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始まりへの道


空から落ちてくる雪が顔について冷たい。

早く無視して行けばいいものの、私はなぜかその場から一歩も動けなかった。



「いい加減にしてよ、はこっちの台詞だ」



その低いトーンの声でいい加減にしてよとか女言葉言わないでくれますかねぇ、怖いから。

神村武蔵は一歩、私に近付いて歩いた。



「……」


「なんて顔しているんだ、お前は」


「あんたさえいなければ……転校なんかして来なければ」



そしてまた一歩、近付いてくる。私はまだ動けないでいる。

動きたいのに動けないとか本当に何でだろう。

神村武蔵は薄く微笑んで、私の目を見つめていた。



「何笑ってんの、私が哀れだと思って馬鹿にしてんの?」


「なぜ俺がお前を哀れだと思わなくちゃいけないんだ。そんなわけないだろう」


「……」



ヤバい、なんか手に変な汗かいてきた。このよく分からない状況についていけない。

本当に最後の最後で運の悪すぎじゃないかな。


もう諦めるしかないのか、でも今更そんなの私は許せない。



「神村くんさえいなければ、私は平和に過ごせたのにねーあー胸くそ悪い」


「そうか」


「どんだけ花崎歌と仲良くしても好きにならないなんて有り得ない。王道破りだよ神村くんは」


「そうか」



なんか、どんな言葉も見事に一言で流されてけっこうムカつく。

徐々に神村武蔵が距離を縮めてくる。私はまだ動けない。



「……一年前のこの日、私は彼氏にふられた」



口に出した瞬間、神村武蔵はぴたりとも動かなくなり目をまん丸にして私を見ていた。

どうだ、これで一言では片付けられないだろう。


予想通りの、間抜け面。



「この校門でさ、ずっと待ってんだ。……でも来なかった。今神村くんが私を待ってたみたいにね、だから皮肉だなーと思って今の話をしてみた」


「……」


「いや、振られたっていうか。振られる以前の問題だったというか」



本当にあれは、何だっただろう。私は一体、何がしたかったんだろう。



「言い方悪いけど、親友だった子に寝取られた。に近い」


「……そうか」



私はそれが分かった瞬間、何を思ったのだろう。

てか相変わらず切り札を出してもそうかしか言わないのかよ。つまらんなぁ。



「じゃあ俺の話を聞いてもらおうか」


「は?何言って」


「この土地に来て、初めてお前を見たのはファミレスだった」



神村は私の声を遮って話始めてしまった、え、マジで?

これ聞かなきゃいけないパターンなの?逃げちゃ駄目?



「最初は気付かなかったんだが、伝票を渡すときどっかで見たことあるなと思った。だけどまだ俺は花崎が花咲だと思っていたから深くは考えなかった」



だからか、だから伝票を渡すまでに間が空いたのか。辻褄があうな、嫌になるよ。

そのまま勘違いしてくれたままならよかったのになぁ。



「へぇ」


「二回目は天体観測のとき、俺のことを何とも言えない顔で睨んでいたお前がいた。その睨んだ顔が花咲と酷似していた。すでに花崎が花咲じゃないと知っていた俺はお前が花咲なんじゃないかと思った」


「睨んでた覚えはないんだけどね」


「そのあと、なんで学校にいたのかと聞いた。あれは単なる怪しまれないように理由を付けただけだ、本当は花咲の話をして反応を伺おうとした」



コイツ……やるな。

悔しいけど、ものすごい悔しいけど。そしてやっぱり私の言葉は無視ですかそうですか。



「お前は知らないふりして通そうと思ったらしいが、顔に少し動揺が見られた」


「は?動揺なんてしてない」


「じゃあ自分でも気付かなかったんだろう。そこで花咲だとほぼ確信した」



納得いかないし、勝手に確信するなよ。と冷静につっこみたいが言葉が詰まって出て来なかった。



「でも」



神村はまた一歩、歩いて私に近付く。私の足は、馬鹿みたいな表現だけど魔法をかけられたみたいに動かない。動こうとしない。



「生徒の名簿に、花咲という苗字の女子はいなかった」


「……」


「いつも俺は、花咲を苗字でしか呼ばなかったから名前を知らなかった」



……雪が冷たい。



「お前は花崎に執着していたみたいだから、それを理由にして付きまとっていた」


「話せば話すほど、花咲だと思ったよ。顔に表情はなかったけど、根本的な性格は変わってない」



雪が綺麗だよ。うん。



「お前は、花咲だ」



滑稽すぎて笑えるよね、こんな茶番みたいな終わりかた。

今更、私の前に現れてさ。



「……神村」


「なんだ」


「私は花咲じゃない」


「お前はまだそんなことを」


「自己紹介が大変遅れました。若干ストーカー気質のある面倒な幼なじみを持った私という者の名前は」



はっきりと、一字一句間違えずに伝えた。

言い終えると同時に神村の腕がするりとのびてきて、私の目元に触れる。



「……ごめんな、泣かせて」


「泣いてないよ」


「あの時した約束、やっと守れた」


「約束ね、馬鹿じゃないの?」










この物語には花崎歌の物語とは違い、始まりも終わりもなかった。仕方ないから、今が始まりとでも言っておこうと思う。




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