混沌のパーティー会場、アメリア流悪役令嬢撃退方法
結局捕まった私は、学院主催の創立記念パーティーに参加する羽目になった。
全力で拒否ってはいたんだけど、参加すれば新しい調査用魔道具を買ってくれるって言うから、渋々ね。
まぁ、パーティーの開催時刻が夜中だし、フィールドワークをするには遅い時間だからって言うのもあるけど……ちょっと時間をかけるだけで研究に必要な物が手に入るなら、費用対効果的には有りかなって。
「…………キツい。おぇ……」
そんなわけで、私は急遽ドレスをレンタルして着せられる羽目になった。本命の皇族主催パーティーで使うドレスは今、最終調整の段階に入っているが故の対処だ。
デザインに関してはよく分からないけど、青い生地にちょっとだけ花の刺繍が施されているドレスだ。それ自体に問題は無いんだけど、再びギュウギュウに胴体を締め上げるコルセットを装着させられ、私の口から汚い声が漏れる。
「お姉様、息を吐きながらお腹を凹ませてください。そうすれば、幾分か楽になりますから」
「うす……ふぅぅぅぅぅぅ……」
私がドレス着る場に付き合ってくれていたティア様に言われた通り、ゆっくりと息を吐きながら腹部を引っ込めてみる。
するとコルセットと腹部の間に隙間が出来て、内臓への負担が明らかに軽減されたのが分かった。
「改めて思いますけど……よくこんな窮屈なものを日常的に付けれますね」
「そこはほら、慣れですから」
慣れでどうにかなるもんだろうか……いや、なるんだろうなぁ。
なんだかんだで人間が作ったものだし、拷問用の物でもないんだから、ある程度着心地って言うのは保証しないとだろう。
……それでも、用事でもなければ普段使いなんて絶対にしないけど。こんなもん付けてたら、フィールドワークに支障が出るわ。
「む。来たか」
「……あ、お兄様」
そんな話をしながら歩いていると、私たちは城の敷地内にある離宮のホール……ユーステッド殿下との待ち合わせ場所へと辿り着いた。
「どうですか、お兄様。お姉様のドレスアップ、とても素敵に仕上がったと思いませんか?」
ティア様が私の背中を押し、ユーステッド殿下の前に立たせてくる。それと同時に、私も殿下の姿を見てみた。
普段の黒い軍服や学生服でもない、何となくオシャレに見える紺色のスーツ姿だ。いつもは仕事着みたいなキッチリとした制服姿ばかり見ているからか、こういう格好も何だか新鮮に映る。
「アメリアが……極々普通の令嬢に見える……!」
そういう意味では、ユーステッド殿下も私と同じ気持ちを抱いていたらしい。誉め言葉と呼ぶにはあまりにも微妙過ぎる感想を、思わずと言った風に口から零した。
「いつもはボサボサの髪も綺麗に結い上げて……お前、ちゃんとした格好をしようと思ったらできるではないか」
「まぁプロのスタイリストさんに色々やられましたからね」
今着ている服もそうだけど、髪の毛とかもサイドテールって言うの? なんかメッチャ丁寧に梳かされた後、側頭部で一纏めにして、前髪とかも目元がちゃんと見えるようにセットされている。あそこまでやられたら、誰だってそれなりの姿になるだろう。
私自身、鏡で自分の姿を見た時は『誰これ?』って言いかけたもん。少なくとも、几帳面な殿下の目から見ても、今の私はキッチリした格好をしているんだと思う。
「私に手を掛けさせてばかりで、身嗜みもまともに整えないほどにだらしのなかったアメリアが……何時の間にか、こんなにも立派になったのだな……っ」
「何目線ですか殿下」
心底感慨深いとばかりに、涙がにじむ目を手で覆い隠すユーステッド殿下。
言い草が成人を迎えた子供を前にした父親みたいになってる……私自身、実際に見聞きしたことは無いけど、少なくとも完全に保護者目線って感じだ。
「それに中身は変わってませんよ? ぶっちゃけ、今すぐにでもドレスを脱ぎ捨てて、夜行性のドラゴンの調査をしに野山や泥沼を駆け回りたい気分です」
「そうだった……これで中身が伴っていれば言うことは無いのだが……今からでも、文明人にならないか?」
「ならない。どんなに汚れても大自然を自由に駆け回ることが、野生児という生き物の在り方です」
「……この女っ」
「もう……お兄様もお姉様も、お互いにもっと言うべきことがあると思うのですが」
そう言うと、ティア様は少し納得いかなさそうな表情を浮かべる。一体どうしたんだろうか……お互いに同じことを思ったのか、私とユーステッド殿下は同時にティア様の方を見た。
「せっかく二人とも着飾っているのですから、『素敵』とか、『綺麗』とか、そういう感想があって然るべきでは……」
「ユーステッド殿下が……素敵?」
「アメリアが……綺麗?」
私たちは改めてお互いの姿をじっくりと見る。素敵かステーキか、私にはよく分からないけど……。
「何となく高そうな服着てますね。汚れたら洗うの大変そうですし、実用的とは言えないのでは?」
「洗うのが大変なのは、むしろそちらの方だ。レンタル品なのだから、間違っても飲み物などを零すなよ?」
「……どうして二人揃ってそうなるのでしょうか……」
「「……???」」
凄い残念そうにガックリと項垂れるティア様に、大真面目に感想を言い合っていた私とユーステッド殿下は、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるしかできなかった。
=====
それから私たちは、馬車に乗って学院敷地内にあるパーティー会場へと到着した。
天井から幾つものシャンデリアが吊り下げられた、広くて立派な内装をした会場には、すでにドレスやスーツを身に纏った煌びやかな姿の生徒たちで溢れており、ユーステッド殿下やティア様の姿を確認すると、近くに居た人間は一斉に道を開け始めた。
(こういう時でも、皇族の影響力って出てくるんだなぁ)
その上で、誰もが両殿下と話がしたいとばかりにウズウズしているのが分かるし、二人と同伴してきた私には妬ましいと言わんばかりの視線が送られてくる。
まぁ私に対しての視線は、講演会での成功があったからか、『皇族の人にも認められている研究者だから仕方ない』と判断されて、幾分かマシになっているようには思うけど……ここまで露骨に反応されると、いっそのこと感心すらしてしまいそうだ。
「今回のパーティーへの参加は、二十日後に予定されている快復記念パーティーへの予行練習も兼ねている。いくら伝統ある行事とはいえ、国内外から有力者が集まる皇族主催のものと比べれば、学生である生徒会が企画進行をしている創立記念パーティーは、正直に言って見劣りをする規模だ。パーティーの雰囲気に慣れるには丁度良いだろう」
なるほど……そういう意味も兼ねて、ユーステッド殿下は私を創立記念パーティーに参加させたがっていたのか。
私をいきなり格式が高いパーティーに参加させるよりも、ステップアップする感じでやった方が、幾らかマシ……私が逆の立場でも、そう考えるだろう。
「私とティアーユはこれから、各方面へ挨拶回りに行かねばならないが……それが終わるまでの間は、研究教授の方と話してくると良いだろう」
そう言うと、ユーステッド殿下は私も顔を知っている教授方が居る方に視線を向けた。今立っている場所から近い場所で、何やら研究内容について話し合っているように聞こえる。
確かに、小難しい政治的なやり取りを聞いているよりも、あっちの会話に混ざる方が断然建設的だ。もう少し色々話したいと思っていたし、今回のパーティーへの参加は私にとってもチャンスだったかもっ。
「正直……政治的、経済的な取引にも繋がる社交界での会話は、お前にはまだハードルが高いからな。同じ研究職の人間と話をしていてくれた方が、幾らか安心だ」
それ大正解だ。遠回しな会話術とかそう言うのも出来ないし、ここは大人しく引っ込んでいるのが妥当だろう。
私がそう納得していると、ユーステッド殿下は途端に口籠り、少し気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「……ダンス開始前には、迎えに行く」
「ダンス? 私も踊るんですか?」
「あくまでも予行練習の為にな。……本来なら、私が相手をするのも問題はあるのだが、今の情勢だと誰が相手を務めても角が立つ。私がパートナーを務めるのが無難だろう」
「はぁ……? なんだかよく分からないけど、とりあえず了解――――」
「ユーステッド殿下! ティアーユ殿下! ご無沙汰しております!」
その時、何人もの貴族が、ゾロゾロと殿下たちの方へと押し寄せ始めた。
痺れを切らしたってところか。これ以上此処に居たら殿下たちの邪魔になりそうだし、私は言われた通りの教授方の方へと向かう。
これで気兼ねなく、ドラゴンの生態について話し合える……そうウキウキしながら向かっていると――――。
「少々よろしくて?」
なんか聞き覚えのある声を掛けられた。
そちらの方を振り返って見ると、そこにはドレス姿のイグリット侯爵令嬢が、取り巻きを引き連れて私の方に向かってきた。
(スゲー……扇で口元隠してるのに、ニヤニヤ笑っているのが分かる)
聞いたところによると、あの扇って表情を隠すためのものだよね? それがあっても嘲笑が伝わって来るって、どんだけ見下されてるんだ私は。
「貴女、殿下たちに対して少し馴れ馴れしいのではなくて? 聞いたところによると、貴女は平民の出だとか。そのような卑小の身で、皇族の方々と親しくなれるだなんて、本当に思っているのかしら?」
「はぁ……」
私は思わず気の抜けた返事をする。
これはまた随分とストレートな物言いだけど、正直私の心には、良くも悪くも全然響かなかった。
誰と仲良くなろうが、それは二人の勝手じゃね? 貴族の理屈からすれば、また違う考えになるかもだけど……それを当の本人の頭越しに話すのは違うでしょ。
「それにそのドレス……まさか皇族御用達の名門店の物ではなくて? 貴族であっても中々袖を通すことが叶わない代物だというのに……それほどの物を平民に与えようだなんて、一体殿下たちをどのようにして誑かしたのかしら? 平民には平民に相応しい装いがあるというのに……ねぇ?」
そう同意を求めるようにイグリット侯爵令嬢が後ろを振り返ると、取り巻きたちはクスクスと笑う。その様子を眺めていた私は、今になって絡まれているんだと実感できた。
私にとって絡まれるとは、縄張りを荒らされて気が立っているドラゴンに追いかけ回されている時や、涎を垂らした肉食獣の群れに囲まれた時の事を指す。だから今のこの状況に危機感を全く抱けなくて、自分が絡まれているんだと気付かなかった。
(……ん?)
本来だったら殴って蹴って逃げたりするんだけど、流石にこの状況でその手段を取る訳にはいかない。相応の対応っていうのが求められる……そんなことを考えていると、視界の端でユーステッド殿下がこちらの状況に気付いたのが分かった。
ひっきりなしに人が話しかけてきているけど、それでも何とか私の方に来ようとしているのだろう。どこか焦ったような表情を浮かべる殿下に、私は視線を送る。
(殿下はそのままで。今は色んな人と話をするのが仕事でしょ?)
(本当に大丈夫なのだろうな? まかり間違っても、パーティー会場で排泄物の話などし始めるんじゃないぞ?)
殿下とも長い付き合いで、私たちはアイコンタクトってものが取れるようになっていた。
それによると、どうやら私が排泄物の話をするんじゃないかって心配してるみたいだけど……。
(大丈夫ですよ殿下。この程度、どうとでもしてみせましょう)
私は親指を立てながら、とびっきり爽やかな笑顔とウインクで殿下に応じる。
平民が皇族と仲良くしてくることに難癖付けてくる奴がいるかもしれないって、ティア様から教えてもらってたからね。私だって言われるがままに無策でパーティーに参加したわけではないのだ。
(おい待てぇっ!? 何だその邪悪な笑みと血走った目のウインクは!? 一体何を話すつもりだぁああっ!?)
「ちょっと、聞いておりますの?」
何やら失礼な視線を送ってくるユーステッド殿下を無視し、私はしびれを切らした様子のイグリット侯爵令嬢と向き合う。
「それとも臆しているのかしら? 何か仰ってはどう?」
「じゃあお言葉に甘えて遠慮なく………………動物に寄生する蛆虫の話をしましょうか」
そう言った途端、奇妙な静寂が私たちの間に流れる。
最初、私が何を言っているのかまるで理解できていないと言った様子のイグリット侯爵令嬢たちは、次第に言葉の内容を理解し始めたのか、引き攣った表情を浮かべ始める。
「き、寄生……? 蛆虫……?」
「はい、そうです。ハエの中には人間や動物の体表面から寄生する種がいるんですけどね、そのハエは動物の傷口に卵を産み付けるんです」
生物学的な事実に、令嬢たちは一斉に青ざめた。それどころか、周りにいる人たちも私の声が聞こえたらしく、そちらも顔を青くしている。
「卵を産み付けられた傷口はそのまま治癒して閉じ、結果的に蛆虫が体内で孵化するんですけど、体内から宿主の肉を貪り始めるんですよ」
所謂、蠅蛆症と呼ばれるものだ。不衛生な環境で怪我をすると、ハエによる外的要因によって、そういう症状が哺乳類全般に現れ得る。
「蛆虫自体が消化液を分泌し、宿主の体組織を分解した物を啜るっていう食事方法でしてね。これによって歯を持たない蛆虫が生物の肉を食べることが出来るんですけど、実はこの蛆虫って割とどこにでも居まして……」
「貴様どういうつもりだ! クラウディア!」
イグリット侯爵令嬢たちが顔面蒼白になっていく中、私が意気揚々と熱弁を振るっていると、何かすぐ後ろの方から声が聞こえてきた。
「そのような地味で暗くて芋臭いドレスを着てくるなど、次期皇帝の婚約者としての自覚はないのか!?」
「ぅぇえっ!? で、でもジルニール様がこのドレスを着て来いって……! 私には綺麗なドレスじゃなくて、このドレスがお似合いだって……!」
「うるさーい! 口答えをするなっ!」
どこかで聞いたことがあるような声ってことは分かった。
しかし、生物の話なだけあって、今の私は興が乗っている。だから何を言っているのかあまり耳に入ってこなかったし、興味もなかったから、そのまま話を続行することにした。
「この僕に恥を掻かせるような真似をするとは、もう我慢ならんっ! クラウディア・アリステッド公爵令嬢! 貴様との婚約は「地べたに寝転がって細かい傷を負うことが多い犬とかには、下手すれば百体以上の蛆虫が寄生していることだってあるんですよ!」」
……何か言葉を被せてしまったような気がするけど、多分これも気のせいだろう。話を続けようっと。
「日頃から貴様にはうんざりさせられていたんだ! お前のような地味で美しくもない女など、僕の婚約者に相応し「主に犬の腹部や睾丸、肉球に寄生しているんですけど、人間の手で絞れば飛び出してくるんですよね! それも一度に大量に!」」
「ぼ、僕には真に愛すべき「一度に十数匹もの蛆虫が血と一緒にニュルニュルーって、犬の体に穴を開けながら出てくる姿は実に壮絶でしてね! それが犬に限らずネコや牛、人間にも同じようなことが起こり得るんですから、おっかない話ですよねぇ!」」
後ろから何か声が聞こえてきたような気がするけど、目の前のイグリット侯爵令嬢たちは今にも吐き出しそうな顔をしながらも、その場から動かずに私の話に耳を傾けている。
怖いもの見たさの耳バージョンって奴かな? そこまで続きが気になるなら、とびっきりの話をしてあげよう。
「うぷ……っ!? お、お前さっきから何を気持ち悪い話で僕の「さらにこの症状、深刻化するととんでもないことになりましてね! 蛆虫が食い破って出来た体内の穴同士が繋がって、体表面に大きな穴が開く事例もあるんです! その穴を覗いてみると、分解されて液状化した膿みたいな消化物のプールに、大量の蛆虫がビッシリと――――」」
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この日、第三皇子や侯爵令嬢を含めた、高貴な身分の人間が、パーティー会場で一斉に吐くという異常事態が起こった。
これが後に、《ドラゴン研究の母》と謳われるようになるアメリアが引き起こしたとして歴史書に名を残す事件……《アーケディア学院の惨劇》である。
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