きみのために
明日は荷物の運搬依頼で街を出る。
シンにとっては初めての外の世界だ。
洗濯紐には今日買ったばかりの外出用の衣服がぶら下がっている。
それを眺めながらシンは明日見ることになる景色を夢想していた。
手ぶらのシンと違って、アロウは装備一色の点検に余念がない。
弓や剣を手入れし、魔獣除けや戦闘用のアイテムもバッグに詰め込んでいく。
その中でふと手に取った品物を見つめ、考え込む。
「シン」
振り返ったシンにアロウは歩み寄り、目線を合わせてしゃがむとそれを手渡した。
「これ持ってろ」
「……短剣?」
小ぶりだが金属でできた塊は、ずしりと重たい。
「護身用だ。それと、少し仕掛けがある」
アロウはシンに使い方を簡単に説明する。
「外ってそんなに…危ないの?」
「毎回ってわけじゃないが、魔獣の類は時々見かける。それに、獣だけじゃない。盗賊や追剥ぎが出ることもある」
「人のもの奪ってく人間って、どこにでもいるんだねえ」
シンは呆れたように肩をすくめる。
「そうだな。……魔獣よりもこわいのは人間の方かもしれない」
アロウは目を伏せた。
長い髪が顔に濃い影を落とす。
「シン。人間は見た目ではわからない過去とか立場とかをみんな持ってる。表向き仲良くしてるつもりでも、抱えた事情には敵わないんだ」
「なにそれ、明日あんたがボクの身ぐるみ剥ぐ追剥ぎにでもなるの?実は借金まみれとか?」
シンは鼻で笑う。
「わからないだろ」
「もしもの話でそんな辛気臭い顔してるやつがなんかしようとしても、気づいてすぐ逃げられると思うけど」
「……そうか」
アロウはふっと笑うとシンの手にある短剣にそっと手を重ねる。
「それでも、思わぬ相手が敵になることはある。その時は迷わずこれを使うんだ。」
そしてシンをまっすぐ見つめた。
「相手が誰であってもだ。お前の自由を奪うものには、絶対にためらうな。」
「う、うん…わかった」
それを見てアロウは安心したのかほほ笑むと、立ち上がる。
「明日は早いぞ、早く寝ろ」
その背中をシンはじっと見つめる。
過去とか立場、とアロウは言った。
では彼はいったいどんな荷を背負っているというのだろうか。
シンは一生懸命考えるが、知らないことを予想することは難しい。
色々な社会経験がシンには圧倒的に足りない。
(でもさ)
シンは思う。シンには何もない。
価値のある持ち物といえば、せいぜいその日の飯代程度。
隠れるように暮らし、誰にも顧みられず、いてもいなくても変わらない。
そんなちっぽけな存在だ。
(もしもあんたが敵になったとしても……ちょっとはボクのことで心を痛めてくれるんでしょう?)
誰もいない路地裏で朽ちていくより、それはちょっと上等な結末じゃないだろうか。
手の中の短剣をぎゅっと握りしめて、シンは考える
どんな未来が待っていたとしても。
きっとこれをアロウに向けて使うことはないだろう。




