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風の精霊

雪道を行く冒険者のアロウと、彼から狩りの技術を学ぶみなしごのシン。

みちすがらアロウは森の生き物や狩りの仕方、伝承などを語って聞かせている。

 鳴き声が聞こえていた。細く高く、調子を変えて。

「ねえ、あれ…」

「風の音だ」

 不気味な音に身をすくませるシンに、アロウが短く答える。

 岩の隙間を通る風が、音となって響くのだという。

 狩場に向かう途中、あたりは一面の雪原と、まばらな木立しかない。空は晴れて、普段は見えない遠くの岩山が見えていた。

「本物の風の精霊の声を聴く者は、精霊の世界に招かれるそうだ」

 雪原を淡々と進むアロウがふと呟いた。

「声をたどると、だんだんひと気のないところに誘われて……」

「どうなるの?」

 シンが怖さ半分、怖いもの見たさ半分といった感じで見上げてくる。

 それをちらりと見降ろして、アロウは簡潔に答えた。

「突然姿を消す」

「なんで!?」

「風にさらわれるんだ、木の葉のように」

 突風が吹いた。

 びゅう、と吹き抜けた風が雪を巻き上げていく。

 アロウの視線を追って、シンは空を見上げる。

 冬の淡い空の色に、薄く刷毛で塗ったような白い雲がところどころに張り付いていた。

 風の精霊というのはこの殺風景なところに住んでいるのだろうか。つまらなそうだ、とシンは思う。

「……人間が飛ばされるの?」

「そうだ。強い力に引っ張られて体が浮く」

 雪を踏む足を引き抜いて掲げて見せるアロウ。雪の粉が舞う。

「でも人間だよ?重いのに」

「だからいずれ落ちてくる」

「えっ」

 ぼすっ、という音とともにアロウが足を下ろす。そして足元の雪を蹴立ててまき散らす。

「中身だけ連れて行かれる、なんて言われている」

「ひえっ」

 シンは思わずアロウの上着にしがみついた。

「……なにしてる」

「お、重いのはムリなんでしょ?二人分なら連れていかれないかなって」

 ぶるぶる震えながらシンはアロウの体にしっかり腕を回してくっつく。

「アロウが飛ばされそうになったら、ボクが捕まえてあげるからね!」

 必死なシンにアロウは思わず笑みをこぼす。

「ふっ……」

「あっ何笑ってんの!?真面目に言ってるのに!!」

「はは、悪い。……ありがとな」

 シンの軽い体など風の精霊が本気を出したら誤差の範囲内という気もする。

 だが、発想としては間違いではない。

「風の相克は大地だ。ちゃんと地に根を下ろして生きていれば、風の精霊は連れて行かない」

「そうこ…なに??」

「正反対ってこと。土地のものと縁を結んでいれば簡単には飛ばされない」

「……ボク、縁が薄いんじゃない?」

 シンはぶるりと身震いする。アロウの理屈だと、ひとりきりで暮らしていたシンはどこに行っても縁が薄い。

「しっかり生きていれば、魂は簡単にはよその世界に行かないさ」

 丘が急な段差になっているところに差し掛かっていた。人の背丈ほどの高さがある小さな崖だ。

 アロウはまとわりつくシンを一旦離すと、あぶなげなく段差を降りていく。

「……アロウ?」

 心細そうにシンが崖の上で膝をつく。飛び降りられる高さでもない。

 アロウの降りた跡を追えば自分も降りられるだろうか。

「心がここにない、人ではなくなったものが連れて行かれるんだ」

 先に降り立ったアロウの赤い瞳が、シンを見上げる。

 町では珍しい、奇妙な、と言われる瞳の色。

 だけどシンはそんなことは知らない。

 差し伸べられたアロウの手を迷わず取る。

「じゃあアロウは大丈夫だね」

「そうか……?」

 アロウはシンの手を強く引く。

 ふわりと体が浮き、シンは慌てた。

「わっ……お、落ちる」

 どさっと衝撃を受けたが、地面の硬い感触や雪の冷たさはない。

 アロウの肩の上で抱き止められていた。振り仰ぐと、間近で赤い瞳と視線が絡む。

 内緒話をするようにアロウがささやいた。

「……心がすでに向こうの世界に行った者は、人の姿をしていても獣のような目をする。気をつけろ」

「獣の目?」

「追いつめられた人間の目って見たことないか?飢えたり、金に困ってなりふり構わなくなったり」

「あ!あるよ」

 弱いものから奪ったり、あるいは誰彼構わず襲い掛かる。正気を失ったような人たちをシンは見てきた。

 精霊、という言葉に何となく感じる一種の神聖さとは真逆のような感じがする。

「精霊と交信するには儀式で極限状態に自分を追い込む方法がある。人間性を失ったところに、精霊が入り込む。正しい手順を踏まなければ二度と戻ってくることはできない」

「ええーなにそれ、こわ……」

「相手は自然だ。下手に関わらないのが身のためだ」

 そう言うと、アロウはシンを下ろす。風の鳴き声はまだ響いていた。

 シンは少し怖くなる。

 アロウは何を見て、何を聞いているのだろう。

「……アロウは、ボクの獲物だからね」

「ん?」

 再び歩き始めたアロウの背中へと呟いて、シンは駆け寄る。

「骨の髄までボクが食べ尽くしてやるんだから。他の奴にはやらないもんねっ」

 そう言ってアロウの腕を取る。

「そりゃ頼もしいね」

「あっ信じてないな」

「昨日の課題、もうできたのか?」

「うっ……でもでも、絶対アロウの全部もらっちゃうんだから!」

 シンはかみつくようにぐいぐいと顔を押し付ける。

 強くて温かい、シンを導いてくれる腕。

 アロウはされるままにしているが、びくともしない。シンの肩を押してくるりと回すと、前へ押しやる。

 目的地はもう目の前だった。

「俺の知識も技も、全部お前の血肉にすればいいさ。……さあ、着いた」

 いつしか風の音は弱まっていた。

「狩りの時間だ。行くぞ、俺の狼」

「まっかせて!」

 真っ白な雪原に、二人分の足跡が続いていく。

 いずれ別れの時が来るとしても、今はまだ。

お題は「ウェンディゴ」

SNSのクリスマス企画「いっしょにアドベント」に合わせて書きました。

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