神村武蔵の場合
「ねえねえねえ!聞いた?」
私の机を覆うように立つ四つの影。
珍しく私に声をかけてくるモブキャラの女の子たち。
いや本当に珍しいんだよ、一ヶ月に一度あるかないかくらいには。
べっ別にぼっちなんかじゃないんだからね!
「何を?」
「あの剣道部のエース、神村くんが花崎さんに手紙渡したんだって!」
「ふーん、で?」
とっくの昔、朝の時点で知ってるっつーの。
モブキャラパワーをなめてもらっちゃぁ困る、私はそこらのモブキャラとは違うってとこ分かってんのかな。
モブキャラの子Aは、私の反応が気に食わないのかつまらなさそうな顔をする。
私にどうしろと?
「興味ないの?」
「あるわけないじゃん」
訂正しよう。
興味ないわけじゃない、ただここで「マジ興味あるんだよねぇ!キャハ☆」とか言ってみろ。
(モブ)キャラ崩壊。
「……そ、そうなんだ」
「うん」
モブキャラたちは勝手に気まずそうな空気を作り、去っていった。
なんで私なんかにこの話題を振ろうと思うんだろうね。
「あれ、あの子って神村くんが好きなんじゃなかったっけ」
「だよねー?なにあれ……」
……はぁぁあああ。
そういうことですか。
ま、人の噂は75日とか言うし大丈夫だろう。
☆・☆・☆
「花崎」
「神村くん……」
出来事があったのは今日の朝、場所は下駄箱だった。
生徒がぼちぼちと登校してきている時間帯、それにも関わらず神村武蔵は花崎歌の前に現れた。
「渡したいものがあるんだが」
「え?」
「ちょっと来てくれないか」
たまたまモブキャラの勘で早めに登校してきていた私は、たまたま二人の姿を見て、たまたま神村武蔵と目が合った。
たまたまを乱用するのは気にしてはいけない。
こうして目が合った私と神村武蔵だが、もちろん私が逸らしておいた。
「ここじゃ場所が悪い、校舎裏でいいか?」
「あ、うん」
私が下駄箱について上履きに履き替えている時、二人とすれ違った。
私は履き替えながらもそれを黙って見守る……とでも思った?
今日は朝から花崎歌ウォッチングができるなんてラッキー。突撃だ!
「ここまで来れば大丈夫だろ」
「そうだね」
全然大丈夫じゃない件について。私がいるし。
まあモブキャラパワーで……あれ、神村武蔵には効かないんじゃ。
まあいっか。
「花崎はたくさんの奴から渡されたか?そのクリスマスカード……みたいなのを」
「え!?あ、あはは……」
ごまかしが極端に下手な主人公。ありきたりだ。
神村武蔵はやっぱりなと言わんばかりの顔をして、花崎歌から視線を外し。
「あ」
私の方を見た、ってヤバいってこれどういうことなの。
モブキャラパワー効かないのは知ってるけどこれはないないない、あんまりだ。
「神村くん?」
「いや、何でもない」
答えるも神村武蔵の視線は私に向いたままなんですけど。
でもでも、逃げるのももったいないし、なんか負けたような気持ちになるからなぁ。
「嫌なら言わなくてもいいが、何人からもらったんだ?」
「……四、人かな」
ようやく神村武蔵は、赤面しつつ素直に答える花崎を見た。
主人公ってどうしてこう嘘をつけない性格をしているんだろう。
のクセに他人の秘密を知ったときの口の固さと言えば……コンクリート。
「すごいな花崎は」
同感だわ、あくまで外見については中の上の女の子で、守ってあげたくなるような可愛い系。
美人さだけなら花崎歌の親友の池山さんの方が勝っている。
「なにが?」
「すべて」
なかなか本題に入ってくれない。さっさと入れ、こっちは寒い中待っているんだ。
「俺はお前のことをすごい奴だと思っている」
「あ、ありがとう?でも私特に何もしてないよ?」
「……花崎、ちょっと耳貸せ」
「え?」
自分で言っておいて、自分で勝手に切り上げるあたりはさすがとしか。
神村武蔵は花崎歌の耳元でぼそぼそと何かを言っているようだった。
なに話してんの?
もしかして私に聞かれたくない話……とか。
いやでもまさか。
「じゃ、これ」
「えっこれって……え?」
数十秒後、また普通に話し始めた神村武蔵。
に対し花崎歌は動揺しているようだった。
それをよそに、神村武蔵は白い封筒を花崎歌に押し付けるように渡していた。
いや空気読めよ。
「じゃあな」
まだ呆然としている花崎歌を放置して神村武蔵は去っていった。
☆・☆・☆
まず一言。
なに?主人公の放置プレイはやってんの?
放置されすぎじゃね?
それにしても、神村武蔵もとうとう渡したか、もうクリスマスは明日だというのにギリギリだったな。
何話してたんだろ。別に隠すことないのに。恥ずかしいとか?
……。
大丈夫、私は問題ない。
決めたんだから。
観察はする、でも観察対象者には極力近付かない。
「なのに神村武蔵ときたら本当に……アホだ」
私の独り言は教室のざわめきとともに、消えていった。




