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熱の行方

冒険者アロウとその相棒・みなしごのシンは宿の一室で同居中。

共に過ごすうちにいつしかその距離は近づいていた。

そんな時にシンが風邪をひいてしまい……

恋人未満の2人の間の看病のお話。

 シンの中では、弱みを見せるということは生存の危機に直結する。

 その日、起きてきたシンは一旦テーブルについたものの、アロウが準備をした朝食に手を付けずに席を立った。

「ちょっと……でかけてくる」

 ふらふらと出ていこうとするシンの手を、アロウは咄嗟につかんだ。

「ちょっと待て。」

「ひゃっ!」

 後ろからアロウはさっとシンの額に手を当てた。ひんやりした感触にシンが飛び上がる。

「お前…熱があるな。今日は外出禁止だ」

 そう言うと、アロウはシンを引っ張って二段ベッドの下に押し込む。

「今日はこっちで我慢しろ。上だと様子が見えないからな」

 そう言って上段からシンの毛布を持ってきてかぶせる。

 更にアロウが使っている毛布と掛け布団をかけられてシンは布団に埋もれた。

「少しだけ外に出るから、大人しく寝てろよ。」

「ええ…」

「逃げるなよ。女将にも言っとくから逃げても無駄だからな」

 悪者みたいな念押しをしてアロウは出ていく。


 ばたん、と扉が閉まる音がして部屋はしんと静かになった。

 廊下をアロウの足音が遠ざかっていく。

  シンはふぅとため息をついた。

 気持ちは逃げ出したいのに、古い薄っぺらな毛布の山が重くて動けない。

 諦めて頭を布団に沈めると、アロウの匂いがした。

「……ぬくい……」

 体は寒気がするけど、以前何度か熱を出した時と違う。

 その時は本当に体の底から寒くて、火もない小屋の隅や路地裏の軒下で耐えた。

 具合が悪いと知られれば仕事はできないし、休む場所もない。

「変なやつ……」

 アロウは働けもしないシンに部屋にいろという。

 あいつの気が変わったらどうなるだろう。

 あの寒い路地裏に戻るのは、暖かい部屋を知った後では酷く身に沁みそうだ。考えただけで手足が冷える気がする。

「やだなあ……」

 布団の中で身を縮めてシンは呟いた。

 具合の悪いところなんて見せたくなかった。


 アロウは走って白狼館に戻ってきた。

 床板を踏む音が乱暴に響く。

「ちょっと」

 階段から降りてきた女将がたしなめる。

 手には水桶と布巾を抱えている。

「病人が起きちまう。静かに」

「……寝てるのか」

「汗を拭く間全く目を覚まさなかったよ。起きたら水を飲ませてやんな」

「ありがとう」

「……ふん。宿の中で風邪が流行っても困るからさ」

 女将はなんだかんだで面倒見がいい。

 音を立てないようにそっと扉を開け、部屋に入る。

 シンがいるといつも賑やかな部屋が、今日は静かだ。

 壁際のベッドをちらりと見ると、シンの頭は見えなかったが、布団の真ん中がこんもり膨らんでいる。

 布団の中で丸まっているらしい。

 心配だが先程女将が様子を見たはずなので覗くのはやめておく。

「……さて。」

 荷物をテーブルに置くと、アロウは月宵亭で買ってきた薬草を取り出す。

 店主の薬も十分効くが、アロウにも師匠から教わったレシピがあった。

 自分の荷物から乳鉢と袋や瓶をいくつか取り出して調合に取り掛かる。

 ふとベッドの上の布団の山を見て、思い返す。

 師匠から見た自分もあんな感じだった…のかもしれない。

 昔すぎてよく覚えていないが。

 風邪をひいた時の記憶と言えば……

「あ。」

 思い出したことがあって、アロウは部屋をそっと出た。


「ん……」

 シンが目を覚ますと、部屋はオレンジ色の光に満ちていた。窓からは西日が差しこんでいる。

 頭を動かして様子を見ようとすると、額から布巾が落ちてきた。まだ冷たい。

 布団の中にいたはずなのに、いつの間にか頭が出る位置に移動させられていた。

 服が替えられているのはたぶん女将が来てあれこれしていったのだろう。

 体はまだ熱くて呼吸は重いが、寒気はなくなっていた。

「起きたな」

 あくびをかみ殺したような眠そうな声が頭の上でした。

 枕元で鞄に腰掛けたアロウが本を片手にこちらを見下ろしていた。

 ずっとそこにいたのだろうか。

 ふと視線を落とすと、反対の手を自分が握っていることに気が付いて慌てて離す。

「あっ、これは……」

「起きたなら水飲めよ」

 アロウは知らんぷりで傍の水差しの盆を載せた椅子を引き寄せる。

 差し出されたコップをシンはぼーっとしたまま受け取る。頭がついてこない。

(なんでここにいるんだっけ、風邪ひいてるのに……)

 促されて水を飲む。ひんやりとした感触がのどを下っていった。

「じゃあ次、これ飲んで」

 小さな紙包みを渡される。

「なにこれ」

「薬」

 シンには縁のなかったものだ。薬は高いから。

 だいたい得体が知れない。

 シンは紙に顔を近づけてすんすんとにおいをかぐ。

「……変なにおいがしない?」

「効く薬ってのは苦いもんなんだよ」

「苦いの!?やだ!!」

 シンはばっと離れて布団に逃げ込む。

 人がタダで食べたり飲ませようとするものはろくでもないものが多い。

 アロウはいつも対価に見合った食べ物をくれるけど、今日は別だ。長年染みついた感覚はすぐには消せない。

「こらシン」

「やだっ」

「飲めば楽になるから」

「やっ」

 強めに振り払った手が、ばりっとアロウの腕をひっかいた。

「あっ」

 失敗した、と恐る恐る見上げるとアロウはため息をついた。

 ぶたれるのでは、と震えるシンをよそにアロウは紙包みをコップの中に流し込み、自分で口に含んだ。

 眉を寄せているからやっぱり苦いのだろう。

 やっぱり嫌だ、と思った瞬間アロウの腕がシンの頭を抱えて引き寄せる。

「えっ……んー!」

 ほんの少しぬるくなった水が流れ込んでくる。

 苦みが口の中にあふれるが、口をふさがれているから飲み込むしかない。

 じたばたしながらシンが全部飲み込むとアロウはようやく腕を離した。

 シンは壁際まで逃げてゲホゲホとせき込む。舌の上の苦みが消えない。

「……なにすんのさ!!」

「お前が子供みたいな駄々こねるからだろ」

 べっとアロウはそれこそいたずらした子供のような顔をして舌を出した。

「う゛ーっ」

「えっ泣くほど嫌!?」

 なんだかよくわからないけど悔しい。

 涙目で睨まれてアロウはうろたえる。

 慌てて視線をあちこちさまよわせた末に盆の上から小皿を取り上げた。

「ほら口直し!」

「誤魔化すとか……」

 くってかかろうとしたシンの鼻先にふわんと湯気とともに甘い香りが漂う。

「……りんご?」

 シンの好物だ。

 ただ、皿の中身はどう見てもりんごではない。

 黄色っぽくてドロドロした何か。

「……なにこれ」

 今日2回目の問いかけ。

「りんごを砂糖で煮たもんだ。……食べるよな?」

「ん。」

 りんごの誘惑には勝てずにシンがおとなしく頷く。

 そもそも熱でふらふらしているし、今暴れたことでもうくたくたにくたびれている。

 スプーンを手に取りくるくるりんご煮をかき混ぜて冷ますアロウにシンは頭を預ける。

「おい」

「たべさせて」

 シンはあーんと口を開けて目を閉じる。

「はいはい」

 アロウは苦笑いしてりんご煮を一口、流し込んでやる。

 シンの口の中に煮詰まったりんごの甘みとかすかな酸味が広がる。

 薬の苦みも熱でなにもできない悔しさも砂糖の甘みの中に消えていった。

「もっと食べる?」

「ん。」

 そうして皿の中身が消えるまでアロウはシンの口元にスプーンを運ぶ。

 日が完全に傾き明かりを灯すまでのわずかな間、部屋には二人にしては穏やかな時間が流れていった。


 数日後。

「……だるい。」

「病人に勝手した罰だね!」

 完全に元気になったシンとは対照的に、アロウはベッドに沈んでいた。

 当然だがシンに看病など期待できるはずもなく、女将には「いい大人が何してんだい」と冷たい目で見られた。

 風邪はシンほどひどくはないし、アロウの方が体力もあり薬の残りもある。

 ただ、今日は仕事に出られそうもなかった。

「ああ、今月は赤字だな……」

 臨時の仕事をいくつか請け負うしかない。

 シンは看病のまねごとで楽しそうに布巾を水桶に突っ込んでいる。

「……ちゃんと絞れよ」

「はいはーい」

 シンが絞ったつもりの布巾からはぼたぼたと水が落ちている。アロウは指摘するのを諦めた。

 枕に頭を埋めてため息をつく。

「まあたまには休むか……」

 ちゃんと休まるのかは疑問だった。

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