空、轟く
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それから私たちは、アラネス湧水山での調査を継続することとなった。
主な目的は雷竜の待ち伏せ。向こうがまだこの餌場を諦めていなければの話だけど、キリガクレナガヒゲリュウを追い出そうと再び現れる可能性はある。
その瞬間を見逃さず、ジークによる干渉を行うために出来るだけ山で時間を過ごす必要があるのだけど……その間に私がすることとなると、大体限られてくる。
「いいねぇ、この肌艶、一体どうしてこんな斑点模様が付いてんのかなぁ?」
私は今、山間湖を泳いでいたキリガクレナガヒゲリュウの元に泳いで近付き、その体をじっくりねっとり観察し、生体サンプルを何とか入手できないかと探し回っていた。
私の時間の潰し方なんて、基本的に研究活動だ。幸いにも待ち伏せ場所にはドラゴンが居る……つまり最高に有意義な時間の消費が出来るって訳。
「鱗のない魚類や両生類にも似た体表だけど、岩に思いっきり体当たりしても傷一つつかない硬度は勿論のこと、模様が付いた理由が気になる……他の動物ならともかく、ドラゴンに斑点模様なんて……」
「ふむ……私にはよく分からないのですが、この模様も博士には興味が惹かれるものなのですか?」
そんな疑問を投げかけてきたのは、護衛として剣と弓矢を装備したまま私と一緒に水に入ってきたヴィルマさんだった。
彼女たちこの異世界の人間にとって、動物の体色なんて大した意味が無い物に見えるのかもしれない……いいや、前世で高度な知識を持つ人間ですら、学校で生物の授業とか真面目に受けて無かったら同じようなことを思うだろう。実際、生物の体色が人間の生活に与える影響はそこまで大きくないし。
「魚や鳥、哺乳類に爬虫類に両生類……そして人間を含めた全ての動物に体色や模様というものが付いているのにもちゃんとした理由があるんです。その代表的なのが、天敵から身を隠すことですね」
この特徴は、被捕食者側になりやすい生物に多く見られる。彼らは捕食者に少しでも見つからないようにする為の進化を数多くしてきたけど、その過程で体色が周囲の風景に溶け込んで目に映りにくくなっていったという。
体色を利用して植物に隠れる魚とか虫とかが、まさにその代表例だ。見た目が可愛いとかで有名になったクマノミとか、見た目が殆ど木の枝にしか見えないエダナナフシとか。
「他にも体温調整とか、虫を寄せ付けないとか、種族によって色々理由があるんです」
これにはシマウマが最も代表的だと思う。
シマウマの名前の由来にもなった白黒の縞模様は、吸血昆虫を寄せ付けない効果があるとされていて、その吸血昆虫を媒介とする感染症も防ぐとされているんだけど、あの縞模様の特異な能力はそれだけではない。
黒い縞と白い縞の間に極小の空気の渦を発生させ、自身の体温が上がり過ぎないようにしているという説があるのだ。
まるで魔法のような学説だけど、同地域に生息する縞模様のない動物と比べても、シマウマの体温は低く保たれていることが判明しているらしい。
「そして私たち人間は、太陽光から身を守る為に肌や髪に色が付いていると言われています」
「太陽の光から身を守る? もしかして、私たちが普段当然のように浴びているあの光は、危険なものなのですか?」
「えぇ。有益な側面も確かにありますけど、同時に有害物質も含んでいるんです」
主に紫外線とかね。
人間や動物の体毛や肌に含まれる色素には、その紫外線を弾く効果があって、これによって私たちは太陽の下でも問題なく活動できるのだけど、中には太陽光に晒さられる必要が無いからか、それとも別の理由があるのか、全身透明なユニークな姿に進化した種族も居るんだから、生き物って本当に面白いと思う。
「とまぁ、生物の体色は生存する上で必要不可欠な、色んな役割を果たしているんですよ」
「話を聞いてみると、凄い話ですね。魔力も使っていないのに、まるで魔法のような……」
魔力を使っていない魔法……確かにこの異世界の人間からすれば、そういう風に見えるかも。
身を隠す、体温を調整する、有害物質を弾く……これらを行おうとすれば、普通は魔法を頼ろうとするところだけど、それを何もしなくても自然と行い続けているんだから、言い得て妙って奴だと思う。
「だから私、キリガクレナガヒゲリュウの斑点模様にも何らかの理由があるんじゃないかと考察しているんですよね。でもそれがイマイチ判然としなくて」
小型種ならいざ知らず、これだけの大型ドラゴンが捕食者から身を隠す為に擬態能力を持つようになったというのは、ちょっと違和感がある。
このドラゴンは濃霧で身を隠すけれど、それはあくまで外敵を攻撃するための目晦まし。身を隠す役割もあるけど、臨戦態勢の時にしか出さない以上、その本質は攻撃能力だ。
生態系ピラミッドの下の方に位置する被捕食者が取るような、弱者の生存戦略の為に斑点模様を手に入れたのかと言われると……それは違うんじゃないかって感じになる。
「となると、太陽光対策や体温調整の役割が主だと思うけれど……もしかしたら、異性へのアピールや警戒色っていうのもあり得るかも」
体色が果たす役割は、擬態や太陽光対策、体温調整だけではない。
クジャクなど、自分の体の模様で繁殖相手にアピールをする生物は数多く存在する。ドラゴンが繁殖時にどうやって異性を引き寄せるかは種族によって異なるけれど、この斑点模様がキリガクレナガヒゲリュウなりのアピールポイントなのかもしれない。人間だって、人によって色白が好きだったり、焼けた肌の方が好きだったりする人も居るみたいだし。
あるいは、自分の危険性を他の生物に知らせて近づけさせなくする警戒色? それにしては些か地味な気もするけど……怒らせれば危険な生物という点は変わりない。
「うーん……興味が尽きない……! このドラゴンには、どうしてこんな体色が付いているんだろ……?」
私はキリガクレナガヒゲリュウの体によじ登り、その体表に頬ずりをしながら至近距離から観察をする。
普通、こういう待ち伏せ作戦って時間を持て余して苦痛になるくらい暇になるって聞くけど、私の場合は暇どころか時間が足りない。
こんな事になるんだったら、動物の体表とかに詳しい学者先生を皇族権限でここまで拉致って来ればよかったかな? そしたら色んな意見を聞けたのに。
「覚悟しろ、何時か私はこの体表の秘密も解き明かして……べくしゅっ!?」
その時、全身がブルリと震え、私はクシャミをする。
どうやら長く水に浸かり過ぎたらしい。真夏とはいえ、山間湖の水は冷たい。普通の人間なら風邪を引いてしまうかも。
「寒さも限界になってきたようですね。そろそろ暖を取りに岸に上がりましょう、アメリア博士」
「やだ。まだ上がりたくない」
しかし今の私は普通じゃあない。
この体の奥から燃え上がるようなパッションは、水の冷たさを凌駕する。今はとにかく、私に出来る調査をしていたいんだ。
「そうは仰っても、顔はもう真っ青ですよ? 唇も紫色ですし……これ以上は風邪引きますって」
「引かない。顔も青くない。唇も紫じゃない。だから調査を続ける。続けるったら続ける」
「そんな病気を気合で治そうとする子供みたいに……困りましたねぇ。このままでは、博士に同行している私まで風邪を引きそうです」
「……むむ」
この色々とキナ臭い状況が続く中、ヴィルマさんは今、ユーステッド殿下たち第一皇子派の意向によって、アラネス湧水山の調査をしている私の身辺警護を任されている。
だからいざという時に対処できるよう、こうして山間湖のど真ん中まで付いて来てくれているんだけど……流石に風邪を引くまで付き合わせるのは悪いか。
「他にも仕事がありますし、今風邪で倒れるわけにはいかないんですよ。ここは私の為に一旦岸に戻ってくれませんか?」
「むぅ……仕方ないですねぇ」
ヴィルマさんの言葉にも一理ある。無駄に風邪を拗らせるよりも、体調を管理しながら研究をした方が、より効率的ではあるか。
そう判断した私は、ヴィルマさんと一緒に岸へ戻ることにした。
「……なるほど。博士が無茶をしようとしたら、こういう風に止めれば……」
途中、後ろでヴィルマさんが凄い小声で何か言っていたようだけど、水音が殆ど聞こえなかったのでスルー。
そのまま岸に上がって、ヴィルマさんの炎魔法で生み出した火球によって暖を取っていると、一人の人間が風魔法で濃霧を散らしながら近づいてきた。
「休憩中か? 無茶をし過ぎているのではないかと思ったが、きちんと暖も取っているようだな」
「殿下。様子でも見に来たんですか?」
私たちのところに来たのはユーステッド殿下だった。腰に剣を佩き、山登りにも使える何時もの軍服姿だけど、その左手には幅が広くて長めのケースの取っ手が握られている。
「確かに様子を見に来たというのもあるが、お前に頼まれた物が手に入ったのでな」
「おぉ、あざーっす!」
殿下は肘を折り曲げ、前に私が頼んだ物が収められているであろうケースを軽く掲げた。
雷竜が襲来してくる前で良かった。こういう時、仕事が早いのは助かる。
「それで、お前はコレを扱えるのか? 地道な練習が必要な代物だぞ」
「あ、それは無理です」
実は私が頼んだのは、専門技術が必要となる代物だ。
ドラゴンの研究に使えるとは思ってなかったからなぁ……昔習ってた時期もあったけど、それも七年も前のことで、今となってはまともに扱える気がしない。
「いざって時は何とか思い出しながら使いますけど、できればちゃんと使える人の力を借りたいなぁ……なんて」
「お前という奴は……仕方ない、その時は私がどうにかしよう。それで、周辺の調査や水竜の様子はどうだ? 雷竜が来る予兆はあるか?」
「雷竜の方は依然としてまだって感じですね」
私たちがこの地で調査を始めてから、すでに五日の時が経過したけど、雷竜が姿を現す予兆は未だに見られなかった。
大体数日おきに雷雲がやって来るって話も考慮すれば、すでにこの餌場を諦めて別の場所に向かった可能性も十分にあるけど……調査開始からまだ五日。様子を終わらせるには早い。
「ただ私が想像した通り、縄張り争いの戦局は雷竜に不利に傾いている……この確信が深まりましたね。河や山間湖周辺に落雷が落ちて焦げた地面や樹木が幾つも確認できました」
キリガクレナガヒゲリュウが潜む水中から外れた場所に点在する落雷の痕。これは濃霧によって雷撃の狙いが定められていない事を暗に示している。
魔力頼りの感知能力は精度が荒い。魔力の発生源であるドラゴンの大まかな位置を特定はできても、正確な狙いを付けた攻撃が出来ていないから、水竜の生息域である水場とは全然別の場所に攻撃しているんだ。
「なるほど……しかしそう考えると、この濃霧が、落雷による山火事を防いでいることになるのか」
「そうですね。争いを起こして混乱を発生させている元凶の片割れの仕業だと思うと、何とも皮肉ですけど」
それでも落雷による山火事が起きていないのは、この尋常じゃない濃霧のおかげだ。
この霧のおかげで山全体の湿度が非常に高くなり、雷撃による発火現象を防いでいるみたい。現に私たちが暖を取る時に、魔力を大量消費して火球を発生させ続けているのも、周辺の木の枝とかが全部濡れて湿気ってるからだし。
「……で? そっちの用事の方は何とかなりそうなんですか?」
「さて……現状では何とも言えん。オズウェル伯爵も大々的には動けんし、屋敷内では誰がどこから見ているか分からない以上、伯爵と過度に接触しすぎる訳にもいかんからな」
……大体予想付いてたけど、今回ユーステッド殿下が私に同行しに来たのは、私の身辺警護や、伯爵家との擦り合わせだけが目的じゃない。
多分、何か伯爵家で問題が起きたのだと、初めから分かっていて、それを解決しに来たんだと思う。丁度同時期にアラネス湧水山で異常現象が発生し、私が調査に出向いたから、並行して仕事をこなすために一緒にここまできたって感じか。
そして……恐らく私も巻き添え食らう。私や殿下にその気が無くても、向こうから積極的に巻き込んでくる。その予感が、私の中にはあった。
「まぁいずれにせよ、私はドラゴン関連のあれこれを解決しないと、この地から色んな意味で離れられません。ここはじっくり腰を据えてでも――――」
その時、私は思わず言葉を止め、上を見上げる。
相変わらず濃霧に包まれて山からは拝めないけど、野営地から出発する前には青々と晴れ渡っていたはずの空から、ゴロゴロという轟き響く様な音が、確かに聞こえてきたのだ。
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