あたたかなおくりもの[冬まつりのお話]
弓使いの冒険者・アロウは居候のシンと一緒に冬まつりに出かけた。
いつもと違う屋台のメニューに目を輝かせるシンだったが…
べちゃ、っと雪交じりの地面に買ったばかりのポテトパイが落ちた。
あつあつのパイの周りの雪が解けていく。
慌てて拾おうとするシンの手を、アロウがつかむ。
「泥まみれだろ、もう一個買ってやるから」
そう言って反対の手でパイを拾い上げる。
皮だけ剥げば多少は可食部が残る…かもしれない。
つぶれたポテトパイを布巾で包んで鞄にしまおうとするアロウに、シンがしがみついた。
「や…やだっ!」
「は?」
「ボクの!返して!!」
ぐいぐいとシンが手を引っ張る。
あまりの勢いにアロウは鼻白んだ。
「だめだって。新しいの」
「新しいのいらない!それがいい!!」
シンの前にみるみる涙がたまっていく。
「何言って…」
「捨てないでええ!!」
シンの声があたりに響きわたり、アロウは思わずあたりを見回す。
冬まつりの買い物客が大勢通り過ぎていくが、怪訝な目で見る者が半分、あとは「痴話げんかか?」とにやついて通り過ぎていく。
…別の意味で恥ずかしかった。
「シ、シン、人が見てるから」
「それじゃなきゃやだああ!!」
「わかった、わかったから」
泣きじゃくるシンをアロウは抱えるようにしてその場を逃げ出した。
さらに崩れたポテトパイの包みを大事に抱えて、シンは広場の階段に身を縮めるように腰掛ける。
「落ち着いた?」
アロウが携帯椀に淹れた茶を差し出す。屋台で湯をもらってきたようだ。
シンはパイを抱えていて、椀を受け取るか迷っている。
アロウはため息をついてそのまま隣に腰掛けた。
泣いている子どもを落ち着かせる方法というのが、アロウにはさっぱりわからない。
子どもなんてどこにでもいるのだが。
(人付き合いを避けてきた弊害…か)
他を切り捨てて専念してる本業だって完全ではないのに、未熟さを突き付けられるようで居心地が悪い。
本当は、人の世話なんて焼いている場合ではないのかもしれない。
「取らないから」と前置きして、アロウはシンに尋ねる。
「それじゃなきゃだめなのか?」
「…これボクの」
「わかってるよ…」
シンはそもそも与えられる物に遠慮がちで、さほどこだわりはないはずだった。
アロウにはシンがなぜ落としたものにそんなにこだわるかがわからない。
「アロウが買ってくれたんだ」
小さな声で呟いて、包みを抱きしめる。
「買ってくれたのに…落としちゃったんだ」
シンの目にまた涙がたまっていく。
「直せないのに。アロウが僕にくれたのはこれなのに」
「あー…」
アロウにも少しだけわかる気がした。
替えのきかないもの、というのはある。
誰かのための一つだけの品、その時にしか手に入らないもの。
些細だが、シンにとってはそれだったのだろう。
初めての冬の祭り、初めて見る食べ物、人に買ってもらった特別感。
たぶん、「落とした」ことが悲しいのだ。
その痛みは、落としてしまったパイを残らず食べたとしても全部消えることはないだろう。
シンも子供ではないから理屈はわかっているはずだが、慣れない感情に振り回されているように見える。
アロウはつとめて冷静に説得をする。
「わかった。でも外側はダメだから、皮を剝いて中身食べよう。」
「…全部たべる」
「おなか壊すから」
「おなかこわしてもいい」
「だめだって。」
「……」
無言でじとっとした視線を寄こす。
「お前がおなか壊すのは俺が嫌なの。俺が買ったパイでおなか壊したら俺のせいになるんだけど。」
「うう…」
買ってもらった本人に言われるとシンも弱い。
アロウは考える。
落としたことが気にならなくなるような何かはないだろうか。
「ほら、焼きあがったよ!」
宿の女将がミトンをした手でオーブンから鉄板を取り出す。
鉄板にカラフルなボウルが並んでいる。
ボウルは上からパイ生地に包まれていた。
「ポットパイ2つね」
女将がテーブルにボウルを並べていく。
焼きたてのパイから香ばしいバターの香りが漂った。
香りはさっきのポテトパイに勝るとも劣らない。
「ほわー」
さっきまでポテトパイを引きずっていたシンも、思わず顔を上げてよだれを垂らさんばかりの顔になっている。
アロウはボウルを一つ手元に寄せて、スプーンで上からサクサクとパイ生地をつつく。
「こうやってパイを中に入れながら、中のシチューと一緒に食べるんだ」
「わあ…!ボクもやりたい!」
「容れ物には触るなよ、熱いからな」
アロウがボウルを寄せてやると、シンは目をキラキラさせて覗き込んだ。
ポットの中からは色とりどりの具が入ったシチューが顔をのぞかせている。
「帰ってくるなり厨房を貸せというから何かと思えば」
女将が肩を叩いてやれやれと首を振る。
夕飯時を過ぎてから戻ってきたアロウは、ちょうど祭りの菓子を焼いていた女将にパイ生地を分けてもらえるよう頼み込んだ。
それからシチューを作ってポットパイにしたのだった。
「わざわざこんな手の込んだこと…」
ただの居候にしてやるようなことではない。
と女将は言いたげだったが、アロウが指を立てて黙るようジェスチャーをしているのでやれやれと肩をすくめて厨房に帰っていく。
アロウは女将の背中に軽く頭を下げて見送り、シンに向き直る。
「中にさっきのパイ入れたから」
濃い目に作られたシチューの真ん中に、こんもりと崩れたポテトが山を作っている。
「無駄になってない。…これでどうだ?」
「お、おいしそう…」
「よし、食べろ。ちゃんとふーってしろよ」
スプーンを差し出すと、シンは素直に受け取った。
アロウはホッとしつつ水差しを取る。
「あつっ!」
「だから熱いって言っただろ」
すかさず水を注いでコップを差し出す。
シンははふはふと口から湯気をこぼしながらポットパイを口に運んでいく。
「アロウ」
「ん?」
「ひゃいあと…」
「食べ終わってからでいいよ」
アロウは苦笑いする。
ずいぶんと余分な労働をしたにもかかわらず、嬉しそうなシンの顔を見ていると心の底からほっとしたのだった。




