夢の狭間に
「シン」
アロウは相方の様子を見て声をかけると、読んでいた本を閉じて立ち上がった。
「寝るなら布団に行け」
「…ぇぇー……」
ぼんやりとした返事。
テーブルで書き取りをしていたシンは、今にもチョークを取り落としそうになっている。
「ほら立って」
「もうちょっとお」
肩を掴んで立ち上がらせようとしても、シンは机にしがみついて抵抗してくる。
「さっきから全然進んでないぞ。ちゃんと寝て、明日また続きすればいいだろ」
「やだぁー」
説得するが、眠いのかシンは駄々っ子になっている。
「今日がもっと続けばいいのに…どうしてぇ」
「なんでそんなに今日がいいんだ」
呆れたアロウが何気なく聞くと、シンがうとうとしながら返事をする。
「だって、仕事もお買い物も、べんきょう、も…全部…ぜんぶ楽しい…終わんないで…」
切実な声がアロウの耳を打つ。
シンにとって、これまでの毎日は一日中痛みに耐えるだけのような、代り映えのない日々だった。新しいものばかりに触れる日々は、極彩色で夢のよう。
アロウはシンの横にかがみこむと、そっと手を取る。
「それならきっと、明日だって楽しい。」
シンの指の先についたチョークの粉を、優しくふき取っていく。
「お前はこれから、年取ってよぼよぼになるまで今みたいな生活をずっと送るんだ。飽きるくらい。」
そう言って、アロウはシンの脇に腕を差し込んで抱え上げた。眠さに勝てなくなったのか、今度はシンの抵抗も薄かった。
「勉強する時間だっていくらでもあるさ。急がなくていい」
「……アロウがずっと教えて」
「え」
「ずっと……年取るまで……」
「……シン。」
アロウの肩に、シンの頭が沈む。夢とうつつのはざまにいるのだろう、返事はなかった。
「俺くらいの奴はいくらでもいる。お前はこれから、もっといろんな凄い人達に出会うんだよ」
ふわふわと揺れる感覚。シンは軽々と運ばれていく。
(やだ。いやだ)
「きっと明日も明後日も、その先もずっと楽しいことがある」
アロウの声は優しかった。
だけど、どうして自分はいないみたいに話すのだろう。
寝具のこすれる音がして、背中が藁の詰まった布団に沈み込む。
シンは重たい瞼を開けようとするが、視界はほんのわずか。
(どうしてそんな目をしてるの…)
その隙間から見上げたアロウの顔は、ひどく悲しそうな目をしていた。
あたたかい布団に包まれて、意識は急速に夢の世界へと吸い込まれていく。
(おしえてよ……)
シンの問いは、暗くなる視界とともに消えていった。




