や楽士の人からも褒められたけど、自分の声なんて自分ではよく分からないものだ。
普段聴こえている自分の声と、録音された自分の音声が全く別物に聴こえるのと同じ理屈である。余裕がある時とかにはよく歌うし、実験として今日までドラゴンに色んな歌を聞かせてきたけど、世間一般での良し悪しについては分からないままだ。
「私も思わず聞き入ってしまいましたよ。あまり聞いたことがない感じの曲調でしたけど、綺麗な歌声でしたよ」
「それに関しては私も思った。特に歌詞……ストーリー性や感情表現が重視されたかのような内容と声遣いで、導入から終盤に向けて徐々に盛り上がるようになっていた。皇子教育の一環で様々な音楽を耳にしてきたが、このようなスタイルの音楽を、少なくとも私は知らないが、もしやお前が作詞と作曲を?」
「あー……まぁ。作曲は楽士の人に手伝ってもらいましたけど、詞に関しては……一応、私が用意したものですね」
「何と……まさかお前に作詞の才能まであったとは。研究者としてでなく、音楽の道に進んでも成功していたのではないか?」
「……んー……いやぁ、どうですかねぇ……? 多分無いと思いますけど……」
心底感心したように褒めてくるユーステッド殿下に、私は歯切れ悪く曖昧に答える。
殿下と同じようなことを楽士の人にも言われた。元々今回作成された鎮めの唄の歌詞は、楽士と協力して作成できる皇宮に滞在できる期間の短さから、時間の節約という意味もあって、私が昔から口ずさんでいたものをそのまま採用していて、この世界では他の誰も歌ったことが無いものではあるんだけど……。
(言えない……この曲の歌詞が、前世のアニソンの丸パクリとか)
そりゃ殿下や楽士の人も褒めるだろう。なんたって私が歌ってたのは日本が世界に誇る文化であるJポップであり、その歌詞は音楽のプロが作ったものなんだもん。
この世界には前世と同じような楽器はないし、歌詞以外の音は全部バイオリンで再編集されたものだから、完全に同じじゃないカバー曲みたいな感じになってるけど……そんなこと説明できるわけもないし、だからって『歌詞もメロディも全部私が考えました』って嘘言えるほど、私も厚顔無恥じゃない。
(でも仕方ないじゃん。私Jポップ以外の曲なんて歌えないし、ドラゴンたちが気に入ったのも、なぜかバラード調のアニソンだったんだもん)
多分、私が歌ったアニソンの何かが彼らの反応を呼び起こしていたんだろうけど……おかげで訂正しづらい妙な誤解が生まれてしまった。
かといって下手な嘘で誤魔化して、後からバレたら怖い。結局、私はこの場を曖昧な態度で何とか誤魔化し、本題であるドラゴンたちへの交渉に移るのだった。
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