白い魔物
一段と強い冷気が吹き込み、ぞっとするものを感じてシンは顔を出す。
路地の向こうでうずくまる人の上に、何かがかがみこんでいた。
ぼんやりとした白い影。人よりもずっと大きいが、雪のように白く、輪郭はぼんやりとしている。
(お、おばけ?)
それはふうっと白い氷の息を吐いた。
きらきらと光る息を吸い込んだ路上の人は、それに棘があるかのようにもがき、やがて雪の上に倒れ込んだ。
白い影が体を起こし、次の獲物を探すかのようにこちらに向かってくる。
シンは反射的に寝床を飛び出した。
記録的な寒波に見舞われたその日、路地裏では数十人が眠っている間に命を落とした。
「ああいうのが見えたら逃げるようにしてるんだよね」
前年の寒波で無事だったことを不思議がるアロウに、シンは何でもないことのように答えた。
危険を視覚的にとらえているのか、それとも精霊などの超自然的な存在を認識しているのか。
いずれにしてもシンの危険察知能力が高いのは確かなようだ。
今日も窓の外は真っ白に染まっていた。
この町に限らず、多くの人が命を落とす危険がある。
シンはずっと窓の外を見ていた。
「お前が見たのは、白魔っていう大雪の魔物かもな」
毛布を持ってきてシンをくるむようにかけながらアロウは言った。
「…無事でよかったよ」
「うん…」
言葉少なにシンはアロウの腕にもたれかかった。
あの日の身を切るような冷たさは今も覚えている。
今も同じような思いをしている人は少なからずいるだろう。
「魔物、やっつけられたらいいのにね」
「大雪相手じゃさすがにな…」
アロウの弓は姿のない相手にも効くが、大雪の化身までどうこうできるわけもない。
「ふふ、冗談だよ」
シンは眠そうに眼をこすった。
寒くて眠ることもできなかった夜はもう遠い。
「起きたら全部魔物が見せた夢だったりしないよね…」
「ここにいるよ。悪い夢なら追い払ってやる」
アロウはシンの隣で本をめくりながら言う。
ランプの炎がゆれ、暖房器具であたためられた布団の中。アロウの反対の手が髪を撫でていく。
「もう寝ろ。起きる頃には止んでる」
あたたかさに包まれて、シンはうとうとと睡魔に身を委ねていった。




